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Q.新年会に出たくない。大抵の人は新年に大勢で集まりたいの?私が面倒くさがりなだけ?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.新年会に出たくない 出るのが面倒くさいと感じてしまいます。 大抵の人は新年に大勢で集まりたいんですか? 私が面倒くさがりなだけですかね? 自ら行きたくなるような方法やアドバイスありますか?

A.新年会に出たくない出るのが面倒くさい気持ち、カエルも両手を高く上げて賛同したいです。大抵の人が大勢で集まりたいかというと、思ったよりもそういうのが苦手な人っているような気がします。
そもそも、嫌な人は来ないでしょうし、面倒だと表明するとそれに対する反応がさらに面倒になりますので、好きな人の方が多いように思えるのだろうとカエルは考えています。
カエルはそうした大勢で集まる機会に最初はそういうものかもと多少はお付き合いしていましたが、だんだん「これは苦手だ」「この時間があるのなら自分の時間を持ちたい」「このお金があるのなら、自分で選んだおいしいものを食べたい」という気持ちが大きくなり、基本的には面倒だとか嫌な時には行かない選択をしました。そして、できるだけさわやかに「カエルは飲み会が好きじゃないんです」「カエルは帰ります~」と伝えてさっそうと不参加することにしました。すると、徐々に声がかかる頻度が下がり、ほぼ誘われなくなり、今は幸せです。だから、無理して行く必要なく、もっともハードルの低い方法を見つけて、断る権利の行使をしてもらえたらとカエルは思います。その行動は飲み会少数派を勇気づけ、ちょっとだけ平和な社会への貢献になるはずです。

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update 2026/1/6
Q.地震対策燃え尽きた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.地震対策燃え尽きた
価値観が合わないし 
家族とタンスの位置やらで揉めた
私は地震怖いとかいえないし
地震少ない地域だと 家具固定してる人すくないし 周りの人に地震怖いの話なかなかしたくないし
つかれてしまった 無理

A.怖いと言えないまま、対策のために孤軍奮闘していたのなら、疲れてしまったという言葉では言い表しきれないくらいの疲弊がありそうだとウ・サギは感じました。今は絶望に近い諦めがあるのかもしれないと想像しています。
ところで、地震が怖いというのは、具体的に何がどのように怖いのだろうかとウ・サギは気になりました。事実としてリスクが大きいかと、人が何を怖いと思い気にしてしまうかはまた別問題なので、怖くなってしまう自分の心について何か研究してみたら、少し見えてくるものがあったりしないですかね……?でも、きっとそれどころじゃなさそうとも感じています…。あまりお役に立つ回答ができそうになく、すみません。

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update 2026/1/6
Q.家族から貰った、〇〇代を他のことに使ってしまい、家族によく怒られます。
この記事の担当 うさえなが

Q.家族から貰った、〇〇代を他のことに使ってしまい、家族によく怒られます。

A.我も使っちゃうかも!
ガマンって大変だよね~

*生きかたカエルから補足*
〇〇に何が入るかによってちょっと罪深さが違いそうですね。電気代とかお米代とか、家族みんなが使うためのお金だとカエルも「こら~」ってなります。文房具代とかバス定期代とか、自分のためのものを買うためにもらったお金だとしたら、他に使ってしまったとしても「あら、困ったね」と家族は静観するだけにして、使ってしまったことについて自分ででどう対策するかを考える機会にすればよいかと思います。
いずれにしても、よく怒られるところをみると、繰り返しているようなので、対策なしに何度もお金を託す家族側にも過失があると思います。今後については、わかっているのにやってしまうのか、よくわからないでやってしまうのか、要因を探りたいところです。そして、怒られても繰り返しているのですから、怒ることには効果はなさそうだというのがカエルが得られた分析結果です。

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update 2026/1/6
Q.何もかも嫌になってしまった。これからどうやって生きれば良いのだろう。対処法などはある?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.何もかも嫌になってしまいました。これからどうやって生きれば良いでしょう。対処法などありますか?

A.補足に具体的な大変さも書かれていましたが、つながりや安心が次々と失われたり、揺らがせられたりしているのだろうと思いました。いろいろ重なって嫌になってしまったときは、環境が(変化の嵐が)少し落ち着いてきて時間がたてば、多少は回復してくるものはあるかもしれないとウ・サギは思います。
対処法としては、ウ・サギであればなるべく頭を空っぽにしてリラックスするために、ぶらりと旅行に行ったり、何かしら心地よい非日常の刺激を求めにいきそうな気はします。

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update 2026/1/3
Q.サンタさんは今時家に入ってセキュリティ装置が作動したり、住居侵入で警察は来たりしないのか
この記事の担当 やみーペン

Q.すっかり大人になってクリスマスを迎えましたが、考えてみればサンタさんって今時は家に入ってセキュリティ装置が作動したり、住居侵入で警察来たりしないのかなと思いました。私のもとには今年も来ませんでした笑

A.やみーペンにもサンタ来なかった…!!確かにセキュリティシステムにサンタが対応できるのかは知りたいところ…やみーペン的にはサンタがソリで走り回ると枕元にプレゼントが配られる魔法的なシステムなんじゃないかと信じてる!

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update 2026/1/3
Q.路上教習初回で思わず楽しくなってしまった。こんな調子でいつか事故起こさないか自分が不安。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自動車学校の路上教習初回で、思わず楽しくなってしまって、終わった後の学科でも笑っていましたが、こんな調子でいっていつか事故起こさないかと自分が不安です。

A.ウ・サギの周りは運転怖い勢が多いので、楽しくなって後でも笑ってしまうというパターンはなかなか新鮮に感じました。でも心に余裕をもって運転できていると考えるなら、そこは強みと言っていいかもしれません。
リスク管理については、絶対大丈夫だという自信をもつことが何より危険だと思うので、自分を不安に思う気持ちや危機感を頭の片隅に入れておくのが大切だとウ・サギは考えています。

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update 2026/1/3
Q.以前、野菜が食べられなくなったという質問を送った者です。無事克服出来ました!
この記事の担当 ウ・サギ

Q.以前、野菜が食べられなくなったという質問を送った者です。頂いた回答を参考にして無事克服出来ました!ありがとうございました!

A.おお、そうなのですね。よかったです!
脳は時にバグを起こしては、克服したりできなかったり、何かと思い通りにいかないことがこれからもあるかもしれませんが、お互いぼちぼち頑張りましょう。

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update 2026/1/3
Q.病院の待ち時間がすごく、母親に何か言われるプレッシャーで診察を受けずに帰ってしまった
この記事の担当 ウ・サギ

Q.精神科の通院に行ったが、待ち時間がすごいことになっていて帰りの電車の時間が迫ってきてしまい、「母親に何か言われるかも」というプレッシャーに負けて診察を受けず帰ってしまった。行き場のない気持ちだけが残りどうすればいいか分かりません。

A.同じ状況だったらウ・サギも同じことをやってしまいそうだと思いました。(補足を少し書かせてもらうと、電車の本数が少ないので、一本逃すと明らかに帰りが遅くなってしまうという事情があるそうです)
不安やプレッシャーは強敵ですからね…。それから逃れられるなら…と自分の望みを犠牲にした行動をしてしまったり、時に不毛な行動までもしてしまったり、判断能力がバグってしまうのも仕方のないことだと思います。ただ、「行き場のない気持ちが残った」のを感じて、こうやって発信していることに、母親のプレッシャーに打ち勝っていくための意欲と力をウ・サギは感じました。

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update 2026/1/3
Q.地震が怖く家具を固定したいが、なかなか家族にいいにくい
この記事の担当 ウ・サギ

Q.地震が怖いです。でかい家具があるが
固定したい安全なスタイルにしたいの
なかなか家族にいいにくい
地震が少ない地域に住んでるから
余計いいにくいのかな

A.なるほど…ウ・サギは大きい地震の多い地域に住んでいて経験もあるので、地震は良くも悪くも正体がわかっている自然災害であり、その上でどこまで備えるかは自分なりに割り切ってしまっています。だから、質問者さんの感覚をうまく想像できない部分があることをご容赦ください。
ただ、不安に支配されていると言えるくらいに、地震への恐怖が切実であることは伝わってきました。不安は一人抱えていくと増幅していくもののようにウ・サギが思うので、「いいにくい」が解消されて、誰かに言えれば少し楽になったりしないでしょうかね…。

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update 2026/1/3
Q.「Q.申請主義は切り捨ての~」の質問をした者です。このような理解で良いでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「Q.申請主義は切り捨ての仕組みだと思うのですが、どのような仕組みが必要だと思いますか?」の質問者です。福祉には強制でも本人任せでもない、個人の意思尊重と命の保護を両立する仕組みが必要だと感じました。そのための伴走者としてソーシャルワーカーのような存在が重要だという理解で良いでしょうか?
(編集注:同じ質問者さんから、先日の質問で書き忘れたことがある、という流れがあったので2つの質問を合体させた内容になっています)

A.はい、本人の選択がとても大切だと思います。ただ、選択するためには必要な情報を得られることが前提ですね。また、自分のための選択というのはそんなに簡単ではなく、いろいろな経験も必要となります。やったことがないことを選べません。
いつも誰かに勝手に決められるような経験をすると、自分のためを考えることができなくなります。そして、選んだ結果について一緒に振り返る機会も必要です。人はいつも正しい選択ができるわけではありませんので、失敗をどう受け入れるか、折り合いをつけるかということも学ぶ必要があります。
もし、自分の望んだ結果にならなくても、結果から学ぶことは、次の選択に必ず生きてきます。そうした選択や意思決定のための経験が保障された上で、自己決定の尊重があるとカエルは思っています。しばしば、自己決定は自己責任と直結されることがありますが、責任を問われるのはそうした経験や機会の保障があってのことだと思います。
自己決定のための土台は、社会的に弱い立場の人たちだけに必要なことではありません。
どんな人も豊かな経験をして、自分のために選択をする経験が保障され、そして選択の結果を誰かと一緒に吟味したり、振り返ったりする機会は大事です。もはや福祉というより、教育の問題だと思います。前回、ユニバーサルな生活保障や支援の仕組みについてお話ししましたが、同時に誰にとっても学ぶ保障があることも大切です。今の画一的な学び方や教育内容(教科教育にかなり偏重している)ではそうした学びを提供することは難しいですし、学び方が個性的な人たちは学校からこぼれ落ちることも多いため、学ぶ機会が少なくなってしまうという課題もあります。そう考えると、ソーシャルワーカーに限らず、一人ひとりにあった学びや生き方を一緒に考えるサポーター(何か名称をつけたいですね)がますます重要になりそうです。

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update 2026/1/3