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記事の担当 ウ・サギ
Q.愛犬が入院した。もしこのまま死んでしまったら耐えられないと思う。どうしたら良いか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.愛犬が入院しました。もしこのまま死んでしまったら、耐えられないと思う。どうしたら良いでしょうか。そもそも、自分がこんな不安定な状態で犬を飼っていること自体が、間違っている気がします。

A.ウ・サギも愛犬がいるし、いた(一匹看取っている)ので、それは気持ちがざわざわして落ち着かないだろうなあ…と感情移入してしまいました。大切な存在をなくす恐怖は、考え始めるとどうしようもなく止められず苦しいものだと感じますが、それだけ大切に思える存在がいるという証の痛みなのだとも感じています。
自分がこんな不安定な状態で犬を飼っていること自体が間違っているのでは?には、全然間違ってないと思いますよ、とウ・サギは言いたいです。ウ・サギは、これまで犬と付き合ってきた経験から、飼い主が不安定でも全然完璧とはいえなくても、犬は愛情を受け取ってくれる存在だと思っています。だから、あなたの言う間違いがどういった定義かはわかりませんが、愛犬があなたが飼い主であることを間違いだと感じることはない、とは言いたくなりました。

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update 2025/9/12
Q.死にたいです。死んでしまってもいいですか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.死にたいです。死んでしまってもいいですか

A.そう感じてしまうくらいに追い詰められて、苦しい気持ちになっているのだと受け取りました。そして、つらい状況から少しでも逃げる方法を考えたり、助けになりそうなものを探したりするのを、ウ・サギとしては手伝いたいと思っています。
補足に少し具体的なことが書いてありましたが、自分をからかったりいじめてくるような相手からは、何よりも逃げるのを優先していいとウ・サギは思います。そんなにつらい思いまでして、行かなくてはならない場所や、やらなくてはいけないことはありません。チャットなどで相談できる先も最近は増えていますし、今も自分を助けるためにやれることは精一杯やっているかと思いますが、少しでも頼れそうなものはなんでも使ってください…!とも伝えたいです。またよかったら質問も送ってください。

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update 2025/9/11
Q.市の人と話す時間がまたほしいと先生に頼んだら、緊急性がわからないから行けないと言われた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.市の人に学校伝いで話をする時間を作ってもらってた。次も作ってほしいと学校の先生に頼んだら、緊急性がわからないから行けないと市の人に言われた、と言われた。それは私が話したい内容を伏せたからあとは自分で直接電話して、市の方にも行け、と言われた。

A.言葉にしないと伝わらないのも事実かもしれませんが、大変だと言うこと自体にも抵抗が生まれるし、うまく言葉にするのも簡単じゃないのですよね……。だから大変さを認識してもらえず、苦しい側がより苦しい思いをする・・・というのは時々聞く話で、いつもとてもやりきれなく思います。
大変な状況にい続けた人の「言えない」心理やメカニズムを、先生たちがもっと知っていればいいのですが、そのあたりの実態がまだ十分に知られていない現状があるのだろうなと感じます。違う先生に頼んでみる、言葉にするのが難しければ書いて伝えてみるなど、いくつかできる工夫は浮かびましたが、つらい人がそうやって頑張るのではなく、「次も作ってほしい」とあなたはすでにきちんと伝えているのだから、SOSを大人が頑張って拾ってほしいと思うウ・サギです。

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update 2025/9/11
Q.母に「さっき言ったよ」と言われるが、私が聞いてないのか、母が言ったつもりなのかわからない
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私は記憶力が無く、さっき言われた事をちゃんと聞いていなかったらすぐ忘れてしまうほどです。母に明日の(自分や母の)予定を聞く時に「何時から?」と聞くと「さっき言ったよ」「さっき言ったじゃん怒」と言われてしまいます。ちゃんと聞いていなくて知らないのか、母が言ったつもりなのかわかりません。おそらく前者なのですが、モヤモヤします。考えを聞きたいです。くだらなくてすみません。

A.事実が何かは別として、記憶にないことを責められたり、相手と認識がズレているときに相手が正しいという態度をとられると、モヤモヤはして当然だと思います。所長たちだと生きかたカエルは結構忘れるタイプで、ウ・サギは全然忘れないタイプなので、認識がズレることも時々ありますが、カエルがあまり何も気にしないのでまあまあ平和にやっています。
そもそも、記憶はとても曖昧なものであって、とある研究では「昔こういうことあったよね」と(実際にはしていないことを)周りに言われると、25%の人がその記憶を本当にあったものと勘違いしたという話もあります。だから「自分は言った記憶はあるよ」と自分の認識は伝えても、自分の記憶を信じすぎず、相手の記憶にも期待しすぎず、良い意味で適当に生きていけるといいのかな・・・と思ったりしました。そう考えると、これは記憶の問題というよりは、母が自分が正しい!と強い圧をかけてくることの問題なのかもしれません。

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update 2025/9/11
Q.人間なのに自分を人間だと思えないです。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間なのに自分を人間だと思えないです。

A.なるほど…この文章だけでは、そのことで困っているのか、これはどういうことなのだろう?と気になっているのか、ちょっとそのあたりがわからないので変な回答になったらすみません。でも、「人間だと思えない」ということは、こういうのが人間だという像があなたの中にあるのか(=だからそうじゃない自分は人間じゃないという考え)、何か感覚的に・具体的に自分を人間じゃない何かだ(例えば、宇宙人だとか)と感じるのか、何かしら思考や感覚があるのだろうとは想像しています。
とはいえ考えてみると、誰も望んで人間になったわけではないですし、自分が人間だと思えないことはある意味自然なことなのかも…?ともちょっと感じました。

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update 2025/9/7
Q.持病があってお酒が飲めないのに、親がお酒勧めてくる。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.肝臓に持病があって、体質ではアルコール分解できるのに、お酒飲めません。20歳とっくに過ぎているのに飲む必要も感じてないし、一回も飲んだことありません。なのに、親がお酒勧めてきます。

A.親は持病のこともわかっているし、飲む必要も感じていないことをわかった上で、お酒を勧めてくるという話でしょうか。もしそうだとしたら・・・なんというか、なぜ勧めてくるんだ?と単純に困惑しました。
ウ・サギはいろいろ考えた上で話すタイプですが、世の中には適当に自分の言いたいことを言う会話というのも結構ある気もしているので、そういうものなのでしょうか。ウ・サギはとくにお酒を飲む必要があるとも思わないですし、他の誰がどんな飲酒生活をしても構いませんが、酔っぱらっている人と酔っていない人が同じ空間にいると、酔ってない人がちょっと損をすることが多いように感じるのだけは、ちょっと納得できないものを感じるときはあります。

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update 2025/9/7
Q.ネッ友を裏切った人に悪口を言ってしまった。早く自分という存在を消したい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ネッ友がとある人に裏切られ、傷ついていて、その人に悪口を言ってしまった。早く自分と言う存在を消したい。生きている意味がない。

A.補足から、結果的にネッ友にも迷惑をかけてしまった、ネットを荒らす一員になってしまった、というあたりが自分を消したいポイントだと受け取っています。ウ・サギも、自分が周囲に迷惑をかける類の失敗したと思うとわあああって感じで消えたくなるので、気持ちとしてはとても共感しつつ、冷静に考えるならそれほど気にしなくても大丈夫だと思うよ、とも感じています。
正義感と怒りが混ざって感情的な行動に出て、結果的に周りに迷惑をかけてしまうのは、ほとんどの人がやっているのではないでしょうか。しかも、それに気づかない人や、気づいてもあまり気にしない人もいます。だからあなたのやってしまったことの質や中身よりは、それで「生きている意味がない」まで急激にいくエネルギーの動きが、ウ・サギは気になりました。周りに迷惑をかけないように、大切にしたいものを大切にできるように、というところをすごく自分に厳しく求めているのでしょうかね……。

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update 2025/9/3
Q.親に対して屈辱感を感じているが、他に聞いたことないので私だけなのかな?と気になっている
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親に対して屈辱感を感じています。親に対しての罪悪感なら聞いたことがあるし、私も感じることがありますが屈辱感は聞いたことがなく私だけなのかな?と気になっています。

A.なるほど・・・屈辱感ですか。AIに聞いてみたところ「他者によって大いに恥ずかしい思いをさせられ、面目を失ったと感じる感情のことです。相手に屈服させられるなどして自尊心が傷つき、恥ずかしさや悔しさ、無念さを伴います。」と説明されました。
ウ・サギは感じたことがあるだろうか?と振り返ってみたのですが、わりとありました……!相手が親だろうが誰だろうが、相手の言動と、自分自身の個性とのマッチングで、屈辱感を抱くことはありそうな気がします。
相手に「屈服させられる」や「悔しさ」の部分がポイントな気がしていて、それらの感情は、自立心が強いタイプだと湧きやすくて、自立心がそこまで旺盛じゃないタイプだとあまり感じないかもしれないと思いました。相手の言動については、バカにしてくる態度をされたら屈辱は感じやすいとは思いましたが、そこに屈辱ではなく、怒りや憎しみという名前をつける人もいそうだとも感じます。あと屈辱は「恥ずかしい」という感覚が鮮烈かと思うので、屈辱感を抱いていたとしても、それを表明せずに隠す人も多いのかもしれません。

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update 2025/9/3
Q.おばあちゃんがお父さんに向かって強い口調で言うのが辛い
この記事の担当 ウ・サギ

Q.おばあちゃんがお父さんに向かって強い口調で言うのが辛い

A.家庭の中で、おばあちゃんからお父さんへの関わりだけ、見ていてわかるくらいに態度が強いのですね。補足に書いていた「これって差別?」には、辞書の定義でいくなら差別とは違うのですが(差別というのは、例えば性別や人種や病気などの、何か特定の”属性”があるからという理由で攻撃するものを言います)、おばあちゃんの態度に質問者さんとしては不当なものを感じているのだろうとウ・サギは想像しています。
なんでお父さんにだけ態度が違うのか?そうしてしまうような理由もわからないし、やめてほしい・・・そういった気持ちがあるのかなと思いました。そもそもどんな理由があろうと、子どもの前で、不当な扱いや攻撃的な言動を見せないでほしいとウ・サギは思います。
家庭内で大人間の喧嘩を見ているだけで、自分が攻撃されていなくても心に傷を受けるという話はされていますし、喧嘩までいかなくても同じように傷つくことがあると感じます。直接やめてほしいとは言えないかもしれないですが、辛いという話を言えそうな人がいたらなるべく相談してほしいとウ・サギは思いました。

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update 2025/9/2
Q.「本来のその人」って一体何?よくない性質だけ個性を切り離すなんてできるの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「本来のその人」って一体何でしょうか?
よくない性質だけ個性とは切り離すなんて、都合のいいことが本当にできるのでしょうか。
所長たちが普段言っている、「よくない行動でも無理にやめさせず背景を分析すべき」という考えとも矛盾する気がします。

A.(補足)所長たちの質問回答配信第22回の質問1「精神疾患や発達障害の治療では、主に『考え方や行動の矯正』を行うと聞きました。じゃあ正しい考え方ってどういうもので、誰の基準で決まるのか疑問です。これを考えるほどに、ニューロダイバーシティという理念も胡散臭く思えてきます。」を見ての質問とのことです

質問と補足を読んでウ・サギが気づいたのは、質問者さんの言っている「認知行動療法」と、ウ・サギ(たち)のイメージしている「認知行動療法」には、何かしらの違いやズレが生じていそうだな、ということです。
これはウ・サギの印象なので間違っていたら申し訳ないですが、質問者さんの言っているもの(実際に経験したものでもあるのかなと想像しています)は医学モデルでの話で、ウ・サギは社会モデル・対話モデルでの運用をされるのは勝手に大前提とした上で話している気がします。
何がよくないものなのかを医療を提供する側が定義し、患者が努力や工夫をしてそれを変えていきましょう、というスタンスで行われるなら、どんな療法だろうとウ・サギは大反対です(残念なことに、実態としてはそういった場合があるのでしょうね……)。ただ、それは認知行動療法という技法の問題ではなく、医療というもの自体や支援者のあり方の問題だと捉えているので、認知行動療法を対象にしたネガティブな気持ちはあまりないです。何がよくないもの・変えたいものかを(そもそもそこに正解もないですが)対話の中で本人が決めて、本人と周囲と双方で歩み寄りや折り合いを探っていくために使う枠組みとして、認知行動を意識して考えてみるのは悪くないよね、と思っています。
ただ、合う人合わない人はいるかと思いますし、ウ・サギ自身が認知行動療法を受けるということだけで考えると、きっと合わないだろうと感じます。社会の常識といわれるものからの圧や合わなさでの傷つきが大きい場合や、もともと思考が発達している場合は、あまり合わず、腹立たしい思いさえする。社会の風潮というよりは特定の誰かとの関係での傷つきが大きい場合や、感覚や感情が優位で思考を伸ばした方が生きやすい場合は、わりと有効・・・?という印象はあります。これはあくまで主観バリバリの仮説ですが。

補足にあった「いつか生きづLABOでこのような問題を話しあえたら、社会の課題を一つ明らかにできそうだと思うのですが」という意見には賛成です!どうしたら安全な話し合いの場になるか、参加したい人たちが参加しやすいツールや運営方法は何か、ああ先に研究員制度を始めるための利用規約を整備しなくては(研究員にならなくても話し合う場はあっていいのですが、まずは前から言ってることをやらなくてはという筋)、そんなうちにやろうやろうと口だけのウ・サギになってしまう・・・と頭も心も忙しくなってきました。
当事者の違和感を出発点に対話を深めていくことは、社会の課題を明らかにしていくための超有効なアプローチだと思っています。

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update 2025/9/2