Q.誰かの役に立てなかったら、人は何のために生きてるのでしょうか。
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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります
カエル これは【質問1】の話からいくと、誰かの役に立てない人はたぶんいないとカエルは思ってる。何が役立つになるかだよね。
ウ・サギ 役立つは自分で決めれないんだよ。
ペン 役立つは、影響を与えると似てるとやみーペンは思うんだけど。役に立ったかどうかは自分が決めるものじゃないでしょ? でも、絶対存在してたら影響は与えちゃうんだよね。
カエル 山の中で誰にも会わず。
ペン でも、それも木とかには影響与えちゃうでしょ?
カエル 環境には影響を与えちゃう。
ペン 与えちゃうよね。土とか触るもんね。だから、生きてるものは全て影響は与えちゃう。で、それをどう捉えられるかは相手とか物次第。
ウ・サギ じゃあ、やっぱりマッチングってことか。
カエル 例えば今山奥で一人で暮らしてる人のイメージをしたら……排泄をしなきゃいけないから、そこら辺に排泄したとして、例えばそれが植物の栄養になっちゃうかもしれないよね。街の中で同じことをしたら怒られちゃうかもしれないよね。トイレがないところでしたら迷惑行為になってしまう。だから、(質問文から)『誰かの役に立てなかったら』っていうのは、誰が決めるのかの問題。存在すると何かのためになっちゃうんだよね。何かのためになっちゃうから生きてる? カエルはね、「何のために(生きる)」は無い派だから。
ウ・サギ ウ・サギも無いとは思うけど、循環の一員になることが大切なのかなとは最近思ってますね。自分が何かを残すとかじゃなくて、繋いでいくとか、他を邪魔しないとか。だって全部、みんな死んでいって循環していくわけじゃないですか。
カエル 循環の一部になるために生きてる?
ウ・サギ だと思うんですよね。だから、自分だけが役に立つとかキャリアとかっていうのが、そもそもすごく人間的というかちょっと変な発想な気がしてます、最近は。
カエル 個人が社会から切り離されちゃってるよね。そうじゃなく、そもそも社会は個人の集合体で、いろんな人がお陰様で成り立ってるから……。お陰様の一員になるために生きてるといえば、そういう風にも言える。必ず役に立てない人はいないし、そんな大それてすごい役に立つ人もいないんです。答えになってるかな? 「屁理屈こねてるぞ」って言われるかもしれない。
ウ・サギ そう捉えられちゃったら、それはそれでしょうがないかもしれない。でもこれめっちゃ真面目に言ってますよ。