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Q.「本人の意思」を持ち出して困難や被害をその人のせいにするのは残酷すぎると感じる

この記事の担当 生きかたカエル

Q.「本人の意思で選んだのは事実」だとしても、本人の状態・状況故に他の選択肢が選べない、もしくは選ぶのが非常に困難だった場合、「本人の意思」を持ち出してその人の困難や被害をその人自身のせいにするのは、俺は残酷すぎると感じる。また、仮にその人が他の選択肢が容易に選べた場合でも、困難や被害を全部その人のせいにするのは絶対違うと思うし、むごすぎると感じる。
どう思いますか?

A.選択肢がなくて選ばざるを得ない状況は自由意思の選択ではないとカエルは思います。特に被害や困難に関しては、当事者の意思や選択の責任を問うようなケースがありますが、それは論点のすり替えが多いとカエルは思っています。
どんな本人の意思や選択があったとしても、被害や困難を受けてもいい人はおらず、責められるべきことはないのです。ましてや、多くの被害や困難を被った人たちは選択や意思に対して十分なチャンスがなかった、あるいは奪われてきた場合が多いです。当たり前のことを当たり前に保障されなかったことはとても分かりにくく、最後の結果だけを見て、自己責任を問うことは、今の社会の生きづらさを引き起こす大きな課題だとカエルは思っています。
何だか、難しく書いてしまいましたが、質問者さんの「残酷すぎる」という訴えにはカエルは強く賛同します。

回答:生きかたカエル

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update 2026/5/4