Q.頑張りすぎない、を実践したいなと思うのですが、その一方で「世間は頑張っている人が好きなんじゃないかな」と思っています。自分を大切にしつつ、承認欲求も満たす方法は何かないのでしょうか。
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Q.単身赴任中の夫が、体調を崩して会社を休んでたために家賃を滞納しかけていたことが発覚しました。夫に寄り添いたいけど、問題が起きても相談できない空気を作ってしまってたのかと思うと、自分を責めてしまいます。こういうときの乗り切り方を知りたいです。
A.相談できないという現象は相談を受ける側の要因というより、相談する側に何らかの要因があることが多いとカエルは思っています。また、質問を読むと相談できなかった理由はまだわかっていないような気がしたので、まずは率直に話をすることがベストだと思います。今後もいい関係を続けたい相手であれば推測合戦をするより、率直に話し合うのがよいかと思います。いわゆるアサーティブコミュニケーションが役に立つと思います。
例えば、「あなたのために…」とか「あなたはこうなのでは」という相手を主語にしたメッセージではなく、「私はこう思うのだけど、どうだろう?」「私が心配だから聞きたいのだけれど…」という具合に私を主語にして気持ちを伝え、伝えた後は相手にゆだねるというスタイルがシンプルでやりやすいかなと思います。
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Q.就きたい仕事があって、その仕事ができる業界受けまくっても、なかなか会社に受からない。周囲には、就きたい仕事がなくて焦っている人がいるのに、自分の悩みは贅沢なものなのだろうか。
A.悩みが贅沢なのかどうかですか・・・なるほど。結論からいうと、どんな悩みも全然贅沢じゃないと同時に、誰かにとっては贅沢であるというのがウ・サギの考えです。そして、自分の悩みを贅沢だと感じる誰かには配慮したほうがいいことはあっても、自分の中で「贅沢かな」「他の人はもっと大変」などと責めたり気持ちをおさえこむことには、(たぶん)何も良いことがないと思うので、比べるのはやめようキャンペーンをウ・サギとしてはやりたい気持ちです。
配慮についてもう少し具体的な話をすると、何か悩みを話すときには、その悩みトピックについて、自分の方が恵まれていないだろうか?とチェックしてからウ・サギはなるべく話すようにしています。つまり、あなたの悩みについて言えば、就きたい仕事がなくて焦ってる人や、就職活動したいのにできない人などに対してだけは、あまり言わないほうがいいかな…という話になります。ウ・サギは、たとえば忙しいという悩みを話したい場合は、自分より忙しい相手と、働きたいのに働く機会と巡り会えてない相手には、話さないようにします。
でもそれは「その相手に話す」のはやめておこうというだけの話で、悩みは悩みだし、つらいものはつらいので、気持ちをおさえたりすることは全くしなくていいと思います。強い希望があるのにそれが叶わない状況は、葛藤が大きく、大変なものだろうとウ・サギは想像しています。
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Q.死にたい、消えたい、何もしたくないと思うけど、家族が信用できなくて誰にも相談できなくてもう本当に消えたい。相談、信用できる人はどうやって見つけたらいいですか。信じて裏切られるのが怖くて信用できないです。どうしたらいいですか。
A.相談、信用できる人がいないと思えることは悪いことではないと思います。それだけ、あなたの感性が働いているということです。だから、見つけるにはその感性を大切にすることだと思います。
また、信じて裏切られることは怖いですが、ある意味、信じてみないと見極めるスキルアップも望めない側面もあります。心から信じると裏切られたときのダメージは甚大だと思うので、ちょっとだけ信じてみて、様子を見てから、ダメそうなら撤退して、また次の人を信じるなどという試行錯誤も多少は必要ではないかと思います。まずは、生きづLABOが少しでも信用できそうなら、試行錯誤の結果報告などは喜んでお付き合いしたいと思います。
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Q.今年は受験で、自分が行きたい高校があるから親には塾も行かせてもらってるけど、自分でやってるはずなのに勉強が嫌になる。親に好きなことを否定されて、そんなことやっても何にもならないとか言われるのも疲れる。何もしたくない。
A.「そんなことやっても何にもならない」なんて否定の言葉をかけられたら、疲れて当然ですし、ウ・サギもいくらやりたいことでもやる元気が出なくなりそうです……。あと、疲れてる中で誰かに否定されたら、何もかも嫌になるときもあるので、嫌になるのも自然な現象だと思いました。
相手の好きなことを否定するのを全員がやめたら、世界はもう少し優しく、健康に回り始めると思うのですが…。誰とどんな関係だろうと相手の好きなことを否定するのはNGだと思いますが、親が子どもの好きなことを否定するのは、法律で禁止してしまいたいです。そして、違反した人には、好きなことを否定するのが子どもにどんな悪影響をもたらすかレクチャーして、育ちを応援するための関わりを練習してもらいましょう。
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Q.1週間ほど涙が出ることが続いてて
どうしたらいいですか?
生きていたくないです
A.どうしたらいい・・・難しいですね…。心身がかなり消耗してると思われるので、適切に休んだり何かを頼ってほしいという気持ちですが、そんなことができたら最初から苦労してないよ…という状況だろうとウ・サギは想像しています。
涙を感じながら、自分で「つらいんだな」「悲しいんだな」と自分の痛みに寄り添ってあげるくらいしか、ウ・サギには浮かびませんでした。涙が出るまでに至っただけの苦しみ、周りへの不信、傷つきなどがたくさんあったかと思いますし、それをどうにか少しでも発散したい、癒されたい、と思って体が働いてくれているのだとは思います。
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Q.精神的な事情で病院にかかっています。カウンセリングを受けるのもいいかも、と先生に言われましたが、迷っています。カウンセリングくらいしかもう打つ手はないのかもな、なら受けようかな…という気持ちなのですが、こんなときはどうしたらよいでしょうか。
A.カウンセリングといっても方向性は実はバリエーションがあるので(傾聴、EMDR療法などのトラウマ治療、認知行動療法などの行動療法・・・etc)、一概に何と言うのは難しいですが、ウ・サギがカウンセリングを利用した経験についてまずは書きますね。
ウ・サギが話した心理士さんは傾聴タイプで、ひたすら受容的に「うん、うん」と聞いてくれるのがベースでした。軽いアドバイスっぽいものは時々ありましたが、向こうから踏み込んだ質問をされることや、踏み込んだ意見を言われることは全くなかったです。だから、否定されずに話せる場、身近な人に漏れることなく個人的なことを話せる場としては、とても役立ってくれました。一方で、治療と呼べるものや、回復につながるものだったかというと、そういった側面は薄かったと思います。ウ・サギの場合は完全に休んでいたところから徐々に外の世界に出ている時期で、生活に結構ストレスがあったので、その生活を支えてくれるものとして、カウンセリングがあったと今振り返ると思います。(徐々に自信がついたり回復のきっかけをもらえるのは、むしろ生活の方からだったと思います)
周りから聞いた話では、カウンセリングが回復の大きなきっかけになったという場合もあれば、自分一人のために時間をとってくれて構ってもらえるのが嬉しい!くらいのシンプルな役立ちもあれば、逆にカウンセリングでイヤな思いをした、という場合もあります。
つまり結論としては「カウンセリングがどんな風にどれくらい役立つかは人それぞれ。でも、最低限信頼できる、相性の合うカウンセラーさんと話せるなら、何かしらの前向きな価値はある」というのがウ・サギの考えです。
だからウ・サギとしては、それほど期待せず試してみて、合わなかったら辞める、というのはどうでしょう?と思いました。何がどう役立つかはやってみるまでわからないし、精神のことに即効薬のようなものはたぶんないと思うので、無理ない範囲で、いつでも逃げる準備OKで(治療に限らず)いろいろ試すのはわりとおすすめです。
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Q.会話をうまく広げられません。特にリアクションが苦手で、話を盛り上げることが難しいです。どうしたら得意になれますか?
A.それはウ・サギが苦手で、生きかたカエルは得意なやつです。だから苦手側と得意側から、どうしたら得意になれるかを考えてみたいと思います。
*ウ・サギ*
それが苦手で困ってきたウ・サギの研究結果としては、苦手から得意までを目指すのはけっこう大変なので、赤点じゃなければいいくらいに自分へのハードルを下げています。笑顔で相槌打っていれば、もうそれでOKなはず・・・と。あと、会話はみんなの共同作業で盛り上げるものなので、会話が広がらないのは自分だけのせいではない、と思ったりもしています。
テクニックや工夫でどうにかするとしたら、幅広いジャンルを少しだけでもかじっておくと(例えば知らないアニメでも、「○○ってキャラクターがいるんでしょ?」とか一言でも具体的な返しができると)、けっこう盛り上がりやすいです。
もしそういう次元じゃなく、素敵なツッコミや明るいノリが必要という話なら、ウ・サギの力量では何もアドバイスはできそうにありません…。お手上げです。
*生きかたカエル*
いや~、ウ・サギに指名されましたが、カエルは努力してやっているわけではないのでコツや得意になる方法を尋ねられてもすぐには思いつかず困りました。改めて考えてみて思いつくこととしたら、本当に興味深いと思って聞いているかどうかが関係している気がします。何でもいいので、自分が面白いとかもっと聴いてみたいという点を見つけて率直に「それもっと知りたい」「なるほど~」と思う気持ちを出してみると意外と広がりそうな気がします。こんなこと言ったら失礼かな?とか、変な奴だと思われるかも?という自分への評価を恐れる気持ちがあると、うまくいかないかもしれませんね。素直な子どもの気持ちが大切かなと思いました。
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Q.人に相談するようなチャンスがあったとしてもなんとなく「俺だって・私だって大変なのに」って気持ちが透けて見える瞬間があって何も言えなくなってしまいます。そういう人たちの基準の中に取り込まれてしまう感覚が怖いんです。上下関係ができてしまう感じ。
A.なるほど、それをわかってしまうのですね。
わかってしまうのは仕方ないので、せっかくならいい方に使いたいものです。おっしゃる通りそういう基準に取り込まれるのはおそらくいいことはないと思うので、そう感じたときには相談するのは避ける方がよいとカエルは思います。もしくは、そうしたリスクを念頭に置いたうえで、実験的に相談してみて相談相手を選ぶためのデータ収集をする方法も一つかと思います。
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Q.自分が普通ではないことを思い知ってとてもつらくなります。みんなみたいにできない自分がすごく嫌いです。
いわゆる、普通に憧れていて中学は行ったり行かなかったりを繰り返していたのに全日制の公立高校を自分で選んで受験しました。(うちの地域では公立の高校に行くことが一般的でした)もう3年生になりますが、2年の途中からだんだんしんどくなり、疲れが酷く体力がなくなり思うようにやらなければいけないことができない生活を続けています。たまに休みながらこの生活を続けてきましたが、それにも疲れてきて全部放り出してにげたくなってしまっています。すっごく逃げたいけれどここで辞めるのは少し悔しい気持ちもあったりします。うまく生きられない、やっぱりみんなと同じ生活ができない自分がとてもきらいです。
A.何を「普通」とするかは諸説ある気がしますが(あなたがこの話で言っているのは全日制の公立高校に行くことですね)、「普通」には、そうありたいと思わせる魔力、そうでなければまずいと不安にさせるパワーがどうやら強くあるようだ、というのは経験から感じます。実際に普通と呼ばれるものからズレたら不利益がある場合もありますし、時に無言で、時に露骨に「普通じゃないのは良くないこと」というような圧を社会が発しているのも、残念ながら事実だとも感じます。
みんなと同じ生活をできる自分でありたかった、そうできない自分がきらい、という気持ちはウ・サギとしては100%受け止めました。ただ、中学高校というのは人によってはかなりハードな環境なので、きっとあなたの何かに合わないのかな…?と感じています。例えば大学だとわりと環境の質が違うので、何か変わることもあるかなあとか、3年生まで来てるなら辞めて高卒認定とってその後の進路に向かうのもそんなに難しくないかも?とか、環境次第であなたの思う「うまく生きる」に近づけるパターンもあるのではないだろうかなんて考えました。でもウ・サギは「うまく生きる」というのは、自分に合った生き方を見つけることだと思っていて、世間のいう普通にみんなが適応しなくてはならない(人が努力して自分を変える)という方向性ではなく、みんなが自分にとっての普通、自然体で生きられるために生き方が多様になってほしい(社会が変わるべきだし、変えていきたい)とは考えています。
とはいえ、憧れは簡単に消えるものでもないだろうし、きっとその中にはあなたの切実な何かが含まれているのだともウ・サギは思います。だから、憧れている気持ちはどこからくるのか、うまくいかないと思うのはどの部分で、何が原因で疲れているのかなどを、誰かと一緒に考えてみる機会があるのが大切なのかな・・・とも感じました。またよかったら質問をください。
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