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記事の担当 ウ・サギ
Q.トラウマがあって男性が怖く、トランスジェンダー女性を受け入れにくい。これは差別?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.小さい頃トラウマになる出来事があり男性が怖いです。最近トランスジェンダー女性を受け入れてという意見を目にして申し訳ないとは思いつつ怖くて、中でも体は男性のまま本来の性で生きたいという方を疑ってしまう自分が辛いです。これは差別になりますか?

A.今差別の定義を調べてみたのですが「ある集団や個人を、正当な理由なく(①)、他の集団や個人よりも低い扱いをすること(②)」と出てきました。(①②は、ウ・サギがわかりやすいように番号をつけました)
だから、①自分のトラウマという切実な理由で、②低い扱いではなく受け入れてという意見に抵抗や疑問を感じている、というあなたの思いは、差別とは結構遠い現象であるとウ・サギは感じました。
逆に、表向きは似たような主張だとしても、①自分が怖いと感じる立場でもないのにトランスジェンダー女性の苦しみへの想像も怠った状態で、②表立ってトランスジェンダー女性を叩いているのは、差別のように感じています。①自分の理由に正当性があるかの確認が十分ではなく、②表立ってバッシングできるのはその属性をどこか低く見ているとウ・サギは思うから、です。
また、ずっとウ・サギがちょっと気になっているのは、トランスジェンダー女性を受け入れてという意見は誰が言っているのか?何を求めているのか?(トランスジェンダー女性にも、理解を促進する立場の人にも、さまざまなスタンスがあるはずです)、それに反対や抵抗を示す人はトランスジェンダー女性に会ったことはあるのか?会ったことがあるにしてもトランスジェンダー女性をくくって意見を言えるほどの立場なのか?という点です。本来全部個人の意見で、それぞれに背景があるはずのことが、なんとなくふわっと主義主張のぶつかり合いになっているのはとても怖いと感じています。
原則として、自分らしく生きたいという気持ちはなるべく尊重されるべきだとウ・サギは考えます。ただ、もう一つ大切な原則として、怖いという気持ちや事情については配慮があるべきだと思っています。だから自分の本来の性で生きたい気持ちは否定しないのは大前提で、トイレや更衣室などの問題は、一番弱い立場(怖いと感じている人)に寄り添って、どういう形がいいのか話し合って模索していけたらいいのかな…と考えています。
ネットなどを見ていて、いろいろ思うことがあるので、ちょっとあなたの話から逸れて熱く語ってしまいました・・・すみません。

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update 2025/7/24
Q.思いを寄せている人を街で偶然見かけてなぜか涙が出た現象に名前を付けたい。良い名前はない?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.思いを寄せている人(片思い)の姿を街で偶然見かけて、なぜか涙が出てしまった。この現象に名前を付けたい… 良い名前、ないですか?

A.ウ・サギは同じ現象を経験したことはないので、良い名前探しにちょっと自信はないですが、人を見かけたときに限定しないなら、ふとしたきっかけで感情が溢れて涙が出ることはわりとあることな気がします。
感情の湧き水現象、とかはどうでしょうか。なんというか、なるべく美しい名前をつけたい現象だとは感じました。

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update 2025/7/24
Q.休んでいるだけでは何も良くならず数年経った。何かできることはないだろうか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「今は焦らずゆっくりと休む時なんだよ」って言う人は多いけど、本当にただ休んでいるだけでは何も良くならずに何年も経ちました。休みながらも何かしらの行動はしないと駄目なんじゃないの?って思うのですが……何かできることってないでしょうか。

A.休めてること自体は前向きな要素に感じましたが、良くならないなら、何かできることはないのか?と感じるのも確かにそうだな…と思いました。無理しないことは絶対の前提として、休むだけを推奨するのもちょっと危ういのかも、と考えさせられました。
自分や周りの回復のきっかけやルートを振り返ってみると、やはり私たちは関係性の中にいる(環境の影響を受ける)存在なので、何かと関わりをもつのはポイントなようにウ・サギは感じます。本を読んだり何かを推すなど受け手として関わるのも一つの方法ですし、安全そうな匿名のチャット相談や医療などの支援機関を使うのもありですし、あとは自然に触れるとか、何か勉強をしてみたり趣味を探してみるとか、そういった関わりもあると思います。勿論、質問箱に質問をくれるのも一つの関わりですね。関わりという表現よりは、何かしらの刺激を受けることで、もしそれが自分とうまく噛み合えば、変化や気づきが徐々に生まれていくようなイメージはあります。
ただ、何が合うかも、何なら無理がないかも、それぞれ個性があるので気軽に何かをおすすめできないのが悩ましいところです……。ゆっくり休むべきという状態までしんどくなったときは、合わない刺激とお付き合いしていたかとは思うので、その逆を考えればちょっとヒントにはなるかも?とは思ったりしました。

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update 2025/7/24
Q.FTMです。「肉体的には女の子だから~」と言われたことを忘れたいです。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.FTMです。数ヶ月前に、軽い感じで「肉体的には女の子だから〜」と言われたことが忘れられなくてつらい。肉体的・女の子っていう言葉選びが気持ち悪いなと思ってしまった。これを言われたことを忘れたいです。

A.なるほど…。言われたことを忘れる方法があればウ・サギが知りたいというくらい、ウ・サギは悪いことだけずっと覚えているタイプなので、所長たちで相談してみました。
その結果、「肉体的には女の子だから~」を何かの聞き間違いということにしてしまうのはどうか?という案が浮かび、以下の聞き間違い例を考えてみたのですが、いかがでしょうか。

・ネクタイ的にはほんまものだから(ネクタイが謎の自我をもった)
・肉鯛敵には大ナマコだから(肉・鯛vsナマコのごちそう合戦)
・肉ないときにはオンなめこだから(肉うどんを作ろうとしたけど肉がなくて、なめこうどんに)
・肉買い的には恩納にGOだから(沖縄県恩納村の肉を買い付ける)

ふざけた内容に見えるかもしれませんが、言われて嫌だった言葉を後付けで聞き間違いにしてしまおうというアイデアはとても大真面目で、「肉体的には女の子だから」になるべく発音を近づけるべく迷走した結果の言葉となっています。少しでもお役に立てば幸いですが、全然役に立たなかったらすみません…。

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update 2025/7/24
Q.庭にハクビシンが出たり、窓にヤモリが貼りついている文句を親から言われる。なんで?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.庭にハクビシンが出たり、窓にヤモリが貼りついていることについて、なぜか私が親から文句言われる。なんで?

A.つまり、庭にハクビシンが出るのも、窓にヤモリが貼りついているのも、質問者さんのせいにされるという話でしょうか?とりあえず、身勝手な大人が、勝手なことを言ってくるんだろうな、そういうのは本当に困っちゃうだろうな・・・とは感じました。
庭にハクビシンが出たり、窓にヤモリが貼りついていたりするのは、ウ・サギ的にはちょっと羨ましいです。ウ・サギの住んでいるところでは、散歩していたら時々鹿には会えますが、ハクビシンとヤモリにはまだ縁がありません。

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update 2025/7/21
Q.お説教が苦手。みんなどうやって乗り越えたり説教させない雰囲気を作っているのか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.お説教が苦手です。ハロワとかも運良くお説教系の人に当たらなかったけど、隣の人はお説教されていたりして自分の事じゃないのに落ち込んでしまいました。どの人に当たるかわからないのも怖いです。みんなどうやって乗り越えたり説教させない雰囲気を作っているのでしょうか。
お説教が必要な場合ももちろんあるかもしれないけど、相談に行って突然初対面の人からお説教されたら辛いなって思います。でもやっぱり自分が悪いんでしょうか。自分に自信がないからわからなくなります。行政サービスってどうしても怖くて、勧められても躊躇ってしまいます。

A.お説教はウ・サギも苦手ですし、初対面でするお説教など百害あって一利なしと断言したいレベルで、そもそもお説教にも反対です。人はそれぞれ個性も生きてきた世界も違うのですから、自分にとって正しいことが、相手にとって正しいとは全く限りません。だからその違いを十分に知る機会もないままに、強く意見を言うだけでも結構危険かと感じますし、ましてや自分の意見の方が正しいとでもいうように一方的に押しつけるなんてあまりに傲慢だと思います(ムカムカして、語気が強くなってしまいました・・・)。言っている内容がもし正しいにしても、それはお説教という形ではなく、フラットに伝えてくれればいいだけだとも思います。
乗り越え方(?)としては、
①お説教されたショックを吐き出す、受け止めてもらう
②自分が悪い・悪くないの自分軸がある上で、お説教された経験を自分なりに解釈して(相手がただ嫌な奴だった、この部分は自分に非があった…)、趣味などで何かしらストレス解消をする
といった方向性はあるかと思いますが、①にしろ②にしろ、「自分が悪いのか?」と自信を失ってしまう部分があると対処に時間がかかってしまいそう・・・書いていて気づいたのですが、まさにウ・サギもそのタイプなので、自信がほしいです……。
本当は、苦手側がどうこう頑張るのではなく、ストップ説教キャンペーンをやりたいところなのですが…。とりあえず生きづLABOでは、お説教をされたり、見てしまったもやもやをシェアしてもらうのは歓迎なので、自分が悪いのか?とぐるぐるしてきたらよかったら質問をください。

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update 2025/7/21
Q.どうしてあの人は許されて自分はダメなの?と思ってしまうのは悪いことですか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.許される人と許されない人がいる気がしています。例えば、全然マナーを守らなくても許されてる人もいるけど、ちょっとでもはみ出したらものすごく責められる人もいます。どうしてあの人は許されて自分はダメなの?って思ってしまうのは悪いことですか?

A.全然悪いことではないと思いますよ。生きかたカエルもよく言っていますが、思う分には自由で、何も悪いことはないのです。全部OKです。
許す許されないについては、結局は許す側の主観や好みの問題になってしまうことが、今の社会では多いのでしょうかね…。もしそういった主観での許す許さないがあなたの身の回りにあるなら、どうして?と思うのはむしろ当然かと思いますし、その疑問は大切だと感じます。
また、もし何か許されないことがあろうとも、「ものすごく責められる」というのはあまりあってはならない気がしました。(それはもはや、責める側が感情・行動をコントロールできていないような・・・)

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update 2025/7/21
Q.親に不登校の理由などを聞かれても答えたくない。どうすればいい?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親と結局他人だという感覚が捨てきれず、不登校の理由などを聞かれても答えたくない。えも結局親との関係はずっとつきまとってくるし、親からしたら自分で大変な思いをして生んだ子供なんだろうから話すよりない、でも… 身勝手だけどどうすればいい?

A.ウ・サギも親は他人派なので、理由を答えたくないと思うのも自然なことだと思いました。家族はこれまで長く付き合ってきたという点では、理解される可能性のある相手だとは思いますが、距離感や期待がバグっている(なんか過剰に近いし求めてくる)場合が多いという点では、理解される見込みが薄い相手だと感じます。大変な思いをして生んだ子どもだろうと、だからってそれは子どもに関係ありますかね…?生んでと頼んだわけでもないのに、その大変さに寄り添うことを求められても困りますよ……とウ・サギは思ってしまいます。
ただ、嘘でもいいので、理由を答えておいた方があなたの生活は楽になりそうには感じました。親に理由などを聞かれても答えたくない気持ちは100%尊重した上で、あなたが少しでも楽になれるそうな作戦としては、それっぽい理由を言っておくのは一つの選択肢かなという感じです。本当は一緒に作戦会議をできる相手がいればいいのですが…。
生きづLABOとしては、いくら心配や愛情が動機になっていても、子どもに(というか誰にでも)何かを強制していいことはないよとは、親たち、大人たちに広めていきたいところだと改めて思いました。

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update 2025/7/19
Q.ルッキズムに心を蝕まれている。理不尽さに負けそう。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.可愛くなれないならしにたいと思ってしまう。可愛くならなきゃ愛されないし、愛せない。ルッキズムに心を蝕まれています。容姿なんて、遺伝子で勝手に決まったものなのに、その責任を自分で取らねばならない。この理不尽さに負けそうです。

A.ルッキズムに囚われる自分と、囚われていることを理解しているし、その理不尽もわかっている自分・・・そこにあなたの持つ力を感じつつも、苦しみが二重にも三重にもなっている気がして、とてもしんどいだろうとまず想像しました。
様々な幸運からウ・サギはルッキズムにほぼ全く心を蝕まれていないので、自分に何か語る権利はあるのだろうか?という不安はあるのですが、付き合い方として、どんな方法を使ってでも可愛くなるのも一つの選択肢としてありだとは思っています。私たちは弱い生き物で、一定程度の余裕がないと何をするのも難しいので、時に価値観に敗北しても、自分を守ることを優先していいというのがウ・サギの考え方です。自分を守るために一時的にまたは部分的に迎合するのと、その価値観を許容するのは、別のことだと思っています。
とはいえ、補足の内容から、あなたの望む付き合い方はそういうものではないだろうと受け取っています。ルッキズムに蝕まれる度は、関わる人やメディアからのメッセージ(浴びる情報)を変えることによってある程度緩まる可能性はあると思いますが、自分の中に根づいたものはそう簡単になくなるものでもないのですよね……。容姿関係なく愛されることを感じられたら、変わってくるものはあるようにも思いますが、それに期待するのは不確かで楽観的ですし…。
また、補足にルッキズムの終着点についての話がありましたが、何か特定の指標を定めてそれの競争すること自体は、ウ・サギは別に問題ないと思っています。わかりやすいものでいえば、プロスポーツはそういう世界かと思いますし、プロスポーツはむしろ人に感動や勇気を与える力があると感じます。じゃあルッキズムの何が問題なのか?というと、これは能力主義なども同じですが、その指標があまりに広く力を持ちすぎて、実際に人生の有利不利にまで(時に大きな不利益があるレベルで)介入していることかなと思います。例えば100m走なんかは結構遺伝子で左右されると思うのですが、100mのタイムで就職が有利になったり、周りから日常的に馬鹿にされたりすることは珍しいケースかと思うので、残酷な指標でも気にしないで済んでいるような気がします。
つまり、「普通は」とか、ビジネスのための不安を煽るメッセージとか、そういった何か不確かで作為的な価値観ではなく、もっと個々の感性や価値観が力をもって、みんなが全然違うことを求める世界になればルッキズムの問題は解消するのではないか?と思っています。ちなみにウ・サギは顔にはあまり興味がなくて、骨格には結構強いフェチがあります。もっとみんながそういった自分なりの感性を育まれる環境があってほしいのと同時に、平等や幸せを願っている大人たちは、見た目で相手を褒めたりするなどルッキズムを許容・強化する振る舞いを、意識してやめたり問い直していく必要があると思っています。

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update 2025/7/19
Q.とある風景を見て、瞬間的にこの世から消えられたらいいのにと願ってしまった
この記事の担当 ウ・サギ

Q.入道雲が頂点に達して、横に広がり、キノコ雲に見えました。原爆投下時のあのキノコ雲です。(映像しか知りませんが)原爆の被害で今なお苦しんでいる方には失礼極まりないですが、瞬間的にこの世から消えられたならいいのにと願ってしまいます。

A.願う分には自由ですし、何か願いが湧き、それを誰かに伝えたい(という力が多かれ少なかれ働き、質問をしてくれているのだとウ・サギは捉えています)と思えるのは、なんだか大切なことな気がしました。とはいえ自分の思うことをそのまま言ってしまうと、誰かにとっては不謹慎だったりすることもあるので、そのあたりはとても難しい問題ですよね……。
やみーペンは時々「隕石降ってこないかな」と言っていますし、瞬間的にこの世から消えたい願望を抱えている仲間は、実は結構いるかもしれません。一方で、瞬間的に消えることもできず、戦争の犠牲になった人たちも実際にたくさんいるので、とにかく悲しいことがこれ以上起こらないように自分のやれることをしていきたいと改めて思いました。

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update 2025/7/19