Q.自分が信じられません。とにかく自分が何をしてこうなったのかとか、どうして辛いのかとか全くわからないです。どうすればいいですか?
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Q.学校のような、皆が同じ服を着て、同じ人の言う事を聞いて、同じ空間で同じことをしているところを俯瞰で見て嫌になります。まわりを見たらこんなことで違和感を感じているのは自分だけだと思えてきます。これって変ですか。
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Q.インターネットって人生重要なこと書いてないよな
aiも役に立つが人生重要なことはネットとaiには
ないんじゃないかな?
A.コミュニケーションに占める言語の割合は7%という説もありますし(「メラビアンの法則」というものです)、言語だけの情報から得られるものには限界があるとウ・サギは感じています。インターネットに重要なことが書いていないのかはわかりませんが、もし書いてあったとしても、書いてあるのを読んだだけで重要なことが本当の意味でわかることは少ないのではないでしょうか。
だからどこかに重要なことが書いてあったように感じたとしても、それはその人の経験や感性があるからそう感じただけで、言葉は本人のもつパワーをほんの少し後押ししたり、整理を少しお手伝いをするくらいの作用のものだとウ・サギは思っています。その少しの力が、もちろん大切なときも大いにあるし、つらさを絶望の方に後押ししてしまう可能性もあるので、「書く」って難しいことだと感じます。あ、つい話が逸れてしまいました……。
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Q.すっかり大人になってクリスマスを迎えましたが、考えてみればサンタさんって今時は家に入ってセキュリティ装置が作動したり、住居侵入で警察来たりしないのかなと思いました。私のもとには今年も来ませんでした笑
A.やみーペンにもサンタ来なかった…!!確かにセキュリティシステムにサンタが対応できるのかは知りたいところ…やみーペン的にはサンタがソリで走り回ると枕元にプレゼントが配られる魔法的なシステムなんじゃないかと信じてる!
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Q.自分の感情がよく分からないのに、アイメッセージ(私はこう思う)で話すために熟考している自分に気付いて、何だか健気だなぁ…と思いました。皆さんは自分自身に対して健気だなと思ったことはありますか?
A.健気とはちょっと違うかもしれませんが、メンタルの荒ぶる夜に、誰にも見せることのない病んだ文章を書いていると、自分で自分のメンタルに寄り添えるウ・サギお行儀良くない?すごい!と思うことはあります。
でもそんなことを思いつつも、他の皆さんには、頼れる人がいたら頼ることをおすすめします。自分一人で処理するのが偉いわけではありません!
*やみーペン*
やみーペンは自分が食べたいものを子ペンギンに譲った時に自分の健気さを感じることがあるよ…!まだ自分もケアされたい欲求がまだまだあるのに……!!
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Q.僕は今の社会だとあまりぱっとしない、どちらかといえば見下されそうな立場にいると思っています。一方で生育環境を考えるとそうなるのは当然でむしろ自分は頑張っているかなと思います。こんな考えはわがままでしょうか。
A.何もわがままじゃないとウ・サギは思います。自分で「むしろ自分は頑張っているかな」と思うのなら、その感覚はきっと正しいし、自分の感覚は大切にしてほしいとウ・サギは思っています。
そもそも今の社会での「ぱっとする」という基準自体、とても限定的な像だと思いますし、そういったものは時代によって移ろいゆくものなので、あまり相手にしなくていいと感じます。(といっても社会的に弱い立場にいると、見下されることは怖いし、気にしてしまうのもとても自然なことだと思います)
「むしろ自分は頑張っているかな」という自分の感覚があって、それを言葉にすることができるのは、ウ・サギ基準ではぱっとしてるとさえ言いたいです。もちろん感覚がマヒしていても、言葉にできなくても、何でもOKなのですが、補足の内容含めあなたが自分なりに戦い抜いてきたことが文章の節々から伝わってきました。
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Q.あたしは性自認女で生物学的にも女なんですけど、性自認でも身体的にも女って身体構造的にも精神的にもすごい生きづらいって思います!うさえながさんは、あたしみたいに思ったことってなんかありますか?あとどうしたらいいのかな、こういう生きづらさって?
A.性別ないからわからないなあ!
食べ過ぎて体が重たくて困った!ってときはある
そういうこと?
*ウ・サギから補足*
身体的には、女が絶対に妊娠出産を引き受ける側になるという点で、男よりリスクや不利益が大きいのは確かだとウ・サギは思います。これは単純に妊娠出産の負担が大きいのもありますし、性行為のリスクが不均衡なのがウ・サギは一番気になります。
社会的なことについては(身を守るために警戒や注意をする必要がある、性的搾取をされやすい、求められる美容の要素が多いなど)、女が生きづらい世の中に今はなってしまっていると感じます。それは「自分は女だけど困ってない」とか「男だって生きづらい」とかの問題ではなく、社会の問題として、改善されていくべきだとウ・サギは考えています。もちろん、それと同時に、社会的に不当に男が背負わされているもの(強くあらねばならない、いわゆる弱者男性への蔑視傾向など)をなくしていくことも大切です。
そういった、女/男だからこう、という社会的な性別役割を「ジェンダー」といい、性別による不平等や差別をなくそうという思想・運動を「フェミニズム」といいます。このあたりは、もしもっと知りたい場合は『フェミニズムはみんなのもの 情熱の政治学』という書籍がおすすめなので、よかったら読んでみてください。
人間は指標によって、いろんな有利不利があります。それは社会の規範や仕組みのせいで過度な不平等が生まれている場合もあれば(貧富の差、男女の経済や権力の格差、黒人差別など)、体が強い・弱いないなど、規範があまり関係ない有利不利もあります。同じ女性でも生理が重い人と軽い人がいますし、虚弱な体質の男性と強靭な体の女性を比べたら、フィジカルで女性が有利になる場合もあります。だから差による生きづらさをどう扱うかは、とても難しい問題だとウ・サギは思っています。
権力がある側が弱いものを抑圧している世の中で「誰しも大変だよね」なんて言葉でくくるのは絶対にNGですが、「こっちの方がつらい」と対立してしまうのもまた違うと思いますし、ウ・サギもまだ答えをぐるぐると探している最中です。いい質問をありがとうございました。
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Q.私の話じゃないんですけど。
子「望んで生まれてないし」
親「あんたが一番乗りで卵子にたどり着いたんでしょ!」←これおかしくないですか。精子に脳みそも意志もないのに。受精卵になって初めて「自分」ができるのに。
A.それはそれは…なんとも「おいおい」とつっこみたくなる発言ですね。補足も含め、あなたの言っていることがただひたすらまっとうだとウ・サギは思いました。
それにしても、大人の困った屁理屈みたいなものはたくさん聞きますが、「一番乗りで卵子にたどり着いた」点に産まれた責任や主体性をこじつけるのはかなり個性が強いですね…。
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Q.前に、妊娠とかの教育ビデオが云々の質問(編集注:質問回答配信第33回の2問目)に激しく同意しました。女性の体の仕組みをああやって学ぶことで、性犯罪も増えそうって思いましたが皆さんはどうですか?
A.性犯罪が増えるかどうかはわかりませんが、性教育のあり方についてはもっと議論をした方がいいとカエルは思っています。根本にある大事なことをすっ飛ばして、一部だけを一方的に押し付けるようなスタイルは問題があるように思います。
また、社会における性に関する情報や性犯罪への対応など、様々な性に関することを見渡して、我々が学ぶべきことや対応すべきことは何か考えていく必要があると思っています。そして、性については子どもに云々言う前に大人が向き合う事柄なのに、それをやらずにこ子どもに何かを教えようとすることにも大きな課題があるとカエルは考えています。
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Q.反出生主義についてどう思いますか。私は身近な人が反出生主義で、でも私は将来子育てを経験させていただきたいと思っているので、私は間違ってるとか、生まれてくる子が可哀想って責められたら嫌で言えません。皆さんはどっち派ですか。理由もお願いします
A.反出生主義については、「生きることがしんどい」「生まれなければよかった」「だから生まれない方がよい」という感情についてはウ・サギは共感できます。だから反出生主義の立場をとる人に対して、わかる…という気持ちは抱いているのですが、あなたは反出生主義ですか?と聞かれたら、答えは明確にNOになると思います。
なぜなら、自分について「生まれなければよかった」と思う気持ちがあったとしても、他のみんなが生まれることや生きることをどう思うかについては、ウ・サギの判断していいものではないと感じるからです。反出生主義にはあまり詳しいわけではないのですが、主義というからには「誰にとっても生まれることは不幸である」と主語を人類にしている部分があるかと思うので、ちょっとそれは話を広げすぎかな…と思ってしまいます。
生まれてしまった子に罪はないし、生まれてくることも止められないので、生まれてきた子の幸せをウ・サギは考えたいです。
*生きかたカエルから*
反出生主義の起こりなどについてカエルは詳しく知りませんが、反とつくぐらいなので、出生主義らしきイデオロギーのせいで、反出生主義を唱える人がいるのではないかと考えます。今調べてみると、出生主義は昔の「産めよ増やせよ」という国の政策がある頃の思想としてあるようです。そういう意味では、カエルはどちらでもありません。産みたい人は産んでもいいし、産みたくない人は産まないのはどちらでもいいと思うからです。
ただ、産む産まないというより、どちらかというと、育てる方に着目したいと思います。誰がどんなふうに産んだとしても、生まれてきた子どもは、権利を守られて育つ社会が重要だと思います。だから、産みたいとか産みたくないということより、社会が産んだ親に子育てを丸投げせず、社会全体として子どもを育む仕組みがまずは必要であり、そのうえで、産むか産まないか自由というのがカエルの理想です。何主義と名付けたらいいでしょうかね。出生自由子育て社会責任主義?…長いですね。
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