Q.母親が学校の先生で、化粧してきた生徒が「先生は化粧してるのに私はなんでしちゃだめなの」と言ったことを父親に話して、父親はよくある屁理屈だねと返していた。納得できる説明をしてくれたらいいなと思います。屁理屈って何ですか。意見とどう違いますか。
A.屁理屈と意見の違いですか…興味深い質問ですね。屁理屈と言っても色々あると思いますが、質問者さんの両親の話の中で言われている「屁理屈」については、ウ・サギは「大人からすでに理屈を提供しているのに、それに納得せずに議論を向けてくる行為」と捉えました。先生が化粧してよくて生徒が化粧をしてはいけない理由も理屈もウ・サギにはわからないですが、そこに理屈があると思っている大人もいることは理解していますし、理屈というからには、それはその人にとっては筋の通ったものと感じているのだと思います。そして、自分が筋が通っていると思ってて、周りもそれにおおむね同意したり反発はしてこない中で、「なんでですか?」と聞いてくる相手がいると、自分の信じているものや秩序を乱されるような不快感を抱き、「屁理屈だ」と自分の方の理屈が正しいと圧をかけにいく…のかもしれませんね。
だから意見と屁理屈の違いは、どんな発言かではなく、受け取る側がどう受け取るかで決まるのかも……?と思いました。自分によって許容範囲内で価値のあるものを感じたら「意見」、許容できないまたは無価値だとみなしたら「屁理屈」にされてしまうというのか・・・。「先生は化粧してるのに私はなんでしちゃだめなの」というのは、ウ・サギからするととてもいい意見だと思います。逆に世間でよいと言われている意見や発言だとしても、ウ・サギからすれば屁理屈に見えるときもきっとあると思います。
そう整理していくと、屁理屈だと言われるのは、「すみません、私は今このテーマについてあなたと対話する力や意欲を持ち合わせていません」というメッセージなのかもしれません。
回答:ウ・サギ

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