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なぜ俺は安楽死の選択肢を求めているのか…?

安楽死の選択肢がほしい。

そう気持ちを表現してたけど、わからなくなってきた。

俺は、死にたくないかたが死を強いられる社会になってまで、
安楽死の選択肢がほしいとは思わない。

俺は…誰かを傷つける罪悪感と自分が傷つく重みに、将来への不安に、お仕事も家事もできず誰かに頼らざるを得ない罪悪感に、
疲れてしまってるだけなのかもな。

疲れた。本当に。
誰かに不幸を強いたくないけど、
誰かのために我慢するのもつらい。

でも、誰かに不幸を強いるのはやっぱりやだ。

俺は、俺含めた皆が、少しでも苦しくなく、少しでも楽しく、少しでも健やかに過ごせる選択肢が欲しい。

俺はお世話されたい。
だから、俺以外もお世話を求めたらお世話を受けられる社会がいい。

俺は守られたい、俺以外も守られる社会がいい。

安楽死の選択肢は欲しいけど、
それで誰かが苦しむのはやだな。
うーん。

そもそも俺以外が何を求めているかなんて、
俺にはわからないけれどね。

「知らないかたが死のうが知らない!」
「大切なかたなんていないもん!」
俺は、とてもそうは言えないんだ…。
苦しい。
それでも俺は、自分が負担と犠牲しか生まない存在だと感じてしまう。
それが全てじゃないってわかってるけど。
自責が止まらない。
苦しい。

俺は…俺が何を求めてるかすら、わからなくなってる気もしてきた。

でもこうやってブログ書いたりとか創作とかの文章化をするのは、
俺自身のためにやってる、それは確かだと俺は感じる。

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この記事へのコメント
n-salon

こんにちは。普段より投稿のほうを見させていただいております。
 文章から、心優しいお方であることがしみじみと伝わってきます。私から何か助けになることをするのはできませんが、いち読者として執筆者さんの思いを感じ取ることができます。苦しみ、悩む、まさに「苦悩」していると思います。その苦悩が昇華されるその瞬間まで、文章を読ませてください。静かに、見守っています。
(注:投稿者はn-salonとなっていますがコメントは研究員からのものです。コメントは研究員限定で受け付けています)

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