※本記事には自傷行為についての内容が含まれています。読む人にとっては負担等を感じる場合もありますので、各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします※
◇はじめに
『研究員ブログのテーマ募集』よりこのテーマを拝借しました。
このテーマを書こうと思ったのは、自傷常習犯なのにあんまり深く考えたことがなかったためです。あと…自傷行為をやめる意味とは?と考えたくなったからです。
ではいきます。
編集注:登録者限定の研究員ニュースにて、ブログに書いてほしいテーマを募集しています
①私の自傷行為 3選
まず、私が普段してる自傷行為3選をご紹介します。
余談ですが、私は今まで刃物使うタイプ以外を自傷にカウントしてませんでした笑
(1)噛む、爪を立てるなど
一番頻度が高いです。子供のころからずっとやってます。
嫌な状況に直面してるときや、過集中で頑張り過ぎてるとき、睡眠負債がたまってるときなどにやってしまいがち。
(例)
口の中、唇を皮がめくれて血が出るほど噛む
腕や指をあざが出るまで噛む
指の側面に爪を立てる
(2)殴る、たたくなど
そ~~~とう嫌な時じゃないとやらないです。
(例)
自分の腹を殴ったり、ほっぺをたたくなどする。
(3)道具系
腕などの手元でやるのが一番お手軽なんだけど、人に見られてドン引きされたくないので、見えないとこでやったり我慢したり。
感覚は、カフェインを我慢してる期間やスマホデトックスに近いかも…?
(例)
机にあるカミソリ等や針などで、しばしば出血を伴う
②なぜやっちゃうのか
今まであまり深く考えたことなかったんだけど、
もしかしたら、種類によって異なるのかもと思いました。
(1)噛む系
麻酔なしで虫歯を削ってもらう時、
痛くて目をぎゅっとつむったり、手を握りしめたりしてたことを思い出しました。
なのでまず、ストレスに対する一種の反応(体が力むとか)なのではないかと考えました。
ただ「本当にそれだけか…?」とかなり違和感が残ったので、
痛みで気を紛らわしているのかも。
(2)殴打系
これは結構わかりやすくて、
自分に衝撃を与えることで気を紛らわせたり、気分を切り替えようとしている。
あとなんかスッキリしたくてやっています。
映画とかでも上手くいかないとき主人公が壁殴ったりするし。あれと同じ…似てると思います。
(3)道具系
これを人前でやることは私はなくて、できるだけこっそりやりたいと思っています。
なので、「傷付いてるけど誰にも話したくない状態」を自分の中で消化するための確認作業なのかもしれない
③自傷行為の意味
「なぜ」から一歩踏み込んで、「自傷行為の効能」を考えてみました。
残念ながら自傷行為には、人を前向きな方向に向かわせるパワーはないと私は思います。
しいて言うならば、「自分が傷付いているよ」「ストレスだよ」というサインにはなりうるかな。
なので、自傷行為を始めたら一旦休もう、というカナリアとして機能するとは思います。
しかし私は休んでる最中にやっちゃう。
(なぜカナリアが出てくるのかというと、昔カナリアは炭鉱夫の間で、有毒ガスなどの危険を察知するためのセンサーとして用いられていたからです。そこから転じて、危険が迫っているサインを指す比喩表現として使われることになったのです。)
④自傷行為をやめる意味
自傷行為をやめる意味…って…何?
私の考えですが、心の問題を話すときに「意味」は非常に主観的な言葉になると思います。
例えば、客観的な視点によって、人の生きている意味を決めることは不可能です。
「あの農家さんが生きているのはね、野菜を作ってみんなに配るためなのよ」
「あなたが生まれてきたのはね、幸せになるためなのよ」
なんて、誰が言えますか。
そんなのはちゃんちゃらおかしい。
農家が、
「私は野菜を育てることが楽しいし、それを食べてもらえるのがうれしいんです」と本音で語って初めて、
その人のとっての農作に意味が生まれるのだと思います。
私がリストカットを我慢しているのは、
生々しい傷によって周りの人をびっくりさせたくないから我慢しているのであって、
そこには意味があります。
だって私がそうしたいからね。
でもそういう時は太ももを切ります。
私の右の人差し指はもう何度もうっ血していて、
そのせいでちょっと色素沈着してますが、
私はそれはいいやと思っている。
どうしてもそれをやめたい理由(愛とか)があるのなら、
誰かに協力でもしてもらって、やめればいいけれど、
意味が見つからないのに無理にやめる必要はない
だって自分自身の人生だし
自分の好きに生きていい。
という主張は、自傷行為に対して言葉が強すぎるでしょうか?
そもそも幸せって
とか語り始めると長いわ 絶対別のブログで話した方がいい話なので
今日はここでおしまい!
読んでいただきありがとうございました。