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Q.私にとって嫌だけどすぐ許せることが親にとって絶対いけないことで喧嘩の悪者が半分以上私になる
この記事の担当 生きかたカエル

Q.私にとって少し嫌だけどすぐ許せることが親にとって絶対にしてはいけないことで家族内の喧嘩の半分以上が私が悪者で、でも自分を嫌になれなくてさらに居場所がなく感じる。

A.嫌なことが他の人と異なることは珍しいことではありません。だからお互いに尊重することが大切なのですが、大人は大人という権力を使って自分を正当化したり、優先したりしてしまうことがあまりにも多いので、カエルは本当に困ってしまいます。それでも、あなたが自分を嫌になれないことがとても救いに感じました。
それでいいと思いますし、居場所のないところからは旅立って、自分の居場所をみつけても全然かまわないと思います。自分の感覚を信じて、自分の居場所をみつけようとすることが自立だとカエルは思うのです。お金を稼いだり、仕事をしたり、自分のことを自分でできるのが自立ではなく、あなたのように自分の感じていることや考えていることに目を向けて、葛藤しながらも自分でいようとすることが自立だとカエルは信じてます。だから、今、めちゃくちゃ応援する気持ちで満ち溢れています。

update 2025/5/13
Q.将来なりたいと昔思っていた職業と今のなりたいものが違う。でもやめないとなって思います。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.将来なりたいと昔思っていた職業と、今なりたいものがちがいます。でもそれになれるだけの実力も努力もできないし、親に反対されるからやめないとなって思います。

A.ウ・サギは、子どもの頃将来なりたいと思っていた職業と、これまでで一番なりたくて真剣に頑張った職業と、今やっている職業は全部違います。なりたいものは変わるし、実際になろうとしてみないと向いているかもわからないし、なりたいことよりも向いてることをやっているうちにそれが楽しい職業になることもあります。
と、そんな一般論は置いておいて、なりたいものがあるけれど、なれなさそうだし、親に反対されるし、やめないとと感じている…という話ですね。「やめないとな」という表現から、やりたいという気持ちが結構強いものにウ・サギは感じました。ウ・サギは努力しても一番なりたかったものにはなれなかったですが、なりたいという気持ちで試行錯誤した経験は、今の糧になっていると感じています。
未来はどうなるかわかりませんが、あなたがなるべく充実した今日や明日を過ごせる道があるといいな、とウ・サギは思います。何を選ぶも自由で、正解もないと思うし、なんか違うなと思ったらこれまでやったことを捨てて、新しい道にいってもいいのです。でも「親に反対されるから」という理由で何かを選ぶ(選ばない)と、つまづいたときやしんどくなったときに後悔しそうなのが、ウ・サギはちょっとだけ心配です。

update 2025/5/11
Q.学生の時、学校の空気に合わせると親に怒られ、親の意見に合わせると学校でいじめられることがあった
この記事の担当 生きかたカエル

Q.学生の時、学校の空気に合わせると親が怒る、親の意見に合わせると学校で「キモい」といじめられるということがありました。大人になった今も同じで社会に合わせても親に合わせても上手くいきません。どうすればいいですか?

A.補足に、自分の選択肢に「自分の気持ちに合わせる」が含まれていないとありましたが、その選択肢が含まれていないことに気づき、それに対して何だかつらいし悲しいですと思えることはもはや、自分の気持ちに合わせようとしているとカエルは感じました。いい兆候です。しかも、学校に合わせても、家に合わせても、社会に合わせても上手くいかないというのは、潜在的な自分が「合わせなくていいよ」というサインを出しているのかもしれないと思いました。特別なことは何もしなくてもそのままでいいとカエルは思いました。そして、また生きづLABOに来て、自分を出してください。

update 2025/5/11
Q.発達障がいの弟は学校にいっても親から褒められて姉の私は結果しか褒められない。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.発達障害児の弟は学校にいってもテストで百点をとっても親から褒められて、姉の私は結果しか褒められない。棒読みだし。発達障害の人は褒められて伸びるっていうけど。
だからって結果と棒読みで褒められるのは嫌だ。って思ってるけど言えない。もういやだ。

A.あらら、棒読みの褒め言葉は確かに「もういやだ」と叫びたくなりますね。言うのが難しそうなら、手紙を書いてみるのはどうでしょう?大人って意外といわないとわからないことってあるので、伝えてみることはカエル的にはおススメしたいです。
ただ、言ったからといってもわかってくれるとは限らないので、それはそれで覚悟も必要です。しょせん、親とはいえ他の人間なので、自分の期待する通りにふるまってくれないこともあります。でも、親からほめられたいという切なる願いがあることは、カエルはしかと受け止めました。

update 2025/5/11
Q.母親に言われることが、再就職に向けて準備中の私を否定されている気がして辛い
この記事の担当 生きかたカエル

Q.母親から、「働かないと年金も支払えないでしょ」「若いんだから働かないと若年性認知症になるよ」と強く言われ、再就職に向けて準備中の私の現在を否定されてる気がして辛いです。自分は働いていなくても幸せに感じられる瞬間があるのに…。

A.働いていなくても、幸せに感じる瞬間があるのなら、それでいいとカエルは思います。母親の言っていることは何だか合理性もないし、配慮にも欠けたひどい発言だなぁとカエルは思いました。否定されている気がするのも当然だと思います。ただ、そうしてひどいことを言われて「否定されている気がする」と気づいたり、自分が幸せな瞬間を感じられる自分の感性には自信を持ってもいいと思いますよ。カエルはいつでもあなたの感性を応援したい気持ちです。

update 2025/5/7
Q.最近精神的に病んで人生キャンセル界隈になった。
この記事の担当 やみーペン

Q.最近精神的に病んで人生キャンセル界隈になった。親には兄と比べられるし、学校のクラスでも浮き気味だし二酸化炭素になりたいなーって思った。最近だと殴られるかもとか思ってたら過呼吸になりかけるし、孤独恐怖症だしやだよー、もうやだ…

A.界隈って最近聞くけど、人生キャンセル界隈って初めて聞いた!!キャンセルしたいこと多すぎる世界すぎて困っちゃうね…。やみーペンは殴られるかも…って恐怖を感じる場所から逃げられる方法はないのか心配してる…。人生キャンセルする前に、環境から逃亡できる界隈はないのだろうか…

update 2025/5/7
Q.母に冗談だけど、穀潰し、だれもあんたいらないねと言われてずぅーんとした
この記事の担当 ウ・サギ

Q.母に、冗談だけど、アンタって穀潰しだからどこにも売れないねー、だれもあんたいらないねって言われた。もちろん冗談だし、ノリだって分かってるけど、やっぱ私何にもできないゴミクズでいらないんだなって、私が死んでも支障ないんやなー、ずぅーんとした

A.もし言った側が冗談のつもりだとしても、言われた側が傷つくならそれは「冗談だから許される」というものではないのでは…?とウ・サギは思います。ノリだとしても、その言葉を言われたら落ち込んでしまうのは自然なことだとも感じました。
冗談を言うなら、誰も傷つかない、もっとセンスのいいものを言ってください…!と母に腹を立てているウ・サギです。

update 2025/5/7
Q.親に「兄と自分を天秤に乗せたらどっちが重い?」と聞いたら『そりゃ兄でしょ』と言われおちこんだ
この記事の担当 うさえなが

Q.親に「兄と自分を天秤に乗せたらどっちが重い?」って聞いたら『そりゃ兄でしょ』って言われた。妙に納得した。兄は自分より頭がいいし親にとってでかい存在だったから。自分なんて…当たり前なのに勝手におちこむ自分、どう思う?

A.頭がいいと重くなるの…?我にはわからない~
でも悲しいのはわかったよ

*ウ・サギから補足*
まず思ったのは、無神経で価値観の偏った親だな(人様の親を勝手にすみません…)という感想です。ウ・サギも同じことを言われたら落ち込むと思いますし、身近な大人に自分を大切な存在だと思ってほしいと願うのも自然なことだと感じます。
でも世の中にはいろんな人の、いろんな天秤があります。ウ・サギは(他の所長たちも)生きづLABOにきてくれる人、質問してくれる人の存在を嬉しく思っています。

update 2025/5/6
Q.親から暴力を受けていなくても、居場所がないと思ったら家出できますか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.親から暴力を受けていなくても、居場所がないと思ったら家出できますか?

A.もちろんです。家出はできます。というのか、カエルは「家出」という言葉は非常に不適切な言葉だと考えています。我々には「どこで誰と暮らすのか」を自分で決める権利があります。ただ、子どもの場合は保護者の存在や権限が大きいので、家ではないところで暮らすためにはハードルがありますが、そこから出たいと思って別の生活の場を選択するのは家出ではなく、「住まいの選択」をしているだけだとカエルは思うのです。少なくとも、「この家では暮らしたくない、別のところで暮らしたい」と願ったり、その願いを口にすることはまったくの自由です。ただ、それが実現するかどうかはいくつかの理由が必要になる場合があります。
その理由ですが、カエルが気になったのは「暴力は受けていないけど、居場所がない」という点です。叩かれたり、殴られたりする暴力を受けていなくても、言葉による暴力(暴言や否定の言葉など)や態度による暴力(無理に勉強や習い事をさせられる、意見を聞いてもらえない、無視をする、きょうだいと差別するなど)や必要な世話をしてくれない(ご飯がない、病院に行かせてもらえないなど)も暴力と同じように、子どもが家から出たい理由として認められます。もしも、親同士の暴力やけんかなどがいつもあることも、子どもが家から出たい正当な理由になります。あなたにとって「居場所がない」「家出したい」と思うのであれば、そこにはそれなりの理由があり、それを受け止められる大人や社会であってほしいとカエルは思います。少なくともカエルは子どもが「住まいの選択」を主張できるようになってほしいし、同時にあらゆる子どもたちの「住まいの安心安全の確保」をしっかりと議論できる社会にしたいと思っています。

update 2025/5/3
Q.子供の頃早く自立したいと思っていたのに自立できず親に依存している。何をどうすれば自立できるのか
この記事の担当 生きかたカエル

Q.子供の頃、一刻も早く自立したいと強く思っていました。それなのに自立していなければおかしい年齢になってもいつまでも自立できず、結局親に依存しています。もうずっとこのままなのかなと思うと本当に怖い。何をどうすれば自立できるのか悩んでいます。

A.それは「自立」をどうとらえるかによるとカエルは思います。
自立というと、自分でお金を稼ぎ、自分のことを自分でやることのように思われているけれど、実は違うというのがカエルの意見です。
特に経済的な自立に関しては、就労とのマッチングがこの社会ではあまりに平等ではなく(企業の求める人材というのがあまりに限定的で)、生活費を稼げる人が自立している人とみなすには、合理性を欠くと思っています。そもそも、能力的に制約がある場合に、就労して生活費を稼ぐことが難しい人は一定数いるため、いわゆる社会保障を利用して生活費を確保することも当然ありで、利用する意思決定や選択そのものが自立の行為であるとカエルは考えます。

例えば生活保護の制度はそのためにあります。生活保護を受けたとしても、少しでも働ける分は働くことができますし、何かしらの障がいがあれば年金をもらう方法もあります。どうも、生活保護制度が正しい理解をされていないことや、誤解をたくさん受けていることもその背景にはあるように思っています。
生活保護法の第1条には「この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」と明確に自立を後押しするためにあると書いています。
生活保護を受けること=自立していないのではなく、その人なりの自立のために生活保護をはじめとした社会保障の仕組みを活用することが一つの方法だと理解が広がるか、もしくはどんな人も漏れなくその人なりの労働(いろいろなパターンがある)が保障され、その対価として生活が保障される仕組みがあることで、誰もが様々な形で自立できるようになることが必要だと思っています。

そもそも、誰もが誰か(何か)に依存して自立をしています。自立とは「上手に依存できるようになること」と表現されることがあり、カエルもそれに同意しています。質問者さんが親に依存するのが本意ではないのであれば、依存先を親から別の方法に変えることもまた自立の形だと思います。
年齢や性別、能力に関係なく誰もが自立することができるよう、自立の在り方についてもっともっと議論をしてみたいと思いますし、いろいろな自立のための仕組みがあることを願っています。(長くなりました…)

update 2025/4/30