PAGE
TOP

ひねくれたことを言ってみるぞ

こんにちは。
今日は捻くれたことをたくさん言おうと思います。

◇ ひねくれたことを言う理由 ◇

生きづLABOのQ&Aを見ていて、
捻くれた意見を誰かが言ってくれているのを見つけると
なんだかホッとするなということに気がつきました。
すっきりすると言ってもいいかもしれません。

それは、インターネット空間や社会全体に、
「肯定的で綺麗でポジティブで、正当性のありそうな言葉しか言っちゃいけない!」
みたいな空気感がうっすら流れてるせいかもしれません。(もちろん、人を傷つけるようなことを言って注目を集めるのは、間違っていると思います。)

ひねくれたことをたくさん書いて、
誰かの胸をすかせることが出来ないかな、思ったのが、
このブログを書いたきっかけです。
(まずい事書いてたら運営さんにチェックしてもらえるし…)

ではいきます。

 

①悪役、改心しないでほしい

物語に出てくる悪役が、主人公達に諭されて反省・改心し、通常の社会に戻っていく展開。普通に働き出したり、学校で友達作っちゃったりする。

いや、わかるよ。そっちの方が正しいかもしれないし、本人が幸せなら足引っ張るような事言うべきじゃないのかもしれない。あと、お話作るのに便利な展開だし。
でも、一種価値観の押し付けのように感じてしまうのは自分だけか?

 

②電車の塾の広告、欺瞞じゃない?

「辛い受験も、あなたは最後まで頑張った。夢のために!」みたいな広告に違和感を感じてしまう。

いや、わかるわかる。実際、自分のやりたいことのために頑張った人もいるのかもしれないね。でもそれってどれくらい?
筆者は成績関連で辛い思いをした人なので、余計にこう思ってしまう。子供の勉強って大体大人の都合じゃん。子供が大人に合わせてやってるだけじゃん。大体、進学ってそこまで重要か?

というか電車の広告は人の成長欲や変化欲、劣等感を刺激するものが多いよね。

 

③ぽんやりした話、苦手

(大好きな人いたらごめんなさい
ぽんやり好きな人はぽんやり好きな人と、自然と巡り合って仲良くなれるものだと思ってるから私のことは気にしないでね)

私は、ぽんやりした感じの、例えば趣味の話とかに楽しさをあんまり感じないのである。
「あのアニメの○○可愛いよね〜」とか、「チョコレート美味しいよね〜」みたいな話にはあまり広がりを感じない。
なんかこう、今すでに自分が持ってるものを見せ合う知識自慢大会のように感じてしまう。

日常生活での工夫、仕事といった実用的な話をしている時が一番楽しいのである。それまで抱えていた課題が、人と話して解決する瞬間は能動的で面白い。なぞなぞとかも好き。

しかし、職場の人は「頭を使わない中身のない会話が一番好きだし面白い」と言っていた。
手を動かしてゲームやるのが好きな人と、ゲーム実況見るのが好きな人との差異みたいなものが、そこにあるのかもしれないなあ。

 

④褒められるとモヤっとする

これはQ&Aの方にもあった話題かも。
自分が普通のつもりでやっていることを「偉いね」「すごいね」と言われると、相手に遠巻きにされたような気がしてくる。お高くみられてる?

違う違う、偉いつもりでやってるんじゃなくて…自分は普通で…と否定するのも、なんか嫌味になってないだろうか。私ってプライド高くてやなやつ?と気になってしまう。

 

⑤子供用の「怪我しない包丁」「怪我しないハサミ」

わかるよ。危ない目になんかあわない方がいいもんね。

でも、その。ちっちゃい子につかわすならまだしも、小学生くらいの、そこそこ大きい子にそれを使わすのはどうなの?と思ってしまう。
特にその「怪我しない包丁」で、野菜をギコギコ切っているのを見ると。実際の包丁でその操作をやるのは危ない。

危険なものだからこそ、扱いを学ぶべきでは…

いや、スパルタ的な考えだったかも。忘れてください。文明はこれからも進歩するし、人にはいろんな事情があるから。正解はわかりません。

 

とりあえず思いついたもの5個、書いてみました。
後半は「ひねくれ」というかただの「モヤ」だった気もするが、まあいいか。

これを読んで、胸が空く人もいるだろうか。ちょっと心配だけど、もしよかったら、他の人の意見も聞いてみたいなと思ったりする。

では!

※当サイトのすべてのコンテンツ(コメントを含む)の無断転載・無断利用を禁止しています。詳しくはこちら。

この記事へのコメント
n-salon

【コメント1】
スッキリしました。
特に、電車の広告は人の成長欲や変化欲、劣等感を刺激するものが多い っていうのには同意します。
私は、「努力は報われる」ってやめてほしいな、と思いました。
(注:投稿者はn-salonとなっていますがコメントは研究員からのものです。コメントは研究員限定で受け付けています)

n-salon

【コメント2】
私の地域の電車の広告は、観光系が多く、学校の広告もありますが、成長欲や劣等感を刺激するような内容というより、単に学校の宣伝であることが多いです。またYouTubeやネットの広告も基本OFFにしているので、あまり広告にふれる機会がなかったです。
なので、②電車の塾の広告、欺瞞じゃない?のところ最初に読んだときはあまりピンとこなかったのですが、この間東京方面に行く機会があり、こういうことか…と痛感しました。新たな気付きをありがとうございました。
(注:投稿者はn-salonとなっていますがコメントは研究員からのものです。コメントは研究員限定で受け付けています)

コメントを書く