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Q&A
Q.学校が理不尽な社会で生きる訓練だとしたら、社会が理不尽じゃなくなれば学校はいらないのでは?
この記事の担当 所長室

Q.社会って理不尽だとおもいます。小学校や中学校は、これからの理不尽な社会で生きていくための訓練をする場所だと言っていた人がいました。じゃあ社会が理不尽じゃなくなれば、学校はいらなくなるんじゃないかと思うのですが、どう思いますか?

A.質問者さんが言うように、わざわざ九年間も理不尽を学びにいくなんて、それこそ理不尽なこととゴロン猫もそれには全然納得しません。理不尽じゃない社会をつくるには、理不尽なことに気づける人々を増やす必要があるので、理不尽を学ぶための学校は一度壊し新しい学びの場をつくるというのはどうだろう。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/4/27
Q.生きかたカエルとやみーペンって、どこで出会ったの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.生きかたカエルとやみーペンって、どこで出会ったの?

A.ペンギンが通っていた生物多様性の学校で先生に紹介されました。出会った頃のやみーペンは絶賛病んでいるやみーペンでした。最近はYummy成分の方が強めです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/4/27
Q.隣のテーブルの人が「あそこにいる子かわいい」とか話しててなんでかわからないが疲れた
この記事の担当 所長室

Q.こないだ遊園地に行ったんだけど、お昼ご飯食べて休憩してたら、隣のテーブルに座ったイケイケ女子たちが「あそこにいる子かわいくない〜?」とかって話してて、なんでかわかんないけど疲れたよ。自分も人から見られてるかもって思うと心がザワザワする。

A.直接自分が言われたわけではなくても”見られて評価される側に回るかもしれない”という空気に触れるだけで、心がザワザワするものだなぁと無ササビは思います。地味に消耗してしまうものですよね…。人のことを気にしないでいられたらいいけれど、そうはいかないのが人の性だったりするのかなと思ったりもしますが、他者の見た目についてあれこれ話をするのはきっといくつか理由があるのではないかと考えます。例えば、雑談をしていてその場のノリをつなぐためとか、自分(たち)の中の基準を確認し合うためとか…。どこか”自分が安心感を得たい”という気持ちが反映されてしまっているように無ササビは感じています。軽い共通の話題として扱われることが多いですが、聞いている側は決して気持ちの良いものではないですし、自分の言動も省みつつ、上手く距離を取っていきたいものだなぁと改めて思わされた無ササビでした。

回答:無ササビ

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update 2026/4/25
Q.好きだった人に無意識に踏みにじられた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.好きだった人に無意識に踏みにじられた

A.踏みにじられるのはどんなときもつらいものだと思いますが、「無意識に」となるとさらに一段階しんどさがあるとウ・サギは感じます。もし相手に「踏みにじられた!」と伝えても、向こうからするとそんなことをしてないと本心から思っているわけで、傷ついた心の行き場がないというか……。補足に詳細もありましたが、立場が強い、恵まれている側は、すごく無自覚に周りを蔑ろにすることがあると感じます。(それもそれで本人が悪いというよりは、一部の属性の人が甘やかされる社会構造に問題があるとも思いますが…)
踏みにじられていい人はいないし、自分が悪いから踏みにじられるなんていうこともなく、様々な見えないギャップが踏みにじる行動を生むのかなとウ・サギは思っています。不運な事故くらいに捉えられたら楽になるのかなと思いつつ、もし事故だとしても重傷なんだから補償してくれないと!という気持ちにもウ・サギはなったり、とにかくなかなか割り切れないものだと思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.自傷行為がやめられません、どうしたらいいですか?
この記事の担当 やみーペン

Q.自傷行為がやめれません、
どうしたらいいですか?

A.自傷行為はやめようと思えば思うほどうまくいかない…やみーペンは今日1日自傷行為をお休みできた自分を褒めたり、ご褒美ジェラートを食べたりしているよ!ご褒美ジェラートのおすすめはラズベリー&ヨーグルト!やみーペンがいつも持ってるのと一緒!!

回答:やみーペン

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update 2026/4/25
Q.いつも強がってばっかでいるから疲れる…
この記事の担当 ウ・サギ

Q.いつも強がってばっかでいるから疲れる…

A.強がってしまうと、もちろん疲れてしまうし、結果的に周りに迷惑をかけてしまうこともあるし、なかなかしんどさがあるなあと思いました。でも、ウ・サギも時々やってしまいます…。なんでかな?と振り返ったのですが、弱さを見せると信頼を失ったりバカにされるかもとか、何かしら不安があるときに身を守るためにやってしまう気がしました。(強がったほうが、最終的には自分の身をむしろ危険にさせるのに……)
強がってしまうのは自分では簡単にやめられないときも多いから、誰かが気づいてくれたらいいのに…とウ・サギは思ったりします。でも、すぐは変わらなくても、「強がってばっかでいるから疲れる…」と表現するのはまず大切なことだと思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.お気に入りのブラウスを間違えてネットに入れずに洗濯しちゃった😢
この記事の担当 うさえなが

Q.お気に入りのブラウスを間違えてネットに入れずに洗濯しちゃった😢
疲れてぼーっとしてたから😢
しにたい😢

A.お気に入りは悲しい!
ブラウスは大丈夫??

回答:うさえなが

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update 2026/4/25
Q.どうして何もなかったのに死にたくなるのか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.どうして何もなかったのに死にたくなるのか。

A.「何かがあった」と気づくのが案外難しいことだからかも…?とウ・サギは思いました。自分は何もなかったと感じるからといって、本当に何もなかったかというと、そんなこともない気がします。
また、死にたい気持ちを心の骨折に例えると、何か大きいことがあって折れる場合もあれば、疲労骨折のように小さいダメージが蓄積して…という場合もあれば、栄養状態が悪くて骨がもろくなって折れやすくなっていたなど色々な要因があると感じるし、わかりやすい何かがない「死にたい」もあると思います。あと、つらさへの対処法として、自分のつらさを麻痺させるという機能も人間にはあるので、そういったことも影響している可能性があるかもしれません。
だから何もなかったのに死にたくなるのも、それはそれで自然な現象なのだとウ・サギは思いますし、質問者さんが何かしらしんどいことは確かだと思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.学生の時、学校で「ガイジ」という言葉を日常的に言われ続けていた者です。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.学生の時、学校で「ガイジ」という言葉を日常的に言われ続けていた者です。どうすればこの言葉を使う人を減らせるか、という質問を見て、私に対してこの言葉を使っていた人たちは軽い気持ちというか、ノリで言っているような感じだったことを思い出しました。

A.言われる方は忘れられないほど傷つくのに、言っている方は考えなしの軽いノリ…というギャップは考えるだけでやりきれなくなります。でも残念なことにそういったことは少なくなくて、だとしたら「学校はもちろん子どものうちから、多様な人たちと出会い、関わり、いろいろな対話をすることが大事」というカエルさんの言っていることは大前提として、「あなたの言動は誰かを傷つけているよ」と伝えることで一定程度抑えられることもあるかもしれないと思いました。実際に、ウ・サギが子どもの頃に信頼できる大人にたしなめられて反省したり、逆にウ・サギが関係性のある子どもにそういったことを伝えて受け取ってもらえた経験があったことを、この質問を見て思い出しました。とはいえそれは信頼できる相手に言われてこそ初めて効果のあるものであって、その前提としては誰かを信頼できるだけの土台が必要というのもあるので、効果的になるケースは限定的だとは思います。
子ども同士が軽いノリで誰かを蔑ろにする現象は、発達年齢的なものもあれば、学校の閉塞感や同属性も影響している気がしますし、家庭環境での抑圧がそうさせてしまうときもあると思いますし、対策には様々アプローチがあるかもしれない・・・と考えたウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25
Q.他人と比べないで居られる方法を教えてください。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.他人と比べないで居られる方法を教えてください。頑張っている人を見ると迷惑かけないようにしなきゃって思う。自分は本当は生きづらさを感じたらいけないんじゃないかって、、、。どうしたらいいですか。

A.比べないでいられる方法はウ・サギにもまだわからないですが(その方法が見つかったなら大発明で、多くの人が歓喜しそうです)、「比べてしまう」現象については、ぜひみんなで深めてみたいトピックだと思っています。かつてウ・サギも「自分なんて生きづらくないはずなのに」「あの人みたいに頑張らないと」「迷惑かけてはいけない」と振り回されて苦しんだし、今思えばそのせいで回復するのに時間がかかった気もします。
生きづらさや気持ちは数値化できないので、本来比べられるものではないし、もし比べた時にどうだとしても、自分が生きづらいことは揺るぎない事実であって、せめて自分だけは自分の気持ちを一番大切にしてあげたいな…とウ・サギは思っています。また、比べてしまう背景には、経済やコスパの概念が本来人間には適用してはいけない範囲にまで広がってしまったことや、能力主義や自己責任論の暴走など、社会の仕組みや価値観があると感じています。だから比較してしまう自分よりは、「比較させられている」自分として捉えたいというか、「比べちゃうお化け」みたいに名前を付けて、いろんな角度から考えてみたいとウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/25