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記事の担当 ウ・サギ
Q.違う意見にモヤモヤして消化しきれない感覚が湧く。人それぞれと割り切れない自分が嫌になる。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分と違う意見があるなんて当たり前のことなのに、自分と違う意見を見ると、とてもモヤモヤして、消化しきれない感覚が湧いてくる。つらい。「まあ人それぞれだよな」と割り切れない自分が本当に嫌になる。自分なんて大嫌いだ。でも、「これが俺だ」って胸を張りたい気持ちもある。苦しい。

A.ウ・サギも比較的そのタイプだと思うので、ふむふむと頷きながら、本当にそれは「自分と違う意見」で片づけていい、呑み込なくてはいけないものなのか?と考えてしまいました。権力のある側が弱い立場の人のことも知らずに、何かを意見しているなら、それは暴力だとウ・サギは思うからです。暴力にモヤモヤを抱くのは、健全で大切な感覚だと思います。また、自分の意見を受け止めてもらった貯金が足りないと(むしろ否定されて借金が溜まっていると)、違う意見をうまく受け止めることが難しいとウ・サギは経験から感じたりもします。
何はともあれ、割り切れないところには自分にとって大切なものが隠れていたり、何かしらの理由があると思うので、割り切れない自分も「まあしょうがないか」と許してあげてほしい気持ちになったウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/16
Q.知人からの質問が無神経で怒り心頭!
この記事の担当 ウ・サギ

Q.知人からの質問に怒り心頭! 相手もこっちが死にたい気持ちになっているとは知らなかったと思うけど、死にたい気持ちが増幅するではなく、こんな時に無神経なこと聞きやがってと思った!

A.怒り心頭の様子がよく伝わってきて「この度はお疲れ様でした」とまずは声をかけたくなりました。でも、失礼だ!おかしい!と怒れるのは、自分の感性がよく働いている証だと思ったので、生きかたカエル風に言うと拍手を送りたくなりました。
生きていれば腹が立つことも絶対あるので、しっかり怒りの感情は出してあげて、さっぱり忘れていくような自分になりたいウ・サギです。(そうじゃないと駄目ってわけじゃないですが、根に持つのは疲れるので、そろそろ引退したい……)

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/16
Q.結局人間は自分の都合の良いことを求めてズルい方法や考えを駆使するんだなぁ、と思います。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.結局人間は自分が都合の良いように物事がいって欲しくて、そのためならズルい方法や考えを駆使するんだなぁ、と思います。
そんなことを考えていたら、すべての人が歪んで化け物みたいに見えてきて辛いです。どうしたら少しでも楽になるでしょうか。

A.それに気づいてしまいましたか…。たしかに、人間にはそういった側面があるとウ・サギは思います。でももちろん、希望の抱ける側面、そういったものを乗り越えてお互いを尊重し合う力もあるのが人間だとウ・サギは思っています。
自分の都合の良いように(もう細かく分ければ、自分にとってわかりやすい、対処しやすいように、自分が変わらないでいいように、否定されないように)物事がいってほしい気持ち自体は誰にでもある、自然なものなのだろうとウ・サギは考えています。それは、自分の予想が外れるのも、予想外のことに対処するのも、自分を変えるのも、大変なことだからです。人間の脳のキャパを超えて今の社会が複雑になりすぎたから仕方ないのかなと思いつつ、でも複雑に見えるだけで本当はシンプルであるはず…とか、予想外のことや答えのないことも受け止めて揺れ動きながら進んでいく力(ネガティブケイパビリティと呼ばれるやつですね)をもっと発揮できるはずとか、それこそ「まだ人間界には希望がある」とウ・サギの都合の良い世界を求めてぐるぐるしている今です……笑
ただ、ズルい方法や考えをあまり駆使するのは困りますよね……。大問題なのは、立場が上の人が強引にこれをやることだとウ・サギは感じています。そしてさらに困ったことに、ズルをされた側が「私はこう感じました!あなたはズルい」と言わないと(これは直接言わず、誰かを介して全然OK)、ズルをした側はなかなかそれに気づけないのですよ……。だから、人が化け物というのはちょっと違って、化け物状態になってしまっている人がたくさんいる、というのが正確なところなのかなとウ・サギは思っています。それもそれで残念でつらいことではありますが、人間は環境次第で化け物にもなれるし、化け物じゃない何かになることもできるのだとウ・サギは思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/16
Q.人と話すとき自虐することが対等な人間関係を邪魔していたかも。どうすれば自虐せず人と話せる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人と話すとき、「私って陰キャだから…」「コミュ障だから…」(あまり言葉選びが正しくないと思うのですが、申し訳ないです)と自虐しがちで、それが対等な人間関係を築くのを邪魔していたかもと気付きました。どうすれば自虐せず、人とお話ができますか?

A.ウ・サギも自虐を時々使うタイプではありますが、相手と場合を間違えると、今の自虐はなんか良くない方向に働いたかも……と思うことはあった気がします。たしかに自虐は対等な関係性を邪魔するのかもしれないですね…。あまり考えたことがなかったテーマなので、なるほど…と唸っています。
コミュ障だと言ってしまうのは、あまり喋るのが得意じゃないよという予防線を張っておく意味合いがあるのでしょうか。自分は至らない点をあらかじめ伝えておくことは、誤解されづらくなるのは良い点でも、困ったりモヤっとしても私を責めないでねというずるさとも言える…?とか、あなたより下の存在として扱ってくださいねという先手の対等拒否…?とか、いろいろ思考が巡っているウ・サギです。
そのあたりを問題だと考えるなら、自虐をやめるという方法だけでなく、「自虐がくせになっていて時々出るけど気にしないで!」とスルーをお願いしておくとか、「自虐が出たら、また出てるよ~!と教えて」と一緒に自虐問題に付き合ってもらうとか、そういった方法もあるかもしれません。
根本の原因としては、対人の不安から反射で自己防衛してしまっている説かなとウ・サギは思うので、行動を意識していくだけでなく、対人で安心できる経験が積み重なるのも大事だったりしそうです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/16
Q.大人は悩みがあったら誰かに相談しなさいというけど、そんなの綺麗事だと感じる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.大人はみんな、悩みがあったら1人で抱え込まず誰かに相談しなさいというけど、そんなのただの綺麗事だと感じるし、そういう声があってもオーバードーズしてしまう若者が増えていたり、辛さや苦しみを話せない人がいなくならないのはどうしてだと思いますか。

A.実に鋭い質問で、大人が向き合わないといけない、大切な問いかけだとウ・サギは思いました。
ウ・サギの答えとしては、そもそも相談は共同作業なので、聞き手の力量が至らないという点がまずあると思っています。だから「相談しなさい」ではなく「相談してほしいので、相談をしてもらえるように頑張ります」とメッセージを発するべきとウ・サギは思いますし、そういう謙虚さや、自分自身に向き合う姿勢が、社会に不足しているように思います。(ウ・サギも気をつけないと……)
次に、大人個人の頑張りのレベルを超えて、社会に「自己責任論」という考え方、「迷惑をかけてはいけない」というウイルスが爆発的に広がっていることも理由の一つだとウ・サギは思っています。自分一人だけで生きれる人はどこにもいませんし、本来、社会というのは助け合い、支え合いで成り立っているものなのですが、みんなそれを忘れてしまって、「困るのは自分のせい、自分の努力でどうにかするべき」という考えが広まってしまっています。生きづLABOとしては、その「迷惑をかけてはいけない」ウイルスに非常に危機感を抱いており(ウ・サギの心の中にも、油断すると増殖してきます)、みんなと一緒に考えていきたいと思っています。
また、コミュニケーションについて、相手の求めている正解を言う形で生き延びるしかなかった人が多いことも、もっと大人は知って考えないといけないとウ・サギは思っています。
1人で抱え込まずに相談してほしい(ウ・サギの感覚で言うならシェアしてほしい)とウ・サギも思うのですが、どうしたらそれが綺麗事ではなく広がるのか、向き合って試行錯誤していきたいです。鋭い質問をありがとうございます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/15
Q.妹に踏台にされるのはもう嫌だ。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.妹に踏台にされるのはもう嫌だ。

A.踏台にされるというのは、補足の内容を読んで少しかみ砕くと、上の自分の失敗を生かして、妹は同じ損をしないで済むということですかね。ウ・サギはあまり考えたことがなかったですが、たしかにきょうだいにはそういった宿命はありますし、自分にとって悔しさや悲しさの残る失敗であるほど、下のきょうだいが自分の失敗を生かして上手くいっているのを見るとモヤモヤが止まらなくなる気がします。
きょうだいと完全に距離が離れて、比べる機会もなくなれば少し楽になるのかな…?とは思いつつ、これまでも大小さまざまな納得できない気持ちや悔しさを、質問者さんはもしかしたら一人でぐっと我慢してきたからこそ、しんどさが湧き上がってきているのかもしれないと想像を巡らせているところです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/15
Q.悩みまくって、人に相談するのさえ面倒くさくなってきました
この記事の担当 ウ・サギ

Q.悩みまくって、人に相談するのさえ面倒くさくなってきました

A.悩みを相談するのはエネルギーを使うものですし、相談したからといってすぐには解決しないタイプの悩みも多いですし、面倒くさいと感じるのもまっとうな感覚だとウ・サギは思いました。世間では「困ったときは相談」「いつでも相談してね」みたいなメッセージがありますが、何も喋る気になれなくても、家でぼーっと待っていても、相談が押し掛けてきてテレパシーで全部処理してくれるべきなのに、と思ったりもします。そんなことは現実問題無理だとはわかりますが、ただでさえ困っていて悩んでいて大変な人が、手間もかかるしリスクもある相談という行為を頑張ってしなくてはならないというのは、どうも納得できない部分のあるウ・サギです。
ます愚痴とか嘆きみたいなもので受け入れてもらえる場があれば、少しは楽だったりするのでしょうかね……。

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update 2026/2/15
Q.学校をドロップアウトし今も大学に行けてないがどうやって新しいコミュニティを見つけたら良い?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.これまで学校からドロップアウトしてきて、いまも大学に行けていないのですが、どうやって新しいコミュニティを見つけたら良いでしょうか。何年もひとりぼっちで生活してきて、とても寂しいです。

A.寂しい気持ち受け止めました。住まいが都市部なのか地方なのか、どのような性質のコミュニティと合うかなどで、選択肢は変わってくるのでなかなか「こう!」と答えづらい部分はあるものの、なるべく考えてみたいと思います。
まず思い浮かんだのは、サポステ(地域若者サポートステーション)です。働くための支援というのが若干前提になってしまう部分はありますが、学校をドロップアウトをしてきた人はメイン対象層の一つというイメージがあります。スタッフからの支援的な関わりと、仲間との出会いの両方があるのも良い点だと思います。あとは学校ドロップアウトを考えると、同年代のコミュニティが苦手な可能性もあると勝手ながら想像したので、メインの年齢層が自分と違うコミュニティを探してみるというのもありかもしれません。例えば、子ども向けまたは高齢者向けのボランティアとかが浮かびましたが、ウ・サギが自分で行くのを想像すると、ちょっとハードルが高いかも…と思ったり。コミュニケーションのハードルが低いのは同じコンテンツを推す仲間との交流…?とも想像しつつ、その場合だとネットが中心になってしまったり、狭いコミュニティゆえの難しさもあるかもしれないですかね……。結局は合うか合わないかはそこにいる人との相性次第の部分も大きいので、難しいところです。
コミュニティとしては良くも悪くもお互いに少し距離はありますが、生きづLABOの研究員活動(募集記事)はチャットもやっているので、興味があったらぜひどうぞ。

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update 2026/2/15
Q.話せない自分と察するのが苦手な相手。上手く伝せるにはどうしたらいい?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.話すのが苦手だから察してほしいけど、相手は察するのが苦手な人っぽい。話せない自分と察するのが苦手な相手。上手く伝えるにはどうしたらいい?

A.なるほど…話すのが苦手というのは、困っているなどと言い出すこと、気付いてもらうところの部分のハードルで、そこさえクリアすれば相手が親切に聞いてくれるという状況で想像しています。話す以外のサイン(例えば、何かハンドサインを作っておくとか、困ってる用の色のスマホケースやスマホに挟むステッカーを作っておくとか、LINEのアイコンを変えるとか…)を作っておくという方法が浮かびましたが、いかがでしょうか。
あくまでサインは一例ですが、話すのが苦手という部分を共有して、お互いにやりやすい伝え方を一緒に考えるのが良さそうだとウ・サギは思います。誰しも苦手はいろいろあるので、自分だけで解決しようと頑張るのではなく、苦手を伝えて配慮を考える文化が生まれると、誰にとっても生きやすくなりそうだと感じているウ・サギです。
といっても、そのサインを決めていない今だと、今困っているというのは伝えられないですね……困りました。どうしても安易に話すことを推奨してしまうときがありますが、話すのってそう簡単じゃないこともあるのは、ウ・サギも気をつけたいと思いました。話すのが苦手な人向けに、全員が共通でわかる「今ピンチです」ハンドサインが必要かもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/15
Q.いちど死にたいに気づいてしまうと小さくなることはあってもなくならない気がするがどう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近、死にたいという気持ちを知らなかった時にもどりたいなと思います。いちど死にたいという気持ちに気づいてしまうと、その先も小さくなることはあってもなくなることはないんじゃないかと思うんですが、どう思いますか?

A.気持ちの変化に断定できるものはないので、はっきりしたことは言えませんが、ウ・サギは自分の「死にたい」については完全になくなる日はないだろうと思っています。でもそれをしんどいと感じているか?と聞かれると、あまりそういう感覚はなくて、傷も自分のこころの一部だから仕方ないね、という静かな諦めを抱いています。
生きることは多かれ少なかれ痛みを伴うものですし、しかも今は残念なことに理不尽も多い社会で、ウ・サギは嫌なことや苦手なことの多い気難しいやつで、昔の傷つきも忘れないタイプなので、ウ・サギがウ・サギである限り、死にたいは消えなさそうだと感じています。
ただ、前向きな側面もきちんとお伝えしておくと、年齢が上がって経験を重ねてつながりが増えるほどに、自己理解が進み自分で環境も調整しやすくなることから、死にたいが大人しくしていられる暮らしを安定して続けられる可能性は高まっていきます。若い頃は感受性が強くて環境から受けるダメージが大きいのに、環境を変える選択肢もストレス解消の選択肢も少なく、なかなか生きているだけで大変だとウ・サギは思います。
ただ、これについては良い経験ができる&つながりを増やせるという幸運があってこそ、年齢が味方になるという話なので、「年齢が上がると楽になるよ」なんて簡単に言ってはいけないともウ・サギは感じています。どんな年齢でも状況でも、死にたいと思うほどのストレスから逃れられる、または死にたいとうまく付き合っていけるようなサポートがある社会を作っていきたいところです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/12