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Q&A > ウ・サギ回答のQ&A
Q.からかいのエンタメ表現は馬鹿にして誰かを傷つける行為の発生の要因にどの程度なっているのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人が別の人をからかったり馬鹿にしたりするエンタメ表現は、
からかったり馬鹿にして誰かを傷つける行為の発生の要因に、
どの程度なっているのでしょうか?

A.お笑い芸人のいじりとか、そういう笑いの文化でしょうかね。子どもだと特に、深く考えず何かの真似をする傾向はあるので、誰かを傷つける行為の発生につながることは結構ありそうに思いました。最近はテレビもマシにはなってきましたが、差別発言やセクハラが笑いとして消費されていた時代もあって、自分が傷つかない側にいた人は「なるほどこれは笑いのネタね」とそれを吸収してしまっただろうと思っています。だから何をエンタメにするか、何をエンタメにしていいかは、気をつけて扱わなければいけないとは強く思うところです。いろんな属性のマイノリティを100人くらい集めて、事前チェックをした方がいいかもしれません。
あ、話がズレてしまいました……。人はそれぞれ個性もあるし、エンタメだけじゃなく色々なものに影響を受けるので、「どの程度なっているのか」というのは測定不能に感じますが、間違いなく一つの要因にはなっているとウ・サギは思います。そして、だとしたら、真に人々を楽しませ、心に喜びや気晴らしを提供するエンタメであるためにも、からかいの取り扱いは注意深く考えていきたいと思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/20
Q.しにたい気持ちを和らげるにはどうしたらいいですか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.しにたい気持ちを和らげるにはどうしたらいいですか

A.しにたい気持ちを和らげるにはどうしたらいいかは・・・とても難問ですね。理論だけで考えるなら、しにたいを生み出しているストレスや負荷を減らすこと(今の環境を変えること)と、しにたい気持ちを安心して出せる場所をつくることが一番ですが、それが簡単にできるならそもそも「しにたい」と思うほど追い詰められませんよね……とぐるぐるしてしまいます。
あ、もしかしたら質問者さんもそのあたりは考えて「なくす」とか「解消する」ではなく、「和らげる」というのを目指しているのかもしれないですね。和らげる効き目のある対処法は、人によってきっと違うので難しいところではありますが、質のいいゲーム(ソシャゲではなく買い切りのもの)がしんどいときの回復に有効という話も最近出ているそうです。もちろん諸説ありますが、音楽でも文学でも、その他何でも、良質なコンテンツに没頭するというのはしんどさを和らげる一つの方法だとウ・サギは思っています。生きづLABOで「しにたい気持ちをやわらげる対処法」を募集してみてもいいかも……?

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/20
Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。恐怖心自体は悪ではなく、個人の自由だと思います。しかし、デマや誤解を前提に、属性だけで一律に危険人物扱いや自称扱いされる現実は悲しいです。

A.トランスジェンダーに限らず、マイノリティに対して、デマや偏見が前提となっているバッシングは時々見受けられるように感じますね。ウ・サギはトランスジェンダーについてはあまりわからないですが、国籍や人種、障がいなどについては発言を見聞きすることがあります。言っている本人は差別発言の自覚がないことがほとんどに感じるので(おそらく、デマだろうと偏見だろうと本人は根拠と認識しているように思います)、それは差別発言ですよ…?というのを、どう伝えてコミュニケーションをとるのがいいのか悩んでしまいます。
一個人として誰かとの関わりで嫌な思いや怖い思いをして、そのことでその相手への属性自体へのネガティブな印象が離れなくなってしまって…という恐怖心は悪ではないし、誰でもあることだとウ・サギは思います。比較的多いもので考えると男性恐怖が浮かびますが、トランスジェンダーへの恐怖で話が難しいのは、男性は社会で優位にある一方で、トランスジェンダーは社会で差別や抑圧をされている(トランスジェンダーを怖いと思うシスジェンダーも、社会構造で考えると、自分の性別についてはトランスジェンダーより優位にある)ことだと思います。それは、例えるなら、「あなたの右足(に似たもの)が私の右足を踏んだのが事実であると同時に、私は左手で知らず知らずあなたをよく殴っていました」という「こっちでは劣位、こっちでは優位」が両立している状態となります。いくつか例をあげるなら、「セクシュアルマイノリティで差別に苦しんでいるが、向いている仕事が見つかって生活は安定している人」と「ブラック企業で心身ともに追い込まれ賃金も低いが、セクシュアリティにおいては差別される要素のない人」、「教育虐待を受けて今も親に過干渉されているが、高身長で容姿の整っている男性」と「容姿や体型で差別をされることも多いが、親には干渉されず尊重されている女性」・・・そういった場合は、とても多くあります。その「こっちでは劣位、こっちでは優位」つまり、自分が被害や不利益のある立場でありながら別要素では傍観や加害側にも属している関係性で、お互いをどう分かり合い尊重していくことができるのかが、今の社会を公正なものにしていく上での大きな課題でありテーマだとウ・サギは思っています。
質問者さんの話とはズレてしまったかもしれませんが、トランスジェンダーに限定して深めていくとウ・サギが迷走しそうだったので、ちょっと広げて考えさせてもらいました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/20
Q.なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?
この記事の担当 所長室

Q.友達が他の友達と話している姿をみて、私はいてもいなくても変わらない存在だなと思って消えたくなりました。なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?考えをききたいです。お願いします。

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

ウ・サギ なんで人は孤独を感じるのかは……孤独じゃない状態っていう幻想、または経験があるからじゃないですか?
カエル カエルは、友達が他の友達と話してるとほっとする。話さなくていいなと思って。
ウ・サギ どんだけ消極的なんですか。
カエル 役割免除されたみたいな。(会話に)入りたかったら入るけどね。(質問者は)他者によって自分の存在を証明してる段階だからじゃない?
ペン 寂しいとか、感情をマッチングする練習が足りない。
カエル まだ途中。カエルもだいぶ長生きしてるから、オタマジャクシの時だったら……でも気質的に(孤独を感じることが)ない感じもするな。
ウ・サギ いてもいなくても変わらない存在だなって思うこと自体が、何か育ちの段階でその(そう思う)ベースができないと思わないような気がするんですよね。ウ・サギは、自分がいてもなくても変わらない存在、それがいいねっていう気持ちにしかならないから。
カエル カエルもどんな人間、カエル、ペンギン、ウサギも、いてもいなくてもいいもんだと思ってるんだよな。
ウ・サギ 変わるは変わるかもしれないですけど……。
カエル (コメントで)『特別になりたいという感覚なら分かるかも』
ウ・サギ それと近い話っぽいよね、これも。
カエル じゃあ、誰かの一番とかいうやつだな。
ペン 誰かがいないと自分の存在が証明されない感覚は、育ちの中で忘れ物してきちゃった?
ウ・サギ この前生きづLABOの仲間たちが「今何でも商品になってるから、代わりがいるんだっていうのがみんなの中にも刻み込まれてる」みたいなこと言ってましたよね。代わりはいるけど、代わりはいないじゃないですか。でも代わりがいるばっかり言われてるから、実際に本当に代わりがいるんだなっていうのを見た時にガーンってなっちゃう。
カエル 友達が他の友達と話しているのは、象徴的にそれを直面化させられる図になるってことでしょ? これ。だからこれは、友達が他の友達と話していることが問題なんじゃないんだよ。そういうトリガーみたいなもので、自分の中にある育ちの中で忘れてきたものが騒いでるってことだよね。このシチュエーションで孤独を感じたりするっていうのは、何か埋められない渇きみたいなのがあるという証拠ではないでしょうか。
ウ・サギ 「お前には代わりがいる」とか、条件付きの承認とか、そういうものがありそうですよね。(質問者の中に)眠ってそう。
カエル こうじゃないと認められないとか、イメージはそういうことだな。別に何もしてなくてもいいっていう経験をすると、少しずつ解消する気はするんだよね。大人になってからでも、ある程度年齢が経ってからでも、そういうことってチャンスはあると思うけど……一般的な競争社会にずっといたんじゃ中々ね。
ペン (チャンスが)あることの方が少ないですから。
カエル 少ない。
ウ・サギ でも、この質問に対してめっちゃ「分かる」はきそうですよね。今配信のコメント欄にもきてるけど、もっといっぱい分かるっていう人めっちゃいると思う。何ならウ・サギとかの言ってることの方が分かるって言ってもらえないと思う。
カエル それはそうだよ。
ウ・サギ 分かる分からないで競ってるわけじゃないけど……。
カエル 我々の言ってること分かるなんていう人、中々いないよね。
ペン やみーペンはちょっと(ウ・サギたちの)仲間じゃないから。
カエル やみーペンが離脱した。(コメントで)『たぶんさみしいんだよね』って。寂しいがどこからくるかって話だよね。寂しいの起源を今度みんなで考えてみたいよ。寂しいは割と共通のテーマだから、分かったようで分かってない。奥が深い話だよ。寂しいは。
ペン 本当は、寂しいと孤独はイコールじゃないはずなんだけど、でも寂しいと孤独は結構セットになって勝手にやってくる。セット販売得意だから。
カエル みんな買っちゃうんだ。そして安いから。
ペン 単品より分かりやすくなっちゃう。
カエル 分かりやすくなって、お得感があって、みんな「じゃあ孤独感と寂しいをセットでいただきます」って。
ペン ってなるのかも。
ウ・サギ この前ウ・サギ、寂しいは研究員のみんなに教えてもらったよ。寂しいは感じる派閥と感じない派閥いるんですよ。で、ひとりの時間が楽しい人は別に寂しくない。でも、人といる時間とひとりの時間の楽しさにギャップがあると、そこの喪失感が寂しいを生み出す説。ウ・サギ一体でいる時間大好きだから、寂しくないんだなって思いました。でも、このシチュエーションで孤独を感じるのは少し分かる。比較する時の孤独はあるから、ひとりの寂しいとそこの孤独感はちょっと違うかなって気もする。
カエル 比較はどこからくるんだ?
ウ・サギ 比較は、自分が劣ってるっていう焦りから? でも比較されて身につくんだよね、間違いなく。
カエル 比べられてね、周りに。
ウ・サギ 実際に比べられなくても、比べてる文化を見て身につける部分は大きいと思う。こうやってみんな比べられて言われてるから、きっとウ・サギも比べられるんだって。
ペン やみーペンは、分かってもらえるが前提の感覚でいるのに分かってもらえない時に寂しいってなる。
カエル それぞれいろいろありそうだね。
ウ・サギ 面白いね、これ。いろんな要素が含まれてそうな質問だ。
カエル これは本質観取にいっちゃうか。この質問箱ではできないね。また今度だ。

update 2026/3/19
Q小説の紹介文に「吉原は良いことも沢山」とあってモヤモヤ
この記事の担当 所長室

Q.吉原を舞台にしたフィクション小説の紹介文に、「吉原は悲しいことばかりじゃなくて良いことも沢山。今までのイメージを覆す一冊」ってありました。女性の性的搾取の歴史をそんなに美化しないでほしいと思いました

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

ウ・サギ 時々ありますよね、この話。紹介文はとにかく第三者が言ってるわけだから。
カエル その紹介文書いたの誰かな〜って。
ウ・サギ とりあえず紹介文書いたやつはウ・サギ的にはちょっと気にくわないですね。
カエル 本売るために走ったんだろうね、これは。
ウ・サギ これは本人がそう言うんだったら別にいいんですよ。例えば「自分は吉原で働いてたけど、悲しいことばかりじゃなくていいこともたくさんあったよ」って言うのは「それはあなたにとってそうならそれでいいね」って思うけど、周りが言ってるんだとしたら、それは本題の美化としか……。
カエル 今も性的搾取の商売はあるけれど、たぶん時代でいくと児童労働とかもあったし、人権なんて言われてるの極々最近の話だから。それを美化……そういう一面もあるってことを描くっていうのは一つはありかもしれないよね。その時代にはそういう文化があって、人の暮らしがあったから。でも、良いっていう価値観は分からんなぁ……。
ペン 歴史とか昔の悲しいことは今の気づきとか、意味になる時はあるから……。意味は必要性だったりとか、教えてくれた大事なことですみたいな時はあるけど……。それがなかったら今も気づかなかったのかもしれないとかあるけど。誰かが読んで傷つくこともあるっていう意識は薄れているよね。
ウ・サギ 難しいですよね。感情とか個人で別々に見た時に、例えば今も女性が概ね不利な社会ですけど、「別に自分は困ってない」とか「自分は男だけど、男の方が大変だと思う」とか、いろんな意見があるじゃないですか。それはそれ自体で確かにその人にとってはそうなんだろうなとは思うんですけど、構造については絶対考えなきゃいけないと思っていて。その中でも個々の感情が尊重されるべきっていう話と、間違った構造はちゃんと許さずに変えていくべきってことの両立が必要なんだろうなって思うんですよね。構造だけで個々の感じ方を全部否定すると、たぶんそれはそれで変だけど、自分がそうだからっていって構造が見えなくなっちゃうのもそれはそれで困るし。難しいですね。
カエル これはなかなか興味深い問いだと思うよ。
ウ・サギ でもフィクション小説で『良いことも沢山』とか言ってるのちょっとやばいですね。
カエル フィクションなのか?
ウ・サギ (質問文から)『フィクション小説』って書いてますよね。
カエル そう作り込んだってことだから、どう作り込んだかによるよね。
ウ・サギ そうだけど、今冷静に考えてちょっとおかしいなって思いました。
カエル (コメントで)『「吉原については悲しいことしか書いてはいけない」という圧を感じている人が一定数いるから、こんな紹介文が生まれるのかなと思った』って。あと、今までのイメージがみんな一緒だっていう前提で書かれるのも困るよね。今までのイメージはこういうイメージですよねっていう決めつけだから。紹介文は売るためとか読ませるためだから、そこが一番のねじれ構造な気がする。
ウ・サギ 「今までの私のイメージを覆す」って言ってくれれば「そうだったんですね」って気持ちになるけど。
カエル 「私は読んで覆されました」なら分かる。その人が興味ある人だったら、「あの人のイメージ覆されたならちょっと読んでみようかな」なら分かるけど、あたかもみんなのイメージがあってそれを覆すっていう、主語がでかいのが気に入らないんだ、これ。
ウ・サギ 主語はでかく言い切るっていうのが人を惹きつける方法ですからね。
カエル それ一番ダメなやつ。でも主語をでかく言い切るが流行っちゃうから悲しい世の中になってるんだよな。 謙虚にいこうよ。でかい主語禁止令。(コメントで)『これ確か、作者さん本人が書いていた紹介文だった気がします。もしかしたら違うかもしれませんが…』だって。だったら私って入れてほしい。
ウ・サギ “私は”がめっちゃ必要ですね。
カエル Iメッセージ。でも、広報の専門家とかに絶対怒られるよね。私はとか書いたら「それは売れませんよ」とか言われて。
ウ・サギ 売れないとダメっていうのが困っちゃいますよね。
カエル 売れないと価値がないって思われるのは困るよね。
ウ・サギ 今は、本自体は電子でテキストは出せるようになったから……。何でも売ることが第一目的になるといろんなものが歪みますよね。
カエル ねじれるね。売れる売れない関係なく、(作者が)こういうことを言いたかったんだみたいなのだといいんだけどね。

update 2026/3/19
Q.マイナーな学部を受験するが人と違う選択に自信が持てず苦しい
この記事の担当 所長室

Q.大学受験で、同じ大学を目指す人が多くメジャーな学部から、定員の少なくマイナーな学部に変更しました。自分は周りと違うものが好きでも、無理に周りに合わせないようにしていたのですが、でも人と違ったことをするとき自信が持てないことが多く苦しいです。

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

カエル 人と違うことに自信が持てないっていうのはどういうことだ? 圧に負けるってこと? やみーペンの得意な。
ペン 圧ってこと?
カエル 圧に負けてるってことじゃない? これ。だって人と違ったって別にいいはずなのに、そのことだけで自信が持てない感じがしちゃうってことでしょ? その原因は何なんだろうって今カエルは考えてる。
ウ・サギ 人と違ったことをするのはちょっと大変ですよね。人と違うと突然説明責任を求められませんか? 「なんで学校に行かないの?」とか、行く側は聞かれないのに、若干のネガティブな評価と謎の説明責任が来るなってイメージはあります。
カエル 自信が持てないっていうのは「なんで?」みたいに反対の雰囲気をいっぱい感じ取っちゃうからかな? 何か間違ってるのかなって。(周りと)違うこと言って「えっ?」みたいにいっぱい言われると、カエルも時々自分が間違ってるのかなって思う時あるから、想像してみたらちょっと分かった。
ウ・サギ 国とかによって違いそうだね。
カエル 今どうか知らんけど、欧米だと議論好きなところは「みんなと一緒です」とか言ったら「お前には意見がないのか?」とか言われて逆にネガティブな眼差しを受けるって聞いたことあるよ。メジャーな学部からマイナーな学部に変更したら「なんで変えたの?」って言われるけど、反対だったら確かに言われなさそうだ。説明責任がそうさせてるんです。
ウ・サギ 一つの要素としてはありそうだよね。違うってことに対して(周りが)「なんで?」ってなるんだな、とりあえず。でも違う方が当たり前のはずですけどね、本当は。
カエル 同じでも違うでも、別にどっちも自然だと思うよね、本来。メジャーな方を思考する人もいれば、マイナーな方を思考する人だっているということでいいじゃないかと。同性愛とかも「なんで同性を好きになるんですか?」とか説明責任を求められる。「じゃあなぜあなたは異性を好きになるんだ?」って質問したら「そういうもんだから」とか意味分からないこと言っちゃって。
ウ・サギ ずるいですよね、あれ。
カエル 「そういうものなんですよ」って逆に言っちゃえばいい。でもそうなると、もっと酷いこと言われたりするもんな。悲しいぞ〜……。でも少なくとも生きづLABOは周りと違う人たちいっぱいいるから、生きづLABOでは自信持ってくれ。
ウ・サギ 自信が足りなかったら、誰かに自信を貰いに行くしかないね。「いいぞ」って言ってもらわなきゃ、自分で分かってても安心できないことってあるじゃないですか。
カエル じゃあ、みんなで応援しよう。
ウ・サギ いいぞいいぞ!
カエル いいぞいいぞ! 全然いいぞ!
ペン いいぞいいぞ〜!
カエル 我慢しちゃう人もいっぱいいる中でも、違ったことをする、行動に移せる力があるってことで……。思ってもできないのもそれはそれでいいんだけど、それは圧のせいってことで。これを解消するためにも、生きづLABO研究してるっていう……活動の趣旨でもあるからね。

update 2026/3/19
Q.僕もいきづラボの待受画像ほしいです。サムネイル担当者さんに感謝を伝えてください。
この記事の担当 所長室

Q.僕もいきづラボの待受画像ほしいです。でも、サムネイル担当者さんには、いつも楽しませてもらってて、多分、僕やみなさんが好きですって、言ってる画像の人ですよね。好きと言ったけどお礼していないかったなと思って、まずは、いつもありがとうございますって伝えてください。

A.たぶんそうだと思います。「いつもありがとうございます」と伝えておきますね。
でもそうやって言葉にしなくても、きっと感謝の気持ちは伝わっているとも思いました。言葉にすることも大切かもしれないですが、うれしい気持ちを表現しているだけで、感謝が伝わることもあるとウ・サギは思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.「Q.自分に優しいものは財布に優しくなくて~」の質問にも回答にも強く共感しました
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「Q.自分に優しいものは財布に優しくなくて、財布に優しいものは環境に優しくなくて…」の質問にも回答にも強く共感しました、本当にその通りだなーと思って首をブンブン縦振りしました。こんなに上手に言葉に出来る人が居るんだという事にも感動しました

A.最後の一文は補足にあったものでしたが、質問をした方に届いてほしい言葉だと思ったので、サイトにもそのまま載せさせてもらいました。
本当にその通りだと思う仲間がいて、ウ・サギは心強く思いました。今の世の中、いろいろと何かが間違っているのは確かだと思うのですが、どうすればいいかの知恵はみんなで探さないと見えてこないので、ぜひ一緒に考える仲間を増やしたいです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.トランスジェンダーが危険人物扱いや性自認は自称しているだけ扱いされることをどう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダーがトランスジェンダーであるというだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称してるだけ」扱いされていることについてどう思いますか?また、Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。のウ・サギさんの回答にあった「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現は、トランス女性への偏見や危険視を助長し、当事者の安全を無視した表現に聞こえショックでした。そのような意図ではなかったと想像しますが、真意を教えてください。

A.まず、トランスジェンダーがトランスジェンダーであるだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称しているだけ」扱いされることは、何の根拠があってそんなことを言っているんだ…??と、怒りを通り越して訳がわからないという気持ちが強いです。もしこれらの扱いを公共の場で(たとえばSNSなどで)発信しているなら、ヘイトスピーチに該当するものだと思いますし、ヘイトスピーチという行動にはウ・サギは断固反対の立場をとります。ただし、自分の安心安全が守られていて、適切な教育を受ける機会があったときには、人はヘイトスピーチをしないと思っているので、そこは社会問題として真摯に受け止め、罪を憎んで人を憎まずの精神は欠かしたくないと考えています。
「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」の回答については、質問者さんも汲んでくれている通りウ・サギとしてはそういった意図はなかったですが、世にトランスジェンダーを責める文脈が根強くあることを考えると、配慮を欠いた表現だったかもしれないと自分の発信を省みています。ウ・サギはネットでの主義主張の発信を見ないようにしているのと、身近でトランスヘイトを聞く機会も一度もなかったので、そう受け取られる可能性があるという想像が浮かびませんでした。
ウ・サギは、トランスジェンダーやセクシュアルマイノリティ全体が受けている差別や不利益については、当事者から実情を聞く機会もありましたし、その中で自分の無知や特権を恥じることもこれまで多く、軽視したくないと思っています。ただ、真の公正な社会を目指したいと思ったとき、ウ・サギはセクシュアルマイノリティの問題は、ジェンダーや性愛について暴力や排除が起こった出来事すべてについて考えていく必要があると思っていて、「男性が女性を抑圧してきた構造や歴史」と「性暴力が起こっていること・その救済もまったくもって不十分なこと」抜きにして、いろいろな問題を語ることはできないとも思っています。MtFへのヘイトを向ける意図はまったくないですが、「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」は女性のトイレや風呂の話を指していたため、あらゆるマイノリティを包括できる表現として「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現を選びました。それは属性だけで決まるものではなく、その時々で(セクシュアリティの属性だけでなく他マイノリティ要素も込みで)誰が一番弱い立場かが変わると思うからです。
また、誰の気持ちも無視したくない大切なものですが、それだけだとマジョリティ側が「どっちも大事でしょ」と数の理論で押し切ることもまかり通ってしまうので、社会的に強い立場の人に対して、立場はどちらが強いのか・それは願いなのか安心安全の次元なのかという軸を大切にしませんか?と提案しておきたかったのも「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」が出てきた理由の一つだったと思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.ルールや法律を破ることに厳しく、例え身近な人でも注意する。私は厳しすぎるのだろうか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ルールや法律を破ることに厳しいです。例え仲のいい友達や、親だろうが関係なく破ろうとする人には注意します。「ちょっとくらいいいじゃん」とか、「誰も見てないしいいよ」と言われることが多いですが、それさえも地雷です。私が厳しすぎるのでしょうか。

A.質問者さんの言っていることに近しい感覚をもつ人を何人か知っているので、どこから起こるどんな心理なのか、研究を深めたくなったウ・サギです。ウ・サギもどちらかといえばルールを守るタイプで、これを超えた違反は本当に無理というラインもありますが、質問者さんの厳しさとは、少し質は違うように感じています。ただ、仲のいい友達だろうが何だろうが、それがマナー違反を許そうとする気持ちにはウ・サギはつながらないので、その感覚には共感しています。
だから「厳しすぎるのでしょうか」と聞かれると、ウ・サギよりは厳しそうとは思いつつ、とはいえ守らなすぎるのはもっと問題があると思うし…という気持ちです。一応、ルールというのは、安全や秩序を保つための一つの「手段」であって、ルールを守ること自体が「目的」ではないとは思います。どんなものであれ、手段が目的と化してしまうのはウ・サギは怖いですが、ここまで複雑で規模の大きい社会を作ってしまった以上、法律はある程度大切にされないと危ないようにも感じます。ルールや法律は「自分を守ってくれている」存在なので、自分が守ってもらっている以上、ルールや法律を守るのが筋だとも思う気持ちも強いです。
だから質問者さんが求めているものについては厳しすぎない気もしてきましたが、そこに含まれる「許しがたい」に近いような感情(を感じています)は、ちょっとパワフルすぎるものを感じている部分はあります。強い感情は自分の経験や環境、個性が影響して生じるものだと思うので、ルールに厳しいという事実だけでなく、過程や背景にフォーカスをしてみて考えてみると、何か発見があるかもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18