「自殺は社会的問題であり、社会に殺された」という思想の理屈は、私もわかります。
ただ、私はこの考え方があまり好きになれません。
その思想には、「救えたかもしれない」
「防げたかもしれない」という前提があり、
さらにその奥には
「誰もが心の底では生きたいと思っている」
という思い込みのようなものが
ある気がするからです。
そして、「救えたかもしれない」
という前提があるのでは、という疑念から、
私はそこに別の暴力性も感じてしまいます。
つまり、希死念慮や自殺願望を抱えている人を、“病者”か“社会的弱者”としてだけ捉え、「支援すべき対象」と
一面的に判断してしまう危うさです。
その先には、「支援者の言動や行動によって、その人を管理すべきだし、
管理できるはずだ」という発想が
透けて見えるように思えて、
私はとても怖くなります。