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Q&A
Q.命の誕生の教育ビデオは女性の体の仕組みだけ公開されてる気がする
この記事の担当 所長室

Q.妊娠や出産とか、新しい命の誕生についての教育ビデオって多くの学校で見るけど、なんだか女性の体の仕組みだけ男女に等しく公開されてる気がして気持ち悪い

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update 2026/2/4
Q.死にたいなどモヤモヤすると食欲がなくなったり吐き気がする
この記事の担当 所長室

Q.死にたい、消えたいとモヤモヤしている時、食欲がなくなったり、吐き気がしたり自分がこれを食べる資格があるのかと考えてご飯に味がしなくなります。どうしたらいいんでしょうか?

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update 2026/2/4
Q.手のかかる子ほどかわいいって…本当なんだろうなあ。しょうがないんだろうけど悲しくなっちゃう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.手のかかる子ほどかわいいって…本当なんだろうなあ。しょうがないんだろうけど、悲しくなっちゃう

A.好みや合う合わないは誰にでもあるので「○○な子ほどかわいい」というのは多少あると思いますが、それであからさまに扱いを変えていいかというと、良くないとウ・サギは思っています。「○○さんだから」という理由で、この人に対しては怒るけどこの人なら怒らないとか態度を変えるのだとしたら、それはしょうがないことではなく間違ったことである、とウ・サギは考えます。(ただ、事情や状況によって、許容される範囲や対応が変わることはあると思います)
えこひいきはNGである上で、手のかかる子ほどかわいいというのが本当か?というと、「自分にとってわかりやすい、付き合いやすい子ほどかわいい」というのが真実に近い気がします。それは表向きいわゆる問題行動をしていたとしても、こうだからやるのだろうなとか、こうしていけばこうなるだろうみたいな、理解や見通しが持てると可愛がることがしやすいイメージです。ただ、その理解や見通し、可愛がり方が子どもの成長にとって良いものではない場合もあるので、なんというか、どちらにせよえこひいきは困りますね……。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/2
Q.よく自分が自分じゃなく感じる時があり、その間に自傷行為をしてしまう
この記事の担当 所長室

Q.よく自分が自分じゃなく感じる時があります。(解離というらしい)その間に自傷行為をしてしまいます。

A.自分が自分じゃないと感じる時、無ササビも時々あります。質問者さんと全く同じ!とは言いきれないですが、補足に書いてくれたような気持ちには思わず頷いてしまいました。
解離は、強いしんどさから、心が一時的に距離を取ろうとしている反応だと聞いたことがあります。コントロールができないことは決して悪いことじゃなくて、むしろ自分の心がもう限界だよ~と、自分を守るための正しい反応なのではないかと無ササビは感じます。
とはいっても無意識に自分を傷つけてしまっているのに後から気づくのは心が落ち着かなくなりますよね…。無ササビは身近にいるムササビに自分の状態を共有して知ってもらうことで、自分だけで抱え込む状態をつくらないようにしています。

回答:無ササビ

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update 2026/2/2
Q.生きづLABOのみなさんへ
この記事の担当 生きかたカエル

Q.生きづLABOのみなさんへ

A.(編集注:質問の補足に、生きづLABOへのお手紙のような内容が書かれていました)
嬉しいお便りありがとうございます。補足に生きづLABOへのねぎらいや応援の言葉だけではなく、サイトの効能について利用する人から感じていることを教えてくれて、とても励みになりました。これからも、来たい人が来たいタイミングでふらりと来れるサイトを目指したいです!

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/2
Q.大人は、嘘つきはだめっていうのに、私が嘘ついた時のほうが喜びます。なんでですか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.大人は、嘘つきはだめっていうのに、私が嘘ついた時のほうが喜びます。なんでですか。

A.つまり「嘘つきはだめ」とお説教するくせに、実際に関わるときは本音を言うよりも、その大人にとって都合のいい嘘をついたときの方が喜ぶ……という話でしょうかね。
残念ながら、主張や要求には、正当性や一貫性がある場合が少ないというのがウ・サギの実感です。感情や感覚に任せて、世の中のそれっぽい論から自分にとって都合のいいものを借りてきて、相手を打ち負かすためだけに言葉を使うようなことは、実は結構あります。「嘘つきはだめ」と言っても、その言葉の意味について別に深く考えていないので、矛盾した行動をするのです。
ただ、最初に「残念ながら」とは書きましたが、私たちは不完全な生き物なので、ウ・サギも(おそらく誰しも)そういった矛盾を他者に押しつけてしまうときがあります。といっても「だから仕方ないね」という話ではなく、おかしいと思ったら怒っていいし、やってしまったら反省して、身勝手が暴走しすぎないようにしていくべきだと思っています。
質問者さんの矛盾に気づく力の高さ、鋭さにウ・サギは感心しました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/2
Q.正直自分の顔めちゃくちゃ好きなんだけどなんかすっっごい言いづらくない!?
この記事の担当 やみーペン

Q.正直自分の顔めちゃくちゃ好きなんだけどなんかすっっごい言いづらくない!?自分のこと卑下しなきゃいけないって言うか…自分のこと貫き通すのムズいし……

A.確かに…!やみーペンもやみーペンを貫き通すの難しい時ある…自分に好きな部分があるのとか、本当はとっても素敵なことなのにね…どんな好きでも嫌いでも他者の評価を気にする必要がない世界になってくれたらいいのになぁ〜

回答:やみーペン

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update 2026/2/2
Q.質問回答の「回答:○○」の下に回答者イラストが載ってるのは、新しくそういうやり方にしたの?
この記事の担当 所長室

Q.質問回答のところに、「回答:〇〇」の下に回答者さんのイラストが載ってます!?
新しくそういうやり方にしたんですか?とってもかわいいです!

A.はい、新しくその形式にしました!
質問回答する仲間を増やしたこともあり、回答者がどんなキャラクターかわかりやすいように、載せることにしました。あと単純にイラストがあった方がかわいいと思ったのもあるので、かわいいと言ってもらえて嬉しいです。ちなみに、うさえなが所長にはいろんなカラーのネクタイで登場してもらおうと思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/2
Q.頑張れない自分が嫌で仕方ない。どうすれば頑張れるのか。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.頑張れない自分が嫌で嫌で仕方がないです。頑張らなきゃいけないし、頑張りたいのに、全然頑張れません。頑張れなくてごめんなさい。どうすれば頑張れますか。アドバイスや応援メッセージがいただけたら幸いです。

A.せっかく頑張るのなら、頑張らないことを頑張るのはどうでしょうか?頑張りたいけど、全然頑張れないということは、今は頑張るときじゃないとカエルは思いました。また、どんな時、どんなことは頑張れて、どんな時にどんなことは頑張れないなど、自分の頑張れる分析をすることもおススメです。頑張ることへの理解が深まると、少し見方も変わってくると思いました。
まぁ、カエルはあまり頑張るのが好きじゃないです。なぜなら、限られたエネルギーでうまくやりくりするためには、できるだけ頑張らないでいることの方が効率がよいように思うからです。頑張れない自分にもそれなりの理由があると思いますよ。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/2
Q.「いじめ傍観者も加害者と”同罪”」は極論だと思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「いじめ傍観者も加害者と“同罪”」は極論だと思いますか?
また、
「いじめ傍観者を非難する貴方は人を助けられるのか?」
という指摘についてどう思いますか?

A.なるほど…そういった論があるのですね。どんな論も、誰がどういう立場で言っているかで話は変わってくるとウ・サギは思うので、まずそのあたりを整理したいと思いました。
質問への補足から「いじめ傍観者も加害者と“同罪”」「いじめ傍観者を非難する貴方は人を助けられるのか?」はネットで目にした言葉のようなので、そうなると誰がどういう立場で言っているかわからないですね……困りました。ただ、それを目にして揺れ動く質問者さんの心はよく伝わってきたので、そのあたりも踏まえながら、場合分けをしていろいろと考えていきたいと思います。

「いじめ傍観者も加害者と”同罪”」について
①発言者が、いじめられた/いじめられている当事者の場合
これについては全く極論だと思いません。「その通りですごめんなさい」以外にウ・サギは返せる言葉がないです…。
②発言者がいじめられた経験があるわけでなく、ただ一般論として罪について語っている場合
これは極論というよりは、なんか主語の大きいことを勝手に言っているなあ…と、そのスタンスにウ・サギはちょっと呆れてしまう気持ちです。罪は人でなく行為に対して生じるものだと思うので、傍観者、加害者ではなく、いじめ傍観行為、加害行為についての論にするべきだと考えます。
③「いじめ傍観行為も加害行為と”同罪”」についてウ・サギはどう思うか
ウ・サギは基本的に誰しもが罪を犯したことのある&これからも罪を犯しうる存在だと考えているので、そもそも全員が罪人というベースで考えています。だから、誰もが適切に自分の罪を償っていきましょうと思うと同時に、適切な償い方はそれぞれに違うと思っています。、償い方で比較したときには、加害行為の償いは被害者の安全を守るための選択に従うこと(例えば、いるだけで被害者の登校が難しいなら転校するなど)や学び直し、傍観行為の償いは傍観しない自分(安定した人間)になれるように生きていくこと、みたいに異なるとは思うので、罰則の重みが同じ=同罪と定義するなら、同罪ではないという答えになりそうです。ただ、ウ・サギは子どものいじめについての責任は100%大人にあると考えています。

「いじめ傍観者を非難する貴方は人を助けられるのか?」について
ネットでいじめ傍観者へのバッシングが起こった中、バッシングしている人たちへの反論や問いかけとして、「非難するなら、あなたは同じような状況で人を助けられるんですよね?」という話が出てきたということでしょうかね(その認識で回答します)。キリストの「あなたたちの中で 罪を犯したことのない者が この女に、まず石を投げなさい」とかなり近しいものだとウ・サギは受け取っています。
これについては、そもそも何かの属性や行動で一面的に「○○者」と人をくくって、ああだこうだ評価することが(バッシングはもちろん、褒めることも)単純にマナー違反だとウ・サギは思っています。だから「そんな貴方は人を助けられるのか?」という問いかけをするまでもなく、「あなたのしていることはマナー違反ですよ。誰かを非難するのでなく、アイメッセージで、自分の経験や思いから話を始めてください」と諭したい気持ちにウ・サギはなります。

回答が長くなってしまいました。インターネットが発達し、いろんな人と言葉でやり取りのすることのできる時代になりましたが、それが対話ではなく論の合戦にしかなっていないことが多い気がして、どうしたらいいのかなあ……と最近考え込んでいるウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/2