Q.自分は体が女性、心は男で学生、バイなんだけれど、親にも先生にも友達にも、男とばっかりつるんでないで女子とも仲良くしろって言われる……やっぱり手術とかをするまでは女子と一緒にいなきゃダメ?
A.どんな性別だろうと、誰と仲良くするかは自由だとウ・サギは心から思いますし、そう全世界に向けて叫びたいです。
一緒にいたい人といれて、あなたが望むような関係性が作れているなら、その交友関係を変更する理由など何もないと思います。
あなたがなるべくあなたらしい日々を送れることを、応援しています…!
Q.自分は体が女性、心は男で学生、バイなんだけれど、親にも先生にも友達にも、男とばっかりつるんでないで女子とも仲良くしろって言われる……やっぱり手術とかをするまでは女子と一緒にいなきゃダメ?
A.どんな性別だろうと、誰と仲良くするかは自由だとウ・サギは心から思いますし、そう全世界に向けて叫びたいです。
一緒にいたい人といれて、あなたが望むような関係性が作れているなら、その交友関係を変更する理由など何もないと思います。
あなたがなるべくあなたらしい日々を送れることを、応援しています…!
Q.春から大学生、楽しみだけどいつも少し怖い。高校の時みたいに行けなくなったらどうしよう、中学の時いじめてきた人たちがいたらどうしようって考えるたび、不安になる。このまま大学生になって大丈夫かな?
A.大丈夫だよ!
*ウ・サギから補足*
人生はいつ何でピンチになるかはわからないですが、大学はクラスがあるわけではないし、いろいろと日常の自由や選択肢も増えるので、中学、高校とは違う世界に飛び込むと考えてはいい気がします。
ただ、自分という存在として生きていくことは変わらないので、何か大変なこともあるかもしれません。でも、それは大学でもその先でも同じなので、困ったときは誰かや何かの力を借りるというのができれば(それを少しずつ身につけていけたら)、何になってもどこにいても大丈夫だとウ・サギは思っています。生きづLABOにこうやって発信できる力があれば、きっと大丈夫です。
Q.学校で授業中に急に苦しくなるときがあります。つらいことを思い出したり、死にたいと思ってしまったらやめられません。授業も集中できないし、どうしたらいいですか。
A.それは、学校に行けるどころではありません。休めるのなら、お休みすることをお勧めします。そして、できるだけ心が落ちける時間とか空間、人を探したいところです。まずは、こういう苦しさについて共有できて、一緒に考えることができる環境を整えたいとカエルは思いました。
カエルの学校に転校できるとよいのですが…受け入れ体制はいつでもOKです。
Q.自分の本当の気持ちが分かりません。転校したいのかしたくないのか。これから先どうしたいのか、自分の意見に矛盾が多くてずっとぐるぐる同じことを考えて悩んで辛くなってしまいます。
A.転校したい気持ちも、転校したくない気持ちも、全部本当の気持ちなのだろうとウ・サギは思いました。気持ちは基本矛盾を含んでいるものだとウ・サギは思っているので、矛盾が多いということは、本当の気持ちがわかっていることを示していると思います。
最近漫画を読んでいたら、難しい選択を前に、まず自分にとって大事なものを過剰書きにして、これはぎりぎり捨てられるというものは消していって、最後に残ったもので判断をするシーンがありました。
全部が本当の気持ちでも、どれが大事かの順位はたぶんあって、ぐるぐるしているとそこが見えにくくなるというのはあるのかもしれません。
一人で気持ちを探していくのは大人でも難しいことなので、誰かに話してみる、話せそうな相手が見つからなければ匿名の相談などをしてみる、というのも有効だとウ・サギは思います。
Q.学校に無理に行く必要がないってことは、学校に行って、途中で早退してもいいってことだよね?なんで一回学校の敷地に入ったら、授業が全て終わるまで出れないみたいな、檻に閉じ込めるの?ひどいよ
A.もちろん、途中で早退しても構わないと思います。
今の人間界はルールが形骸化して、「何のために」そのルールや仕組みがあるのかを忘れて、よくわからない縛りや制限があふれているように感じます。
学校の(大人の)目的は、子どもに安心・安全と、成長の機会を保障することだとウ・サギは思っています。
その目的を達成するために、学校に言ったら授業が全て終わるまで出れない、といった風潮は必要ないはずです。ただ、学校や先生だけに責任を押しつけてもダメで、もっと学校以外で学ぶ選択肢があったり、学校の授業のあり方が自由になるべきだと思っています。
Q.通信制高校に通っていて、年に何回かくらいしか登校しないから、ほとんど家にいるのですが、何をしたらいいと思いますか?まわりの大人に聞いたら、勉強とかバイトとか言われました。やっぱり勉強とバイトですか?毎日暇です。
A.なるほどです。ウ・サギとしては、何もせず過ごすのもいいとは思いますが、毎日暇だと感じているのなら、何かすることを探してみましょうか。
勉強とかバイトは、ウ・サギ的には「してもいい」くらいで、「したらいい」とはあまり思いません。なぜなら、責任や負荷のあまりない世界で、いろいろなものに触れることが、成長のためには大切だし、そういうのを思う存分できるのが子ども時代の強みだからです。
まず思いついたのは、何かボランティアや、興味のあるイベントや活動への参加です。「勉強とかバイトをしたらいい」と言わないような、自由な大人と出会う機会があると、あなたの世界が広がりそうだとウ・サギは思います。
一人で何かを突き詰められるタイプなのであれば、料理をやってもいいし、Excelあたりを触っておくのもいいですし、動画制作なんかも面白いですし、たくさん読書するでも、イラストを描くでも、とにかく何か興味の持てることをやるのがいいと思います。
誰かに強制されてやることよりも、なんとなくでもいいので自分で興味をもってやってみることの方が、のちのち役に立つとウ・サギは感じています(そのための時間を多くとれるのが通信制高校の強みだとも思います)。
やってみて「向いてないな」「興味ないや」とわかったら、それも一つの収穫です。
Q.学校に行きたくないです。でも行かないと成績が怖いです。どうすればいいのでしょうか
A.成績というものは噛みついたり、殴りかかったりなど、あなたを攻撃してくるものではないので、恐れる必要はありません。また、成績というものは、思ったよりも生きる上で必須なものでもなく、捨てても意外と他に大切なものを得ることもあります。
だから、あなたの学校に行きたくない気持ちを尊重してください。カエルは応援しています!もし、カエルの応援だけでは心もとないということなら、全国からカエルの仲間を召喚して、応援団を作りたいと思います。
Q.早慶とかMARCHとか偏差値でグループ分けされて、上位のグループであればあるほど良いという風潮がつらい。気にしないようにと思っても、先生や友達もその基準ばかりで、どうしても気にしてしまう。
A.偏差値は高いほど良いというのが「真実」だとみなすような人も増えてきた(と感じられる)世で、それを「風潮」「基準」と表現してくれる人がいるのに希望を感じたウ・サギです。
ただ、周りと基準が合わない、気にしないようにしても気にしてしまう、というのはしんどいだろうと想像しています。
自分の気持ちや価値観を安心して表現できる居場所がないと、心は弱っていくよなあ、と自分の経験も振り返りながら思います。
それにしても、偏差値が上の方が良い、というのは何をどう根拠にしてそう思っているのか?先生に聞いてみたいですね。
その問いにきちんと自分の言葉で答えられる人はいないとウ・サギは思うし(就職のためのちょっと有利な要素くらいになるとはいっても、たかが一つの要素になるだけだし、学歴がないのが貧困に結びつくならそれは社会が間違っているだけです)、根拠もないことを信じている人の言葉に、負けたくはない・・・でも、周りがみんな言っていたらウ・サギも気にしてしまう・・・とぐるぐるしています。
何が上だとか下だとか、良いとか悪いとかではなく、人間は一人の感じ考える存在であることが、等しく価値のあるものだとウ・サギは思います。
Q.スクールカーストやルッキズムに違和感や苦しさを覚える一方で、何もできない無力な自分が虚しいです。こんな社会でも楽な気持ちで生きてゆくためには、どうすればよいのでしょうか。
A.スクールカーストやルッキズムに違和感や苦しさを感じられるだけで「何もできないわけではない」とカエルは思うのです。あなたの感性は実にいい仕事をしていると思います。
人間界は生産性というものを重視しすぎて「何かができる」と表現するようですが、豊かに生きるためにはそれよりも「何かを感じる」ことの方が大切なのです。
カエル界では感じることが何よりも大切だと多くのカエルたちが分かっているので、とても楽な気持ちで過ごせます。よかったら、真似をしてみてください。
Q.クラスメートや親戚からの扱いで、自分に自信を無くしました。特に外見コンプレックスがひどく、鏡を見たり自撮りしたりするのを、本当は面倒なのにしてしまいます。その感覚が苦しいです。どうすれば救われるのでしょうか。
A.周りからの扱いの後遺症でコンプレックスに囚われてしまうのは、ウ・サギも周りでも苦しんでいる人がいるので、う~ん悩ましい・・・と感じました。
あなたも「感覚」と表現しているように、感覚や感情の話だと思うので、これを意識しようとか、こういう理屈で考えようとか、思考の方で対処しようにもなかなか難しいかと思います。
周りからの扱いでコンプレックスが生まれるなら、逆に外見を気にしない扱いをされたら、少しずつ変わってくるものがあるかも?と思ったのですが…どうでしょうか。
例えば、赤ちゃんや動物などは、外見なんて全く知ったことではありません。あとはコミュニティによって優先される評価指標は変わるので、アウトドアでは火起こしをできる人が一番偉かったり、子ども相手では面白い遊びを生み出せる人が一番好かれたり、生きづらい人の世界であれば、コンプレックスを経験している人が周りへの思いやりを持てて、評価されるかもしれません。
誰かとの関わりで生まれた傷は、誰かとの(それはネット上かもしれないし、人間以外かもしれないし、本などかもしれないです)関わりによって癒される部分が大きいとウ・サギは感じています。
完全にコンプレックスから解放されなくても、鏡を見ている自分に、もう一人の客観的な自分が「外見を気にしちゃうのもまあ仕方ないことか」「それだけ傷ついたもんね」と優しくする感じになれたらいいな…なんて想像をしました。的外れな回答だったらすみません。