Q.親にオープンキャンパスに行きたいと伝えてるのにどうでもいいのか頷くだけで聞き流されることが多いです…試しに見に行くこともできないので親があまり進学に乗り気ではないならもう進学諦めるしかないですかね…?
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Q.親にオープンキャンパスに行きたいと伝えてるのにどうでもいいのか頷くだけで聞き流されることが多いです…試しに見に行くこともできないので親があまり進学に乗り気ではないならもう進学諦めるしかないですかね…?
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Q.高校受験生です。学校に行きたくないです。けど、親に言っても勉強だけすれば良いと言われて休ませてくれません。休むと強制的に引きずってでも学校に行かされそうなのでのが怖くて….死にたいです。
A.引きずってでも学校に行かされそうというのは恐怖ですね…。パワーと圧で無理やりコントロールされてしまうような関係性を想像し、学校も行きたくない場、家も安心できない場・・・という中で追い詰められているだろう質問者さんがとても心配です。学校に行く行かないは100%子どもの意思で決めていいことだとウ・サギは思っているので、引きずってでも学校に行かされるのであれば、親を現行犯逮捕(?)して引きずっていきたいくらいと思いました。
何か少しでも、例えば保健室登校など、学校は休ませてもらえない中でも学校内で休める方法か、その他楽になれる方法はないでしょうかね……。どうして一部の大人がここまで強硬に学校休ませない派閥になってしまうのか、社会問題として整理して、対処していく必要性をひしひしと感じます。こんな社会で申し訳ないです…。
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Q.自分は潔癖症の傾向があって、めんどくさかったりするとシャワー入らない時があって、その時はいいんですけど翌朝機嫌が悪いと汚いことに耐えられなくてイライラしたり機嫌がもっと悪くなります。どうしたらいいですか?あと、周りに迷惑をかけずに生きる方法ってありますか?自分が気持ち悪くて汚らわしくてしょうがないです、いなくなりたい気持ちでいっぱいですが、怖いです。寝て起きて死んでたらいいのに。申し訳ないんですがもう一つだけ、最近不登校から期末テスト前から学校に行くようになりました。仲のいい友達はできないし勉強は不安だし全部心配です。親にも先生にも迷惑かけてるし爆発したいです。長くてごめんなさい
A.いえいえ、長くても謝ることはないですよ。負担が大きくて、いっぱいいっぱいなんだろうなというのがよくわかりました。
ウ・サギは潔癖症のことはあまり詳しくないですが、そういった神経質な気になりは、余裕がなくなるほ気になる度やイライラが高まるように思います。だから潔癖症がどうこうよりは、質問者さんのコンディションの方にポイントがあるのだろうと感じましたし、書いてくれたことを見るに相当不安やストレスがたくさんな環境ですよね…。このままだと負担が大きすぎるように感じたので、学校に行く日数や時間を減らしたり調整してみるのも考えたいとウ・サギは思いましたが、どうでしょうか。
ウ・サギは生きるのは迷惑をかけあうことだと思っています。どんな人も(カエルも、ペンギンも…)大変なときやしんどくなるときがあるから、ピンチの人がいたらできる範囲で手助けするし、自分がピンチになったら堂々と助けてもらっていい、という約束で社会は本来成り立っているのだとウ・サギは考えています。そして、その「助ける」というのは、そんなに学校のストレスが大きいなら学校や教育の在り方を変えた方がいいのでは?という点も考えることも含んでいると思っています。困っているという声があるから、みんなで立ち止まって一緒に考えて、もっと生きやすい社会のあり方を探していけるのだとウ・サギは思います。だから質問者さんは今は助けてもらう場面なだけで、それは迷惑をかけているわけではなく、社会のために大切なことをしているのだとウ・サギは思いました。よくわからない話だったらすみません。
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Q.同じ部活で仲良かった子に拒絶されてから、死んでしまいたい気持ちがなくならない。それより前までは普通に話してたのに、ご飯誘って、断られてからSNSもフォロー外されて、フォローリクエストも拒否されている。そのことがきっかけで死んでしまいたい気持ちと自傷行為が止まらない。
A.仲良かった子からの拒絶はしんどい…死んでしまいたいって思うくらい追い詰められちゃうのは他にも安心できる環境が少なかったりするからなのかなぁ…それともその子がとても特別な存在だった…?つらい時は自傷してやり過ごすしかない時もあるけれど、他の方法もあるといいのにね…やみーぺんもやり過ごし方のレパートリー少ないから一緒に考えたいなぁ~
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Q.虐待されていると友達から相談されたの質問をしたものです。あれから、話したときには変わらず接しています。ですが、頼られる様になったせいで、今度はこちらが限界に達しそうです。どうすればいいですか?
A.頼られて限界に達してしまうという話は、大人同士の世界でも、支援者だとしても時々起こるので、対人の一つの難しさだとウ・サギは感じています。相談する側の心理としては、しんどい、自分を受け止めてほしい、もっと受け止めてほしい、自分を見てほしい・・・とコントロールができなくなっていく現象で、相談される側としては「自分のせいで傷つけたらどうしよう」と相手と自分の境界が混ざっていってしまう現象、と捉えられるのかもしれません。とにかく、質問者さんは何も悪くないし、だからといって友達が悪いわけでもなく、そういったことは時に起こってしまうのだ、というのをまず伝えておきますね。
対応としては、「自分にも限界があります」「だから他の相談なども使ってほしいです」というのを、友達に伝えるということになるとウ・サギは思います。というのも、相談している側は、相談をしているうちに我慢してきたこれまでの自分の気持ちが溢れてきて感情が優位になって、相手も人間であることや、限界があることを忘れてしまうことがあるからです(これは誰しもそうなることがあります)。また、相談を受ける側は相手を優先して、自分の気持ちや事情を抑えることが多いので、そうなると相乗効果で距離感がどんどん近くなってお互いに苦しくなっていくことが起こります(これも誰しもそうなることがあります)。
とはいえ、しんどそうな相手に「自分にも限界があります」と伝えるのは怖さや申し訳なさを抱く場合が多く、支援者でもうまく伝えることができないこともあるので、質問者さんに「こうしましょう」みたいにウ・サギが言うのもとてもためらうのですが・・・正攻法としては一応そうなるというだけで、質問者さんは子どもであって余裕もない状況とのことなので、本来は頼れる大人が身近にいるべきなのですよね……。とりあえず質問者さんが一人で抱えるのはとても大変なので、質問者さんにとって相談できる大人や、使えるチャット相談などがあればどんどん活用してほしいです。
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Q.進路を絞っていかないといけないのに進学したいと言えません…言ったら身内に「(学校名)進学したいんだって!」と言いふらされて後から質問攻め遭うのでできるなら黙っていたいです…その都度答えるしかないのでしょうか…?
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Q.学校のような、皆が同じ服を着て、同じ人の言う事を聞いて、同じ空間で同じことをしているところを俯瞰で見て嫌になります。まわりを見たらこんなことで違和感を感じているのは自分だけだと思えてきます。これって変ですか。
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Q.今は自傷行為がやめれています。ですが、そのかわりに鬱病、ADHDなどになりました、、
苦手な友達がいて保健室でクールダウンしている毎日です、、どうしたら保健室でクールダウンしなくて教室に入れますか?
A.誤解を招かないように説明すると、ADHDは生まれつきの特性なので、自傷行為をやめるより前に持っているのではないかと思います。うつ病については、自傷行為によってごまかしていた苦しみがやめることによって症状が強くなり、病状として現れて後から診断を受けることはあるかもしれませんね。どちらにしても、自傷行為があなたを苦しみから守っていた側面はありそうなので、やめることで苦しみが増すことはありうることだろうと思うのです。やめられてよかったと思う一方でつらいところです。
そして、クールダウンについては、必要な時は遠慮なクールダウンをした方がいいとカエルは考えます。苦手は苦手なので、仕方ないと思いますが、教室に入りたいのに入れないのであれば、不本意だと思うので、身近な大人(保健室の先生とか)と方法を考えてみるとよいかとカエルは思います。カエルが気になっているのは自傷行為の背景にある辛さや苦しさです。それについても誰かと考えるとよいのではないかと思いました。そういう意味では、保健室でのクールダウンタイムは単なるクールダウンというより、もろもろを話し合うための貴重な機会にもなるかもしれませんね。
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Q.母から勉強をもっとがむしゃらにやってと言われました。私は、きえたい死にたいという思いを抱えながら自分なりに頑張っているのに…と思って、自分が存在している意味が分からなくなりました。だれかから頑張っているねと言われたい。
A.質問者さんがすでに十分に頑張っている、むしろ頑張りすぎて自分を擦り減らしている、というのがウ・サギには伝わってきました。勉強は本人がやりたくてやる分にはいいですが、周りが頑張りを強制するものではないとウ・サギは思っています。子どもはがむしゃらに自分らしい時間をのびのびと過ごしてくれ…!というのがウ・サギの願いなのですが、その真逆をいくようなメッセージも世の中には溢れているようで、いつも戸惑ってしまいます。
きえたい死にたいと思ってしまうのは、自分が安心して過ごせる時間や、認めてもらえたと感じる機会がそもそも少なく、気持ちが弱っているということなのかなと想像しています。そのときに心を無視されるような、さらに結果だけを求められるような声かけをされるのは、ダメージが大きいだろうとウ・サギは思いました。母に理解を求めるのか、他に理解してくれそうな人を探すのか、どんな方法がいいのかはわかりませんが、質問者さんの心をきちんと見てくれる大人がいてほしい…いてくれないと困るよ…と世の中に対して叫びたくなります。
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Q.「Q.申請主義は切り捨ての仕組みだと思うのですが、どのような仕組みが必要だと思いますか?」の質問者です。本人が選択できるのは大事だと納得しました。強制的に何かを押し付けられるのは確かに凄く怖いです。
僕としては、申請の手続きの困難さが選択肢を奪っていると感じていたので、確かに申請主義自体の問題というより、福祉全体の仕組みのほうの問題だと、生きかたカエルさんの回答を見て気づきました。
例外として、本人や周りの人に命の危機がある緊急性の高い状況、例えば、生きかたカエルさんが例に出したように本人が虐待の被害を受けている場合や、逆に本人が周りに暴力を振るっている場合などは、本人の意思や意向だけに全部を任せるのは危険なのかなと僕は感じます。それでも、強制的に施設に入れるなどの対応でなく、人が人として尊重されるような仕組みが必要なのかなと思います。
具体的にどのような仕組みが良いのかは分かりませんが、それでも、意志や意向の尊重も、命が守られることも、 どちらも大事だというのは確かだと僕は感じます。
大前提として、人に強制的に何かを押し付ける仕組みは、確かに恐ろしすぎると感じるので、全部本人任せでもなく、かといって強制的に押し付けるわけでもない、そのような仕組みが良い福祉の仕組みなのかなと僕は感じます。だからこそ、福祉の活用について本人と一緒に考えてくれて、実際の活用をサポートしてくれるソーシャルワーカーの存在は、凄く重要だと僕は感じました。本人だけでは困難なことをサポートしてくれる存在がいることで、仕組みに選択肢が奪われることも減るのかもしれないと僕は思います。
このような理解で良いでしょうか?
また、回答にあった「ユニバーサルな生活保障や支援の仕組み」僕もあると良いなと思います。皆に生活保障や支援が行き渡ると、公平感も安心も生まれると思います。
(編集注:同じ質問者さんから、先日の質問で書き忘れたことがある、という流れがあったので2つの質問を合体させた内容になっています)
A.はい、本人の選択がとても大切だと思います。ただ、選択するためには必要な情報を得られることが前提ですね。また、自分のための選択というのはそんなに簡単ではなく、いろいろな経験も必要となります。やったことがないことを選べません。
いつも誰かに勝手に決められるような経験をすると、自分のためを考えることができなくなります。そして、選んだ結果について一緒に振り返る機会も必要です。人はいつも正しい選択ができるわけではありませんので、失敗をどう受け入れるか、折り合いをつけるかということも学ぶ必要があります。
もし、自分の望んだ結果にならなくても、結果から学ぶことは、次の選択に必ず生きてきます。そうした選択や意思決定のための経験が保障された上で、自己決定の尊重があるとカエルは思っています。しばしば、自己決定は自己責任と直結されることがありますが、責任を問われるのはそうした経験や機会の保障があってのことだと思います。
自己決定のための土台は、社会的に弱い立場の人たちだけに必要なことではありません。
どんな人も豊かな経験をして、自分のために選択をする経験が保障され、そして選択の結果を誰かと一緒に吟味したり、振り返ったりする機会は大事です。もはや福祉というより、教育の問題だと思います。前回、ユニバーサルな生活保障や支援の仕組みについてお話ししましたが、同時に誰にとっても学ぶ保障があることも大切です。今の画一的な学び方や教育内容(教科教育にかなり偏重している)ではそうした学びを提供することは難しいですし、学び方が個性的な人たちは学校からこぼれ落ちることも多いため、学ぶ機会が少なくなってしまうという課題もあります。そう考えると、ソーシャルワーカーに限らず、一人ひとりにあった学びや生き方を一緒に考えるサポーター(何か名称をつけたいですね)がますます重要になりそうです。
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