Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
死にたいほど辛い体験をしてきた人が、自分を苦しみから救うために自殺するのに、命を絶つ時に耐え難い身体的・精神的な苦痛を味わうことは皮肉なことだと思う。
A.補足も読み、死にたい気持ちを抱えた一個人の心情としては実にまっとうなものだと思いました。安楽死の是非はさておき、「こんな苦しい世の中ならせめて安楽死を」と声を上げることや、そこから真剣に議論をすることには、大きな意味があるとウ・サギは思っています。だから質問者さん個人に対してだけなら、本当は何も言わずただ主張を受け止めたい気持ちなのですが、生きづLABOを訪れる色んな人(マジョリティ含む)を想定すると、社会的公正を目指す生きづLABOの立場上少し書いておかないといけないことがあるので、ここからは自殺を安楽死として合法化することへの反対意見を書かせてもらいます。ごめんなさい。
補足で質問者さんも書いていた通り「自殺は社会問題」です。極端な表現をするなら、自殺は社会が個人を追いつめた殺人と言えるとウ・サギは思っています。つまり、自殺を安楽死として合法化するのは「今の社会が苦痛ならどうぞ死んでください」と、国家が開き直って殺人(マイノリティの切り捨て)を肯定するという意味合いを持つとウ・サギは思います。今も実際は切り捨てになっている現実があるのはわかっていますが、だとしたら切り捨てられない社会にしていくべきで、どんな理由があれど殺人を肯定することはウ・サギにはできません。また、安楽死といえど死にたい人一人だけの力ではできず、制度となれば事務手続きに携わる人や医療関係者など、誰かの力を借りることになります。死刑執行のボタンでさえ相当な心理的負担があると聞きます。いくら本人が死にたいと望んでいても、死刑になるほどの罪があるわけでもなく、体もまだ生きられる人の死に、協力していいと思う人がどれほどいるのか?もしいるとしても、自殺ほう助に抵抗を感じない人間が増えるのなら、それはそれで危ないのではないか?そうウ・サギは気になってしまって、「安楽死……したい気持ちはわかるけど……でも……」とどうしても首を縦には振れないのです。
回答:ウ・サギ

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