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「ハッピーエンドが書けない女」へのインタビュー記事

※このお話はフィクションです。

 

今日のお昼、私が本日5枚目の歌舞伎揚げに手を伸ばそうというタイミングで、突如生きづLABOの研究室に(頭痛が痛いみたいな言い回しですね)

…えー、突如生きづLABOの研究室に訪ねてきたとある女性。彼女が如何なる生きづらさを抱えているのか。

本日は、「ハッピーエンドが書けない女」を名乗る、この女性へのインタビューをお届けします。

 

 

Q.
ハッピーエンドが書けない女とのことですが、どういう意味でしょうか?

A.
はい(笑)
私、物思いに耽るのがこの上なく好きなんです。
でもついつい穿った見方をしちゃうというか、物事を悪く見ちゃうというか。
幸せのようなものが実在しているって思えないし、言葉遣いも残酷になっちゃうんですよね。

Q.
なるほど、考え事が好きだけど、物事を手放しに明るい風に見れないってことなんですね。(なんだかわかる気がするなあ…)
それが生きづらさの原因なんでしょうか?

A.
間接的には、そうです。だけど、世界が暗く見えることそれ自体が、
生きづらい理由ってわけではないですね。
さっきも言ったように、私は考えている時間が好きなんです。
物事を必ずしも良くは見れないけれど、それはそれで楽しんでいる。
自分の中にある、嫌いと死にたいと皮肉で出来た退廃的な世界のことを愛しています。

Q.
好きなものがあるのは素敵ですね。
しかし、間接的な原因にはなっていると?

A.
そうなんです。
結論から言えば、思ったことを口に出すと…迷惑になってしまうみたいで。
さっきも言ったように、私の言葉は重苦しくて暗いので、
大人や、色々割り切って生きている人たちに漏らしてしまうと、
困らせたり、怒らせたりしてしまうことがある。
誰かを傷つけたいわけではないのに…

Q.
そうなんですね…
思わぬ誤解を招いたり、気持ちを言える場が少ないと、
息苦しくなってしまいますよね。

A.
はい。

だんだん、本当の自分のままでいては、社会でやっていけないのだと思うようになっていって。
人前で気持ちを隠して明るく振舞おうとすればするほど、
大事なことも忘れてしまうし、余計に上手くいかなくなっていくような気がしていました。

でも、環境を変えて一人で静かに過ごす時間を増やしたり、
生きづらびっと経由で
「かくれてしまえばいいのです」「死にトリ」「生きづLABO」などのサービスを利用することで、
自分の好きなものを好きでいることに価値があることを思い出せたんです。

Q.
それは本当に良かった!
もしつらいことがあれば、またいつでも利用してくださいね。

A.
ありがとうございます。お言葉に甘えます。

Q.
他に何か思っていることはありますか?ぜひ聞かせて欲しいです。

A.
とにかく、「強くて、成熟してて、立派で明るい人でいよう。幸せにならなくちゃ。」みたいな風潮が世の中にはあって、
そういう空気のせいで辛くなっている人は、ほかにもいるんじゃないかと思います。
私が私のままでいるっていうのは少し孤独な生き方だけど、
そういう生き方で、誰かを笑わせられたらいいのになって思うこともあります。

Q.
お!
オトナな考え方ですね。素晴らしい。

A.
そうですか?私は結構子供じみてると思うんですけど。

Q.
いえいえ。生きづLABOでは、生きづらい社会をどうにかしたいと思う人のことを
「オトナ」と呼ぶんですよ。

A.
そうなんですね。
オトナと言ってもらえたのは嬉しいです。
すこしだけ自信が持てたような気がするなあ。

 

以上、インタビューにお答えいただきありがとうございました!

ちなみに生きづLABOの活動に興味がある、協力したいなどの気持ちがある場合、
研究員として登録することが出来ます!
活動は必須ではありませんので、お好みのタイミングでの参加が可能です。

 

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編集注:

この記事のインタビュアー(生きづLABOの研究室で5枚目の歌舞伎揚げに手を伸ばそうとしていた、この記事の書き手役)は、実在する生きづLABOのスタッフではありません。設定や発言・振る舞いについて運営での監修も行っていませんので、完全に架空の存在となります。
最初に書いてあるように、このお話はフィクションとして執筆されています。自分の気持ちをインタビュー風にした読み物としてお楽しみください。

ただ、研究員の登録や活動についてはノンフィクション(事実)です。以下の記事に、サイトやサイトの趣旨、登録についての情報があります。

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