Q.大人って、いっつも「フツウにしなさい」っていいます。
聞くけど、フツウってなんですか?
誰が決めたものですか。
答えられますか。
こんな質問をするのは私が傲慢だからでしょうか。
A.実にいい質問です!
こんな質問をするのはあなたが賢くて、本質をちゃんと考えられるからだとカエルは思います。
「フツウ」は「シコウテイシ」の主な症状ですが、「シコウテイシ」に陥っている本人に自覚がないのが特徴です。残念ながら、人間界の大人の間で「シコウテイシ」はかなり蔓延していると思われます。
Q.大人って、いっつも「フツウにしなさい」っていいます。
聞くけど、フツウってなんですか?
誰が決めたものですか。
答えられますか。
こんな質問をするのは私が傲慢だからでしょうか。
A.実にいい質問です!
こんな質問をするのはあなたが賢くて、本質をちゃんと考えられるからだとカエルは思います。
「フツウ」は「シコウテイシ」の主な症状ですが、「シコウテイシ」に陥っている本人に自覚がないのが特徴です。残念ながら、人間界の大人の間で「シコウテイシ」はかなり蔓延していると思われます。
Q.「Q.「自分には価値が無い」と考えると安心する自分に戸惑っている」の回答を見ました。心の体力に「その日暮らしの感覚」という表現をされているのが印象的でした。心の体力で「その日暮らし」を抜け出すにはどんなことが必要になるでしょうか。。
A.段階としては、
①今すぐにでも死にたい。自分を破滅に導くための行動をしてしまう。(時間や感情の連続性が希薄)
②「今日は」死なないけど、明日からはいつでも死んで大丈夫という心構えでいる(将来に絶望感・閉塞感がある。人とのつながりがない、または表面的にあっても心の支えではない)
③すぐ死ぬつもりはないが、数年後まで生きる見通しはもっていない(将来に明るいイメージはない。人とのつながりは一定程度あるが、生きていく理由までにはならない)
④死ぬことは考えておらず、なんとなくこれからも生きていくつもりでいる(今現在いる場所に、衣食住的にも人間関係的にも、それなりにしっくりきている)
みたいなイメージがあります。
その日暮らしを抜け出すためには、衣食住の安定と人とのつながりの両輪がそろっていくことかなと思っています。人とのつながりは、大切な友達や家族がいます!というニュアンスよりは、自分なりに欲しい人間関係をつくれているか・自分を苦しめる人間関係から逃げられているか、というニュアンスで考えています。
ちなみにウ・サギは④までを目指すつもりはなく、②と③の中間くらいでのらりくらりやっていこうと腹を括っています。
Q.私はすごく運動が苦手です。大半の人ができることでもできないことのほうが多いです。でもできる人は練習すればできるようになるとか努力すればとか言います。なんでできないのと言う人もいます。自分でもなんでか分からないのでどうすればいいのでしょうか。
A.背が高い人もいれば、低い人もいるのと同じように運動の苦手や得意の違いはあると思います。だから、無理にできるようにならなくても、いいように思います。なんでできないのと言う人がいたら、逆に「なんでできるの」と切り返してみてください。どちらもそれほどの理由はないのです。
できる人もいれば、できない人もいる。それは自然なことです。
人間界はできるできないに随分とこだわる動物だなぁといつも思っています。
Q.どうして、親は大きな声で、喧嘩するの?
A.「どうして」という理由が分かったら、大きな声で喧嘩をしないような対策ができそうに思ったのでしょうか。おそらく、大きな声で喧嘩されることが嫌だし、やめてほしいと思っているからこそ、「どうして」という気持ちになっての質問かなと思っています。
「どうして」なのかはカエルにもわかりませんが、もしも、嫌だし辞めてほしいと思っているとしたら、ぜひそのことを親に伝えてほしいと思います。
親自身が「大きな声で喧嘩している」とか「見ている子どもとしては怖いし辞めてほしいと思っている」ということに気づいていない可能性があります。
ただし、そんなことを伝えたら自分に何か不利益なことが起こりそうだと想像される場合は伝えるのは辞めて、信頼できる他の誰かに相談する(話してみる)ことをお勧めします。
Q.絶対に失敗したくないと思っているはずなのに、上手くいくと今度は全部ブチ壊したくなる。どうしてこうなる?
A.感覚のままに話をすると、読んで「バグった完璧主義」という言葉が浮かびました。
失敗してはならないと自分を追い込むパワー(周囲から植え付けられた価値観?)と、そんなものは放り投げて自分らしく生きたいんだというパワー(自分オリジナルの感性)が、引っ張り合っているのかもしれないと想像しています。
ウ・サギの経験的には、自分らしく生きられていない時に、何かをブチ壊したい衝動が暴れがちな気がしています。
Q.子供の頃から、家のことを牢獄みたいだなと感じています。自立することは、脱獄のように感じます。とっくに成人していますが、まだ牢獄から出られていません。何の障害もなく自立している人がうらやましい。私は何か悪いことをしたのでしょうか?
A.結構昔ですが、フーコーというなかなか個性的な哲学者がいて、監獄の誕生という本を書いています。そこでは、権力を持つものが、規律や規範を勝手に作って、管理することで監獄システムが立派にできてしまうということが書いています(ざっくりしすぎていて、専門家が見たら怒られそうですが)。
質問をくれた方の家はおそらく、家の謎ルールがたくさんあったり、家の人たちが勝手に決めた規律とかそんなものがあるのでは?とカエルは想像しました。そして、その見えない管理システムに「ここは牢獄だ」と気づけるあなたの感性は鋭く働いているようにお見受けしました。
物理的な束縛や支配よりも、心理的な束縛や支配の方がわかりにくく、脱獄しにくいのかもしれません。ただ、こうしてあなたの言葉で質問をしているのは、すでに牢獄から片足ぐらいは出ているようにカエルは思いました。
そして、何も悪いことはしていないと思います。
Q.自傷行為ってどうしてやっちゃうんだろう。後悔するのに。
A.自傷行為ってどうしてやってるのか…ってそれぞれ違ったりするから難しいねぇ。気持ちを強制的に切り換えてくれたりもするから、その時には必要だし…。後から後悔しない方法と出会えるといいのにね。
Q.発達特性のある人は一生変わらないの?
A.発達特性は一生変わらないといえば、変わらないですし、いつでも変わるといえば変わります。
つまり、特性という性能は変わりませんが、具体的な場面の言動としては、その条件によって変わることができると思っています。
特性は「感じ方」「学び方」「表し方」として特徴が出ますが、主に「学び方」が人と異なるため、通常の方法で気づいたり学んだりすることが難しいです。
なので、多くの人がわかっていることに気づかず、オートマティックに獲得していることが獲得できない場合があります。
また、マイルールやオリジナルな感じ方でやり過ごしていることも多く、誤った方法を身につけてしまっていることもあります。多くはそれに気づいていなかったり、その方法を固辞する傾向があることから、人間関係に難しさが生じてしまうことがあります。
多くの場合、わざとではないので親切に丁寧にわかる方法で学ぶことができれば変わることにつながります。びっくりするぐらい簡単に変わる人たちも多く見てきました。
ただ、理解することは身近な人でも難しいこともある(身近であるほど利害関係があって難しいかも)ので、得意な人の力を借りるのをおススメします。
Q.親に「頭がおかしい」と言いたくなることがあります。こう言いたくなるのは、私が自分を正当化したいからでしょうか…?とてもモヤモヤするのでどんな理由で言いたくなるのか気付きたいです。
A.カエル的にはどんな理由でも、理由があってもなくても、親に「頭おかしい」と言いたくなる気持ちがあることを否定しなくてもいいし、気持ちは尊重したいと思います。(自分の正当化であっても構わないと思います)
そのうえで、考えられる理由をいくつかリストアップしてみます。お好きなものを選んだり、組み合わせたり、アレンジしてみてください。
①親から自分に合わない何かを理不尽に押し付けられたから
②親とあまりにも価値観や感性が合わずに理解ができないから
③言いたいことがあったのに、これまで言わずに我慢してきたから
④誰かに「頭がおかしい」と言われ続けてきたから
⑤他に伝えたいことがあるのに、「頭がおかしい」という表現しか浮かばない(便利な言葉的な存在になっている)から
⑥親への嫌悪感や否定感情があふれてしまっているから
⑦自分に蓄積した不の感情を出したいがどうしていいかわからず、とりあえず親に向かってしまっているから
などなど・・・
どんな理由でもいいと思うし、理由がなくてもいいじゃないでしょうか。
カエルは「こう思っているし、こう言いたい!」と自分に気づいていることを支持します。
Q.自分で自分のことを下げてしまうのがすごく苦しいです。勉強はできるし、友達もいるのに、ふとした瞬間に「私っていない方がいいのかな」「私なんで生きてるんだろ」と思ってしまいます。こんな自分が大嫌いです。なんでこんな性格になっちゃったんでしょう。
A.勉強はできるし友達もいるのに、なぜか全く自信がなく、生きていることに虚しさを感じる・・・という感じでしょうか。
だとするとウ・サギも似た部分があるので、参考になるかわかりませんが、ウ・サギの自己分析を書いてみます。
周りから、どのような性格だと認識されているか と
自分の本当の気持ちや感じ方 が一致しないとき(つまり、偽りの自分でコミュニティに属している状況)
ウ・サギは時に「こんなの実質死んでるのと変わらないじゃん」と思うくらい、もやもや、ドロドロした負の感情を蓄えていました。
周りに良い評価をされていようが、それは偽りの自分なわけですから、自信がもてるわけもありません。
だからそんな「性格」になっちゃったのではなく、居場所を十分に感じられないと、誰もがそんな「心理状態」になるのかな?と思っています。
表面的に順調な生活を送っているからといって、イコールで幸せになれるわけでも自信がもてるわけでもないし、自分らしく生きられている指標が低ければ、なんで生きてるんだろ、と思うのは自然な気がします。
ちなみにウ・サギは、動物や子どもといると、少なくとも自分を偽る必要はないし、勉強ができる・できないで評価されないから落ち着きます。