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記事の担当 ウ・サギ
Q.どうして多くの支援者は、リスカに対してすぐに代替行為をするように言うのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.どうして、多くの支援者は、すぐに代替行為をするように言うのですか?あなたの衝動や感情は、腕を赤ペンで塗るくらいの簡単な行為で収まるものだから、リスカなんて大げさなことしなくていいと思われているように感じます。

A.多くの支援者がそうやって言うのは、代替行為の提案が定番になっているのもありますが、強い刺激を入れなくては抑えられないほどの激しい衝動や感情を知らないから、というのが一番の理由だとウ・サギは感じます。支援者にもあの衝動や感情を体験してもらえたら、色々と簡単に言えなくなるだろうし、それと日々闘っている私たちのことをリスペクトしてくれるはずなのに…としんどかった頃のウ・サギはよく思っていました。ウ・サギはリスカはしませんでしたが、支援者が提案するような、平和で健康的な行為で発散することはできるわけない…!という感覚はありました。
でも、代替行為をするという発想も知らない人もいれば、代替行為が実際に役立つ人もいるのも事実だと思います。だから代替行為の話題を支援者が出すこと自体は、きっとそこまで問題はなくて、「すぐに」代替行為をするように言うのが問題なのだと思っています。日本では、先生は生徒を教える、大人は子どもを導く、みたいに「立場が上の人がアドバイスする」風習が強く、対等に対話する、まずは話を聞いてよく想像する、みたいな習慣があまり身についていない大人も多いのかもしれません。
ウ・サギもそうならないように気をつけないと・・・と思うとともに、あなたのその声を、支援者に届けたいと強く思いました。

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update 2025/5/28
Q.これまで生きてきたこともこれから生きていくことに対して意味が見出せない
この記事の担当 ウ・サギ

Q.これまで生きてきたこともこれから生きていくことに対して意味が見出せない。こんな苦しい思いをするくらいなら死んだほうがマシだと思う。毎日同じことの繰り返しでつまらないし、将来のことなんか考えたくない。生まれてきたくなかった。

A.ウ・サギは生まれてきた意味も生きていく意味も無いと考えてる派ですが、あなたの生があなたの実感として「苦しさに対して割に合わない」という表明として、質問を受け取りました。この社会は苦痛やプレッシャーの量に対して、生活の豊かさや自由がかなり少ないとウ・サギは感じているので、そうだよなあ・・・と、あなた個人の経験から生まれた言葉だとは受け止めつつ、背景にある社会課題の重みを勝手ながら感じ取っているところです。
「こんな苦しい思いをするくらいなら」死んだほうがマシだということは、逆にたとえば苦しい思いまでして頑張らなくてもいい世界なら、生きることにここまで暗い気持ちにならないはずなのに…とウ・サギは考えています。社会はなかなかすぐには変わらないですが、だからこそこうやって声を届けてくれることは大切ですし、その切実な声は安易に励まされず受け止められるべきだと思っています。

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update 2025/5/28
Q.多くの仕事をしパワハラを受け適応障害になったのを「あなたが真面目すぎるんだよ」などと言われた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.多くの仕事を抱えていた時にパワハラを受け、適応障害になりました。それを相談窓口でお話ししたら「あなたが真面目すぎるんだよ、頑張りすぎるんだよ」と言われ、なんだか傷つきました。
どう思いますか?

A.同じ状況で同じようなことを言われたら、ウ・サギもなんだか傷つくだろうと思いました。自信がない自分だったら「私が悪いってことなのかな…」と泣きたくなり、もう少し元気な自分だったら「真面目だからってパワハラしていいわけじゃないじゃん!」と、もやもやしそうです。
理不尽な暴力があった際に、被害者側に原因や改善を求めていくのは、本当によくない風潮だとウ・サギは思っています。典型例だと、スカートを履いてるから痴漢されるんだ、とかがありますが、どんな服を着てようとどんな態度をしてようと、合意なく触っていいという話にはならないはずです。
だから、あなたの中に原因があるという話では全くない、というのは強調した上で、真面目で頑張りすぎる性格とどう付き合っていくかは悩ましいことだとウ・サギは感じています。ウ・サギは真面目すぎ頑張りすぎだと言われることがありますが、確かに周りを見てみると、多少不真面目だったり雑だったり、時にずるかったり忘れっぽかったり、そういった要素がある方が自分の身は守れそうだなあ、とは感じます。ただ、どう考えても、ウ・サギは不真面目になれそうにはないので、真面目で頑張り屋だからといって仕事の量がどんどん増えたりしない働き方、パワハラの起こりにくい風通しのいい場所を探す方にエネルギーを注ごうと思っています。
あとは真面目不真面目関係なく、嫌なことを嫌だと言える力、断る力はたぶんどこに行っても大切だと思うのですが、それを身につける道はなかなか一筋縄ではいかなさそうなウ・サギです・・・。

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update 2025/5/26
Q.クラスの子がからかい文句で「発達なんじゃねえの?」と言うのが嫌。当事者から見ると余計に。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.クラスの男子たちが、からかい文句で「発達なんじゃねえの?」みたいなことをよく言うのがとても嫌。
当事者から見ると余計に。(私はADHD不注意型、弟も自閉症です)
これは私たちが我慢すべきこと?

A.「発達障がい」という言葉だけが広がって、適切な理解をする機会が不足しているので、そういったことが起こっているのでしょうね…。嫌な気持ちになって当然ですし、当事者が我慢すべきことじゃなく、大人がきちんと対応すべきことだとウ・サギは思います。
適切な理解とは何か?というと、それはそれで色々な考え方がありますが、
・人にはそれぞれ、目に見えない違いがたくさんある(感情にどれくらい気づくか、刺激への反応しやすさ、耳で聞くのが得意か目で読む方が得意か…)
・世の中ではまだその違いが十分に知られていなくて、一部の人がとても苦しんだり、学ぶチャンスを逃したりしている(本当は、感情を言葉で教えてあげればわかるかもしれない、刺激を減らせば落ち着いて取り組めるかもしれない、合った勉強法をすれば理解できるかもしれない…)
・だからそうやって苦しむ人がいないように、目に見えない違いがあるかもしれないと想像しながら人と関わって、必要な配慮があったらお互いにしていこう
みたいな考え方が広まってほしいとウ・サギは思っています。
そして実は、発達障がいと言われるもの以外にも目に見えない違いはたくさんありますし(たとえば感情だってそれぞれ違います)、「目に見えない何かの違いで、今もしかしたらすれ違ったり、余計に苦しんでいるかも」と想像して丁寧にコミュニケーションをとっていく世界は、誰にとっても安心な世界なのではないか…?とウ・サギは考えています。

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update 2025/5/26
Q.人間の本来の寿命は55歳くらいだと聞いた。それに抗ってまで長生きするのは良いことなのだろうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間の本来の寿命は55歳くらいだと聞きました。それが現代では、医療の発展によって80歳くらいまでは生きられるようになったと。でも、本来の寿命に抗ってまで長生きするのは、肉体的には可能だとしても、良いことなんでしょうか?

A.本来というものの定義は諸説ありそうですが、現代の生活で(過度な肉体の酷使なく、栄養バランスが最低限とれた食事をとり、歯磨きなどをちゃんとして…)、手術などの高度な医療を使わない場合、寿命が55歳くらいということでしょうか。
長生き=良いこと、では全然ないとウ・サギは思います。でも「これをすればまだ生きられる」という方法があるのに、それを選ばないというのは、当人が望んでも、周りの人にとって心の負担になる場合がありそうだとは感じました。良くも悪くも、医療に限らず私たちは本来とか自然とかからは遠ざかってしまっているので、合意がとれる(誰かの心が深く傷つかない)あり方が、しいていうなら「良いこと」になるのかなとウ・サギは思います。
だから人や状況によって、抗わない方がベターな選択になるときもあれば、抗う方がベターな選択になるときもある、というのがウ・サギの考えです。

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update 2025/5/25
Q.年を取ることを恐れる人がいるのはなぜですか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.年を取ることを恐れる人がいるのはなぜですか?アンチエイジングとか、若々しいことが素敵なんだ!みたいな風潮が強すぎる気がします。世間がそんなのだと、僕まで年を取るのが怖くなってきました。

A.確かに、なぜなのでしょうね…。昔から不老不死への憧れを抱く人はいたっぽいので、時代だけでなく何かあるのだとは思いますが、年を取ることを恐れる気持ちを流行させることで売れる商品がある、儲かる人がいるという構造が今はあるので、そういったことは影響しているように思います。また、年を取るだけに限らず、人間は変化というものを恐れる傾向がある(変化を恐れないタイプの人もいますが)というのもありそうです。
あとは、今の世の中は頼るのはよくないみたいな風潮があったり、単純に信頼できる相手がいない人もいると思うので、もし介護が必要になった場合の生活が前向きにイメージできない、という要素もあったりするのかもしれません。
人間は何かと不安を感じやすい生き物だし、年を取るのを恐れるのもおかしくはないのでしょうが、それにしても風潮が強すぎるというのは同意です。

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update 2025/5/25
Q.学校のカウンセリングでいつも10分くらいオーバーしてしまう。オーバーしないようにするのはどうしたらいい?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.学校のカウンセリングに月に一度ほど行っているのですが、いつも10分くらいオーバーしてしまいます。それでまた落ち込んで1人反省会をします。オーバーしないようにしたいのですが、どうしたらいいでしょうか。

A.まずウ・サギとしては、カウンセラーさんが「10分オーバーしてもいいな」と考えて10分オーバーしている想像が浮かんだのですが、カウンセラーさんは時間について何か言っているでしょうか。大人は断るときは断るし、お願いしたいことはお願いするので、何も言われていなければ、大きな問題はなさそうだとウ・サギは思います。いつもそうなるということなら、むしろ必要だと感じて、10分オーバーするのを積極的に許容している可能性までありそうに感じます。(あくまでウ・サギの想像ですが)
とはいえ、あなたがそれを気にしてしまう気持ちも、ウ・サギとしては受け止めました。正直に「自分はいつも10分オーバーするのを気にしてる。カウンセラーさんはどう思ってる?」と質問してみるのもありですが、不安に思ってることを質問するのは怖いと思うので…なかなか悩ましいところです。
あ、質問されていたのは、オーバーしない方法でしたね…。何で時間がかかっているか次第ですが、伝えたいことを紙に書いておくとか、もし可能なら事前に渡しておくとかができれば、限られた時間を有効に使いやすいのかな?とは思いました。

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update 2025/5/25
Q.今同性の人が好きなのを話した記憶のない相手に○○とどう?と聞かれ、その人にも話していたとわかった
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私は今、同性の人が好き。カミングアウトしたのは3人だったと思ってた。だけど、今は疎遠気味の人から、〇〇とどう?って聞かれて、その人にも話していたとわかった。でも、全然記憶になくて。こんな調子で他の人にも言ってたらどうしようと怖くなった。

A.確かに、記憶にないことが起こっているのは怖いですね…。(ちなみに大人だと、お酒飲んだらわりとそういうこともあります)
ただ、思っていることを完全に隠すことは実は難しいのかもな、とウ・サギは思うときもあります。直接言葉にしなくても、ちょっと言い回しや表情で何かを察されることはたぶんあるし、あなたが本当に言っていなくて、相手がカマをかけてきた可能性もあるのか…?ともちょっと考えました。
とはいえそんな理屈や想定を考えてみたところで、怖いものは怖いですよね……。ウ・サギの場合だと、自分の病み話を誰かに言って忘れてたりするのかも…なんて、ふと想像してしまいました。

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update 2025/5/25
Q.自由が怖い、嫌い、疲れた。誰かに支配されたい。そう思うのはだめなことですか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自由が怖い、嫌い、疲れた。誰かに支配されたい。そう思うのはだめなことですか。

A.全然だめじゃないと思いますよ。なんなら、生きづLABOでも、やみーペンは「自由は好きじゃない」と言っています。
そして昔は実際に支配されにいってもいた気がしますが、今は自分をほどよく洗脳してくれて、自分を傷つけてこないものを選んで、流されているようなイメージがあります。
「支配されたい」という意識ではなくても、「流されてる方が楽」とか「決めてほしい」という人は実は結構多い(むしろたぶん多数派)とウ・サギは感じています。
あと、あなたのいう自由とはもしかしたら話は違うかもですが、ウ・サギ的には今の時代は「個人の自由でなんでも選べます」みたいな雰囲気があるだけで、実際のところはフラットな選択肢は少ない(例えば、家から出るのが簡単じゃない、学校に行かないとプレッシャーや不利益がある、フルタイムで働くという形じゃないと生活が難しい、空気を読まないと攻撃される、死にたいと言いづらい…etc)と感じます。だから「怖い、嫌い、疲れた」という感情はすごく自然な反応に感じましたし、それはあなたの意識の中では「自由」を対象にした思考として暴れてたとしても、その奥には経験や感覚や、言葉にできない思いの集合体があるイメージを抱きました。(ウ・サギは、思考は基本的に感情や感覚の後付けで生まれるものなのでは?と考えています)
だからどんな思いもだめじゃないし、論の是非ではなく、どうしてそういう思いになったのかを語れることが大切なのだとウ・サギは感じています。

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update 2025/5/25
Q.親に言われたことで悲しく辛い気持ちになってしまった。辛い時、楽になれる方法を教えてほしい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親に自分を否定するようなことを言われて、悲しく、辛い気持ちになってしまいました。辛い時、楽になれる方法を教えてほしいです。

A.否定されて悲しい、辛い気持ちになったときに、一番てっとり早く楽になる方法は、自分(の感性、頑張り)を理解して応援してくれる人と話すことだとウ・サギは思います。といっても、そんな人がいつも身近に、またはいつでも連絡しやすい関係でいてくれれば、困ってないよ…という話ですよね。すみません。生きづLABOの質問箱は、それぞれの感じ方をいつも応援しているので、よかったらまた使ってください。
自分一人でやれる対処だと、相手の発言の価値を下げるのが、ウ・サギはおすすめです。親というのは、たぶん子どもにとって結構力が大きく、正しいことを言っているように感じてしまうから、否定の言葉が刺さるのかな…?とウ・サギは想像しています。でも親も一人の人間ですし、「○○だよ」とわかったようなことを言っていても、たかが一個人の意見です。そんなこと言ってくる親なんてキライ!と思うのもありだし、決めつけて否定してくるなんて失礼な人ねと見下すのもありだし、親自身の気持ちが荒れてて否定するようなことを言ったのかもなと哀れむのもありです。
そうやって、親の発言とちょっと距離がとれたら、あとは気分転換かなと思います。何かあなたの趣味、夢中になれるもの、好きなもの・・・とにかく、否定の発言を忘れられるような刺激になるべく浸ります。
なんて、いろいろアドバイスめいたことを書きましたが、ウ・サギは他人に言われた、否定とまでもいかないくらいの言葉で悲しく辛い気持ちになることもあるし、すぐには楽になれないこともあります。自分の気持ちをコントロールするのはなかなか難しいです…。

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update 2025/5/22