学生という立場からお話したいと思います。
この社会では学歴が一種のステータスとして見られているなあと感じています。頭が良い人は給料の高い会社や有名な会社に入れる=人生に成功している、というような。どの学校に入るかが今後の人生で大きく関わってくる、というような。多くの大人は、大学受験や高校受験に「人生がかかっている」と言います。
でもよく考えてみてください。受験をするのは一般的に15歳や18歳で、もっと幼ければ12、6歳で経験する人もいるでしょう。日本の平均寿命の半分も生きていない、子供と呼ばれる人たちです。若造だと、時には笑われ、叱られ、けれど守られるべき人たちです。平均寿命から見ると、それの半分も生きていな人たちに、その後の長い長い人生を、その齢で背負わせるのはあまりにも酷なことだと思います。
ひとたび転ぶと、なかなか立ち上がることは出来ません。私が今それです。けれどそれで今後の人生が決まってしまうと考えると、死にたくなります。
沢山つまずいたり、沢山転んで、それでもふわふわの羽毛布団みたいに、社会は包括して手を差し伸べてほしいと願うのは我儘でしょうか。
学歴が重視されすぎて、この社会は立ち止まった人に優しくない。誰もがそれぞれのペースで安心して生きていけるような社会になってくれないかな、と思っています。
読んでくださりありがとうございました。
そもそも学歴が重視されるのって、
大学→就活→新卒採用→結婚して家庭を持つ、みたいな、いわゆる社会のレールがあるからですよね。
僕は個人的に、「勉強ができる」ことと、「賢い」ことは似ているようで違うものだと考えていて、
ただ書いてあることを詰め込むだけの受験戦争の勝ち抜きで得た知識って、あんまり役に立たないとは思うけど、そこに向けて努力し続けられたこと、に対しては才能だなと思います。
そして自分が前に就職した大手企業で高卒と大卒での給与格差や、もっと言うと学歴のない中途採用で入った自分との待遇の違いを思い出しました。
本来学校って、学びたいことを基準に選んでいいはずなのに、なんで偏差値がそんなに重要なんでしょうね。
(注:投稿者はn-salonとなっていますがコメントは研究員からのものです。コメントは研究員限定で受け付けています)