PAGE
TOP
タグセクシュアリティ
Q.卒業式の座り方の質問になるほどと思いました。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.卒業式の座り方の質問(Q.卒業式で、男だからこう座って、女だからこう座って、と言われるのが嫌だなって思ってます)になるほどと思いました。男だから足を開いて拳をつくってたくましく見せ、女だから足を閉じて手を重ねて上品に優雅に見せようとしているのかなと思うと、気持ち悪いと思いました。

A.はい、カエルもゾッとする気持ちになります。カエルはカエルとして座りやすい座り方をしたいと思いますし、せめて、座り方について座る当事者の意見を聞いてほしいと思います。
性別の「〇〇らしく」という圧もいろいろゾッとしますが、他にも「子どもらしく」とか「中学生らしく」とか周囲から謎のらしさを強制されることが多いことに対して疑問がたくさんあります。こういう時にはこうした方がいい(今回の質問においては、卒業式の時にはこう座った方がいい)という礼儀や作法があることを否定するものではないですが、思考停止で「そういうもの」と思い込んでしまうことが一番恐ろしいと思っています。みんなで、これからも「これってどうよ?」と考える機会をたくさん持ちたいと思うカエルでした。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.ウ・サギさんの浮気についての考え方は結構尖っているとも思ったが、その考えにどう至ったのか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ウ・サギさんの浮気についての考え方が自分と概ね一緒で励まされました、自分だけが非倫理的な事を考えている悪い人間だと思っていたので安心しました。ただ、結構尖った考え方だとも思うのでウ・サギさんがどのようにして今の考え方に至ったか気になります。

A.この質問(Q.どうして浮気は悪なのでしょうか?)の回答についてですね。ウ・サギはもはや尖っているのが通常運転で周りからそう言われることもなくなっていたので、「なるほど、確かに結構尖った考え方か」と改めて気づいて、ちょっと愉快な気持ちになりました。
浮気についての持論をここまで確立したのは、実際に親しい他者との関係性でギャップや違和感を抱いて、自分も相手も尊重する関係とは本質的には何なのか、自分なりに哲学し突き詰めていったという過程があります。
また、「浮気していいじゃん」「むしろしたいけど…?」という部分の尖り方については、ウ・サギの情熱の行き先となる存在の第1位が社会活動(世界平和と社会的公正を目指した活動、今だとイコールで仕事にもなっている、対全世界)、第2位が社会活動、第3位が社会活動、第4位が社会活動、第5位が社会活動、第6位くらいに恋愛らしきもの(対一個人)という感じなので、恋愛をちょっとしたお遊びくらいにしか思っていないのが大きいと思います。
恋愛といわれるものだろうと友情といわれるものだろうと、相手の気持ちをばっさり蔑ろにするつもりはありませんが、恋の大本命の社会活動さんはウ・サギが普遍性や本質を蔑ろにしたら絶対に振り向いてくれないので、どんなことも突き詰めて結果的に尖るのかもしれません。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/20
Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。恐怖心自体は悪ではなく、個人の自由だと思います。しかし、デマや誤解を前提に、属性だけで一律に危険人物扱いや自称扱いされる現実は悲しいです。

A.トランスジェンダーに限らず、マイノリティに対して、デマや偏見が前提となっているバッシングは時々見受けられるように感じますね。ウ・サギはトランスジェンダーについてはあまりわからないですが、国籍や人種、障がいなどについては発言を見聞きすることがあります。言っている本人は差別発言の自覚がないことがほとんどに感じるので(おそらく、デマだろうと偏見だろうと本人は根拠と認識しているように思います)、それは差別発言ですよ…?というのを、どう伝えてコミュニケーションをとるのがいいのか悩んでしまいます。
一個人として誰かとの関わりで嫌な思いや怖い思いをして、そのことでその相手への属性自体へのネガティブな印象が離れなくなってしまって…という恐怖心は悪ではないし、誰でもあることだとウ・サギは思います。比較的多いもので考えると男性恐怖が浮かびますが、トランスジェンダーへの恐怖で話が難しいのは、男性は社会で優位にある一方で、トランスジェンダーは社会で差別や抑圧をされている(トランスジェンダーを怖いと思うシスジェンダーも、社会構造で考えると、自分の性別についてはトランスジェンダーより優位にある)ことだと思います。それは、例えるなら、「あなたの右足(に似たもの)が私の右足を踏んだのが事実であると同時に、私は左手で知らず知らずあなたをよく殴っていました」という「こっちでは劣位、こっちでは優位」が両立している状態となります。いくつか例をあげるなら、「セクシュアルマイノリティで差別に苦しんでいるが、向いている仕事が見つかって生活は安定している人」と「ブラック企業で心身ともに追い込まれ賃金も低いが、セクシュアリティにおいては差別される要素のない人」、「教育虐待を受けて今も親に過干渉されているが、高身長で容姿の整っている男性」と「容姿や体型で差別をされることも多いが、親には干渉されず尊重されている女性」・・・そういった場合は、とても多くあります。その「こっちでは劣位、こっちでは優位」つまり、自分が被害や不利益のある立場でありながら別要素では傍観や加害側にも属している関係性で、お互いをどう分かり合い尊重していくことができるのかが、今の社会を公正なものにしていく上での大きな課題でありテーマだとウ・サギは思っています。
質問者さんの話とはズレてしまったかもしれませんが、トランスジェンダーに限定して深めていくとウ・サギが迷走しそうだったので、ちょっと広げて考えさせてもらいました。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/20
Q小説の紹介文に「吉原は良いことも沢山」とあってモヤモヤ
この記事の担当 所長室

Q.吉原を舞台にしたフィクション小説の紹介文に、「吉原は悲しいことばかりじゃなくて良いことも沢山。今までのイメージを覆す一冊」ってありました。女性の性的搾取の歴史をそんなに美化しないでほしいと思いました

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

ウ・サギ 時々ありますよね、この話。紹介文はとにかく第三者が言ってるわけだから。
カエル その紹介文書いたの誰かな〜って。
ウ・サギ とりあえず紹介文書いたやつはウ・サギ的にはちょっと気にくわないですね。
カエル 本売るために走ったんだろうね、これは。
ウ・サギ これは本人がそう言うんだったら別にいいんですよ。例えば「自分は吉原で働いてたけど、悲しいことばかりじゃなくていいこともたくさんあったよ」って言うのは「それはあなたにとってそうならそれでいいね」って思うけど、周りが言ってるんだとしたら、それは本題の美化としか……。
カエル 今も性的搾取の商売はあるけれど、たぶん時代でいくと児童労働とかもあったし、人権なんて言われてるの極々最近の話だから。それを美化……そういう一面もあるってことを描くっていうのは一つはありかもしれないよね。その時代にはそういう文化があって、人の暮らしがあったから。でも、良いっていう価値観は分からんなぁ……。
ペン 歴史とか昔の悲しいことは今の気づきとか、意味になる時はあるから……。意味は必要性だったりとか、教えてくれた大事なことですみたいな時はあるけど……。それがなかったら今も気づかなかったのかもしれないとかあるけど。誰かが読んで傷つくこともあるっていう意識は薄れているよね。
ウ・サギ 難しいですよね。感情とか個人で別々に見た時に、例えば今も女性が概ね不利な社会ですけど、「別に自分は困ってない」とか「自分は男だけど、男の方が大変だと思う」とか、いろんな意見があるじゃないですか。それはそれ自体で確かにその人にとってはそうなんだろうなとは思うんですけど、構造については絶対考えなきゃいけないと思っていて。その中でも個々の感情が尊重されるべきっていう話と、間違った構造はちゃんと許さずに変えていくべきってことの両立が必要なんだろうなって思うんですよね。構造だけで個々の感じ方を全部否定すると、たぶんそれはそれで変だけど、自分がそうだからっていって構造が見えなくなっちゃうのもそれはそれで困るし。難しいですね。
カエル これはなかなか興味深い問いだと思うよ。
ウ・サギ でもフィクション小説で『良いことも沢山』とか言ってるのちょっとやばいですね。
カエル フィクションなのか?
ウ・サギ (質問文から)『フィクション小説』って書いてますよね。
カエル そう作り込んだってことだから、どう作り込んだかによるよね。
ウ・サギ そうだけど、今冷静に考えてちょっとおかしいなって思いました。
カエル (コメントで)『「吉原については悲しいことしか書いてはいけない」という圧を感じている人が一定数いるから、こんな紹介文が生まれるのかなと思った』って。あと、今までのイメージがみんな一緒だっていう前提で書かれるのも困るよね。今までのイメージはこういうイメージですよねっていう決めつけだから。紹介文は売るためとか読ませるためだから、そこが一番のねじれ構造な気がする。
ウ・サギ 「今までの私のイメージを覆す」って言ってくれれば「そうだったんですね」って気持ちになるけど。
カエル 「私は読んで覆されました」なら分かる。その人が興味ある人だったら、「あの人のイメージ覆されたならちょっと読んでみようかな」なら分かるけど、あたかもみんなのイメージがあってそれを覆すっていう、主語がでかいのが気に入らないんだ、これ。
ウ・サギ 主語はでかく言い切るっていうのが人を惹きつける方法ですからね。
カエル それ一番ダメなやつ。でも主語をでかく言い切るが流行っちゃうから悲しい世の中になってるんだよな。 謙虚にいこうよ。でかい主語禁止令。(コメントで)『これ確か、作者さん本人が書いていた紹介文だった気がします。もしかしたら違うかもしれませんが…』だって。だったら私って入れてほしい。
ウ・サギ “私は”がめっちゃ必要ですね。
カエル Iメッセージ。でも、広報の専門家とかに絶対怒られるよね。私はとか書いたら「それは売れませんよ」とか言われて。
ウ・サギ 売れないとダメっていうのが困っちゃいますよね。
カエル 売れないと価値がないって思われるのは困るよね。
ウ・サギ 今は、本自体は電子でテキストは出せるようになったから……。何でも売ることが第一目的になるといろんなものが歪みますよね。
カエル ねじれるね。売れる売れない関係なく、(作者が)こういうことを言いたかったんだみたいなのだといいんだけどね。

update 2026/3/19
Q.性別ってなんですか?「性別」って必要なんですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.性別ってなんですか? 周りの人に「男でしょ」とか「女らしく」とか言われている人を見たことがあり、そう言ったことを見ると心が痛いです。そして、私もクィアで、「○○らしく」と言われたことがあります。「性別」って必要なんですか?

A.社会の構造上、弱い立場を守るために性別で扱いを分ける必要はある程度あるだろうとカエルは思っています。(例えば、安全安心を守るためトイレやお風呂や入院の病室などを男女で分けるのは必然性があると思います)。
ただ、「らしく」「でしょ」という分け方は全く意味がないとカエルは思うのです。でも、そういった発言や発想はめちゃくちゃ多いのも現実です。そう考えると、性別に限らず「~でしょ」「〇〇らしく」という発言は相手のことを勝手な枠組みに当てはめたり、決めつけたりする表現だと思うのです。日本は歴史的に一人ひとりの個性より、集団の調和や協調性のようなものを重んじる側面があり、そういう癖がついているのではないかとカエルは感じています。だから、こうして「なんか、おかしくないかい?」と思う人が声を上げていって、みんなで考えてみる機会が増えると少しずつ、ついてしまった癖が変わっていくような気がしています。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.性自認や性指向に違和感があり、学校などで「男だろ」「女っぽく」などを聞くだけで辛い
この記事の担当 生きかたカエル

Q.私は、性自認や性指向などに違和感があります。学校などでも「男だろ」とか「女っぽくしなよ」とか言っている人がいて、聞いているだけで辛いです。

A.カエルも激しく同意します。男だからとか女だからとか、だからどうだというのでしょうかね。そのような発言はカエルの分析によると、思考停止に陥って何となく発している、あまり意味のないものだと思っています。確かに聞いていてつらいというのも分かりますが、カエルがゲロゲロと何となく鳴いているのと同じようなものだと思って聞いてみるのはどうでしょうか。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.トランスジェンダーが危険人物扱いや性自認は自称しているだけ扱いされることをどう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダーがトランスジェンダーであるというだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称してるだけ」扱いされていることについてどう思いますか?また、Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。のウ・サギさんの回答にあった「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現は、トランス女性への偏見や危険視を助長し、当事者の安全を無視した表現に聞こえショックでした。そのような意図ではなかったと想像しますが、真意を教えてください。

A.まず、トランスジェンダーがトランスジェンダーであるだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称しているだけ」扱いされることは、何の根拠があってそんなことを言っているんだ…??と、怒りを通り越して訳がわからないという気持ちが強いです。もしこれらの扱いを公共の場で(たとえばSNSなどで)発信しているなら、ヘイトスピーチに該当するものだと思いますし、ヘイトスピーチという行動にはウ・サギは断固反対の立場をとります。ただし、自分の安心安全が守られていて、適切な教育を受ける機会があったときには、人はヘイトスピーチをしないと思っているので、そこは社会問題として真摯に受け止め、罪を憎んで人を憎まずの精神は欠かしたくないと考えています。
「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」の回答については、質問者さんも汲んでくれている通りウ・サギとしてはそういった意図はなかったですが、世にトランスジェンダーを責める文脈が根強くあることを考えると、配慮を欠いた表現だったかもしれないと自分の発信を省みています。ウ・サギはネットでの主義主張の発信を見ないようにしているのと、身近でトランスヘイトを聞く機会も一度もなかったので、そう受け取られる可能性があるという想像が浮かびませんでした。
ウ・サギは、トランスジェンダーやセクシュアルマイノリティ全体が受けている差別や不利益については、当事者から実情を聞く機会もありましたし、その中で自分の無知や特権を恥じることもこれまで多く、軽視したくないと思っています。ただ、真の公正な社会を目指したいと思ったとき、ウ・サギはセクシュアルマイノリティの問題は、ジェンダーや性愛について暴力や排除が起こった出来事すべてについて考えていく必要があると思っていて、「男性が女性を抑圧してきた構造や歴史」と「性暴力が起こっていること・その救済もまったくもって不十分なこと」抜きにして、いろいろな問題を語ることはできないとも思っています。MtFへのヘイトを向ける意図はまったくないですが、「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」は女性のトイレや風呂の話を指していたため、あらゆるマイノリティを包括できる表現として「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現を選びました。それは属性だけで決まるものではなく、その時々で(セクシュアリティの属性だけでなく他マイノリティ要素も込みで)誰が一番弱い立場かが変わると思うからです。
また、誰の気持ちも無視したくない大切なものですが、それだけだとマジョリティ側が「どっちも大事でしょ」と数の理論で押し切ることもまかり通ってしまうので、社会的に強い立場の人に対して、立場はどちらが強いのか・それは願いなのか安心安全の次元なのかという軸を大切にしませんか?と提案しておきたかったのも「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」が出てきた理由の一つだったと思います。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.自分に好意を寄せている同級生が苦手。その理由も見当たらないのにどうして拒絶してしまうのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.同級生が私に好意を寄せているのですが、自分はその人のことが苦手だと思ってしまいます。でもそう思う理由が見当たりません。それなのに会話することも嫌だと思ってしまいます。その人は悪い人じゃないはずなのに、どうして拒絶してしまうのでしょう?

A.感情というのはエネルギーであり、好意は「自分に好意を向けてほしい」という要求を伴うエゴであるので、好意を寄せられるのが苦手だったり負担であることは何もおかしくないと思いました。また、恋愛的な好意は投影や理想化が含まれている(相手を見ているのではなく、自分の憧れを相手の中に勝手に見出している)ことも多いと感じるので、ウ・サギはぶっちゃけ結構無礼な話だよなあと思っています。
ただ、投影や理想化が起こることも心の自然な働きなので、それが起こること自体が悪いとか失礼だとはウ・サギは思っていません。問題はそれをどう取り扱っていくかだと思うのですが、どうやら補足の話を見るに、質問者さんに好意を寄せている同級生は、好意の取り扱いが超初心者のようです(少なくとも、ウ・サギが質問者さんと同じ環境に置かれたら、心が悲鳴を上げると思いました)。好意はなんとなく良いものと世の中でされていることもあり、好意のもつリスクや、取り扱いについて教えてもらえる機会がなかなかないので、困ったものだと思います……。
ウ・サギの感覚では、補足にあるような関わり方をされるなら、会社であればセクハラ(そこまではいかないにしてもストレスとなっている関わりとして)上司に相談してもいい内容だと思いました。誰か、理解してくれそうな先生や、友達などはいないでしょうか。第三者に助けを求めて、実際にその第三者が介入してくれると、相手にも事の深刻さや、思いや認識のギャップが伝わりやすいように思います。とはいえ「好意なんてありがたいことでしょ」とか「○○さん(その同級生)の気持ちも考えてあげなよ」みたいなことをもし言われたらキツすぎるよなあ、とも思ったり……。
好意を拒絶してしまうのは何もおかしくないと思いますし、「相手が悪い人じゃない」というのは嫌ってはいけない理由にもならないし、相手を受け入れてあげないといけない理由にもならないので、質問者さん自身の心を一番に大切にしていいんだよ…!とウ・サギは伝えたいです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.卒業式で、男だからこう座って、女だからこう座って、と言われるのが嫌だなって思ってます
この記事の担当 ウ・サギ

Q.卒業式が近い中学生です。自分は戸籍上女だけど性自認は男でも女でも中性でもない感じです。卒業式で、男だからこう座って、女だからこう座って、って言われるのが嫌だなって思ってます。座り方なんて、男女で分けなくてもよくないですか?

A.まったくもってその通りですね。男女で分ける必要性のかけらもないのに、男女で分かれていることの多さは、意識し始めると呆れるほどあって、困ってしまいます……。しかも教育は本来、自分で感じ、物事の本質を考える力を育むものであってほしいとウ・サギは思うのですが、むしろ逆のことが押し進められている気がしてとても怖いです。
その中で、質問者さんが自分で感じ考える力の強さに、ウ・サギとしては頼もしさを感じてしまいました。「座り方なんて、男女で分けなくてもよくないですか?」と質問して、先生たちが何て答えるのか聞いて回りたいウ・サギです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/12
Q.どうして浮気は悪なのでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.どうして浮気は悪なのでしょうか?

A.その疑問、わかりすぎます……!ウ・サギの感覚や論では、「浮気は悪である」と画一的にみなされることには、まったく納得できないでいます。他にも補足に書いてあった諸々の疑問について、うんうんと激しく頷きました。
もちろん、浮気を嫌だと感じる気持ち自体や、浮気がパートナーを傷つける行為になる場合が多いことはウ・サギも理解していますし、自分もそういった感情を抱くこともあります。そこは何かしら、理屈を超えた感覚や欲求があるのかもしれません。でも「悪」を「相手の感情を害すること」と定義してしまうと、感情が善悪の基準となってしまいますし、感情はどこまでいっても主観的で個別性のあるものだと思うので、「浮気は悪である」という捉え方はウ・サギは反対です。それはとても危うい正義の文化だと思うからです。
ただし、ウ・サギが一般的な浮気で悪質だとみなしている点はあって、それは①相手が嫌がるだろうとわかっていることを、②隠れて時に嘘をついてまでやって、③快楽を得ている、という3点です。この3点をしっかりと満たす行為は、浮気以外にはあまりないようにも思います。
ウ・サギは複数の相手と交際することや浮気自体はまったく悪いと思わないし、むしろしたい派閥なのですが、パートナーには事前に共有し相談した上で、相手がもし嫌だと思うならその気持ちも真摯に受け止めて、受け止めた上で自分の気持ちと相手の気持ちのどちらを優先するか選択し、報いがあるなら受けるべき(それで別れると言われるなら甘んじて受け入れるべき)だと思っています。浮気に限らず、ずるして自分だけ美味しい思いをするようなことは、相手からの信頼を失ってしまうのはある程度仕方ないかもしれません。ただし、それを第三者がああだこうだ言うのはわからないし、何かの境界を踏み越えている行為に感じています。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/7