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記事の担当 ウ・サギ
Q.知的障害ですが、家から出て自立して働けるようになりたいです。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.知的障害ですが、家から出て自立して働けるようになりたいです。自分の気持ちや言葉を抑え込む癖で、家族や友達とも関係が悪く苦しいです。関係改善にも苦しくて、仕事も続かず転職しては引きこもり苦しいです。家族には、ほっとかれてます。

A.家から出ることをぜひ応援したいウ・サギは思いました。質問でわかる情報には限界があるので、具体的なことまでは言えませんが、困りごと知恵袋で家を出る方法をいろいろと解説しているので、よかったら確認してみてください。
自分の気持ちがよくわかっているのは大きな強みですし、障がいがあると使えるサービスの選択肢が広がる部分もあるので、家から出ることについて一緒に考えてくれる支援者とつながれたら…とウ・サギは思いました。自立や働くにはいろんな形があると思いますが、質問者さんが安心して自分らしくいられる環境に身を置けるようになることを願っています。

※続きの質問で、前送ったメールアドレスが上手く受け取れないとありましたが、生きづLABOはメールでの相談は行っていないので、何か別のサイトや相談の間違いではないでしょうか。

回答:ウ・サギ

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update 2026/5/1
Q.マッチングアプリの人を選別する感じが無理だがシンプルにデートみたいなことは楽しそう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.マッチングアプリの、人を選別する感じが気持ち悪くて無理 恋愛という形にとらわれるのも怖い だけどシンプルにデートみたいなことは楽しそうって思う どうしたらいい?

A.なるほど…確かに恋愛は一種の市場主義というか、品定めしていくみたいな部分はありますよね。でもマッチングアプリはそういったものが露骨で見えやすくなっているにしても、恋愛に限らずプライベートな関係では、趣味が合う、価値観が合うなど、需要と供給の一致みたいなものは多かれ少なかれ出てくるものなのかな?とも思いました。社会全体が人を選別していくようになるのは困りますが、親しくする相手を自分なりの基準で選別するところまでは、やり過ぎなければOKには感じます。
また、マッチングアプリは主には恋愛前提のものにはなりますが、とりあえず面白そうな人と1回デートしてみる、といった感じで気楽に使っている人は身近で知っています。恋愛一直線じゃなく友達づくりも視野に入れているような相手を見つけて、まあ一つの社会経験としてデートでもしてみるか、くらいの割り切りで使ってみるのは、ウ・サギはわりと良さそうだと感じています。そう考えると、ある程度の割り切りができるかできないかが、マッチングアプリを利用する向き不向きになるのかもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/5/1
Q.どうすれば面接ができるようになる。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.どうすれば面接ができるようになる。

A.補足の内容から、話すのが苦手、緊張してしまう、というのが悩みのポイントだと受け取りました。慣れやトレーニングでできるようになる部分もあるかもしれませんが、自分の苦手な部分もわかってくれる会社で働くほうが、自分らしく生きられるとも思うので、たとえば面接を完璧に上手にできるようになる!というのですべてが上手くいくわけでもないよな…とウ・サギとしては考えてしまいます。だから「こういうことが苦手で面接だとうまく話せないときがあるので、こういう配慮をしてもらえるとありがたいです」と事前に伝えたうえで、きちんとそれを考えてくれる会社と巡り合える方がよい気がする・・・けど、質問者さんの金銭的状況によってはそんな悠長なことを言ってられないかもしれないし・・・とぐるぐるしています。
これまでウ・サギが働いてきた経験としては、相手にどんな苦手や能力の凸凹があっても、それを正直に伝えてくれたなら、けっこう一緒にやっていけると感じています。

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update 2026/5/1
Q.ダメダメな自分っていうのはどうしたら、ちょっとは受け入れられるようになりますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ダメダメな自分っていうのはどうしたら、ちょっとは受け入れられるようになりますか?自分なんて黒歴史製造機だ、言動すべてが痛々しい、自分は何かおかしいと思います。周りの人はみんな、完璧ですごい。他の人の人生を歩みたいと思ってしまいつらいです。

A.ウ・サギは大真面目に全員がダメダメだと思っているので、「自分は言動すべてが痛々しい、周りの人はみんな完璧ですごい」は、偏った捉え方であるように感じました(いや、ウ・サギの捉え方もそれはそれで偏っているか…苦笑)。だから、ダメダメな自分を受け入れるためには、そもそも「ダメダメでもあるし、ダメダメじゃない」みたいな、いろんな角度での物事の眺め方を手に入れるという方向もあるのかな…?とは思ったところです。とはいえ、そういった理屈や正論を超えて、質問者さんの中に自分への恥じらいの感覚があるのかもしれないとも想像しています。
そんなことを想像していたら『恥(シェイム)…生きづらさの根っこにあるもの』という本を思い出しました。ウ・サギも軽く読んだことしかないのですが、恥というのは、生きづらさを考える上で一つのキーワードなのではないかと思っています。
ちなみにウ・サギは全員がいかにダメダメかを言葉にすることもできるので、質問者さんの思う「周りはみんな、完璧ですごい」を言語化してくれたら、それに反論することはできます。ウ・サギのそれが役に立つかはわからないですが、自分の見方を話すことや、誰かの見方や考え方に触れる機会がもっとたくさんあるとよいのだろうな…とは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/5/1
Q.好きだった人に無意識に踏みにじられた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.好きだった人に無意識に踏みにじられた

A.踏みにじられるのはどんなときもつらいものだと思いますが、「無意識に」となるとさらに一段階しんどさがあるとウ・サギは感じます。もし相手に「踏みにじられた!」と伝えても、向こうからするとそんなことをしてないと本心から思っているわけで、傷ついた心の行き場がないというか……。補足に詳細もありましたが、立場が強い、恵まれている側は、すごく無自覚に周りを蔑ろにすることがあると感じます。(それもそれで本人が悪いというよりは、一部の属性の人が甘やかされる社会構造に問題があるとも思いますが…)
踏みにじられていい人はいないし、自分が悪いから踏みにじられるなんていうこともなく、様々な見えないギャップが踏みにじる行動を生むのかなとウ・サギは思っています。不運な事故くらいに捉えられたら楽になるのかなと思いつつ、もし事故だとしても重傷なんだから補償してくれないと!という気持ちにもウ・サギはなったり、とにかくなかなか割り切れないものだと思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.いつも強がってばっかでいるから疲れる…
この記事の担当 ウ・サギ

Q.いつも強がってばっかでいるから疲れる…

A.強がってしまうと、もちろん疲れてしまうし、結果的に周りに迷惑をかけてしまうこともあるし、なかなかしんどさがあるなあと思いました。でも、ウ・サギも時々やってしまいます…。なんでかな?と振り返ったのですが、弱さを見せると信頼を失ったりバカにされるかもとか、何かしら不安があるときに身を守るためにやってしまう気がしました。(強がったほうが、最終的には自分の身をむしろ危険にさせるのに……)
強がってしまうのは自分では簡単にやめられないときも多いから、誰かが気づいてくれたらいいのに…とウ・サギは思ったりします。でも、すぐは変わらなくても、「強がってばっかでいるから疲れる…」と表現するのはまず大切なことだと思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.どうして何もなかったのに死にたくなるのか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.どうして何もなかったのに死にたくなるのか。

A.「何かがあった」と気づくのが案外難しいことだからかも…?とウ・サギは思いました。自分は何もなかったと感じるからといって、本当に何もなかったかというと、そんなこともない気がします。
また、死にたい気持ちを心の骨折に例えると、何か大きいことがあって折れる場合もあれば、疲労骨折のように小さいダメージが蓄積して…という場合もあれば、栄養状態が悪くて骨がもろくなって折れやすくなっていたなど色々な要因があると感じるし、わかりやすい何かがない「死にたい」もあると思います。あと、つらさへの対処法として、自分のつらさを麻痺させるという機能も人間にはあるので、そういったことも影響している可能性があるかもしれません。
だから何もなかったのに死にたくなるのも、それはそれで自然な現象なのだとウ・サギは思いますし、質問者さんが何かしらしんどいことは確かだと思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.学生の時、学校で「ガイジ」という言葉を日常的に言われ続けていた者です。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.学生の時、学校で「ガイジ」という言葉を日常的に言われ続けていた者です。どうすればこの言葉を使う人を減らせるか、という質問を見て、私に対してこの言葉を使っていた人たちは軽い気持ちというか、ノリで言っているような感じだったことを思い出しました。

A.言われる方は忘れられないほど傷つくのに、言っている方は考えなしの軽いノリ…というギャップは考えるだけでやりきれなくなります。でも残念なことにそういったことは少なくなくて、だとしたら「学校はもちろん子どものうちから、多様な人たちと出会い、関わり、いろいろな対話をすることが大事」というカエルさんの言っていることは大前提として、「あなたの言動は誰かを傷つけているよ」と伝えることで一定程度抑えられることもあるかもしれないと思いました。実際に、ウ・サギが子どもの頃に信頼できる大人にたしなめられて反省したり、逆にウ・サギが関係性のある子どもにそういったことを伝えて受け取ってもらえた経験があったことを、この質問を見て思い出しました。とはいえそれは信頼できる相手に言われてこそ初めて効果のあるものであって、その前提としては誰かを信頼できるだけの土台が必要というのもあるので、効果的になるケースは限定的だとは思います。
子ども同士が軽いノリで誰かを蔑ろにする現象は、発達年齢的なものもあれば、学校の閉塞感や同属性も影響している気がしますし、家庭環境での抑圧がそうさせてしまうときもあると思いますし、対策には様々アプローチがあるかもしれない・・・と考えたウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.他人と比べないで居られる方法を教えてください。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.他人と比べないで居られる方法を教えてください。頑張っている人を見ると迷惑かけないようにしなきゃって思う。自分は本当は生きづらさを感じたらいけないんじゃないかって、、、。どうしたらいいですか。

A.比べないでいられる方法はウ・サギにもまだわからないですが(その方法が見つかったなら大発明で、多くの人が歓喜しそうです)、「比べてしまう」現象については、ぜひみんなで深めてみたいトピックだと思っています。かつてウ・サギも「自分なんて生きづらくないはずなのに」「あの人みたいに頑張らないと」「迷惑かけてはいけない」と振り回されて苦しんだし、今思えばそのせいで回復するのに時間がかかった気もします。
生きづらさや気持ちは数値化できないので、本来比べられるものではないし、もし比べた時にどうだとしても、自分が生きづらいことは揺るぎない事実であって、せめて自分だけは自分の気持ちを一番大切にしてあげたいな…とウ・サギは思っています。また、比べてしまう背景には、経済やコスパの概念が本来人間には適用してはいけない範囲にまで広がってしまったことや、能力主義や自己責任論の暴走など、社会の仕組みや価値観があると感じています。だから比較してしまう自分よりは、「比較させられている」自分として捉えたいというか、「比べちゃうお化け」みたいに名前を付けて、いろんな角度から考えてみたいとウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.前質問した者です。回答の言葉に救われる感覚がしました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.Q.不幸でい続けるっていけないこと?幸せになろうと頑張ってないのに不幸を嘆くのは悪なの?の質問者です。
“弱さを許してもらえない人があまりに多い社会であることが、弱者へのバッシングを生んでいるのではないか”という言葉に涙が出そうになって、救われる感覚がしました、本当にありがとうございます。

A.お礼をありがとうございます。
そうやって肯定的なフィードバックをもらってから自分の回答を見返すと、我ながらなかなか適切な表現だったかもしれないと、ちょっと調子に乗ってしまいそうになります(調子に乗りすぎないように気をつけないと…)。でも、こうやって質問で対話することで、表現が生まれていくのは純粋に嬉しい限りです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25