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Q.「自傷をしたり死にたいと言う人は基本死なない」にモヤっとする
この記事の担当 所長室

Q.自傷癖があります。「自傷をしたり、死にたいって言う人は基本死なないから大丈夫」という言葉にモヤっとします。統計上はそうかもしれない。でも大丈夫って何?何が大丈夫なの?性格悪くてすいません。

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update 2026/1/23
Q.所長のみなさんは大学に行きましたか?行ってよかったか、行かなくて後悔したか教えてほしいです
この記事の担当 所長室

Q.所長のみなさんは大学に行きましたか?もし行っていれば行ってよかったか、行っていなければ行かなくて後悔したのかを教えてほしいです。私は行こうか迷ってます。

A.うさえなが:行ってないと思う!

ウ・サギ:今のところは行ってないですね。行かなくて後悔したこともありましたが、他にもいろいろと後悔してきてウ・サギがわかったのは、「今に納得や満足がいかない、不安がある」から後悔するだけで、過去の選択に正解不正解があるわけではない、ということです。後悔というのは選ばなかった道を楽観的に都合よく妄想するとも言えると思っていて、大学に行っていたらより良い今があったかなんて本当はわかりようがないはずです。もしこれから勉強したいとか大卒がほしいと思ったら、いくつか選択肢もありますし、ウ・サギは大学に行かなかったことに今は一切後悔はありません。

生きかたカエル:カエルは行きました。行ってよかったと思っています。理由は自分に合っているところだったからです。どこが合っていたかというと、考えたり議論したりすることに力を入れていて、一方的に聞くだけの講義が少なく、学生同士で夜遅くまでゼミ室であーでもないこーでもないと話をしているところです。研究していた内容が違いますが、そうした文化が生きづLABOの研究に役立っていることがたくさんあります。ただ、個人的な事情があって大学にあまり行けない時期もあったので、可能なら別の勉強や研究をしてみたいと思ったりします。でも、それは必ずしも大学でなくてもいいのかなと思っています。生きづLABO大学を作りたいです。

やみーペン:やみーペンは大学には行ってないです〜!漠然と行きたい!行きたかった!って後悔してる時期もあったけど、資格を取るために大学がやってる講座?みたいなのに通って、もう大学は満足かな!と最近は思ってます。

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update 2026/1/19
Q.精神科の薬が死ねますようにと願って飲むとよく効くが、楽になれますようにと願うと全然効かない
この記事の担当 ウ・サギ

Q.精神科のお薬なんですけど、
死ねますようにって願って飲むとよく効くのに、
もっと楽になれますようにって願うと全く効きません。
これは私は死んだ方がいいってことですよね。

A.同じく適量を飲んでも、願い方によって効き目が変わるという話ですね。「私が死んだ方がいいってことですよね」には率直に「どういう理論でそうなるのだう…?」とウ・サギは思ってしまいましたが、追い詰められた気持ちでいることはよく伝わってきました。
「もっと楽になれますように」はどこか自己一致しない願いなので心に負担がかかり、「死ねますように」は自分らしい無理のない願いなので心がリラックスするのだと考えると、薬の効き目も変わってくるのもあり得る話だとウ・サギは思います。ただ、死ねますようにという願いが自分をリラックスさせてくれることと、死という状態を質問者さんが求めているかは別の話だとウ・サギは考えます。死にたいというのはどこまでいっても感情の話で、感情にぴったりくるイメージであり表現であるだけで、現実として死を求めているのとは少し違うと思っています。死にたいに限らず、どんな願いも思いも一言で表しきれることのない複雑に絡まり合った感情で、実は叶える手段も複数あるからこそ、願いをそのまま最短距離で行動に移すことは滅多に起こらないのではないでしょうか。
一方で、「死にたい」「死ねますように」などの一言でしか伝えられない気持ち、自己一致して表現できない気持ちもあると思っています。

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update 2026/1/19
Q.健康に生きるのが素晴らしいと世の中でプロモーションされすぎて、当てはまらない自分が辛くなる
この記事の担当 生きかたカエル

Q.世の中で、健康に生きるのがどれだけ素晴らしいか、みたいなのをプロモーションされすぎてて、 それに当てはまりたくても当てはまれない自分は辛くなってきた。世間は、僕を陥れたいのかな。僕みたいな人間もいるってこと知らないのかな。

A.「プロモーション」という表現にカエルは「おぬし、やるな」を思ってしまいました。まさに、世の中には実に作為的なプロモーションが潜んでいて、知らないうちに巻き込まれる人があまりにも多いとカエルは感じています。それが、「お、このプロモーション、何?」と鋭く気づくセンスに、心の中で拍手を送りました。
きっと、潜在的に僕みたいな人はけっこういると思うのですが、その気持ちを「そうだよね」と分かち合う機会があまりないのかもしれません。健康もそうですが、美しいとか、若いとか、お金持ちとか、〇〇に生きるのがどれだけ素晴らしいか!というプロモーションは多すぎて、一人ひとりの感性や好みがわからなくなってしまうことが多くなっているように思います。こうして、プロモーションに気づいて、本当はどう生きたいのか話せる機会があるといいなぁとカエルは思います。一人ひとりの「こう生きたい」に目を向けられる世の中になってほしいとカエルは願っています。

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update 2026/1/18
Q.普段は死にたいと思ってるのに、事故にあいそうになったときは生きたいと思った。なんで???
この記事の担当 ウ・サギ

Q.普段は死にたいと思ってるのに、事故にあいそうになったときは生きたいと思った。なんで???

A.それは「死にたい」という気持ちは、死という状態になることをただひたすらに望む、という気持ちとは実は結構違うからだとウ・サギは思います。
死にたいという気持ちに何が含まれているのかは人それぞれだと思うのですが、一つのポイントとして「こんなに自分の望みの叶わない理不尽な(選択肢のない、自分の意思の尊重されない)世界なら、せめて終わらせることくらいは自分で”選びたい”」という自己決定への渇望が含まれている場合が多いとウ・サギは考えています。不慮の事故は自己決定とは真逆の出来事になるので、これは違う、と反射的に感じて生きたいという気持ちが湧くのかもしれません。
また、死にたいは掘り下げて丁寧に考えると、目的は今の苦しさから解放されたいということでその手段として死があるだけで、心から欲しているものは死ではなく救済だと言えると思っています。死にたいというのを思考だけで捉えるなら、事故にあって亡くなることも救済と定義されるかもしれませんが、死にたいを感情やイメージとして捉えるなら、事故にあいそうだという状況を救済だと心や体は感じないような気がします。
だから、事故にあいそうになったときに生きたいと思うのも、死にたいという気持ちと両立する、自然は反応や感情なのだとウ・サギは思います。

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update 2026/1/18
Q.自責思考が辞められない 死ぬのがなぜ駄目なのかわからない
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自責思考が辞められない
死ぬのがなぜ駄目なのかわからない

A.補足の内容からも、とてもしんどい状態にあることが伝わってきました。
思考や生きづらさというのは、自分自身の中にある問題というよりは、環境によって生み出される部分が大きいとウ・サギは思っています。強い自責(または他責)が生まれるのは、何かを攻撃したい感情になっているから=深く傷つけられているから、というのがまずあるとウ・サギは考えています。個人差はあると思いますし場合にもよるかと思いますが、こころは暴力を受けた分だけ、暴れ出したいエネルギーを蓄えてしまうものだと感じます。だから自責思考の強さは、自分はそれほど傷ついているのだな、と受け止めると多少は和らぐかもしれません。
これは質問の回答からは少しズレてしまうかもしれませんが、ウ・サギは自ら命をたってしまうことについて、「社会(その人を取り巻く環境すべて)が人を殺してしまった」出来事だと捉えています。社会が個人をそこまで追いつめてしまうことはあってはならない、そういった社会になっているのなら変えていかなくてはならない、とウ・サギは思っています。先ほども思考は環境から生まれると書いたように、死にたいなどの気持ちも、他も人のこころに浮かぶものはすべて、環境の影響があります。だから、誰が何を思うかは自由ですし、どんな気持ちも責めたり否定するつもりはまったくないのですが、自ら命をたってしまう人がいることを「それでも構わない」「個人の自由だ」みたいにはウ・サギは捉えることができないのです。

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update 2026/1/18
Q.告白されたら「こんな自分を?裏の顔は生きづらモンスターです、遭遇前に離れて!」と思っちゃう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.告白されたら、「こんな自分を??ダメダメもっと良い人見つけなさい!生憎私の裏の顔は生きづらモンスターです、遭遇する前に離れて!」って思っちゃいます。でもそれを理由に告白をお断りしちゃうのはお相手に悪いかなぁ。

A.もしウ・サギが質問者さん側だとしたら、率直に思っていることを全部伝えた上で、相手の感情や要望についてもなるべくヒアリングし、交際するのが妥当なのか相談しながら決めるだろうとは思いました。恋愛に限らず、関係性で湧き上がってしまう気持ちや考えはなるべく共有した上で、どうしていくか一緒に考えるのが「関係を大切にする」ということだとウ・サギは考えています。ただそれは手間のかかることですし怖いことでもあるので、そういう開示や調整をしようとまでは思えない相手、またはそんな余裕のない状況であれば、近しい距離になることはお断りするだろうと思います。
恋愛についてのウ・サギの考え方は「恋愛は好きになった側が自己責任で楽しむもの。好かれた側が品質を保証したり責任を負う必要はなし」という片思い自己責任論者なので、生きづらモンスターに遭遇させることは申し訳ないとは思わない派閥ではあります。(ただし、恋愛的惹かれが弱っているが故の依存だろうと判断した場合は、恋愛としてお付き合いしないのがマナーであると考えます)
ウ・サギの考え方はちょっと独特で、大体偏っていると言われるので、参考になるかはわからないですが、何かの参考になれば幸いです。

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update 2026/1/16
Q.夜の神社にオバケが出るから行くなと先生が言うのは不審者が潜んでいるからということですよね。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.小学生の時に、夜の神社にはオバケが出るから行っちゃだめだよと先生とかから言われていましたが、要するに不審者潜んでるから行くなってことですよね。何で不審者出るから行くなってストレートに言わないんだろう。

A.不審者が潜んでいるからなのか、その他の理由もあるのかわかりませんが、「危ないからやめなさい」を根拠ある理由ではなく、本来は違うオバケという理由を使って伝えているという話にはなりそうですね。
ウ・サギは伝える上で有効に働くなら嘘も方便だと考えるタイプなので、周りの大人としてはオバケ説の方が有効だと考えたのかもしれません。例えば、「不審者」がどういう者か子どもには説明しづらいと考えたとか、または不審者と確定していいかわからない曖昧な情報しかないとか…?とはいえウ・サギも受け取る側の力を信じて、事実を率直に伝える方が好ましいと基本的には思っています。

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update 2026/1/16
Q.ちょっとした感情がきっかけで涙が止まらなくなる。そういったことはある?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ちょっとした感情がきっかけで涙が止まらなくなります。頭では、すぐにその感情はなくななります。泣いちゃだめと思っても止まりません。人と話しているときにも出てくるので非常に厄介です。そういったことはありますか?何か対策はあるでしょうか?

A.カエルは泣くタイプじゃないので、そういった経験があるわけではないですが、涙が出てくる人は見たことがあるので、不思議ではないと思いました。
ちょっと調べてみたところ、いくつかの要因が考えられるそうです。まずは、単に心理的なつらさがキャパ一杯になっていて、ちょっとしたことでコップの水があふれだすサインとして涙が止まらなくなることがあります。そこまで精神的に追い詰められていない場合には、自律神経のバランスやホルモンバランスが一時的に乱れているような場合にもあるそうですよ。いずれにしても、脳内や神経の緊張や負担が関係しているようなので、「泣いちゃだめ」と思うと、より脳や神経は緊張してしまうため、「泣いてもいい」「サインが出ているぞ」などと肯定する捉え方ができると涙が止まりやすくなるかもしれませんね。
また、深呼吸をしたり、脳の作用の切り替えのために、五感に刺激を入れるのもよいみたいです。やみーペンおススメの冷えピタも効くかもしれませんが、いつも冷えピタを持っているわけではないと思うので、冷たい水を飲むとか、手を洗うとか、甘いものを口にするとか、自分でどこかを軽くたたくとか刺激を入れるのもひょっとしたら効くかもしれません。やってみて、何か効き目があったらぜひ教えてください。

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update 2026/1/16
Q.言語化が苦手で言いくるめられる。どうすれば改善出来る?
この記事の担当 所長室

Q.言語化が苦手です。口論になった時に、言いたいことはあるものの言葉が思いつかなかったり、どもったりしたりして言いくるめられてしまうことが多々あります。どうすれば改善出来るでしょうか。

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update 2026/1/15