No.8
おろおろ歩く人
- 理念
- タフさ
- フットワーク
- 温かさ
- 好奇心
- タイプ
- ちょっと生きづらい 近くに生きづらい人
- 特長
- 支配されず自由で居られる場を、みんなと一緒に作るオトナ
- メッセージ
- どう考えたって世の中がおかしいので。自分の違和感や感覚を信じてずっと持っていてほしいです。
- 生息地
- 街のゲストハウスや劇場。映画館に人が逃げられる場を作っている
- 食性
- ハマるとずっとそれ。最近はナポリタンか納豆カレー
- 習性
- 疲れやすい多動。内向的アウトドア派。
- 天敵
- 評価される場。社会的なふるまい。先生と呼んでくる人。
タイプ詳細
ちょっと生きづらい
幼い頃からヘンテコな子どもでした。
当時通学路のアスファルトにカマキリの死骸がたくさんあって、それが世界で最もかわいそうだと思っていて、それを人権の作文に書いたらそれは人権ではないと言われたけど、ずっと引っかかってしまったり(カマキリを大事にできない社会が人権を大事にできるわけがないので僕が正しかったと今も思っています)。自転車で行けるところまで行こうとして、行き過ぎて帰ってこれなかったり。敬語を使わないので生意気だとシメられたり…
自分なりのルールというか感覚が割と明確にあって、それがいつも子供たちの優勢なコミュニティと少しズレていることが多かったです。
でも徐々に合わせられるようにもなってきて、その分どこかで実は苦しくなっていたのだと思います。
社会人になり心身の不調が出て仕事を辞めたあと、社会活動をしようと放浪していたら、社会には実にいろんな生き方をしている人達がいて、自分らしく生きることは可能だと思える経験が積み重なりました。そして自分で活動するようにもなって、ますます社会的な基準に合わせるのが「無理」になってしまいました。
社会の基準に自分を合わせて変えるのが嫌すぎて、気がつけばそれが嫌な人ばかりが周りにいる生活になっています笑
当時通学路のアスファルトにカマキリの死骸がたくさんあって、それが世界で最もかわいそうだと思っていて、それを人権の作文に書いたらそれは人権ではないと言われたけど、ずっと引っかかってしまったり(カマキリを大事にできない社会が人権を大事にできるわけがないので僕が正しかったと今も思っています)。自転車で行けるところまで行こうとして、行き過ぎて帰ってこれなかったり。敬語を使わないので生意気だとシメられたり…
自分なりのルールというか感覚が割と明確にあって、それがいつも子供たちの優勢なコミュニティと少しズレていることが多かったです。
でも徐々に合わせられるようにもなってきて、その分どこかで実は苦しくなっていたのだと思います。
社会人になり心身の不調が出て仕事を辞めたあと、社会活動をしようと放浪していたら、社会には実にいろんな生き方をしている人達がいて、自分らしく生きることは可能だと思える経験が積み重なりました。そして自分で活動するようにもなって、ますます社会的な基準に合わせるのが「無理」になってしまいました。
社会の基準に自分を合わせて変えるのが嫌すぎて、気がつけばそれが嫌な人ばかりが周りにいる生活になっています笑
近くに生きづらい人
中学の頃、わが家は家出少年のたまり場でした。
僕が仲良くしてた友人(仲間)たちは周りからヤンキーと言われるような人達で、授業中にタバコ吸ったりバイク乗ったり反抗したり…という感じでした。今思えば、多くの子に虐待や貧困や様々な苦労がありました。いつの頃からか、友人たちが夜中に僕の部屋をこっそり訪れるのが通例になっていました。
うちの親が理解のある人だったことも大きかったと思います。「玄関から入ってこい」と言って、よく泊めさせてくれたり、キャンプに連れて行ってくれたり大切にしてくれました。
先生など大人たちとぶつかることが多かったですが、僕は自分も含め彼らが悪いとは一つも思いませんでした。管理のためのルールや理不尽な扱いの方が間違っているといつも思っていました。分かってくれる大人が誰なのか、いつも観ていたと思います。
きっかけは忘れましたが生徒会長に立候補してなぜか受かってしまい、割と優等生だった僕はいつの間にか集会のあいさつの原稿に「校則をみんなでやぶりましょう」などと書いては訂正させられるヘンテコな仕上がりになっていました。
卒業時に親が仲間みんなに書いてくれた手紙の言葉「君たちがもがき苦しんでいるように大人達もまた苦しんでいます」という言葉が今もデスクに貼ってあります。自死してしまった仲間もおり、今もずっと社会に対する怒りが根底にありつつ「社会」をみんなと一緒に変えたいと思って活動しています。
僕が仲良くしてた友人(仲間)たちは周りからヤンキーと言われるような人達で、授業中にタバコ吸ったりバイク乗ったり反抗したり…という感じでした。今思えば、多くの子に虐待や貧困や様々な苦労がありました。いつの頃からか、友人たちが夜中に僕の部屋をこっそり訪れるのが通例になっていました。
うちの親が理解のある人だったことも大きかったと思います。「玄関から入ってこい」と言って、よく泊めさせてくれたり、キャンプに連れて行ってくれたり大切にしてくれました。
先生など大人たちとぶつかることが多かったですが、僕は自分も含め彼らが悪いとは一つも思いませんでした。管理のためのルールや理不尽な扱いの方が間違っているといつも思っていました。分かってくれる大人が誰なのか、いつも観ていたと思います。
きっかけは忘れましたが生徒会長に立候補してなぜか受かってしまい、割と優等生だった僕はいつの間にか集会のあいさつの原稿に「校則をみんなでやぶりましょう」などと書いては訂正させられるヘンテコな仕上がりになっていました。
卒業時に親が仲間みんなに書いてくれた手紙の言葉「君たちがもがき苦しんでいるように大人達もまた苦しんでいます」という言葉が今もデスクに貼ってあります。自死してしまった仲間もおり、今もずっと社会に対する怒りが根底にありつつ「社会」をみんなと一緒に変えたいと思って活動しています。
今何をしているか
今はいろんなツールでの相談窓口を運営しながら、街中に「助かる場」を作る活動をしています。街のいたるところを雨風しのぐ「のきした」にすることを目指して、誰でもワンコインで泊まれる宿を作ったり、誰でも無料で食べられる場を作ったり、お金ではなく時間を通貨にしてやれることを交換する仕組みを作ったり、街中で働く体験をしてお金がもらえる仕組みを作ったりなどです。
宿には2年間で140人1000泊くらいの利用があり、毎日毎日誰かが駆け込んできます。悔しいことも悲しいこともありますが、でも、勇気づけられたり、共感できたりすることも多く、楽しくうれしい気持ちもあります。
出会えることがありがたいですし、助かる力や助ける力が相互に高まり合ったり、まじりあい、この世で生きていくことに絶望しがちな僕自身、希望をもらっているように思います。
宿には2年間で140人1000泊くらいの利用があり、毎日毎日誰かが駆け込んできます。悔しいことも悲しいこともありますが、でも、勇気づけられたり、共感できたりすることも多く、楽しくうれしい気持ちもあります。
出会えることがありがたいですし、助かる力や助ける力が相互に高まり合ったり、まじりあい、この世で生きていくことに絶望しがちな僕自身、希望をもらっているように思います。
わたしのオトナストーリー
今思えば、挫折したと感じていた時が、自分にとって大事なものを掴んでいた時だったようにも思います。
中学生の頃に優等生から一気に転落して、世の中の価値観から言ったら「ダメになっていく」というのが、自分自身とても辛かったのは覚えています。仲間や夜の街に集まる人達に共感する気持ちがあり、大人への反発心がある一方で、レールから落ちていくような感覚は苦しかったです。綺麗なことばかりではなかったし、逃げていた自分もいました。
しかしそうした苦しさがあったからこそ、自分の信じられる言葉や、大人や、世の中に対する感受性が高まったようにも感じています。
どの大人が本当のことを言おうとしているのか、どの言葉が本当のことなのか。今もそういう事に敏感だと思うし、探しているような気がします。
大学時代に4年間の寮生活をして自分のキャラというか殻が破れたことも大きかったです。自分の殻が崩される瞬間は挫折感や敗北感や恥かしさもあるんだけど、でもそれがいつも新しい自分にさせてくれたように思います。
社会人になってもやはり社会のしきたりというかレールからすぐに外れてしまい、心身に不調をきたしてしまったのですが、その期間に出会えた人達が、レールから外れつつ楽しく生きている人達(アーティストや芸術文化や市民運動)で、自分らしさを大事にしながら生きていける世界もあることを感じられて、そういう世界に飛び込んでみたことで、今の生き方になってきたように思います。
今は逆に、染みついている常識や大人観からいかに脱して、自分らしく生きられるかを模索しています。社会の価値観に戻ろうとする自分を止めるというか。気がつくというか。そんな今です。
中学生の頃に優等生から一気に転落して、世の中の価値観から言ったら「ダメになっていく」というのが、自分自身とても辛かったのは覚えています。仲間や夜の街に集まる人達に共感する気持ちがあり、大人への反発心がある一方で、レールから落ちていくような感覚は苦しかったです。綺麗なことばかりではなかったし、逃げていた自分もいました。
しかしそうした苦しさがあったからこそ、自分の信じられる言葉や、大人や、世の中に対する感受性が高まったようにも感じています。
どの大人が本当のことを言おうとしているのか、どの言葉が本当のことなのか。今もそういう事に敏感だと思うし、探しているような気がします。
大学時代に4年間の寮生活をして自分のキャラというか殻が破れたことも大きかったです。自分の殻が崩される瞬間は挫折感や敗北感や恥かしさもあるんだけど、でもそれがいつも新しい自分にさせてくれたように思います。
社会人になってもやはり社会のしきたりというかレールからすぐに外れてしまい、心身に不調をきたしてしまったのですが、その期間に出会えた人達が、レールから外れつつ楽しく生きている人達(アーティストや芸術文化や市民運動)で、自分らしさを大事にしながら生きていける世界もあることを感じられて、そういう世界に飛び込んでみたことで、今の生き方になってきたように思います。
今は逆に、染みついている常識や大人観からいかに脱して、自分らしく生きられるかを模索しています。社会の価値観に戻ろうとする自分を止めるというか。気がつくというか。そんな今です。
オトナとして大切にしていること
大事にしているのは、社会の価値観を疑うということです。
自分にも染みついた価値観があって、男だからとか、大人だからとか、やっぱりあって。それに気がついて、更新できるように振り返ること。あとプライドとか恥とかが邪魔して、自分をちゃんと振り返れないこともあるので、素直に、真摯に自分を振り返り、自分自身が変わっていけるようにすることには気を付けています。
割と敏感で繊細なところがあり、傷つくことはいまだによくありますが、その時はとてもチャンスだということも分かってきました。そういう時こそ、自分がなぜそう感じているのかを振り返って、それを話せる人を確保するというか、そういう友達を作ろうとしているかなと思います。
一方で悔しい思いをたくさんしてきた分、理不尽なことに対する怒りが強すぎることを何とかしたいと思っています。しかし怒りが原動力でもあると感じていて、難しいところです。根底にある怒りをみんなとの出会いや生活の中で共に世の中を変えるエネルギーに変えていけたらいいなと思っています。
あとは自分の生活をちゃんと省みないところがあるので課題です。気がついたら体と心がボロボロの時がありますので、静かに心身を整える時間を作りたいです。
とにかく毎日悩みながら、迷いながら、でも大切なことは何なのか、その度にいつも考えていくというのが大事だなと思っています。
自分にも染みついた価値観があって、男だからとか、大人だからとか、やっぱりあって。それに気がついて、更新できるように振り返ること。あとプライドとか恥とかが邪魔して、自分をちゃんと振り返れないこともあるので、素直に、真摯に自分を振り返り、自分自身が変わっていけるようにすることには気を付けています。
割と敏感で繊細なところがあり、傷つくことはいまだによくありますが、その時はとてもチャンスだということも分かってきました。そういう時こそ、自分がなぜそう感じているのかを振り返って、それを話せる人を確保するというか、そういう友達を作ろうとしているかなと思います。
一方で悔しい思いをたくさんしてきた分、理不尽なことに対する怒りが強すぎることを何とかしたいと思っています。しかし怒りが原動力でもあると感じていて、難しいところです。根底にある怒りをみんなとの出会いや生活の中で共に世の中を変えるエネルギーに変えていけたらいいなと思っています。
あとは自分の生活をちゃんと省みないところがあるので課題です。気がついたら体と心がボロボロの時がありますので、静かに心身を整える時間を作りたいです。
とにかく毎日悩みながら、迷いながら、でも大切なことは何なのか、その度にいつも考えていくというのが大事だなと思っています。