昔、阿川弘之の『雲の墓標』を読んだことがある。若者の青春が、戦争の中にあり、今のような自由も何もない。そんな、物語である。
タイトルの通り、空に散った話である。雲が、彼らの生き様を示した標であり、彼らの墓である。
遺骨は当然に還ってこない。石ころがだけが入っていたという話も、どこかで聞いたことがある。墓の中には何も入っていない。しかし、弔う場所はそこしかない。
弔いをする場の存在。それがいかに大切であろうか。どこにいるのか。どこで死んでいくのか。そんなことのわからない、人々がいる。私の知り合いにも、いる。
年をとれば、おそらく、死んだ者もいることが、容易に想像がつく。しかし、弔う方法は、ただ祈ることしかできない。その場で祈るだけである。墓の場所も、わからないのだから。
私の心の中に、墓標をたてよう。かつて、私の影を横切った者たちのために。
墓の標
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