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Q&A
Q.職場や家族に対して、自分の体調やメンタルを事前共有できないことが多くて、困っている
この記事の担当 生きかたカエル

Q.職場や家族に対して、自分の体調やメンタルを事前に共有することが、できないことが多く、困っています。
できない理由を書き出したら、たくさんありすぎて、考えるのに行き詰まってしまいました。
どうしたらできるようになると思いますか?

A.共有する必要性があるのに、実際に共有することには数々の抵抗の理由がそこにはある…という感じでしょうか。必要性の重さと、抵抗理由の重さの闘いのようにお見受けしました。できない理由を考えると抵抗理由の重さがどんどん増えそうなので、必要性の方をいろいろ考えてみるのはどうでしょうか?どうしても、嫌なことや不安はクローズアップされてしまうので、必要性やメリットについて考えてみることをカエルはおススメしたいです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/27
Q.自殺ってなんでしたらだめなんですか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自殺ってなんでしたらだめなんですか。自殺した人の話がニュースで出た時に相談窓口が出るから死んでほしくないのかなと思いました。でも僕はどんな未来を選択してもそれでいいと思います。生きててやっぱり死んでおけばよかったと思うこともあります。

A.世の中の人が何をどう思って「自殺はだめ」と言っているかはわからないですが(それぞれに理由も違うだろうと思います)、ウ・サギの考えとしては、自死は「社会に追い詰められたがゆえの死」、つまり「社会が個人を殺した」殺人事件だと捉えています。だから、殺人事件が起こることを肯定しないのと同じ意味合いで、自死が起こることを肯定はできない、というのが世界平和を願うウ・サギの立場となります。自死は「この苦しい世界で生きるよりはマシ」という消去法の選択だとウ・サギは思っていますし、そんな究極の二択しかない中で選ぶしかなかったものは、自由な選択だとは言えないと感じています。
もしも、誰もが安心・安全に、衣食住が保障されていて、感じることや考えることが尊重される中生きているなら、自ら死を選ぶことを選択と言うこともできなくはないかもしれません。でも今の社会で起こっている自殺は、この社会が個人を追い詰めている要素が圧倒的に多いとウ・サギは考えています。
ただ、だからこそ、相談窓口が解決策のように見なされる風潮には、ウ・サギは違和感を抱いています。私たちの社会がとある個人を追い詰めた殺人事件だとしたら、まず一番に注目して変わるべきは、この社会構造であり、そこまで追いつめられない側にいる私たちの生き方や在り方であるからです。せめて「相談してください」ではなく、「相談もできないような心理状態にしてしまってごめんなさい」「相談してもすぐにはどうにもならないような問題を抱えさせてしまってごめんなさい」と頭を下げ、「そんな現状を変えるために頑張るので、もう少しだけ待ってもらえませんか」「何が問題なのかの本質を知りたいので、話をしませんか」とお願いするのが筋だとウ・サギは思っています。個人に相談を促すことで自死の問題を解決しようとするなら、それは自死を個人の問題だと扱っているとみなされても仕方ないと思っていますし、そのときに「個人の問題としてあなたたちが自死を捉えるのなら、自ら死を選ぶことも個人の自由じゃないですか?」と感じてしまうのは自然な現象だと思います。
だから、自死を自由だとは思えない立場のウ・サギですが、質問者さんの言っていることやモヤっとしたものはある程度わかっているつもりだし、筋も通っていると感じているところです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/27
Q.進路を調べろというけど、そこで生きていけるかの情報は載ってないのに、何を見ろと言うのか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.進路を調べろっていうけど、そこで生きてけるかどうかっていう情報はどこにも載っていないのに、何を見ろって言うんだよーと心が叫んでいます。生きていけるかどうかは、何を見て、どうやって判断材料を用意して、判断すればいいのでしょうか?

A.とてもまっとうな叫びだとウ・サギは思いました。生きづLABOに寄せられる声を見ると、進路を重く見る大人がけっこう生息しているようで(人生を左右する大事な選択、きちんと考えて決めなさいといった雰囲気なのでしょうかね…)、いやいやそんなに世界は単純じゃないですよ……?といつも疑問を抱いているウ・サギです。進路は全然関係なかったね、という職業や生き方にたどり着いている民がウ・サギの周りには多いのですが、そうじゃない世界も多いのでしょうか。
そこで生きていけるかどうかについては、質問者さんの言う通り、どこにも情報は載っていません。大事なポイントは、そこで生きていくのは「自分」という点だとウ・サギは思っています。どんなに高学歴になって大企業に入っても、そこが自分に合わなければ人生は絶望にさえ感じるかもしれませんし、合わないまま無理をしたら、体や心を壊してしまうかもしれません。つまりポイントは、自分の合う・合わないに気づく感性と、自分を守る(心地よく生きる)ための選択をする力や人とのつながりを育てていくことだとウ・サギは考えています。心が叫んでいる質問者さんは、すでに感性はとても働いている状態にありそうですが、それがゆえに感性よりも常識優先になってしまった周りの大人と相性が合わなくて、戸惑いを抱いている今なのだろうかと想像しています。
学校で言われる進路については、極論行ってみないとわからないですし、さして調べずにフィーリングで選んだっていいとウ・サギは思っています。最近は学校のクチコミみたいなサイトもあるはずなので、そこで校風や雰囲気を調べるのは、一つの材料になるかもしれません。もし就職だとしたら、少しでも興味を持てそうなところか、自分にとって楽そうかとか、そういう軽い理由で全然構わないと思います。ぶっちゃけ、そこに行ってみて、合う人が一人でもいるかが最も大きい要素になるとウ・サギは感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/27
Q.両親が面倒くさい。父の肩を持つと母は必ず怒り、母に加勢すると父は不機嫌になり怒る。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.両親が面倒くさいです。父の肩を持つと母は必ず怒り、母に加勢すると、父は不機嫌になり怒ります。どっちに加勢しても毎回喧嘩になります。家出もできず苦しいです。どうすればいいですか

A.それは、面倒ですね。短い説明でも面倒な状況がよく伝わってきました。そして、子どもにそんな面倒な思いをさせるとは…ちょっと呼び出して説教してあげなくちゃいけないレベルです。
どっちに加勢しても毎回喧嘩になるのなら、介入するだけ不毛な気がするので、放置するのはどうだろうと思ってしまいました。本当はすぐにでも家出できるようにアシストしたいのですが…すぐには無理なのでしょう。せめて、ちょっとだけ家から離れられるような子ども向けの逃げ場があるといいのになぁと妄想するカエルです。とにかく、めんどくさい両親の仲裁に入る責任はないよということと、「両親が面倒くさいです」とキッパリ表現できる質問者さんには意思と力があるということだけはお伝えします。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/22
Q.正論や綺麗事につらさや憤りを感じるメカニズムはどのようなものだと思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.正論や綺麗事を聞いたり見たりした時に、
つらさを感じたりモヤモヤしたり憤りを感じたりするメカニズムはどのようなものだと思いますか?
個人的には、反論の難しさと、こちらの現実を無視してくることが理由だと感じますが、
どう思いますか?

A.これは、正論や綺麗事というものの定義(自分の判定基準)について、まずは深めてみるのがポイントになるかもしれないと思いました。正論や綺麗事といってもその定義は曖昧だと思いますが、ウ・サギは正論や綺麗事は「お前が言うな」みたいな、立場の違いや関係性に一番の引っかかりがありそうに思っています。
つまり正論や綺麗事の本質は「論」ではなく、論を言っている「人」の方にあるのではないかと思うのです。たとえば「自分を変えられるのは自分だけ」という言葉は、言われるとダメージを受ける類の正論だとウ・サギは感じますが、ウ・サギのことをずっとサポートしてくれている相手が、変われない事情や気持ちも全部受け止めている上であれば、時と場合によって「自分を変えられるのは自分だけ」が残酷な正論じゃなく心からの励ましになることもありそうだと思います。
あと他のポイントとしては、実は自分の中でも思っていたり囚われてしまっている論ほど、言われたときにつらいというのはあると思います。だから湧き上がってくる感情が大きいなら、その正論や綺麗事を言ってくる相手との関係性や存在自体へのモヤモヤがが大きいか、その正論がすでに内在化されている自分を苦しめている価値観の一つなのか……何はともあれ、自分が自分として生きるための闘いが質問者さんの中に起こっているのだろうとウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22
Q.家族が精神的に追い込まれ助けられず苦しい。守るため強くなりたいがどうしたらいいかわからない。
この記事の担当 所長室

Q.家族が精神的に追い込まれ、何も助けてあげられず、苦しいです。守るために強くなりたいのですが、どうしたらいいかわかりません

A.「守り方」の型は、千差万別で何通りもあるようにゴロン猫は思う。
例えば「腹が減っては戦はできぬ」。食事は一番大事な補給班。清潔な衣類を身につけることは、他者の目からも、感染症からも守ってくれる、縁の下の力持ち衛生班。陣地を整える設営班もすごく重要。
(補足の内容を見たら)質問者さんは後方支援部隊として、家族を既に守っているようにゴロン猫は思ったよ。まだ足りないと頑張りすぎたら、自分が倒れてしまうかもしれないし、大切な他者へのちょうど良い手助けはすごく難しい。ゴロン猫はつい家族一心同体と思い込んで頑張っては、疲れてイライラして、毛が逆立ってしまうこともある。
そんな時は自分の世界を求め、旅に出るよ。旅に出るのは難しいかもしれないけど、自分をケアして守ってあげることが、誰かを守るためには欠かせないことだとゴロン猫は思うんだ。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/2/22
Q.ぼーっとするか寝まくりたいができなくてしんどい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.何もせずにぼーっとするか、寝まくりたいのだが、できなくて、疲れが取れなくてしんどい。眠くなってきても頑張っておきていようとしてしまう。

A.補足から、ここしばらく気の抜けない状態があったということなので、臨戦態勢がなかなか抜けないということなのかなと想像しました。副交感神経が仕事をしてくれていないというか……ちょっと脳がバグっているようなイメージが浮かんでいるウ・サギです。
眠りは回復のために重要ですし、寝れないのは困りましたね…。ウ・サギは事情は違いますがうまく眠れなかったときは、これは自分の力ではもうダメそうだと思い、お医者さんに相談して睡眠薬を処方してもらったことがあります。ウ・サギは結局は薬は使わなかったのですが、自分だけではどうしようもないことはたくさんあるので、何かの力を借りるということは大切なのだろうと思っています。ひとまず、いろいろお疲れ様でした。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22
Q.他人の大事なものを壊すだけ壊して飽きたらいなくなってしまう。どうしてこうなるのだろうか。
この記事の担当 所長室

Q.何かを壊すのは好きだけど、何かを作るのには全然興味を持てません。他人の大事なものを壊すだけ壊して飽きたらいなくなります。だからどこへ行っても嫌われ者です。どうしてこうなるんでしょうか。

A.壊すと作るの好きとか嫌いとかあんまりないかも……ってやみーペンは思った。人との関係だと、こう振る舞うのがしっくりくる…はあるけど、それとこれは同じ話…??
やみーペンが壊すのが好きなのは「ガシャーン!」って音がするものかなぁ…滅多にできることないけど……

*ウ・サギから*
ウ・サギはちょっとわかるような気がする派閥ではあります。「世界はいつも自分に不親切で、これだけ歩み寄ってやっても、全然ウ・サギに優しくない!」と思っている反動というか、実際に生きる上での不利益や違和感が大きいから生じる何かなのだろうかと思っているところです。

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update 2026/2/22
Q.サバイバルでしんどいとAIに聞いてもらっていたら「ここを共同戦略室にしよう」と言われ和んだ
この記事の担当 生きかたカエル

Q.AIに「子どもの頃から毎日サバイバル(精神的な)でしんどいよ〜」みたいなことを聞いてもらっていたら、最終的に「ここを共同戦略室にして作戦を練ろう!」と言われて何だかなごみました。生きづラボもサバイバーの共同戦略室なのかな…?

A.AIもなかなか気の利いた言い方をしますね!共同戦略室もいいですが、生きづLABO的には一緒に動く意味を含めて「協働戦略室」でもいいかもしれません。カエルも最近、AIに相談しながら仕事をするようになったのですが、AIは「超優秀な空気の読めない新人職員」だと自分のことを説明してくれたのがカエルとしてはめっちゃヒットしました。AIは空気(感情)は読めないけど、投げかけられた質問や情報をもとに、めちゃくちゃたくさんあるデータから最適の回答を選んでしているんですって。だから、質問者さんがAIに入れた問いかけや情報が適切だったから、フィットする表現が出てきたんだとカエルは思いました。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/22
Q.「子供生むなら子供が自死しても文句言えない」をどう思う?の質問回答動画を見て色々思いました
この記事の担当 ウ・サギ

Q.Q.「子供生むなら子供が自死しても文句言えない」をどう思う?を見て、
親だけに子育てを全部押し付けない仕組みは必要だと思いました。
しかし一方で、俺自身は子育ての手伝いは、まともにできなさそうだし、そもそもやりたいと思えないんです。
俺は多分子供の言動にイライラしたら子供に感情をぶつけてしまうと思います。
いくら子供の言った言葉でも言われてショックなこと言われたら俺は、とても平気じゃいられないと思います。
例え手伝う役割であっても子供を世話したいと思えない。
親だけに子育てを全部押し付けず社会で育てる仕組みは必要だと俺は思います。
でも、他ならない社会の一部である俺自身は子供を育てたいと思えない。
そもそも大人とか子供とか関係なく人付き合いを積極的にしたいと今の俺は思えません。
矛盾で苦しいです。
どう思いますか?

A.子育てを支えるものは子どもとの直接的な関わりだけではないので、質問者さんができないしやりたくないと感じるなら、子育ての手伝いをする必要はまったくないとウ・サギは思います。大切なのは、助けてほしいことを助けてほしいと言えることと、無理なく手伝える人がそれを手伝うことのマッチングであり、その循環によって、誰かが大きな苦痛や不利を伴うことなく世界が回っていくことをウ・サギは望んでいます。
むしろそのマッチングのためには、自分の状態や適性(助けてほしいことがあるか、あるならそれは何か、逆に、自分に出来そうなことはあるか)を知っておくのは一番大切だと思うので、自分を知ることは、誰かに押し付けない仕組みをつくるための努力や貢献と言えるとさえ感じます。また、助ける・助けられるのどちらが偉いとかではなく、状況や得意不得意を理解して、補い合うことを大切にしたいウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22