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Q.不幸でい続けるっていけないこと?幸せになろうと頑張ってないのに不幸を嘆くのは悪なの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.不幸でい続けるっていけないこと?幸せになろうと頑張ってないのに不幸を嘆くのは悪なの?自分はそうは思えない、幸せになろうと思えないことや、幸せになるための行動ができてないことが悪だなんてあんまりすぎると思う。皆が幸せになれるわけじゃないし、不幸が悪なわけないと思う。そもそも不幸でい続けてるように見えても実際は見えないだけで幸せになろうと頑張ってる人もたくさんいると思う。
どう思いますか?

A.そもそも誰がどう生きようか自由だと思うので、不幸でい続けようと、幸せになろうと頑張っていないのに不幸を嘆こうとも、それに対してジャッジや否定してくるのは単にまず境界侵入で、余計なお世話だとウ・サギは思います。ウ・サギは過去や傷つきをなかったことにはしないという気持ちから、簡単に幸せになんてなってたまるか、なれてたまるか……!と思っている部分がありますし、たとえ非効率だとか悪だとか恨みがましいとか言われたとしても、それがウ・サギの個性であって、ウ・サギはウ・サギ以外にはなれないので仕方ないですよね、とも思っています。
幸せになろうと頑張ってないのに不幸を嘆くことへの疑問や否定を抱く人のパターンは、
・あまり傷ついてきていない人。単純に相手の心理がわからず、(悪とは思わなくても)「なんで?」と困惑したり、面倒な生き方をしているように思えてしまう。
・深く傷ついてきたが、強くあろうとする方向で傷と付き合って、とりあえず傷を塞いだ(社会生活に適応した)人。このタイプの人からすると、幸せになろうと頑張ってないように見える人が不幸を嘆くのは、攻撃したいくらい腹立たしく見えることはある。なぜなら、そもそも自分の弱さを否定し攻撃して自分を奮い立たせて生き残っているから、他人の弱さにも優しくなれない。
というのがウ・サギの今のところの調査結果です。弱さという表現が適切かはわかりませんが、弱さを許してもらえない人があまりに多い社会であることが、弱者へのバッシングを生んでいるのではないかとウ・サギは感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/17
Q.ちゃんと言うことを聞けと親は言うが従わせたいだけだと思う。所長さんたちはどう思う?
この記事の担当 所長室

Q.親は自分の子供は「いい子」なのが良くて、そうじゃないと許せない生き物なのかなと思った。自分の親にそういう気配を感じた。親は「反抗期はダメ」と言うが、ネットで「反抗期は親離れするために必要」っていうのを見たことがあって、そっちが正しいと思っている。「ちゃんと言うこと聞け」と親は言うが、従わせたいだけなんだと思う。いくら血が繋がっているからって他人の人生に口出しできるのはおかしいと思う。所長さんたちはどう思いますか?

A.ウ・サギ:マジョリティ(権力のある側、自分の感覚や論理を押し通せる側)には「安寧の権利」といえる感覚があって、私の平和や正しさを乱さないでください、というのを当然の主張として相手に押しつけやすいみたいな話を何かの本で読んだのを思い出しました。親が子どもにいい子であることを押し付けるのもそうですし、他の色々な上下関係でも、そういったことはたくさん起こっているのかもしれません。従わせるのは間違ったことだとウ・サギは思いますが、同時に権力をもつと誰でもやってしまう可能性のあるものだと思っているので、うんうん!と質問者さんに共感する気持ちと、自分も気をつけないと…と内省する気持ちとで忙しくなっています。

生きかたカエル:反抗期ってネーミングがセンスないと思っているカエルです。親とは違う意見を言うとか、親の言うことに異議を申し立てる権利はどんな子どもにもあるはずで、それをひとくくりにして「反抗期」とか言っちゃうのはよくないですね。カエルはそもそも「いい子」という言葉が嫌いです。大人にとって都合のいい子のことを勝手に大人が「いい子」として押し付ける文化は、重大な子どもの権利の侵害だと思っています。だから、反抗期とか関係なく、子どもは親とか大人の期待や希望とは別に、自分の意思や気持ちを尊重されることが基本です。ただ、言い分や意思や気持ちを聞く=子どもの言うことを全部聞くという意味ではなく、その言い分をしっかり受け止めたうえで、大人も極力対等な立場から、別の意見があるのなら意見を交換し合えることが大切だと思っています。とても鋭い指摘だと思います。もっともっと議論してみたいです。

やみーペン:やみーペンの母ペンも同じような考えで、その中で暮らしてる時はやみーペンは何も違和感を持てなかったから、渦中にいるのに違和感持てるのすごい…!!って感じた。反抗期無かったやみーペン的には、時期外れで反抗期がきたら自分が大変…って感覚があるし、育ってないちっちゃい自分と付き合い続けるのに疲れてるから、反抗期の権利は奪われない方がいいと思う!!

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update 2026/4/14
Q.私は価値観とか生き方とか特性とかに強い関心があります。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.私は価値観とか生き方とか特性とかに強い関心があります。特に発達とか診断されてないしまともな生活送っているのに、何が明らかになったら心が安定して生きられるのでしょうか?

A.何が明らかになれば安心するかどうかはずいぶんと個体差がありそうな気がしています。カエル的には自分が知りたいと思ったことが明らかにれば心が落ち着くので、まずは自分が何を知りたいのかということがポイントになりそうです。そして、発達特性の診断というのは自分を知るための一つの手段なのかなとカエルは思っています。
世の中的には本人のためというより、周囲の納得のために診断を受けるべきという考えも多く、それは余計なお世話だし、多数派の理論であるようにも感じます。自分の苦しさの理由や付き合い方がわかるために役に立つことは、明らかになると安心や安定につながるのかなと思います。そうはいっても、自分だけが理解しても周囲とギャップがあると心の安定にはつながらない時もありそうなので、誰もが自分のことを知る機会というものが全体的にあるといいのにと常々思っています。

回答:生きかたカエル

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update 2026/4/14
Q.私はもっとやりたいのにいい加減諦めなよと周りに言われる
この記事の担当 所長室

Q.私はもっとやりたいのに、誰も着いていける人いないからいい加減諦めなよって周りによく言われる。どうして私が諦めるばかりなの?全然私に合わせてくれない。根拠も説明してくれない。みんなだけ好きなことを自分の好きなだけできてずるい。つまんない。

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update 2026/4/12
Q.snsなどメディアに欲求を煽られ踊らされてる感じが疲れた
この記事の担当 所長室

Q.snsをはじめとするメディアって、購買意欲とか色々な欲求を煽ってきてて、それに踊らされてる感じがして疲れた。もっと自分の感覚を養いたい、大切にしたいな/そして周りの人もメディアとは程々に付き合ってくれたらいいなって思う!

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update 2026/4/12
Q.努力と結果は必ずしも比例しないと思うのですが、どう思いますか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.努力と結果は必ずしも比例しないと思うのですが、どう思いますか。「かわいい子は皆努力してる、ブスはもっと努力しろ」みたいなことを言っている人をたまに見かけます。私は、世の中ってもっと理不尽なものだと思っています。努力は正義、的なのがしんどい。

A.ウ・サギも世の中というか、世界はもっと理不尽で、努力でどうにもならないことはたくさんあると思います。努力と結果は必ずしも比例しないですし、分野によっては、かなり努力しても、まったく努力していない人に才能だけで負けるものだってあります。例えば容姿とか、短距離走とか、お勉強とかは、努力よりも生まれもったものの比重が大きいと感じます。だから努力を正義とし盲信するのは、個人の信念として思う分には自由ですが、あまり合理的な考えではないような…?とウ・サギは思っています。
また、そもそも、「皆」というでかい主語、みんなが~とか普通は~とかの言葉は「あなた個人がそう思っているだけのことを、勝手に見も知らない他の人のことまでわかった顔で語らないでくださいね」と突っ込みたくなります。あと「ブスはもっと努力しろ」というのは強烈なルッキズムと自己責任論(どちらも最近大流行しているウイルスだと感じます)が込められていて、そう思わされるような世の中つらすぎでは・・・?と嘆くような気持ちになりました。
ウ・サギは、もし努力に意味があるとしたら、昨日の自分ができなかったことが今日できるようになった、みたいな自分への手応えを得られる部分だと思っています。でもそれにしたって、努力をするかしないかは個人の自由のはずです。ウ・サギは努力するのがわりと好きな傾向がありますが、自分の思うような結果が出るかは運や巡り合わせ次第の部分もあるので、結果が出れば嬉しいけど出ないと悲しいギャンブルに、自分のエネルギーというコストを投入するという一風変わった趣味嗜好くらいに捉えています。ハイコスト、ハイリスクなわりにリターンはそんなに見込めないので、あまり他人におすすめする気持ちにはなれないです(苦笑)

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.完璧主義ってなんですか?僕は完璧主義なのでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.完璧主義ってなんですか?
僕は完璧主義なのでしょうか?

A.完璧主義ってなんですか?は、とてもいい問いだとウ・サギは思いました。どんなものも「そもそも論」がウ・サギは好きというのもありますが、完璧主義には、社会の価値観と人の個性や性質の両方の要素が深く入り混じっていると感じるからです。
まず補足に他人に完璧主義だと言われて…という話があったので、他人から言われた自分の人物像や個性をどう捉えるかという話をすると、それはあくまでその人の感想であって、クオリティをそこまで信頼できるかというと怪しいとウ・サギは思っています。ウ・サギの経験則としては、「完璧主義だね」と言われる場合は、「私はあなたのようには目標や理想を抱かないし、それに対して神経質になったり不安になったりもしません。あなたは生きるのが大変そうですね」といった感想の表明の要素が強いと思っています。
次にウ・サギの思う完璧主義について話をすると、完璧主義は
①自分なりの、こうありたい、こうあらなければ、というイメージが限定的かつ明確である
②その限定的で明確なイメージが、世の中で言われる「出来ている」や「ミスがない」に近しい
③自分のイメージに向かっての努力が大きい、またはそうなれないことへの不安やショックが大きい
といった要素に分解できると思っています。つまり、完璧主義というのは、視野や想定が広くない&不安が強い、という言い方をした方が正確なのでは?というのがウ・サギの考えです。それが良いか悪いかでいうと一長一短だと思いますが、自称完璧主義の傾向があるウ・サギとしては、まあ生きるのは疲れますよね…とは思っています。
なぜ①②③が生じるのかの分析を深めると、「こうありたい」「こうあらねば」と思いやすい(あれこれ想定して理屈で生きる)タイプと、あまり思わない(今現在を感覚で生きる)タイプがもともとの個性としてあると思います。そして人は周りの価値観やプレッシャーを吸収するので、狭い価値観の中にいるほど、プレッシャーを浴びるほど、①②は強化されるし③も強くなると思われます。
だから完璧主義は、自分で抱いた「主義」なんてものではなく、自分の思う完璧にこだわってしまう、完璧への圧に囚われてしまった、という「自分で選べないもの」な気がします。
質問者さんが完璧主義かはわからないですが、圧が強い社会なので、完璧主義と言われる傾向を持ち合わせてしまう人はとても多いようにウ・サギは感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.僕が怖いのは変われないことじゃなくて変わろうとして失敗すること、という意見どう思う?
この記事の担当 所長室

Q.僕が怖いのは「変われないこと」じゃなくて「変わろうとして失敗すること」という意見どう思いますか?

A.自分が感じている怖さは掘り下げていくと、本質的な部分(その怖さの背景)が見えてくることってあるように無ササビは思います。補足も読ませてもらい、質問者さんの中で自己否定(サボっている、怠けているなど)が強くそこにもしんどさを感じているように思いましたが、もしかしたらこれまでの経験からどこかで「どうせまた変われない」とブレーキがかかっている状態なのかもしれないとも想像していました。もし ”変われなかった経験”=”失敗”としてインプットされてしまっているからこその反応であるとするなら、怖いと感じるのは自然なことだと無ササビは感じます。
無ササビはよく過去の経験から動けなくなってしまって、それを自分が悪いからと思いがちで、そんな変われない自分に落ち込むことも多いので、勝手ながら重ねて想像してしまいました。一緒に、”失敗しても自分を責めなくてもいい方法”を探っていきたい気持ちになりましたし、前向きになれないことへの謝罪の言葉が補足にありましたが、無理に前向きになる必要はないと無ササビは思うということをお伝えしたいです。

回答:無ササビ

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update 2026/4/11
Q.誰でも参加できる場で悩みに解決案を出したら周りが「提案はしないほうがいい」と言いました
この記事の担当 ウ・サギ

Q.誰でも参加できる相談サイトで相談者さんの悩みに解決案を出したら、ルーム内の私と相談者さん以外が「提案はしないほうがいい」と言いました。私が「なら緊急時に救急車を呼ぶか聞くのもアウト」と言うと「関係ない」と言いました。皆さんはどう思いますか?

A.補足も読みました。実際のやり取りを見てるわけではないので回答は難しいですが、質問者さんなりに一生懸命伝えたことがうまく伝わらず、モヤモヤが残ったことは伝わってきました。コミュニケーションはいくら自分なりに丁寧に伝えているつもりでも、相手が自分の主張や思いをうまく受け取ってくれるとは限らないので、難しいものだと思います……。特にチャットなどオンラインの場ではそういったことが起こりやすく、ウ・サギも何度もうまくいかない経験をしたことがあります。
また、悩みを吐き出す人はこれまで否定されてきた経験をたくさんしていることも多いのですが、否定されてきた人は、「こうすればどう?」という言葉を、「こうすればいいのに、どうしてできないの?」といった圧力のあるものに感じやすいというのがあります。人は相手の言葉をその通りに真っすぐ受け取るのではなく、自分が過去にされた関わりを思い出したり重ねたりしてしまうので、過去に周りから否定やプレッシャーを受けていると、どんな言葉も否定だと感じやすくなる現象が起こるのです。これは心理学の用語を使うと投影と言います。この投影というのが、誰しも投影したり投影されたりすることがあるのですが、コミュニケーションをかき乱す困った子なのですよ・・・・。質問者さんに今回起こった出来事の分析まではできませんが、うまく伝わらないのは誰が悪いではなく、投影が発生していたり、文化の違いや感性の違いがあったりなど、言葉以外の何か目に見えないものが影響していることが多いとウ・サギは感じます。
ただ、相談というのは、基本的には解決案を出すことではないとウ・サギは考えています。なんとなく世の中では相談というと解決のための場、アドバイスをするものというイメージもありますが、その人の思い(どんな傷つきなのか、モヤモヤなのか)を一緒に考えていく共同作業が相談だとウ・サギは思っています。だからもし質問者さんが相談に乗りたいという気持ちがあるなら、相手に「解決案を出してください」と言われたとき以外は提案せずに、モヤモヤを話しやすいような関わりを大切にするのがおすすめです、とはお節介ながら伝えておきます。(あ、求められていないのにアドバイスめいたものを出してしまいました……)

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/10