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Q&A
Q.「嫌い」「怖い」は悪ではないし人付き合いは選んでいいはずだけど、それで誰かが苦しむのは嫌
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「嫌い」「怖い」「好きになれない」は決して悪ではないし、
人付き合いは選んでいいもののはずだし、
俺も嫌いや怖いや好きになれないは感じるし、人付き合いは選んでいます。
でも、「嫌いだから」や「怖いから」や「好きになれないから」を理由に自分含めた誰かが苦しめられる社会は嫌です。
矛盾が苦しいです。
どう思いますか?
また、どのような仕組みがあれば、
嫌われたり怖がられたり好かれなかったりして傷つけられたり見捨てられたり孤立したりして苦しむ人がいる問題が少しでも解決に向かうと思いますか?

A.ひとつのことから巡り巡って、世界全体のことを考えるのですね。その垣根のない共感は強みであると同時に、自分の感情や行動をいつも素直に肯定できないような、生きづらさにもつながりそうだと想像しました。
この問いについての解決策はウ・サギの中では結構はっきりしていて、
・多様な属性の人がいる
・干渉はしないけど気にかけて助け合う関係性
・20~50人程度の規模
・裕福とか社会的成功まではなくても衣食住には困らない資源がある
がそろっているコミュニティをつくることだと思っています。
好き嫌いは人間必ずありますし、嫌いがあまりに排除したくなる気持ちや、抑えがきかずにその行動に出てしまうことも、完全に無くすのは不可能だとウ・サギは思っています。でも上記の要素がそろっているコミュニティなら、それが小さな芽であるうちに(誰かの心を長期的に損なうほどの暴力になる前に)自浄作用が働くと思っています。例えば、いわゆる問題行動が多く嫌われやすい人がいたとしても、余力があれば対応を考えることができるし、対話の中で「こういう背景があるのかも」という想像力を発揮できる人もいるでしょう。また、そもそも誰のこともあまり嫌わない人や、好き嫌いが多数派と違う人もいます。人間はけっこう多様なものですし、想像力や共感のポテンシャルの大きい生き物だと思っています。
ウ・サギは実際に上記の要素を満たすコミュニティに属していたことがあるのですが、周りから嫌われたり、周りを困らせたりするタイプをウ・サギが好むのはどうやら間違いないようです。一人で完璧な存在はどこにもいないので、チームを作ることがとにかくポイントだと思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.居心地のいいコミュニティが欲しいです!どこで見つけられるでしょうか?
この記事の担当 所長室

Q.居心地のいいコミュニティが欲しいです!どこで見つけられるでしょうか?

A.「居心地」とは人それぞれで全然違うから、質問者さんの「居心地のいい」をどこで見つけられるかは、わからないが正直なところ。でも一緒に考えてみよう。
コミュニティは、身近なものだと家族や学校、会社もコミュニティ。さらに「共通」の何かを軸として集まるコミュニティもある。習い事や関心事、趣味や住んでいる地域の集まり、最近だとSNSでのグループなど。
既ににあるコミュニティに飛び込むのも、新しいコミュニティを作るのも、どちらの方法もあるのかな。ゴロン猫の場合は、山登りが好きだから、地域に登山クラブが無いか調べて入ってみたよ。たくさんの時間を誰かと過ごし続けることは苦手だから、活動ペースやルールがゆるいが決め手に。参加回数に評価が無くて、行ったら山を楽しめあえる、そんなコミュニティがゴロン猫にとっては居心地が良く感じたよ。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/3/4
Q.学校の授業に調子いい時しか行けない。行ってみたら意外とあっさりの感じなんだけど…
この記事の担当 ウ・サギ

Q.学校の授業に出たいけど、調子いい時しか行けないです。行ってみたら意外とあっさり受け入れられる感じ(表現が難しいです)です。頭で一応わかっていてもなかなかそう思えないです。助言を下さい。

A.なるほどです。参考になるかはわかりませんが、ウ・サギは不安なことや怖いことは、なるべく何も考えずに最初の一歩だけに力を注ぐようにしています。ウ・サギは高所恐怖症で怖いアクティビティがいくつかあるのですが(でも好きなんですよね…)、「やることはシンプル。安全を確保して、最初の動作をするだけ」と考えることで怖さを振り切っています。
だから学校の授業に出ることを考えるのではなく、教室のドアを開けて一歩だけ中に入ることを考えるのはどうでしょうか。ウ・サギは学校が嫌いなので想像すると「無理かも…」という気持ちになりましたが、教室に入るだけなら、やることは単純かとは思います。この作戦をしてみるなら、もし無理だと感じたら一歩だけ入って引き返してもいいという、自分に甘い気持ちをもっておくのも大切かもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.大変です、親があたりまえウイルスに感染していることに気づきました。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.大変です、親があたりまえウイルスに感染していることに気づきました。どうしましょう。とても迷惑です。

A.それは、大変です!でも、大人ってあたりまえウイルスにマジで感染しやすいんですよ。本当に迷惑な話です。しかもあたりまえウイルスは時代とともに新型になったりするので、厄介です。親の感染に気付いた質問者さんはウイルスバスターになる才能があるとお見受けしたので、一緒にワクチン開発をしませんか?

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/4
Q.「素直に言うことを聞かない」はひねくれてるの?そもそもひねくれてるのは良くないことなの?
この記事の担当 所長室

Q.「素直に言うことを聞かない」のはひねくれてるんでしょうか?
でも、嫌なことを嫌と言うことや、やりたくないことをやらないことや、違うと思うことを違うと言うことは、むしろ素直に感じます。
そもそもひねくれてることって良くないことなんですか?

A.「言うことを聞く=素直」という定義そのものがだいぶ都合のいい表現だなと無ササビは思います。質問者さんが書いてくれた「やりたくないことをやらない」、「違うと思うことを違うと言う」は、自分の感覚に”素直”であると無ササビも感じます。
「ひねくれてる」と言われる時、相手が抱いている”期待通りではない”状態に自分がある場合が多いのではないか?と思いました。それは相手にとっては都合のよくないことかもしれませんが、意図して自分より弱い立場の相手を傷つけるのでなければ、ひねくれていたって(周りや相手に合わせなくても)問題ないのかなと無ササビは思っています。

回答:無ササビ

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update 2026/3/4
Q.障害者の表記は個人的には障碍者と書いて貰えると嬉しい気持ちがあります。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.障害者、障がい者、色々な表記があると思いますが個人的には障碍者と書いて貰えると嬉しい気持ちがあります。ニュアンスが英語圏のChallengedに重なっているような気がするからです。社会との関係性の中に困難を見出す感覚です、どうでしょうか?

A.カエルも障碍者という表記については身近な信頼できる人が推しているのを聞いて、「なるほど」と思ったことがあります。ただ、碍の字があまりにも馴染みがないために、日常的に使うようにはなりませんでした。字の意味合いでいくと、確かにもっとも社会モデル的な表記なのかもしれません。
カエルはかなり聴覚情報の優位性が高いので、どんな字で書こうとも「しょうがい」という響きがあまり好きになれません。困りました。響きのいい別の言い方を募集したいですね。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/4
Q.私が死にたくなるのは周りのせいなのか思春期のせいなのかわかりません
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私が死にたくなるのは周りのせいなのか思春期のせいなのかわかりません

A.ウ・サギの経験を言うと、思春期は一番多感で感情の揺れは激しかったので、死にたいを最も感じやすい時期だとは思います。ただ、思春期で必ず死にたくなるかと言うと、そんなことはないので、死にたいと思うからには何かしんどいことがあるのは間違いないと感じます。
また、そもそも自分の気持ちは、周りとの関係性でしか生まれないものだとウ・サギは考えています。そして、周りとの関係性は、直接的な人との関わりだけでなく、周りと周りの関係性を見ていて思うことや、社会全体に漂う雰囲気やネットなどで入ってくる情報も含めた複雑なものだとウ・サギは捉えています。それらは重たい何かとして、まだ弱い立場の(自分一人の力では跳ね返せないし、逃げられない)子どもを、揺さぶって消耗させてくるものだと感じます。
複雑であるがゆえに「○○のせい」と言い切るのは難しいですが、自分のせいだけで起こる感情はないとウ・サギは断言したいです。もし質問者さんが「この人のせいかも」と思う人がいるのだとしたら、その人との関わりで傷ついていることは、きっととても確かなのだと思いますよ。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.「Q.いじめ傍観者も加害者と”同罪”は~」の質問者です。回答の言葉からぐるぐる考えました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.Q.「いじめ傍観者も加害者と”同罪”」は極論だと思いますか?の質問者です。
ウ・サギさんの回答にあった、「子どものいじめについての責任は100%大人にある」という言葉について俺が思ったことがあります。
まず、俺は子供と大人でキャパやできることの差が極端にあるわけではないと俺は思います。だから、大人(教師など)ができる範囲で必死に頑張っても子供のいじめをどうにもできないケースや、他のことの負担が大きくて対応できないケースや、一人の大人が負担を押しつけられて適切な対応ができなくなるほど追い詰められてしまうケースも、現実にあると俺は想像しています。特に教師の過重労働問題もあると俺は認識しているので、大人にも限界があるのも現実だと思ってます。
しかし、そんな大人側の背景や事情は、いじめを受けた子供やいじめをしてしまった子供には関係のないことだという意見もその通りだと俺は感じるのです。
なぜなら、大人のキャパやできることが子供と大きく違わないとしても、大人の言動が子供に与える影響が絶大なことに変わりはないと思うからです。だからこそ、「子どものいじめについての責任は100%大人にある」という言葉そのものは正しいと思うのです。
しかし、いじめ問題に対して、大人が適切な対応を選べない現実そのものは、「大人の責任」で片付けていい問題ではないんゃないかと、俺は思うのです。大人であるということは、キャパが大きいことや、できることが多いことと、イコールではないと感じるし、大人にも限界がある、大人にも事情があるということも現実だからです。
しかし、だからといって大人がそれを言い訳に子供に責任転嫁するのも違うと感じます。難しいです。
少なくともいじめ問題は、簡単に「こうすればいい」で片付けられる問題ではないと感じますが、勝手ながらぐるぐると考えてしまい、質問を送ることにしました。
ウ・サギさんは、どう思いますか?

A.なるほど……色々と、考えを深めたことがよくわかりました。まず、「責任」という言葉の捉え方が質問者さんとウ・サギで少し違うかもしれないと感じたので補足しておくと、「責任」は「○○のせいである」という原因よりも、「解決する役割を果たすのは誰か」という解決の主体を指している意味合いがウ・サギは強いです。また、ここでいう大人とは常に大人たちのことであり、小さい単位で言えばそれは身近な人たちで組むチーム、そして大きい単位では社会を構成する大人全員のことを言っています。
大人の定義についても、単に年齢で考えてはいなく、子ども時代に必要なケアや学ぶ機会を保障された上で、現在誰かをサポートするだけのリソースが余っている者、という捉え方をしています。ただ、残念なことに全員がそれを保障されてはいないので、子どもと大人の混ざったような段階の人たちも、それぞれの力を無理なく持ち寄ることができたらいいな…とは思います。
「責任がある」「責任をとる」いう言葉でウ・サギが一番強く思っているのは、「問題の本質を考え、長いスパンで解決のための努力を続ける」姿勢のことかもしれません。解決のための協力者は大人子ども問わずたくさんいるほど良いし、誰でも少しずつ手伝えるし、自分のできる分については少しずつの責任を背負ってほしいとも思います。でもそのプロジェクトの責任者と言える人やチームには、それなりの力量や安定感が求められると考えているし、ここでいう力量や安定感を得るためには、絶対に一定数の人生経験が必要だとウ・サギは思っています。だから、責任を果たせないものには責任がない(求めてもいいことはない)という点で、子どもには責任がないと言い切ってしまうのかもしれません。
ただし、個人で責任を背負いすぎると、結局責任が果たせなくなることもあります。こうやって考えてみると、責任というものはとても難しいですね……。考える機会をありがとうございます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.進路を考えないといけないときなのに、もう疲れてしまい、この世界に希望が感じられない。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人生に疲れました。進路について考えないといけないときなのに、もう疲れてしまいました。この世界に希望が感じられないです。しかし、今、大事な決断をしないといけない時期なので、どうすれば決断できるか教えてほしいです。

A.この世界に希望を感じられないのに進路について考えないといけないのは・・・非常に困りましたね。ウ・サギは長いスパンで将来を考えようとすると、「生きたいとも思ってないのに、そんな先のこと考えるとか無理すぎる」と死にたい気持ちさんが発狂するので、とりあえず先は1年くらいしか考えないようにしています。この環境でこれをやれるなら1年はまあ生きていてもいいかという繰り返しで、行きつ戻りつはありつつも、少しずつ生きることは楽になってきました。
希望が感じられないのに考えるのは疲れてしまうと思うので、とりあえず目の前の1週間とか、3カ月とか、1年間とかをイメージして「これだったら多少は息がしやすいかも」という環境に自分を置いてあげてほしいとウ・サギは思いました。ちなみに、進路はそんなに大事な決断じゃないとウ・サギは考えています。やる元気を温存しておければ、たいていのことは後から案外どうにでもなります。どうにでもならないと脅してくる人や、実際にどうにもならなかった経験をした人もいるとは思いますが、自分を支えるつながりと巡り会えたなら、衣食住を守られて自分らしく生きていくことはいつからでも間に合うとウ・サギは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.お金を使いすぎてしまい、収支マイナスで給料日に病むの繰り返しです泣
この記事の担当 所長室

Q.お金使いすぎてしまいます泣
お金使う時が一番ストレス解消で幸せで、収支マイナスで給料日に病むの繰り返しです泣
この衝動どうしたらいいでしょう

A.キャッシュレス決済が支流になり、使い過ぎる感は多くの人が体感している気もするよ。だって、手元に現金が無くても買えてしまうから、我慢しなくて良いような感覚も持ちやすい。世の中全体が便利になり、個人の我慢への耐久性はどんどん減っているはず。
それに輪をかけて、SNSで繰り返し入ってくる情報で、すでに誰のための買い物かすらわからなくなってくる。ゴロン猫はホコリのかかったステッパーが部屋の片隅に転がっているよ。言い換えとして正しいかはわからないけど、誰もが衝動しやすくなるような仕掛け(トラップ)だらけ。そんな風に世の中を斜めにみたり下から見たりしてみると、自分の「買いたい(お金を使いたい)」にフォーカスが当たり過ぎず、ちょっとだけ熱が冷めたりしそう。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/3/4