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幼少期から様々なジャンルの本・漫画に触れてきた

人生を振り返ると、これまで興味の無かった世界を親しい友人やパートナーに勧められて覗いてみたという経験が多数あります。どの物事についても何か面白さを発見できたのは、きっと幼少期から様々なジャンルの本・漫画に触れてきたからだろうなと(勝手に)推測しています。本は私をそこにいながら様々な世界に連れて行ってくれます。

(30代 女性)

みんなの当たり前を当たり前だと感じられなくて寂しい

身体の都合で他人とは違う感覚を持って生きている。みんなの当たり前を当たり前だと感じられなくて寂しい。
社会生活を送るためには、その他人とは違う感覚についてみんなに分かるように丁寧に説明することが必要不可欠だったが、幼少期から自分一人だけその苦労を要求されているうちに、いつの間にか人と関わることも面倒になり、何かと諦めがちになった。
説明しなくても分かってもらえる普通の人たちが、今でもとても羨ましい。

(25~29歳 性別回答しない)

アセクシュアル、アロマンティックに当てはまる気がする

私は、アセクシャル、アロマンティックに当てはまるような気がするなと思っています。
私は、子供を絶対に作りたくないし、産みたくないし、育てたくないし、持ちたくないです。妊娠も絶対にしたくないし、
恋愛や結婚や性的なことを他者とするのも絶対に嫌です。
その一方で、私自身のことを愛していたいという気持ちがあります。その自分への愛は恋愛や性愛とは違うように感じます、そして、その自分への愛と同時に、自己嫌悪や自己否定や自責も私の感覚に同居しており、その愛は、自己肯定感ともなんだか違うように感じます。
私にも好きなキャラクターや好きな登場人物、好きなクリエイターさんはいるのですが、恋愛や性愛の意味で好きなわけではないのに、絶対に違うのに、勝手に頭の中に自分の好きの気持ちに反するイメージが「本当に恋愛や性愛とは違うのか?」と疑って詰問するように浮かんできて、作品を楽しみたいのに、自分の好きの感覚への疑いや、自分の好きではないイメージに対する強い気持ち悪さや嫌悪感で苦しくなってしまうことが度々あるのが悩みです。
他者とどのように関わりたいかについて、私の中では、専門家と関わり支援を受けるとか、何かしらの(安全かつ健全な)活動を他者と行い「楽しい時間」を過ごすみたいな、他者との関わりをしたいなと思っている気がします。
他者と恋愛や性愛では無い形で、深く関わりたいかどうかは、私の中では、まだよくわからないなという感じです。

(18~24歳 女性)

別の言語文化圏では楽になることもあるかも

私はもともと語学が好きで、色々な言葉を勉強してはその言語話者が住む国・地域に出かけていって色々おしゃべりする・関わる・恋愛するなどということをやってきました。日本語日本文化を話す人たちとの関係で悩むこと・つらいことがあれば、別の言語文化圏では人間関係めっちゃ楽になることもあるかも!と思ったりします。これは英語だけを指しているのではなく、中国・韓国語やタイ語などアジアの言葉を勉強するのもおもしろいですよ💓

(30代 男性)

人の意識は一つの長編小説

人との出会いや人の意識に触れることは楽しいし、まるで一つの長編小説を読ませてもらっている感覚がある。おそらく小さいころから潜在的に思ってはいたが、本当に楽しんで関わりだせたのは20代後半ぐらい。色々なことから突き抜けられて、本当は薄っぺらい自分という存在を少し受け入れられるようになってから。肯定じゃなくても自分を受け入れられないと人への興味や関心は100%向かないものなのかなとも思う。もっと早くて若いうちにそれに気づきたかったと思う。

(30代 男性)

「都合のいい人」によくなっている

与えられた仕事や業務、作業はある程度何でもこなせてしまい、またスピードも早いためか、いつも自分のキャパ以上の仕事を任せられることや、必要以上の業務を任せられることもあり、「都合のいい人」によくなっています。ただでもその分過大評価されることもあります。

(25~29歳 女性)

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