Q.生きづLABOのみなさんへ
A.(編集注:質問の補足に、生きづLABOへのお手紙のような内容が書かれていました)
嬉しいお便りありがとうございます。補足に生きづLABOへのねぎらいや応援の言葉だけではなく、サイトの効能について利用する人から感じていることを教えてくれて、とても励みになりました。これからも、来たい人が来たいタイミングでふらりと来れるサイトを目指したいです!
回答:生きかたカエル

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Q.生きづLABOのみなさんへ
A.(編集注:質問の補足に、生きづLABOへのお手紙のような内容が書かれていました)
嬉しいお便りありがとうございます。補足に生きづLABOへのねぎらいや応援の言葉だけではなく、サイトの効能について利用する人から感じていることを教えてくれて、とても励みになりました。これからも、来たい人が来たいタイミングでふらりと来れるサイトを目指したいです!
回答:生きかたカエル

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Q.大人は、嘘つきはだめっていうのに、私が嘘ついた時のほうが喜びます。なんでですか。
A.つまり「嘘つきはだめ」とお説教するくせに、実際に関わるときは本音を言うよりも、その大人にとって都合のいい嘘をついたときの方が喜ぶ……という話でしょうかね。
残念ながら、主張や要求には、正当性や一貫性がある場合が少ないというのがウ・サギの実感です。感情や感覚に任せて、世の中のそれっぽい論から自分にとって都合のいいものを借りてきて、相手を打ち負かすためだけに言葉を使うようなことは、実は結構あります。「嘘つきはだめ」と言っても、その言葉の意味について別に深く考えていないので、矛盾した行動をするのです。
ただ、最初に「残念ながら」とは書きましたが、私たちは不完全な生き物なので、ウ・サギも(おそらく誰しも)そういった矛盾を他者に押しつけてしまうときがあります。といっても「だから仕方ないね」という話ではなく、おかしいと思ったら怒っていいし、やってしまったら反省して、身勝手が暴走しすぎないようにしていくべきだと思っています。
質問者さんの矛盾に気づく力の高さ、鋭さにウ・サギは感心しました。
回答:ウ・サギ

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Q.正直自分の顔めちゃくちゃ好きなんだけどなんかすっっごい言いづらくない!?自分のこと卑下しなきゃいけないって言うか…自分のこと貫き通すのムズいし……
A.確かに…!やみーペンもやみーペンを貫き通すの難しい時ある…自分に好きな部分があるのとか、本当はとっても素敵なことなのにね…どんな好きでも嫌いでも他者の評価を気にする必要がない世界になってくれたらいいのになぁ〜
回答:やみーペン

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Q.質問回答のところに、「回答:〇〇」の下に回答者さんのイラストが載ってます!?
新しくそういうやり方にしたんですか?とってもかわいいです!
A.はい、新しくその形式にしました!
質問回答する仲間を増やしたこともあり、回答者がどんなキャラクターかわかりやすいように、載せることにしました。あと単純にイラストがあった方がかわいいと思ったのもあるので、かわいいと言ってもらえて嬉しいです。ちなみに、うさえなが所長にはいろんなカラーのネクタイで登場してもらおうと思っています。
回答:ウ・サギ

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Q.頑張れない自分が嫌で嫌で仕方がないです。頑張らなきゃいけないし、頑張りたいのに、全然頑張れません。頑張れなくてごめんなさい。どうすれば頑張れますか。アドバイスや応援メッセージがいただけたら幸いです。
A.せっかく頑張るのなら、頑張らないことを頑張るのはどうでしょうか?頑張りたいけど、全然頑張れないということは、今は頑張るときじゃないとカエルは思いました。また、どんな時、どんなことは頑張れて、どんな時にどんなことは頑張れないなど、自分の頑張れる分析をすることもおススメです。頑張ることへの理解が深まると、少し見方も変わってくると思いました。
まぁ、カエルはあまり頑張るのが好きじゃないです。なぜなら、限られたエネルギーでうまくやりくりするためには、できるだけ頑張らないでいることの方が効率がよいように思うからです。頑張れない自分にもそれなりの理由があると思いますよ。
回答:生きかたカエル

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Q.「いじめ傍観者も加害者と“同罪”」は極論だと思いますか?また、「いじめ傍観者を非難する貴方は人を助けられるのか?」という指摘についてどう思いますか。
A.なるほど…そういった論があるのですね。どんな論も、誰がどういう立場で言っているかで話は変わってくるとウ・サギは思うので、まずそのあたりを整理したいと思いました。
質問への補足から「いじめ傍観者も加害者と“同罪”」「いじめ傍観者を非難する貴方は人を助けられるのか?」はネットで目にした言葉のようなので、そうなると誰がどういう立場で言っているかわからないですね……困りました。ただ、それを目にして揺れ動く質問者さんの心はよく伝わってきたので、そのあたりも踏まえながら、場合分けをしていろいろと考えていきたいと思います。
「いじめ傍観者も加害者と”同罪”」について
①発言者が、いじめられた/いじめられている当事者の場合
これについては全く極論だと思いません。「その通りですごめんなさい」以外にウ・サギは返せる言葉がないです…。
②発言者がいじめられた経験があるわけでなく、ただ一般論として罪について語っている場合
これは極論というよりは、なんか主語の大きいことを勝手に言っているなあ…と、そのスタンスにウ・サギはちょっと呆れてしまう気持ちです。罪は人でなく行為に対して生じるものだと思うので、傍観者、加害者ではなく、いじめ傍観行為、加害行為についての論にするべきだと考えます。
③「いじめ傍観行為も加害行為と”同罪”」についてウ・サギはどう思うか
ウ・サギは基本的に誰しもが罪を犯したことのある&これからも罪を犯しうる存在だと考えているので、そもそも全員が罪人というベースで考えています。だから、誰もが適切に自分の罪を償っていきましょうと思うと同時に、適切な償い方はそれぞれに違うと思っています。、償い方で比較したときには、加害行為の償いは被害者の安全を守るための選択に従うこと(例えば、いるだけで被害者の登校が難しいなら転校するなど)や学び直し、傍観行為の償いは傍観しない自分(安定した人間)になれるように生きていくこと、みたいに異なるとは思うので、罰則の重みが同じ=同罪と定義するなら、同罪ではないという答えになりそうです。ただ、ウ・サギは子どものいじめについての責任は100%大人にあると考えています。
「いじめ傍観者を非難する貴方は人を助けられるのか?」について
ネットでいじめ傍観者へのバッシングが起こった中、バッシングしている人たちへの反論や問いかけとして、「非難するなら、あなたは同じような状況で人を助けられるんですよね?」という話が出てきたということでしょうかね(その認識で回答します)。キリストの「あなたたちの中で 罪を犯したことのない者が この女に、まず石を投げなさい」とかなり近しいものだとウ・サギは受け取っています。
これについては、そもそも何かの属性や行動で一面的に「○○者」と人をくくって、ああだこうだ評価することが(バッシングはもちろん、褒めることも)単純にマナー違反だとウ・サギは思っています。だから「そんな貴方は人を助けられるのか?」という問いかけをするまでもなく、「あなたのしていることはマナー違反ですよ。誰かを非難するのでなく、アイメッセージで、自分の経験や思いから話を始めてください」と諭したい気持ちにウ・サギはなります。
回答が長くなってしまいました。インターネットが発達し、いろんな人と言葉でやり取りのすることのできる時代になりましたが、それが対話ではなく論の合戦にしかなっていないことが多い気がして、どうしたらいいのかなあ……と最近考え込んでいるウ・サギです。
回答:ウ・サギ

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Q.死にたいという気持ちは死という状態を目指すものではないという回答を読んで、なるほどなという気持ちと同時に、でもやっぱり私は死という状態になりたいなと思っていることに気が付きました。
A.なるほど…この質問や、この質問で書いたことでしょうかね。質問者さんがそう思うなら、それは一つの間違いない望みなのだろうとウ・サギは思います。
具体的な望みや気持ち(死にたいでも、恋人がほしいでも可愛くなりたいでも、その他でも)は突き詰めれば、それは自分の願いを叶えるための一つの手段であって目的ではない、というのがウ・サギの思っていることで、「○○になりたい」という気持ちは気持ちとして真実であり本物だと思っています。
そして、自分の気持ちや願いについては、現実とか理屈とは気にせず、自分で一番しっくりくる言葉やイメージを与えてあげることが大切だとウ・サギは考えています。心で思うことはいつだって、自分だけの自由な世界です。でも、心が自由であるのに対して現実には制約がたくさんあるので、なんだかそれだけで生きるのって随分と苦しいことにも感じたりします。
回答:ウ・サギ

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Q.消えたくなります。だから自傷行為をしたいと思うのですが、できるものが家にありません。どうしたらすっきりできますか?
A.ウ・サギは身体的な自傷行為の経験はないのでちょっと回答に自信がないですが、体を傷つける自傷行為というのは、「体の痛みで心の痛みをかき消す」「鎮痛作用のある脳内物質が出ることで気持ちが少し和らぐ」といった仕組みになっていると理解しています。だから、心の痛みをかき消すような刺激か、脳内物質を出すような行動、そのどちらかですっきりを目指すことはできるかもしれません。
他の刺激で心の痛みをかき消す方法としては、やみーペンのおすすめだと、冷えピタやアイスなどの冷たい刺激があります。冷たい刺激は、眠気覚ましにも使われたりするように、結構強い刺激ですし、リフレッシュ効果もあるようです。脳内物質を出すのだと、ゲームなど何か夢中になれるものをやるとか、あとはランニングはいろいろと効果的な脳内物質を出してくれるらしいですよ。体力や状況的に、ランニングはそう簡単にできないかもしれませんが……。
ちなみにウ・サギは消えてしまいたい気持ちをやり過ごすときは、外を散歩したり、家の中でずっとぐるぐる歩いたりするのをよくやっていました。すっきりまではしなくても、ちょっとくらいは気は逸れて(風が冷たいなとか、ぐるぐる歩きすぎて酔ってきたなとか)、最後は疲れて眠りというひと時の休みにたどり着けます。
回答:ウ・サギ

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Q.自分が望んでいないのに、つらい思いをしているのが嫌だという質問をしたものです。こんなことを考えても何にもならないのに、と思っていたので価値があることなんだよと言ってもらえたのが嬉しかったです。ありがとうございました!
A.いえいえ、こちらこそありがとうございます。一人ひとりが考え、自分の形で発信していくことが、ウ・サギは本当に大切で価値のあることだと思っています。まだ表現できなくても、モヤモヤや苦しみがあるなら、そこには絶対に意味や価値があると改めてウ・サギは強調しておきたいです。
個人に起こること、個人の思うこと感じることには、多かれ少なかれ社会の問題が関係しています。そして、社会というのは私たちの集積なので、誰か個人に起こることもいつも全て私たちの問題なのです。だからウ・サギは、自分の生きている社会を知って一緒に考えていくために、モヤモヤや苦しみのシェアを歓迎します。
回答:ウ・サギ

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Q.子どもの立場から考えているのですが、「親の立場の人は、やる気が出なくても子どもの世話をしないわけにはいかない」という現実を変える仕組みはつくれないでしょうか。例えば、親が子どもの世話を一時的に休める仕組みがあれば、親のメンタルが安定し、結果的に子どもの不幸も減るのではないかと思います。どうでしょうか。
A.はい、子育てを分担して、チームとして(社会全体として子育てをするというのが共通認識となって、実働としても5名以上の大人がいる体制で)行っていくことができたら、不幸はかなり減るだろうとウ・サギも思います。実際に傷つけられた子どもは親をいくらでも恨んでいいとウ・サギは思いますが、社会構造で捉えたときには、親に問題があるというよりは、二人または実質ほとんど一人で子育てをする体制に問題があるとウ・サギは考えています。
一応メインの養育者は1~2名定めたほうがいいかなとウ・サギは考えますが、子ども側が変更を望んだ場合は変更する権利があるべきだと思いますし、サポーターが(家族でいえば、同居または近所の祖父母やおじおば、年長のいとこなどのイメージ)数名いてほしいと思います。サポーターは1組の養育者をがっつり手伝いするというよりは、3~5組くらいの養育者をお手伝いする体制にできれば、人の資源も足りるような気がしますが…どうでしょうかね。これはあくまでウ・サギがちょっと考えてみただけの案なので、みんなで話し合って、不幸がなるべく生まれない子育てのあり方を考えてみたいです。
回答:ウ・サギ

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