Q.依存心はどうしたら小さくできますか?依存させてくれる人や物が、年々少なくなってて、困っています
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Q.父親から酷い虐待を受けて離れて暮らしているのですが、それでも父親にあまり不幸になって欲しくないという情があります。この気持ちはおかしいのでしょうか?カウンセラーさんからは「どうかしてるよ」と言われました。
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Q.なんで、学校って毎日行って、帰って、宿題やらないとダメなの?
A.そんなことしないとダメなの?!イヤだよ~
わかんないよ~
*ウ・サギから補足*
確かに学校はなぜかそういうメッセージや圧を当然のように向けてくる場所ではありますね…。ウ・サギは学校に行くのを途中でやめたし、担任の先生が宿題を出さないタイプだったこともあったし、やらないとダメでは全然ないとは伝えておきます。とりあえずのところ、学校に行かないことも宿題もやらないことも、自分にとってはダメじゃないどころか、代わりに得たもののほうが多くありました。本当にそれはしないとダメなのか?はとても大切な問いで、本当なら、学校でそういったことをみんなで考えたいとウ・サギは思います。
回答:うさえなが

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Q.支援者って言葉にモヤモヤする
A.漢字の意味をそのまま受け取ると、支えて応援する人なんだけど、社会の中に認識される「支援者」は応援するだけにとどまらずそれ以上の振る舞いをする人もいるし、すべきと思っている人もいる。
社会はながらく「◯◯ができる人」「◯◯ができない人」とそれぞれの状態に評価をつけ、順位をつけてきたような気がしている。でもゴロン猫は「支援する側・される側」という一方的な関係性は居心地が良くないから、いつも「あなたと私」でいたいと思っているよ。
回答:しきぶとんゴロン猫

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Q.不幸でい続けるっていけないこと?幸せになろうと頑張ってないのに不幸を嘆くのは悪なの?自分はそうは思えない、幸せになろうと思えないことや、幸せになるための行動ができてないことが悪だなんてあんまりすぎると思う。皆が幸せになれるわけじゃないし、不幸が悪なわけないと思う。そもそも不幸でい続けてるように見えても実際は見えないだけで幸せになろうと頑張ってる人もたくさんいると思う。
どう思いますか?
A.そもそも誰がどう生きようか自由だと思うので、不幸でい続けようと、幸せになろうと頑張っていないのに不幸を嘆こうとも、それに対してジャッジや否定してくるのは単にまず境界侵入で、余計なお世話だとウ・サギは思います。ウ・サギは過去や傷つきをなかったことにはしないという気持ちから、簡単に幸せになんてなってたまるか、なれてたまるか……!と思っている部分がありますし、たとえ非効率だとか悪だとか恨みがましいとか言われたとしても、それがウ・サギの個性であって、ウ・サギはウ・サギ以外にはなれないので仕方ないですよね、とも思っています。
幸せになろうと頑張ってないのに不幸を嘆くことへの疑問や否定を抱く人のパターンは、
・あまり傷ついてきていない人。単純に相手の心理がわからず、(悪とは思わなくても)「なんで?」と困惑したり、面倒な生き方をしているように思えてしまう。
・深く傷ついてきたが、強くあろうとする方向で傷と付き合って、とりあえず傷を塞いだ(社会生活に適応した)人。このタイプの人からすると、幸せになろうと頑張ってないように見える人が不幸を嘆くのは、攻撃したいくらい腹立たしく見えることはある。なぜなら、そもそも自分の弱さを否定し攻撃して自分を奮い立たせて生き残っているから、他人の弱さにも優しくなれない。
というのがウ・サギの今のところの調査結果です。弱さという表現が適切かはわかりませんが、弱さを許してもらえない人があまりに多い社会であることが、弱者へのバッシングを生んでいるのではないかとウ・サギは感じています。
回答:ウ・サギ

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Q.親は自分の子供は「いい子」なのが良くて、そうじゃないと許せない生き物なのかなと思った。自分の親にそういう気配を感じた。親は「反抗期はダメ」と言うが、ネットで「反抗期は親離れするために必要」っていうのを見たことがあって、そっちが正しいと思っている。「ちゃんと言うこと聞け」と親は言うが、従わせたいだけなんだと思う。いくら血が繋がっているからって他人の人生に口出しできるのはおかしいと思う。所長さんたちはどう思いますか?
A.ウ・サギ:マジョリティ(権力のある側、自分の感覚や論理を押し通せる側)には「安寧の権利」といえる感覚があって、私の平和や正しさを乱さないでください、というのを当然の主張として相手に押しつけやすいみたいな話を何かの本で読んだのを思い出しました。親が子どもにいい子であることを押し付けるのもそうですし、他の色々な上下関係でも、そういったことはたくさん起こっているのかもしれません。従わせるのは間違ったことだとウ・サギは思いますが、同時に権力をもつと誰でもやってしまう可能性のあるものだと思っているので、うんうん!と質問者さんに共感する気持ちと、自分も気をつけないと…と内省する気持ちとで忙しくなっています。
生きかたカエル:反抗期ってネーミングがセンスないと思っているカエルです。親とは違う意見を言うとか、親の言うことに異議を申し立てる権利はどんな子どもにもあるはずで、それをひとくくりにして「反抗期」とか言っちゃうのはよくないですね。カエルはそもそも「いい子」という言葉が嫌いです。大人にとって都合のいい子のことを勝手に大人が「いい子」として押し付ける文化は、重大な子どもの権利の侵害だと思っています。だから、反抗期とか関係なく、子どもは親とか大人の期待や希望とは別に、自分の意思や気持ちを尊重されることが基本です。ただ、言い分や意思や気持ちを聞く=子どもの言うことを全部聞くという意味ではなく、その言い分をしっかり受け止めたうえで、大人も極力対等な立場から、別の意見があるのなら意見を交換し合えることが大切だと思っています。とても鋭い指摘だと思います。もっともっと議論してみたいです。
やみーペン:やみーペンの母ペンも同じような考えで、その中で暮らしてる時はやみーペンは何も違和感を持てなかったから、渦中にいるのに違和感持てるのすごい…!!って感じた。反抗期無かったやみーペン的には、時期外れで反抗期がきたら自分が大変…って感覚があるし、育ってないちっちゃい自分と付き合い続けるのに疲れてるから、反抗期の権利は奪われない方がいいと思う!!
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Q.私は価値観とか生き方とか特性とかに強い関心があります。特に発達とか診断されてないしまともな生活送っているのに、何が明らかになったら心が安定して生きられるのでしょうか?
A.何が明らかになれば安心するかどうかはずいぶんと個体差がありそうな気がしています。カエル的には自分が知りたいと思ったことが明らかにれば心が落ち着くので、まずは自分が何を知りたいのかということがポイントになりそうです。そして、発達特性の診断というのは自分を知るための一つの手段なのかなとカエルは思っています。
世の中的には本人のためというより、周囲の納得のために診断を受けるべきという考えも多く、それは余計なお世話だし、多数派の理論であるようにも感じます。自分の苦しさの理由や付き合い方がわかるために役に立つことは、明らかになると安心や安定につながるのかなと思います。そうはいっても、自分だけが理解しても周囲とギャップがあると心の安定にはつながらない時もありそうなので、誰もが自分のことを知る機会というものが全体的にあるといいのにと常々思っています。
回答:生きかたカエル

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Q.私はもっとやりたいのに、誰も着いていける人いないからいい加減諦めなよって周りによく言われる。どうして私が諦めるばかりなの?全然私に合わせてくれない。根拠も説明してくれない。みんなだけ好きなことを自分の好きなだけできてずるい。つまんない。
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Q.snsをはじめとするメディアって、購買意欲とか色々な欲求を煽ってきてて、それに踊らされてる感じがして疲れた。もっと自分の感覚を養いたい、大切にしたいな/そして周りの人もメディアとは程々に付き合ってくれたらいいなって思う!
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