最近、「戦争は女の顔をしていない」という小説の漫画版を読んだ。かつてあったかもしれない青春を、戦争という日々の中に消えていった女性たちの物語である。
ちなみに、性別違和はないので、当事者ではない。故に、性別違和の苦しみがあれば、それを恐らく直接的に理解することはできない。しかし、裏を返せば、私の苦しみもまた同様に他人には理解されない、ということでもある。要するに、他人に自己の苦しみは理解されない、ということである。
もしかしたら、このことからいえることとして、「苦しみ」の渦中にいる者は、性別に関係なく、ただ、自己の置かれた状況の中において、「苦しい」という一点で共通しているのかもしれない。
かつて、戦争という災禍の中で、性別に関係なく死の淵に立たされた彼女たちと同じように。戦争は、男も女もなく、ただ、一人の兵士として死んでいくことをせまる。「苦しみ」もまた、原因に関わらず、性別に関わらず、精神をむしばむ状態であろう。
「苦しみ」は福音か、それとも彼岸の渡し船か、私にはわからない。
苦しみは、女の顔をしていない
※当サイトのすべてのコンテンツ(コメントを含む)の無断転載・無断利用を禁止しています。詳しくはこちら。
コメントはまだありません。