Q.最近、テレビとかのダンサーや司会の女性は露出が多いのに男性は違うなとか、なんでもかんでも男の多くが女を性的搾取の目で見ているのではないかという思考になってしまう
A.思考に「なってしまう」という表現が、適切でグッドなアイメッセージだとウ・サギは感じました。心は自分でコントロールできるものではなく、勝手に感じてしまうものだとウ・サギは考えているので、「~してしまう」と表現し合うことで、内面をジャッジするのではなく一緒に考えていくコミュニケーション文化が作られないだろうか…?と最近思ったりしています。
男から女への性的搾取についての話をすると、男性が権力を握って女性をモノとして扱ってきた歴史については、誰にも否定しようもない事実だとウ・サギは捉えています。例えばフランス革命の人権宣言においては、当初そこで定義される「人間」は男性だけで、女性を排除していました。ウ・サギは歴史にあまり詳しくないですが、例えば日本でも女性に参政権がなかった時代もありますし、今も権力のある場所にいる人は男性(かつシスジェンダー、比較的高齢、高学歴、経済的に裕福などの要素のある人)に偏っています。話し合いにいない人の存在や意見はどうしても見えないものとなり、後回しになってしまうので、大事なことを決める話し合いの場に(権力のある場所に)集まっている人の属性が偏れば、その属性の人たち中心の社会制度になってしまうのだろうと思います。だから今の日本は男女で比較すれば男性中心の社会ではありますが、性別関係なく、社会的に弱い立場にいる人たちの声が届きにくいのが現状になってしまっていると思います。
歴史を見たときに極端な男性中心で近代の社会づくりが始まっていると考えると、男が女を搾取する構造はあらゆるところ(言葉の表現一つから、服装、メディアでの描かれ方…)に残っていて当然だろうというのがウ・サギの考えです。だから個人として男性が女性を性的搾取の目で見ているという話よりは、歴史や社会構造の話として着目して、性別についてでも性別以外についてでも搾取のない社会づくりをしていきたいと思っています。その始まりとして、「これは搾取や不平等では?」と声を上げていくのはとても大切なことだとウ・サギは感じます。
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