Q.トランスジェンダー当事者で自分の性別について疲れてしまいますが、それが当然のことなのかよくわからなくなりました。もしあなたがトランスジェンダーだったら、どれだけ嫌だと感じますか?よくわからない質問で申し訳ないですが聞いてみたいです。
A.同じトランスジェンダーと言えど、性別への感じ方にそれぞれ微妙な違いがあると当事者から聞いたこともあるので、その「もしも」を考えるのは難しい部分もありますが、可能な限り丁寧に想像してみますね。
まず、トランスジェンダーに限らず、自分が何かのマイノリティであり、そのマイノリティ性が毎日どこかで突き付けられて、不当な扱いもされる世界で考えてみます(例えば、現代日本社会だと、人種マイノリティもそういったつらい思いをすることが多いかもしれません)。その状況に自分が置かれるのを想像すると「自分が○○(マイノリティ属性)じゃなければ良かったのに」と感じることは間違いなくあると思います。それが差別や偏見のある社会構造の問題で、社会が変われば生きやすくなるとはわかっても、社会が変わるだろうと信じられるほどの頼もしい味方がいなければ、自分のマイノリティ属性自体を嫌だと思うかもしれません。
もし自分がトランスジェンダーだったらに限定して考えると(自分の育った環境と、現代日本社会の価値観はそのままで想像しますね)、ウ・サギは周りに性別規範がほとんどなかったので、学校に行くまではあまり困らなかった気もします。学校に行けば無意味な男女分けがあるので、そこからは「自分は自分らしく生きる権利がある」と思う自分と、「トランスジェンダーじゃなければこんな思いはしなくてよかったのに」と思う自分とのせめぎ合いで、自分の個性を全て肯定できるくらいの日もあれば、逆に全て憎むような日もある、複雑な揺らぎの中にい続けることになったのではないかと思います。
個人の感情や感覚として「自分が○○(マイノリティ属性)であることが嫌だ」と感じるのも自然なことだと思います。疲れたときにはとくに、ウ・サギも自分についてそう思うときがあります。
ただ、大前提として、生きづらさは個人と社会の関係性で起こることなので、嫌だを掘り下げていくと「自分は○○(マイノリティ属性)であることで起こった不利益、不自由がつらい」「○○(マイノリティ属性)であることで抱えてしまった傷から解放されるとは思えないし、他の人が背負ってないものを背負わなくてはならないことに折り合いがつけられない」といった叫びなのかなと感じたりもします。
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