Q.「罰を受けたい・自分は不幸であるべきだ」という思いと、「普通に生きたい」という2つの相反する思いが毎日のように自分の中でせめぎ合っています。幸せを願ってしまう自分が傲慢で醜くて自己嫌悪が止まりません。
A.補足に詳しく書かれていましたが、(記事を読む人に話がわかるように少しだけ情報を出すと)自分の出生の部分に複雑な感情を抱いているのですね。質問者さんが背負うべき罪ではないとウ・サギは思いますが、自分が誰かを犠牲にした存在であるということをどうしても意識してしまい、どんな気持ちを抱いても自分を責めてしまう状態なのは伝わってきました。
自分の幸せを願う気持ちは、ウ・サギは生存本能のようなものだと思っています。生きていればお腹が空くように、生きていれば自分をなるべく快適な環境で存続させていこうとする力がどうしても働くのかな……?と。だから傲慢とかでなく、もはやトイレにいくのと同じくらいの、生理現象と捉えるのはどうでしょうか。生理現象に従ってあげるのか、罰を受けたい気持ちを優先するのかは、そのときで決めていいと思うし、あとで方向転換してもいいとウ・サギは思います。
ちなみにウ・サギは誰かを犠牲にしてここにいるというよりは、様々な運の巡り合わせによって、たまたま自分という個体が生存してしまった、という考え方をしています。過去には無数の分岐があって、そもそも母と父がそもそも出会っていなければとか、少しタイミングが違えば別の人と結婚していたかもしれないとか、自分が存在せず自分以外の誰かが生存していた世界線もいくらでもあり得たと思います。だからそれらの責任や罪は、誰か一人の行動や存在に押し付けることのできない、複雑な巡り合わせの産物だとウ・サギは思っています。
回答:ウ・サギ

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