Q.「男は皆ケダモノだ」みたいな表現は、
男性である自分としては嫌だなと思うし、
一部の男性のせいでそんな偏見が広まってるなら酷すぎると自分は思うけど、
こう言ってる自分自身が女性に対して無意識に酷い言動をしてしまってるかもしれないし、
そもそも男性であるというだけで危険視や警戒されるのは、
それだけ女性が危険にさらされ差別されているからなんだろうなと想像すると、
すごく複雑な気持ちになるし、せめて男性のひとりである自分は完璧には程遠いだろうけど、
相手の性別など関係なく、少しでも良い言動を選びたいと思いました。
どう思いますか?
A.相手の性別関係なく、少しでもまっとうな言動を選びたいのは、文句なしに同感です。それにしても「男は皆ケダモノだ」は、たぶん極端な例として出してくれたのだとは思いますが、例えばアロマンティック・アセクシュアルの男性の存在も無きものにするような、多方面に失礼な言葉ですね……。自分の感覚としてそう思うことや、ケダモノだ!と感じる経験があったことや、それが男性全般への恐怖になってしまうことは全く否定はしないですが、「この属性は~だ」という表現はどんなときも失礼にあたると感じるので気をつけたいと思います。
一部の人の振る舞いのせいで、同じ属性をもっているだけの人にまで偏見が広まるのは、不当なことであると感じる一方で、真摯に受け止めなくてはいけない部分もあるのかな……とウ・サギは感じています。なぜなら、自分が直接加害をしていなくても、自分はその恐怖からは免除されていたり(自分が男性であれば、いわゆるその文脈でのケダモノに襲われることはないですよね)、加害につながるような内輪ノリのジョークを咎めていなかったり、被害者の声を自分事ではないゆえに軽視してしまったり、何かしら傍観者の要素はあると思うからです。他人が人を属性で決めつけることはNGだとウ・サギは思うのですが、自分の属性が犯してしまった罪や罪のリスクについては、関係ないと言ってしまうのは違うように感じています。
また、あくまで小さなニュアンスの話ですが、ウ・サギは「良い言動」ではなく、多少なりともマシな言動を選びたいし、失敗から学べる自分でありたいと思っています。どこまでいっても誰もが不完全な存在で、誰かを傷つけることがあるので、「良い」を目指したり自分を善の立場に置きたいと望むのは、危険なことだと感じたりします。(言葉狩りみたいになってしまってすみません)
回答:ウ・サギ

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