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Q.今高校三年で、教室にいると息苦しさなどを感じる。どうしたらうまくやり過ごせる?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.今高校三年です。教室にいると息苦しさ、居心地の悪さを感じます。少し理不尽なことがあると愚痴を言い合ったり教室が荒れたり、自分より頑張ってない人を下に見たり不満を言ったりなど、自分は合わないと感じます。どうしたらうまくやり過ごせるでしょうか。

A.実はカエルもカエル界の進学校で同じような思いをしたので、首が痛くなるほど頷いて読みました(カエルに首なんてあるのか?と突っ込みたくなるかもしれませんが、あるんですよ!)。カエルの場合は少し距離を置いて、そうした殺伐とした様子を見ながら、「このカエルたちはもともとこんなカエルじゃなかったのに、こんな言動をするのは今置かれている環境のせいだ」と考えてみて、高校3年生が受験戦争に巻き込まれていくことの弊害を実感しました。「自分には合わないと感じる」というのは自分の感性がしっかりと働いているということなので、ひとまずその自分の感性を労いつつ、その背景にある課題を知ったことを今後の人生に生かしていくマインドでいることで、気持ちは少し変わるでしょうか。

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update 2025/11/30
Q.好きなことに正直になれない。諦めた方がいいのか、続けていいのかわからない。
この記事の担当 やみーペン

Q.好きなことに正直になれません。今夢中になっていることがあるのですが、好きだと思う自分と、人に知られて笑われたくないと悪い妄想をする自分との間で揺れています。諦めた方がいいのか、続けていいのかわかりません。

A.好きなことを「好き〜」って言えるのは自分に自信があるからなのかなぁ〜とか、好きをあれこれ評価される環境にいたら正直になるのは難しいかも〜とか、ぐるぐる考えた!やみーペン的には周りに分からないように続ける〜って選択肢があるかな!

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update 2025/11/30
Q.虐待されていると友達に相談された。どうすればいい?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.友達から虐待されていると相談を受けました。親から精神的虐待を受けているそうです。その友達は、児相とかには行きたくないと言っているのですが、どうすればいいですか?

A.質問者さんが余裕のある大人でれば、虐待されている状況をどうにかするために全面的に動くことを考えたいですが、子どもであり余裕もない状況とのことなので、あくまで質問者さんにできることを考えて回答しますね。(虐待を受けている本人からの相談であれば情報提供もしますが、補足にあった質問者さんの状況も考えて、今回はポイントを「相談されたらどうすればいいのか」に絞ります)
どうずればいいだろう?と、誰かを助けたい、力を尽くしたいと思ったときにポイントになるのは、自分のできる範囲を知っておくことだとウ・サギは思っています。自分のやれる以上のことをやろうとすると(本来は虐待についてはしかるべき大人が保護するべきなのですが、力及ばずごめんなさい…)、支える側がしんどくなって続かず、結局は助けることから遠ざかってしまう展開になるのを、ウ・サギとしては心配しています。
子ども同士でやれることとしては、気持ちを聞くだけでまずは十分で、本人が解決のために動きたい気持ちが強ければ相談ダイヤルの紹介や、身近な大人への相談を一緒に考えたりお手伝いできればいいかと思いました。相談を受けるや助けるというのは、突き詰めると本人の本来もっている力や意思や気持ちを支えることだとウ・サギは思っているので、「助けよう」というよりは「自分を助けようとしているその人に、自分はどう協力できるだろうか」といったイメージで考えています。
話を聞いていて、もし苦しくなったら自分の気持ちを秘密の守られる場所で相談してみるのも大切ですし、解決についてサポートしようとするなら、友達にとって話すハードルが低いだろう相談先を(匿名のチャット相談か、学校の先生やカウンセラーさんか、その他諸々…)一緒に考えるのが、子ども同士でできる対応としてはいいのかなと思ったのですが、どうでしょうか。

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update 2025/11/30
Q.「働きたくない」の違う表現を考えたら「休みたい」とかが出てきた。こんな感じでいいの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「働きたくない」の違う表現を私自身で考えたんですが、
「もう頑張りたくない」とか「これ以上の苦痛は嫌だ」とか「やりたいことをしたい」とか「休みたい」とかしか出てきません。
こんな感じの違う表現でいいのでしょうか…?

A.はい、そうした表現をする方が、社会に対して正しく理解をしてもらえるかとカエルは思います。「働きたくない」と表現すると、誤解を受けかねないと思います。だから、つまり「働きたくない」というのは、個人の気持ちという切り口からの表現で、掘り下げていくと、社会について考える機会(働くの本質は何?今の働くはどう偏ってしまっているの?…)になります。
「もう頑張りたくない」と言われれば、そう思うほど頑張り続けてきたのか、それはどういうことだ?と疑問につながりますし、「これ以上の苦痛は嫌だ」と言われれば、そう思うほどの苦痛は何だろう?と知りたくなります。また、「休みたい」と言われれば、何から休みたいのだろうかと、その発言の背景や理由を社会のこととして対話することができます。
まぁ、「働きたくない」と言われても、「どうして働きたくないのですか?」とカエルは深めたくなるのですが、相当の深める志向の持ち主ではない限り、「何、わがままなこと言ってるんだ」という印象を持たれてしまうように思います。だから、自分の気持ちを社会と結びつけて、表現する機会が、この社会が少しずつ変わっていく機会になるとカエルは思っています。でも、苦しさが強くなるとそんなことまで考える気力もなくなりそうですし、そもそも社会について知る機会も、権利について学ぶ機会も少なすぎるのでそのあたりも課題かと思っています。

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update 2025/11/30
Q.家で罵声を聞くのが辛い。自分が言われている訳では無いが自分が削られる感覚がする。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.家で、罵声を聞くのが辛い。
自分が言われてる訳では無いが、親が弟に対して怒ってたり、弟たちが癇癪起こして怒ったような声だったりで、自分が削られるような感覚がします。
また、親が怒る内容もなんだか自分にも当てはまるような気がして苦しいです。

A.罵声を聞くのはしんどいですね…。自分が言われてなくてもダメージを受けるのもわかりますし(ウ・サギもとっても苦手です)、「自分に当てはまるかも」と考えてしまう場合、罵声がさらに自分を消耗させてくるだろうと思います。大人が子どもに対してする振る舞いとしては、どんなものだろうと罵声はしんどいものだと思いますが、補足の内容から、怒ってくる内容も理不尽だと感じました。親に親なりの期待や理想があるのまではギリギリ仕方ないにしても、子どもは自分とは別の人間であり、人は自分のことは自分で決める権利があるので(それが周りに実害を与えている場合は、全部自由とはいかず、周りと相談することにはなりますが)、周りが強制したりコントロールしようとするのはマナー違反だとウ・サギは思っています。
何かを強制してくる人間と一緒に住まなくてはならないのは、残酷なことだとウ・サギは感じます。安心して過ごせないような家、自分が削られてしまうような家からは、出られる選択肢がきちんとあるべきだと、改めて思わされました…。

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update 2025/11/30
Q.私が幼い頃は公園に回転遊具があったが今は見かけない。所長さんたちが子どもの頃はどうだった?
この記事の担当 所長室

Q.私が2歳くらいの頃、まだ公園に回転遊具がありましたが、その後は見かけません。(どこの公園にあったかも忘れた) 所長さんたちが子どもの頃はどうでしたか?

A.うさえなが:回転遊具ってなに?楽しそう!

ウ・サギ:ウ・サギが子どもの頃はまだ現役で、公園でよく遊んでいましたよ。昔いろんな遊具があった公園も、最近は遊具がほとんどなくなったり、雑草だらけで遊べない場所になっていたりすることが多くて、時々寂しい気持ちになります。

生きかたカエル:回転遊具ありましたね。おそらく数種類あったかと思います。それだけ、子どもはくるくる回るのが好きなのかもしれませんね。カエルはあまり得意ではなかったですが、みんな夢中になって遊んでいた記憶があります。
ちなみに、この質問は世代がバレるやつだと思っている方がいるかもしれませんが、あくまでもカエル界の話なので、あしからず。

やみーペン:回転遊具あったよ!小さい頃は目が回らないで遊べたのは回転遊具のおかげ……??でも落ちちゃったことある!!

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update 2025/11/30
Q.頑張っても結果が伴わない。親や先生からの期待をすごく感じてしまう。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.頑張っていると自分では思っているのですが、結果が伴いません。親や先生、人からの期待や押し付けのようなものをすごく感じてしまいます。それに応えようとして努力したら妬まれたりします。どうしたら頑張ったことを認めてもらえると思いますか?

A.頑張ったことを認めてもらう方法ですか、なるほど…。他者がどう感じどう行動するかをコントロールすることはできないので(お願いすることはできますが)、今認めてくれていない人へのアプローチを頑張るよりは、認めてくれそうなタイプの人を探すほうをウ・サギは基本おすすめしています。
今の社会は「努力はすべきだし、良いことである」「結果を出せない努力なら意味がない」といった風潮があるとウ・サギは感じるのですが、その二つともに異議あり!と思っています。努力はするもしないも、その人の自由で、良いことかそうじゃないかは本人だけが決められるものだと思います。また、努力した当人が満足できるだけの結果が出なくても、プロセスに大いに意味はあるとウ・サギは感じています。努力するからには目標や理想があり、それに対しての達成度を結果としてジャッジするのだと思いますが、何かをやってみて何が身につくか、得られるかは、もっと複雑で多様なものだとウ・サギは思っています。自分のパフォーマンスを上げようとしてみた調査結果を得られる、適性を知る参考になる、自分のキャパの把握につながるなどのデータをとれるのは確定の成果だと思いますし、努力の結果しんどくなってこうやって質問する行動に出て、そこで何かが得られたのだとしたら、それもつまりは努力の結果が出たということだとウ・サギは思うのです。
(補足にあった運営のアイデアもありがとうございます!実現するかはわかりませんが、とても参考になりました)

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update 2025/11/30
Q.心配されるためにリスカしたり死を仄めかしてしまう自分が嫌
この記事の担当 所長室

Q.試し行為がやめられない。心配されるためにリスカしたり自殺をほのめかしてしまう自分が嫌です。自分のことをみてほしい気持ちが抑えられないです。すごく申し訳ないと思うのに何度も繰り返すので相手から見捨てられそうです。どうしたらいいですか?

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります 

カエル 生きかたカエル指名だ。『どうしたらいいですか?』って質問だもんなぁ。そのままでいいんだよ。カエルはそう思うんだけど。でも、それは苦しいからね。まず、試し行為っていう表現が誤解を招いていると思うんだ。これは本当は試してないからさ。(質問文で)『やめられない』って言ってるでしょ? 本人はやりたくもないのにやっちゃうってことじゃん。つまりそれは発作というんですよ。だから、お試し発作です。された方からすると試され行為だから、された方が理解を試されているんだけど、相手が誰かによっては対策が必要なときがある。支援者だったら全然いいと思うけどね。「いくらでもやってください。それがお仕事なんで」って。それで見捨てられるような支援者だったらそれまでかって思えばいいけど、身近なパートナーや友達、家族とかだとしんどくなっちゃうからね。だから、そこの折り合いみたいなのが……それで自己嫌悪も強くなるのか。(質問文の)『どうしたらいいですか?』は、発作が起きてないときに「そういうことやっちゃうんだよね」って話すのはどうかな? あと、一緒に考えればいいんだよね。「またこういうことしちゃったときにどうしたらいいと思う?」って相手にも意見聞いて「ここまでなら私大丈夫だけど、流石にこれは困る」とか、発作が起きないときに話せるとだいぶ違うと思う。カエル、試されるときいっぱいあったから、前、いろんな人と話したときに「やらかしちゃったときでも、その後ごく当たり前に関われると良くなる」っていうのは聞いてるから。発作のないときに「関われるときは関わるけど、ダメなときは関わらないよ」っていうことも合意しといて、実際にやっちゃったときも、終わった後に何事もなくまた関わり持つと「別にいいんだ」っていう、実際に見捨てられない経験を積むと少しずつ解決するって。だから、やらないで我慢するのは無理だと思うんだ。発作だから。やっちゃったことを「そういうときもあるさ」って、お互いに言えるような準備をしとく。
ウ・サギ 一緒に勉強するとかですか? あとは。
カエル 勉強するのもいいね。あと、似たような経験した先輩とかがいるとね、経験聞くとか。報告相手がいるとか。その人と自分だけだとさ、逃げ場がないじゃん。だから、他にも作っとくとか。でも、いい傾向だと思うよ。こういうことを出せる相手ができたってことだから。我慢してたものをそこに出して、何とかしたいっていう願いの表れだから。相手がもしつらいとしたら、そこも話し合うとか、そこを誰かに相談するとか、大事だと思うんだ。発作だから薬で止まるといいんだけどね。てんかん発作と違うから。薬で治らないからね。
ペン 発作の勉強はどうやってする?
カエル 発作の勉強ね。研究員制度で勉強会。いろんな発作があるから、試し行為って言っても、行為にもいろいろあるじゃん。だから今度、試し発作発表会とか。いろいろ経験聞くのは絶対いいと思うんだよね。それが勉強会みたいな。
ウ・サギ それやって、そういうの一緒に見てもらったりすれば、お互いに試し発作といい感じに距離を置けるのかな。
カエル これ、まさに生きづLABOで扱うべきテーマですね。発作集めるか。
ウ・サギ そうだね。発作集めて、発作の研究成果を発表して、本人にも周りの人にも役立つ。
カエル いいね。研究大会みたいなのやって、「『第一分科会、発作について』それぞれの演題を発表しましょう」みたいに、「5分で発表して、5分は質問タイムです」って。学会でそういう風にやるってこと。アカデミックだね。
ペン アカデミック。
カエル みんなの経験はね、そもそもアカデミックなんですよ。試し行動っていうのを支援者が口にするのを、カエルはとても嫌に思ってるんですわ。
ウ・サギ 「やりたくてやってることなんてないよ」って気持ちじゃないですか? やみーペン。病んでる側からしたらやりたくてやらないよって。
ペン そうなんだけどね、難しいよね。基本的に自分のことコントロールできるのはすごく高度なことなんですよって言いたい。みんな自分だってできてないくせに!
カエル 棚に上げちゃって。
ペン ねー。
カエル ね、見せてないだけじゃないか。だから、悩んでる人のことを言うんじゃなくて、自らの苦しさとかを見つめ直すのが大事なんです。ひとりひとり。

update 2025/11/29
Q.弟の彼女にずけずけと家族の領域に入ってくるなと思ってしまう
この記事の担当 所長室

Q.僕は弟がいるのですが、付き合い始めて1年半くらいの弟の彼女が憎くて仕方ありません。なんか、弟を取られたような気がするというか、ずけずけと家族の領域に入ってくるなって思っちゃうんです。今も、弟が彼女と一緒にお泊まりしていると思うと吐き気がしてきて、何となく死にたくなります。こんなのおかしいのかなとも思いつつ、気持ちが悪くなる自分とそんな自分を責める自分の間で揺れ動いています。

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります 

ウ・サギ 補足を書いておくと、『質問者自身は出生時に割り当てられた性別が女性のXジェンダーです』と書いてありました。
カエル というと、Xジェンダーで、元々割り当てられたのが女性だから、女性に対する嫌悪みたいのがあるのかもしれないね。女性性みたいなものにね。
ウ・サギ 本当はジェンダーから逃れられるような領域だったのかな、家族が。
カエル 居心地のいい家だとしたら、そこにジェンダーを持ち込んできた存在は嫌だみたいになってもおかしくはないと思う。
ウ・サギ 男女みたいなものに個人がいっちゃうのは悪くないけど、弟とかそうなると男性ジェンダーが出てくるっていうか、恋愛になるとすごく。
カエル 出ることも多くなってしまうよね。異性恋愛であれば、特にね。
ウ・サギ その人たちが悪いとは言わないけど、そういうのがつらい人にとっては、つらい空気感が。
カエル だから、これはおかしくは全然ないと思うんだ。感じることにおかしいことないからさ。でも、つらいよね。
ウ・サギ つらいよね。
カエル 一般的には誰も悪いことしてないからさ。意地悪とかされてつらいのは逃げるとか、「あいつなんか」とかって言って解消できるけど、弟と彼女は悪いことはしてないから、矛先がないのもつらいんじゃない?
ペン 嫌だって言いづらいよね。
ウ・サギ でも、今喋ったみたいに、世の中のジェンダーみたいなものが矛先だとして、その辺をもし喋る相手がいていろいろ研究ができたら、少し矛先が変わっていったりするんですかね。
カエル もしそうだとしたらね。たぶん生まれてからずっとじわじわと世の中に否定されて、嫌な感じが象徴として今は表れてるかもしれないけど、ちっちゃいのがずっとあったかもしれない。マイクロアグレッションとか最近言われるけど、一気に我慢してたのが、これをきっかけに出た可能性もある。(質問文に)『お泊まりしていると思うと吐き気がしてきて』って書いてあるから、性愛嫌悪もあるのかもしれないよね。でも、そういう感覚って、そんなに珍しくないと思う。責める必要はないと思うんだよな、カエルは。
ウ・サギ それだけ大変だったんだなっていう話ですよね。大変だったし、今も大変だってことか。
カエル そうです。憎くて仕方ないのは仕方ない。これで殴り込みするとか言ったらダメだけど、話してほしいよね、こういう話を。でも、今回こうやって質問くれたから良かったよ。こういうのは全然おかしくないし、 これについて話せると、同じようなことで悩んでる人いっぱいいるかもしれないし。


update 2025/11/29
Q.親が友達の悪口言ってて親同士の会話も繋がされ家の居心地が悪い
この記事の担当 所長室

Q.虐待、育児放棄、そういうのじゃないんです。友達の悪口親が言ってて保護者とも全く関わらず私が親同士の会話繋いでて、家でも居心地が悪いです。でも学びや衣食住はあるから感謝しないといけなくて誰にも相談できなくて、、生きるのが辛いです。

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります 

カエル そりゃつらいよね。(質問文から)『友達の悪口言ってて、親同士の会話繋いで、居心地が悪い』っていうのは、これだけつらい思いをしてるということは、広い意味で言うと心理的な虐待と言ってもいいぐらいだとカエルは思ったよ。感謝しないといけないことはね、まずないです。感謝は誰かが強制するものではありません。自然と感謝したときだけが感謝です。誰かが「●●に感謝しなさい」って言うのは意味が分からないとカエルはいつも思う。やみーペンは?
ペン 大人、子どもすぎ……って思った。
カエル 「大人は勝手だね」って、いつものやみーペンだね。大人、子どもすぎるね。
ペン それに気づいてないからね。
カエル 気づいて質問してくれた人、子どもじゃない? 子どもが大人だね。大人が子どもすぎると、子どもが大人になっちゃうんだよ。 それで苦しくなっちゃうんだよね。
ウ・サギ 余計に苦しくなっちゃいますよね。
カエル 大人成分足りない分をね、 子どもは頑張って埋めようとするわけじゃん。 そしたら子どもはつらくなっちゃうんだね。だから(質問文から)『生きるのが辛いです』って思っても、無理もないんだよ。どうしたらいいかな? 相談できない理由は書いてないけど、相談全然してもいいと思うんだよね。
ウ・サギ 相談できない理由はね、補足には書いてありましたね。普段友達の悩みを聞く立場。むしろ学校の先生は親のことを信頼している。あとは、自分がうまく話せない。相談するのが苦手というのと、昔学校の先生に相談したら「お前が親の親になれ」って言われて……。
カエル 酷い……。
ウ・サギ 酷いよね。
カエル 先生、ダメだわ。学校の人以外に相談しよう。
ウ・サギ その方がまだ良さそうではありますよね。
カエル 今、チャット相談とかあるから、そういうところに言ってみるとね、少し楽になるところもあると思うしさ。身近な人にもよるけど、先生も変わるから、いい先生に巡り合うかもしれないから、その見極めは大事だよね。子どもが学ぶべきは、味方になる大人の見分け方だってカエル思うんだよね。相談する相手を間違うとさ、ダメージくらうから。そこ間違わないように。あと、逃さないようにね。どの辺が(見分けるポイントか)、子ども時代のやみーペン思い出して……。
ペン 難しいね。
カエル (コメントで)『三人いたら一人ぐらい役に立つ』って、そんなにいるか? この間、ウ・サギと別の会議みたいなの出たとき、カエルの仕事の仲間が「50点から60点ぐらいの大人を、子どもが育てたらいい」って言ってて、名言だなと思って。50点〜60点ならいると。
ペン でも、結局そうなんだよね、本当は。
カエル 理想の、そんな物分かりのいいすごい大人ってそんなにいないから、まずは50点〜60点を、ちゃんとつかまえる。
ペン その子にとっての50点〜60点。
カエル 相性もあるからね。子どもの直感って、結構正しいと思うんだよね。「なんかいいわ」「居心地いいな」とか、「楽だな」とか、気使わなくてすむっていう大人っていると思うよね。それはその直感を頼りに。あと、「無理しなきゃならない」とか、「この人と居ると息苦しいな」っていうのは……居づらいとか、みんな分かるじゃん。居心地悪いっていう感覚が正しいというか。その中でも、ちょっとでも「この人話せそうかも」っていう人にアプローチ。あとは、大人にあんまり会えないっていうのが問題だよね。学校と家しかないから、それ以外の大人に会えないのが悲しいよね。
ペン 悲しい。
カエル どうしたらいいのかな? 困るなぁ……。

update 2025/11/29