Q.私は週に一回程度学校でカウンセリングを受けているのですが、正直週に一回では足りないと思ってしまったり、ずっとそのカウンセリングのことやスクールカウンセラーさんのことばかり考えてしまいます。私は依存し過ぎてしまっているのでしょうか。
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Q.私は週に一回程度学校でカウンセリングを受けているのですが、正直週に一回では足りないと思ってしまったり、ずっとそのカウンセリングのことやスクールカウンセラーさんのことばかり考えてしまいます。私は依存し過ぎてしまっているのでしょうか。
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Q.学校の授業に出たいけど、調子いい時しか行けないです。行ってみたら意外とあっさり受け入れられる感じ(表現が難しいです)です。頭で一応わかっていてもなかなかそう思えないです。助言を下さい。
A.なるほどです。参考になるかはわかりませんが、ウ・サギは不安なことや怖いことは、なるべく何も考えずに最初の一歩だけに力を注ぐようにしています。ウ・サギは高所恐怖症で怖いアクティビティがいくつかあるのですが(でも好きなんですよね…)、「やることはシンプル。安全を確保して、最初の動作をするだけ」と考えることで怖さを振り切っています。
だから学校の授業に出ることを考えるのではなく、教室のドアを開けて一歩だけ中に入ることを考えるのはどうでしょうか。ウ・サギは学校が嫌いなので想像すると「無理かも…」という気持ちになりましたが、教室に入るだけなら、やることは単純かとは思います。この作戦をしてみるなら、もし無理だと感じたら一歩だけ入って引き返してもいいという、自分に甘い気持ちをもっておくのも大切かもしれません。
回答:ウ・サギ

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Q.Q.「いじめ傍観者も加害者と”同罪”」は極論だと思いますか?の質問者です。
ウ・サギさんの回答にあった、「子どものいじめについての責任は100%大人にある」という言葉からぐるぐる考えました。教師の過重労働など大人の限界や背景もある一方で、大人が子供に与える影響は絶大であり、大人の責任という言葉の重さも理解できます。この大人の限界と責任の矛盾について、どう考えればよいでしょうか。
A.なるほど……色々と、考えを深めたことがよくわかりました。まず、「責任」という言葉の捉え方が質問者さんとウ・サギで少し違うかもしれないと感じたので補足しておくと、「責任」は「○○のせいである」という原因よりも、「解決する役割を果たすのは誰か」という解決の主体を指している意味合いがウ・サギは強いです。また、ここでいう大人とは常に大人たちのことであり、小さい単位で言えばそれは身近な人たちで組むチーム、そして大きい単位では社会を構成する大人全員のことを言っています。
大人の定義についても、単に年齢で考えてはいなく、子ども時代に必要なケアや学ぶ機会を保障された上で、現在誰かをサポートするだけのリソースが余っている者、という捉え方をしています。ただ、残念なことに全員がそれを保障されてはいないので、子どもと大人の混ざったような段階の人たちも、それぞれの力を無理なく持ち寄ることができたらいいな…とは思います。
「責任がある」「責任をとる」いう言葉でウ・サギが一番強く思っているのは、「問題の本質を考え、長いスパンで解決のための努力を続ける」姿勢のことかもしれません。解決のための協力者は大人子ども問わずたくさんいるほど良いし、誰でも少しずつ手伝えるし、自分のできる分については少しずつの責任を背負ってほしいとも思います。でもそのプロジェクトの責任者と言える人やチームには、それなりの力量や安定感が求められると考えているし、ここでいう力量や安定感を得るためには、絶対に一定数の人生経験が必要だとウ・サギは思っています。だから、責任を果たせないものには責任がない(求めてもいいことはない)という点で、子どもには責任がないと言い切ってしまうのかもしれません。
ただし、個人で責任を背負いすぎると、結局責任が果たせなくなることもあります。こうやって考えてみると、責任というものはとても難しいですね……。考える機会をありがとうございます。
回答:ウ・サギ

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Q.人生に疲れました。進路について考えないといけないときなのに、もう疲れてしまいました。この世界に希望が感じられないです。しかし、今、大事な決断をしないといけない時期なので、どうすれば決断できるか教えてほしいです。
A.この世界に希望を感じられないのに進路について考えないといけないのは・・・非常に困りましたね。ウ・サギは長いスパンで将来を考えようとすると、「生きたいとも思ってないのに、そんな先のこと考えるとか無理すぎる」と死にたい気持ちさんが発狂するので、とりあえず先は1年くらいしか考えないようにしています。この環境でこれをやれるなら1年はまあ生きていてもいいかという繰り返しで、行きつ戻りつはありつつも、少しずつ生きることは楽になってきました。
希望が感じられないのに考えるのは疲れてしまうと思うので、とりあえず目の前の1週間とか、3カ月とか、1年間とかをイメージして「これだったら多少は息がしやすいかも」という環境に自分を置いてあげてほしいとウ・サギは思いました。ちなみに、進路はそんなに大事な決断じゃないとウ・サギは考えています。やる元気を温存しておければ、たいていのことは後から案外どうにでもなります。どうにでもならないと脅してくる人や、実際にどうにもならなかった経験をした人もいるとは思いますが、自分を支えるつながりと巡り会えたなら、衣食住を守られて自分らしく生きていくことはいつからでも間に合うとウ・サギは思っています。
回答:ウ・サギ

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Q.志望校をどうしようと、相談したら、母親から「あんたは色々変わってるから頭いいところで吹っ切れてるところに行ったほうが合う人いると思うよ。」と言われました。どう受け止めたらいいですか?また、褒められてますか?けなされてますか?
A.言った母親の気持ちはわからないですが、ウ・サギとしては、褒めてもけなしてもいなく、質問者さんに対しての母親なりの見立てを率直に言っただけの印象を受けました。「あなたはそう思ったんですね」と受け止め、一理あると思った部分があればちょっと参考にして、違うなあと思った部分はスルーしてしまうのはどうでしょうか。ちなみにウ・サギとしては「一理くらいはありそうだけど、けっこう偏った見方をしていそうだな」というのが、母親の発言に対しての感想でした。
一応ウ・サギの周りでも、勉強が得意で凸凹のあるタイプは、比較的自由な雰囲気の進学校に行くと馴染めるというのは聞いたことはあります。でも結局は行ってみないとわからないし、周りは基本的に無責任に好き勝手なことを言うので(自分がその志望校に行くわけではないですからね)、相談して返ってきた答えよりも、それに対して自分が抱いた「モヤモヤ」や「なるほど」などの感覚を尊重するようにウ・サギはしています。
回答:ウ・サギ

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Q.進路を調べろっていうけど、そこで生きてけるかどうかっていう情報はどこにも載っていないのに、何を見ろって言うんだよーと心が叫んでいます。生きていけるかどうかは、何を見て、どうやって判断材料を用意して、判断すればいいのでしょうか?
A.とてもまっとうな叫びだとウ・サギは思いました。生きづLABOに寄せられる声を見ると、進路を重く見る大人がけっこう生息しているようで(人生を左右する大事な選択、きちんと考えて決めなさいといった雰囲気なのでしょうかね…)、いやいやそんなに世界は単純じゃないですよ……?といつも疑問を抱いているウ・サギです。進路は全然関係なかったね、という職業や生き方にたどり着いている民がウ・サギの周りには多いのですが、そうじゃない世界も多いのでしょうか。
そこで生きていけるかどうかについては、質問者さんの言う通り、どこにも情報は載っていません。大事なポイントは、そこで生きていくのは「自分」という点だとウ・サギは思っています。どんなに高学歴になって大企業に入っても、そこが自分に合わなければ人生は絶望にさえ感じるかもしれませんし、合わないまま無理をしたら、体や心を壊してしまうかもしれません。つまりポイントは、自分の合う・合わないに気づく感性と、自分を守る(心地よく生きる)ための選択をする力や人とのつながりを育てていくことだとウ・サギは考えています。心が叫んでいる質問者さんは、すでに感性はとても働いている状態にありそうですが、それがゆえに感性よりも常識優先になってしまった周りの大人と相性が合わなくて、戸惑いを抱いている今なのだろうかと想像しています。
学校で言われる進路については、極論行ってみないとわからないですし、さして調べずにフィーリングで選んだっていいとウ・サギは思っています。最近は学校のクチコミみたいなサイトもあるはずなので、そこで校風や雰囲気を調べるのは、一つの材料になるかもしれません。もし就職だとしたら、少しでも興味を持てそうなところか、自分にとって楽そうかとか、そういう軽い理由で全然構わないと思います。ぶっちゃけ、そこに行ってみて、合う人が一人でもいるかが最も大きい要素になるとウ・サギは感じています。
回答:ウ・サギ

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Q.受験生です。受験勉強していてクラスの雰囲気などで感じたんですが、自分より苦労してない/頑張ってない人は成功しても下にみるというのが生きづらいなと感じてしまいました。受験に限らず、どうすれば競争をうまく乗り越えられるでしょうか。
A.うわ~、カエルはずっと昔にカエル高校の受験生だったころ、めっちゃ同じような経験しました。受験期になると教室の雰囲気がいろいろなことでぴりついてきて、普段だったらやらなそうなこととか、言いそうもないことを言い出すカエルたちが出てきて、怖い思いをしました。
質問者さんは「どうすれば競争をうまく乗り越えられますか?」との問いかけですが、カエルは「子どもたちの学びの場に過剰な競争を持ち込んでいることがそもそも違う」「競争から降りてもいい道を作りましょう」と言いたいですね。心ののびやかに育てる大事な時期に不要な競争に巻き込み、余裕を奪うのは本当にもったいないことです。
子ども解放運動が起こってもおかしくないとカエルは思うのでした。いっそのこと、子どもたちがみんな競争から降りてしまったらいいのでは?と妄想することがあります。
回答:生きかたカエル

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Q.最近学校に行きたくないと思ってしまうことが多いのですが、やっぱり、良い人間になるには学校で真面目に生活するしかないんでしょうか……。そうじゃないと、生きていけないのでしょうか
A.良い人間になることと学校で真面目に生活することは関係がない、というのがウ・サギの経験則であり調査結果です。学校で真面目に生活していても良い人間になるとは限らないし、良い人間が全員学校で真面目に生活していたわけでもありません。
そもそも良い人間とは何か?というのが難しい問題ですが、(補足に書いてあった)質問者さんなりの良い人間像で考えると、学校で真面目に生活しなくても良い人間にはなれます。ちなみに、ウ・サギとやみーペンの学校遍歴は、いわゆる「そんなんじゃ社会でやっていけないぞ」と言われるようなやつです…!でもとりあえずはこれまで生きてきました。
ちょっと難しい話になるかもしれませんが、社会というのは個人の集合体だとウ・サギは思っています。一人ひとりの人生、感じること、考えることが集まって社会があると捉えたときは、社会にとって良い人間でありたいのなら、一人ひとりの人生、感じること、考えることを知っていく(知った上で尊重していく)のがまず基本となるはずです。そしてその第一歩は、自分の感じること、考えることを受け止めて、尊重してあげることだとウ・サギは考えています。
回答:ウ・サギ

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Q.これまで学校からドロップアウトしてきて、いまも大学に行けていないのですが、どうやって新しいコミュニティを見つけたら良いでしょうか。何年もひとりぼっちで生活してきて、とても寂しいです。
A.寂しい気持ち受け止めました。住まいが都市部なのか地方なのか、どのような性質のコミュニティと合うかなどで、選択肢は変わってくるのでなかなか「こう!」と答えづらい部分はあるものの、なるべく考えてみたいと思います。
まず思い浮かんだのは、サポステ(地域若者サポートステーション)です。働くための支援というのが若干前提になってしまう部分はありますが、学校をドロップアウトをしてきた人はメイン対象層の一つというイメージがあります。スタッフからの支援的な関わりと、仲間との出会いの両方があるのも良い点だと思います。あとは学校ドロップアウトを考えると、同年代のコミュニティが苦手な可能性もあると勝手ながら想像したので、メインの年齢層が自分と違うコミュニティを探してみるというのもありかもしれません。例えば、子ども向けまたは高齢者向けのボランティアとかが浮かびましたが、ウ・サギが自分で行くのを想像すると、ちょっとハードルが高いかも…と思ったり。コミュニケーションのハードルが低いのは同じコンテンツを推す仲間との交流…?とも想像しつつ、その場合だとネットが中心になってしまったり、狭いコミュニティゆえの難しさもあるかもしれないですかね……。結局は合うか合わないかはそこにいる人との相性次第の部分も大きいので、難しいところです。
コミュニティとしては良くも悪くもお互いに少し距離はありますが、生きづLABOの研究員活動(募集記事)はチャットもやっているので、興味があったらぜひどうぞ。
回答:ウ・サギ

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Q.「いつでも相談してね」とか「そういう時は身近な人に相談するといいよ」とか言われるけど、なにが原因でこうなってるのかも分からないし、何を話せばいいのかも分からない。「不安」「涙が出る」とだけ伝えても困るよね
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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります
ペン (質問文から)困るよね。
カエル (真似て)困るよね。困るよねぇ〜……。
ウ・サギ そんなに困るか?
カエル 困らないよね。それだけでじゅうぶんだよね。これ、誰が言ってるんだろう。(質問文から)『いつでも相談してね』とか。
ウ・サギ 誰が言ってるか分からないけど、質問者さんは学生さんですね。教室にいるのが苦手とかで。
カエル じゃあ、学校の先生とかかな?
ウ・サギ 周りの大人の人って感じなのかなって思ってました。
カエル 何が原因か分からないっていうのは、よくあるんだよ。 そういうものなんだって。たいていのことは原因は分からないんだけど、みんな分かったつもりになるのは得意なんだわ。(コメントで)『「不安」「涙が出る」は立派な相談内容』って言ってる。いいと思うな、それで。困らないよ。
ウ・サギ こういうのを一緒に考えるのが相談なのかなってウ・サギは思ってるんですけど、どうなんですかね?
カエル 相談を待ってる人は、こういうことから一緒に考えるのがまさに相談ですね。(コメントで)『相談するのにペラペラうまいこと話せる方が珍しいと思う』って。ペラペラ話す人もいるんだけど、大体違うことペラペラ喋ってて、相談したいことじゃないことをペラペラ喋るんだよ。本当に相談したいことをペラペラ喋る人はほぼいませんな。
ウ・サギ 言葉にしきれないもんね。自分の気持ちとかコンディションなんて。
カエル コンディション良くても、あんまり言葉にできないもんね。
ペン 文化的にもあんまり言葉にする文化じゃない気がするし……。
カエル でも、立派な相談だよね。立派な相談として相談条件は全て揃っております、これは。自信を持って相談してください。これは相談に乗る側のスキルアップの機会を与えるぐらいの勢いでいってほしいね。そういうのを一緒に考えることで相談を受ける側も勉強になるってことで、いいと思うよ。