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Q&A > ウ・サギ回答のQ&A
Q.独り立ちしたいけど精神的にも金銭的にも難しい
この記事の担当 ウ・サギ

Q.独り立ちしたいけれど、精神的にも金銭的にも難しい、独り立ちできないという気持ちの狭間でしんどい。勝手に物を捨てられたりとか、価値観を押し付けられるのにはもううんざり。

A.勝手に物を捨てられるとは…境界を全然守ってもらえないのがよく伝わってくるエピソードで、聞いているだけでモヤモヤします……。尊重されない中で生活を続けるのは消耗の日々だと思いますし、独り立ちしたいという願いを全肯定、応援したいウ・サギです。
独り立ちの実現はすぐは難しくても、願うこと、表現することは、実現のための小さな力になるとウ・サギは実感として思っています。自己表現をしているうちに、何かしら実現のためのきっかけや、資源が見つかるときが来てほしい…来てくれ……という気持ちです。

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update 2026/1/14
Q.友達から頼れられるのが限界に達しそう。どうすればいい?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.虐待されていると友達から相談されたの質問をしたものです。あれから、話したときには変わらず接しています。ですが、頼られる様になったせいで、今度はこちらが限界に達しそうです。どうすればいいですか?

A.頼られて限界に達してしまうという話は、大人同士の世界でも、支援者だとしても時々起こるので、対人の一つの難しさだとウ・サギは感じています。相談する側の心理としては、しんどい、自分を受け止めてほしい、もっと受け止めてほしい、自分を見てほしい・・・とコントロールができなくなっていく現象で、相談される側としては「自分のせいで傷つけたらどうしよう」と相手と自分の境界が混ざっていってしまう現象、と捉えられるのかもしれません。とにかく、質問者さんは何も悪くないし、だからといって友達が悪いわけでもなく、そういったことは時に起こってしまうのだ、というのをまず伝えておきますね。
対応としては、「自分にも限界があります」「だから他の相談なども使ってほしいです」というのを、友達に伝えるということになるとウ・サギは思います。というのも、相談している側は、相談をしているうちに我慢してきたこれまでの自分の気持ちが溢れてきて感情が優位になって、相手も人間であることや、限界があることを忘れてしまうことがあるからです(これは誰しもそうなることがあります)。また、相談を受ける側は相手を優先して、自分の気持ちや事情を抑えることが多いので、そうなると相乗効果で距離感がどんどん近くなってお互いに苦しくなっていくことが起こります(これも誰しもそうなることがあります)。
とはいえ、しんどそうな相手に「自分にも限界があります」と伝えるのは怖さや申し訳なさを抱く場合が多く、支援者でもうまく伝えることができないこともあるので、質問者さんに「こうしましょう」みたいにウ・サギが言うのもとてもためらうのですが・・・正攻法としては一応そうなるというだけで、質問者さんは子どもであって余裕もない状況とのことなので、本来は頼れる大人が身近にいるべきなのですよね……。とりあえず質問者さんが一人で抱えるのはとても大変なので、質問者さんにとって相談できる大人や、使えるチャット相談などがあればどんどん活用してほしいです。

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update 2026/1/12
Q.障害者は子供を持つべきではないと思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.障害者は子供を持つべきではないと思いますか?私は子供が欲しいのですが、ASDと診断されてしまいました。
私が子供を持ったら子供が不幸になりますか?

A.そもそも障がいをどう捉えるか?という個人モデル・社会モデルの話や、子育ての責任をどこまで血のつながった親がとるべきか、人間の幸せとは何なのかなど、言葉の意味をいろいろすり合わせてからでないと語れない話だと思いました。ただ、結論だけを言うなら、ウ・サギは、子どもを持つ資格についても、子どもの幸せについても、障がいの有無は本質的には関係ないと考えています。
それぞれの経験や気持ちとしては、子どもを持つことや子育てについて、いろんな考え方があると思います。自分の子を育てたい人もいれば、反出生主義のように産むこと自体を非倫理的だと考える人もいます。責任もって親が子を育てるんだと考える人もいれば、どんな子どもも社会全体で育てようと考える人もいれば、理想と現実のはざまで優生思想に近いスタンスをとる人もいるかもしれません。個々がどう思い考えるかは自由ですが、出生や子育てについての議論は、「(自分自身も含む)生まれてきた者たちの安心と自由をどうやったら私たちは守れるのか?」というのを軸に行いたいとウ・サギは思っています。あまり回答になっていなかったらすみません。

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update 2026/1/12
Q.体調悪くて病院など急ぎの用事が行けない時はどうしたらいいのか
この記事の担当 所長室

Q.体調悪くて病院など急ぎの用事が行けないときって、どうしたらいいんでしょう。精神的に参ってる時期に、体の不調が複数重なってしまって、色々な病院の予約取ってたら、いっぱいいっぱいになってしまいました。なんで休ませてもらえないんだろうって。

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update 2026/1/9
Q.病院を変える際に紹介状を書いてもらったら、帰る際にお大事にの一言もなくモヤモヤしました
この記事の担当 ウ・サギ

Q.精神科の病院を変える際、今まで通っていた病院の先生に紹介状を書いてもらったのですが、帰る際にお大事にの一言もありませんでした。モヤモヤしました。

A.病院を変えるという選択に、先生がネガティブな感情を抱いて「お大事に」と言わなかったのではないか?というモヤモヤですかね。お大事にの一言がなかったのは、何かイヤな思いがあったからなのか、考え事でもしていて抜けてしまったのか、想像することしかできませんが、モヤモヤする気持ちは何となくわかる気がしました。
患者と医者といっても人同士なので相性はありますし、他の先生に相談してみるも、変えるも自由だとウ・サギは思います。だから病院を変えることを、医者側が自分へのネガティブな評価として捉えたり、患者側が申し訳なく思ったりすることはないと思うのですが、どことなくそういった風潮がある気はするので、気になってしまうのですかね……。もっと断ることや変えることが前向きに捉えられている社会なら、「お大事に」の一言がなくても、悪い方への想像がそもそも浮かばないかも…?と思ったりしました。

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update 2026/1/7
Q.母から勉強をもっとがむしゃらにやってと言われました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.母から勉強をもっとがむしゃらにやってと言われました。私は、きえたい死にたいという思いを抱えながら自分なりに頑張っているのに…と思って、自分が存在している意味が分からなくなりました。だれかから頑張っているねと言われたい。

A.質問者さんがすでに十分に頑張っている、むしろ頑張りすぎて自分を擦り減らしている、というのがウ・サギには伝わってきました。勉強は本人がやりたくてやる分にはいいですが、周りが頑張りを強制するものではないとウ・サギは思っています。子どもはがむしゃらに自分らしい時間をのびのびと過ごしてくれ…!というのがウ・サギの願いなのですが、その真逆をいくようなメッセージも世の中には溢れているようで、いつも戸惑ってしまいます。
きえたい死にたいと思ってしまうのは、自分が安心して過ごせる時間や、認めてもらえたと感じる機会がそもそも少なく、気持ちが弱っているということなのかなと想像しています。そのときに心を無視されるような、さらに結果だけを求められるような声かけをされるのは、ダメージが大きいだろうとウ・サギは思いました。母に理解を求めるのか、他に理解してくれそうな人を探すのか、どんな方法がいいのかはわかりませんが、質問者さんの心をきちんと見てくれる大人がいてほしい…いてくれないと困るよ…と世の中に対して叫びたくなります。

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update 2026/1/6
Q.窓から白くて大きい鳥が飛んでいるのが見えて、白鳥?鷺?と思っていた帰り道に多分鷺がいた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.講義を受けてる最中に窓に白くて大きい鳥が飛んでいるのが見えて、白鳥かな?鷺かな?とか思っていた帰り道で川に大きな白い鳥(多分鷺)がいてウ・サギさんを思い出しました。
気温1桁の市街地にも鷺っているんだなぁとほっこりしました。

A.鳥は近づくと逃げてしまいますし、飛んでいる姿しか見られない場合もありますし、種類の特定は時に難問ですよね。ウ・サギはあまり見ない鳥を見かけると、これかな…?いや違うか…?と楽しく図鑑を探してしまいます。

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update 2026/1/6
Q.人生重要なことはネットとaiにはないんじゃないかな?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.インターネットって人生重要なこと書いてないよな
aiも役に立つが人生重要なことはネットとaiには
ないんじゃないかな?

A.コミュニケーションに占める言語の割合は7%という説もありますし(「メラビアンの法則」というものです)、言語だけの情報から得られるものには限界があるとウ・サギは感じています。インターネットに重要なことが書いていないのかはわかりませんが、もし書いてあったとしても、書いてあるのを読んだだけで重要なことが本当の意味でわかることは少ないのではないでしょうか。
だからどこかに重要なことが書いてあったように感じたとしても、それはその人の経験や感性があるからそう感じただけで、言葉は本人のもつパワーをほんの少し後押ししたり、整理を少しお手伝いをするくらいの作用のものだとウ・サギは思っています。その少しの力が、もちろん大切なときも大いにあるし、つらさを絶望の方に後押ししてしまう可能性もあるので、「書く」って難しいことだと感じます。あ、つい話が逸れてしまいました……。

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update 2026/1/6
Q.地震対策燃え尽きた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.地震対策燃え尽きた
価値観が合わないし 
家族とタンスの位置やらで揉めた
私は地震怖いとかいえないし
地震少ない地域だと 家具固定してる人すくないし 周りの人に地震怖いの話なかなかしたくないし
つかれてしまった 無理

A.怖いと言えないまま、対策のために孤軍奮闘していたのなら、疲れてしまったという言葉では言い表しきれないくらいの疲弊がありそうだとウ・サギは感じました。今は絶望に近い諦めがあるのかもしれないと想像しています。
ところで、地震が怖いというのは、具体的に何がどのように怖いのだろうかとウ・サギは気になりました。事実としてリスクが大きいかと、人が何を怖いと思い気にしてしまうかはまた別問題なので、怖くなってしまう自分の心について何か研究してみたら、少し見えてくるものがあったりしないですかね……?でも、きっとそれどころじゃなさそうとも感じています…。あまりお役に立つ回答ができそうになく、すみません。

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update 2026/1/6