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タグ学校・勉強
Q.友達から頼れられるのが限界に達しそう。どうすればいい?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.虐待されていると友達から相談されたの質問をしたものです。あれから、話したときには変わらず接しています。ですが、頼られる様になったせいで、今度はこちらが限界に達しそうです。どうすればいいですか?

A.頼られて限界に達してしまうという話は、大人同士の世界でも、支援者だとしても時々起こるので、対人の一つの難しさだとウ・サギは感じています。相談する側の心理としては、しんどい、自分を受け止めてほしい、もっと受け止めてほしい、自分を見てほしい・・・とコントロールができなくなっていく現象で、相談される側としては「自分のせいで傷つけたらどうしよう」と相手と自分の境界が混ざっていってしまう現象、と捉えられるのかもしれません。とにかく、質問者さんは何も悪くないし、だからといって友達が悪いわけでもなく、そういったことは時に起こってしまうのだ、というのをまず伝えておきますね。
対応としては、「自分にも限界があります」「だから他の相談なども使ってほしいです」というのを、友達に伝えるということになるとウ・サギは思います。というのも、相談している側は、相談をしているうちに我慢してきたこれまでの自分の気持ちが溢れてきて感情が優位になって、相手も人間であることや、限界があることを忘れてしまうことがあるからです(これは誰しもそうなることがあります)。また、相談を受ける側は相手を優先して、自分の気持ちや事情を抑えることが多いので、そうなると相乗効果で距離感がどんどん近くなってお互いに苦しくなっていくことが起こります(これも誰しもそうなることがあります)。
とはいえ、しんどそうな相手に「自分にも限界があります」と伝えるのは怖さや申し訳なさを抱く場合が多く、支援者でもうまく伝えることができないこともあるので、質問者さんに「こうしましょう」みたいにウ・サギが言うのもとてもためらうのですが・・・正攻法としては一応そうなるというだけで、質問者さんは子どもであって余裕もない状況とのことなので、本来は頼れる大人が身近にいるべきなのですよね……。とりあえず質問者さんが一人で抱えるのはとても大変なので、質問者さんにとって相談できる大人や、使えるチャット相談などがあればどんどん活用してほしいです。

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update 2026/1/12
Q.進学したいと身内に言うと後で質問責めされるから黙ってたい
この記事の担当 所長室

Q.進路を絞っていかないといけないのに進学したいと言えません…言ったら身内に「(学校名)進学したいんだって!」と言いふらされて後から質問攻め遭うのでできるなら黙っていたいです…その都度答えるしかないのでしょうか…?

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update 2026/1/9
Q.学校のような、皆が同じの場所に違和感を感じる
この記事の担当 所長室

Q.学校のような、皆が同じ服を着て、同じ人の言う事を聞いて、同じ空間で同じことをしているところを俯瞰で見て嫌になります。まわりを見たらこんなことで違和感を感じているのは自分だけだと思えてきます。これって変ですか。

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update 2026/1/9
Q.苦手な友達がいて保健室でクールダウンしている毎日、、どうしたらしなくても教室に入れる?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.今は自傷行為がやめれています。ですが、そのかわりに鬱病、ADHDなどになりました、、
苦手な友達がいて保健室でクールダウンしている毎日です、、どうしたら保健室でクールダウンしなくて教室に入れますか?

A.誤解を招かないように説明すると、ADHDは生まれつきの特性なので、自傷行為をやめるより前に持っているのではないかと思います。うつ病については、自傷行為によってごまかしていた苦しみがやめることによって症状が強くなり、病状として現れて後から診断を受けることはあるかもしれませんね。どちらにしても、自傷行為があなたを苦しみから守っていた側面はありそうなので、やめることで苦しみが増すことはありうることだろうと思うのです。やめられてよかったと思う一方でつらいところです。
そして、クールダウンについては、必要な時は遠慮なクールダウンをした方がいいとカエルは考えます。苦手は苦手なので、仕方ないと思いますが、教室に入りたいのに入れないのであれば、不本意だと思うので、身近な大人(保健室の先生とか)と方法を考えてみるとよいかとカエルは思います。カエルが気になっているのは自傷行為の背景にある辛さや苦しさです。それについても誰かと考えるとよいのではないかと思いました。そういう意味では、保健室でのクールダウンタイムは単なるクールダウンというより、もろもろを話し合うための貴重な機会にもなるかもしれませんね。

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update 2026/1/7
Q.母から勉強をもっとがむしゃらにやってと言われました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.母から勉強をもっとがむしゃらにやってと言われました。私は、きえたい死にたいという思いを抱えながら自分なりに頑張っているのに…と思って、自分が存在している意味が分からなくなりました。だれかから頑張っているねと言われたい。

A.質問者さんがすでに十分に頑張っている、むしろ頑張りすぎて自分を擦り減らしている、というのがウ・サギには伝わってきました。勉強は本人がやりたくてやる分にはいいですが、周りが頑張りを強制するものではないとウ・サギは思っています。子どもはがむしゃらに自分らしい時間をのびのびと過ごしてくれ…!というのがウ・サギの願いなのですが、その真逆をいくようなメッセージも世の中には溢れているようで、いつも戸惑ってしまいます。
きえたい死にたいと思ってしまうのは、自分が安心して過ごせる時間や、認めてもらえたと感じる機会がそもそも少なく、気持ちが弱っているということなのかなと想像しています。そのときに心を無視されるような、さらに結果だけを求められるような声かけをされるのは、ダメージが大きいだろうとウ・サギは思いました。母に理解を求めるのか、他に理解してくれそうな人を探すのか、どんな方法がいいのかはわかりませんが、質問者さんの心をきちんと見てくれる大人がいてほしい…いてくれないと困るよ…と世の中に対して叫びたくなります。

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update 2026/1/6
Q.「Q.申請主義は切り捨ての~」の質問をした者です。このような理解で良いでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「Q.申請主義は切り捨ての仕組みだと思うのですが、どのような仕組みが必要だと思いますか?」の質問者です。福祉には強制でも本人任せでもない、個人の意思尊重と命の保護を両立する仕組みが必要だと感じました。そのための伴走者としてソーシャルワーカーのような存在が重要だという理解で良いでしょうか?
(編集注:同じ質問者さんから、先日の質問で書き忘れたことがある、という流れがあったので2つの質問を合体させた内容になっています)

A.はい、本人の選択がとても大切だと思います。ただ、選択するためには必要な情報を得られることが前提ですね。また、自分のための選択というのはそんなに簡単ではなく、いろいろな経験も必要となります。やったことがないことを選べません。
いつも誰かに勝手に決められるような経験をすると、自分のためを考えることができなくなります。そして、選んだ結果について一緒に振り返る機会も必要です。人はいつも正しい選択ができるわけではありませんので、失敗をどう受け入れるか、折り合いをつけるかということも学ぶ必要があります。
もし、自分の望んだ結果にならなくても、結果から学ぶことは、次の選択に必ず生きてきます。そうした選択や意思決定のための経験が保障された上で、自己決定の尊重があるとカエルは思っています。しばしば、自己決定は自己責任と直結されることがありますが、責任を問われるのはそうした経験や機会の保障があってのことだと思います。
自己決定のための土台は、社会的に弱い立場の人たちだけに必要なことではありません。
どんな人も豊かな経験をして、自分のために選択をする経験が保障され、そして選択の結果を誰かと一緒に吟味したり、振り返ったりする機会は大事です。もはや福祉というより、教育の問題だと思います。前回、ユニバーサルな生活保障や支援の仕組みについてお話ししましたが、同時に誰にとっても学ぶ保障があることも大切です。今の画一的な学び方や教育内容(教科教育にかなり偏重している)ではそうした学びを提供することは難しいですし、学び方が個性的な人たちは学校からこぼれ落ちることも多いため、学ぶ機会が少なくなってしまうという課題もあります。そう考えると、ソーシャルワーカーに限らず、一人ひとりにあった学びや生き方を一緒に考えるサポーター(何か名称をつけたいですね)がますます重要になりそうです。

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update 2026/1/3
Q.何かされた訳でもないが学校が怖い。直したいがなかなかできない。どうしたら普通になれる?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.学校が怖いです。何かをされた訳でもいじめられた訳でもありません。でも学校へ行くことが辛いししんどいし、教室に入るのも怖いです。もうすぐ中学なので直したいのですが、なかなかできません。どうしたらみんなと同じような普通な人になれますか?

A.怖いものは怖いので無理をしてなおす必要はないとカエルは思っています。そして、怖いものはできるだけ避ける方がいいと思っています。
人の心は安心と安全の中で成長します。怖いことや嫌なことがあると、育ちによくない影響があります。そして、何が怖いかというのは人によって違います。学校が怖いのは不思議ではなく、あなたの神経や心がまともに働いているからこそ怖いと感じられているのだろうと思うので、あなたの感じ方や気持ちを信じていいとカエルは思うのでした。
とはいっても、学校が怖いと、この先やっていけないのでは、という不安があるのかもしれませんね。つまり、学校に行くことが普通であって、学校が怖い、行けないというのは普通ではないし克服しなくては…という焦りがあるのでしょう。カエル的には学校がもう少し怖くないところになってほしいし、学校が怖くても怖くない別のところで学べて、そうした道でも挫折でもなく、特別でもなく、そういう道もあるぐらいな理解が広がることを願っています。
また、もう少しで中学とのことで、環境が変わると怖くなくなることもあるかもしれませんね。必要以上の無理をせず、恐怖を感じながら頑張らなくてもいい方法を一緒に考えてくれる大人を見つけてほしいと思いました。
あ、質問の「みんなと同じような普通な人になれますか?」の質問にちゃんと答えていなかったですね。カエルをはじめとした、生きづLABOの所長たちはみんな普通じゃないので、普通になる方法はわからないのです。カエルはカエルとして、これからも生きていきたいと思っています。役に立たない回答だったらごめんなさい。

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update 2025/12/31
Q.うちのクラスは悪口が多いです。どうすれば止められますか
この記事の担当 所長室

Q.うちのクラスは悪口が多いです。この前、Aさん(自分のクラスじゃない)に委員長が〇〇くんってAさん嫌いなんよね?って聞いて〇〇くんがうん!っていってめっちゃ響き渡るほどみんなが笑っていました。どうすれば止められますか

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

カエル 悪口、カエルも嫌いなんだよなぁ。(質問文から)『どうすればやめられますか?』って、直接言っちゃダメだよね。「やめようよ、そういうの」とか言ったら「いい子ぶってんじゃねーよ」とか言われちゃう。
ウ・サギ この前勉強した本には「何が面白いんですか?」って聞いたら結構シーンとなるって技、載ってませんでした?
カエル 確かに、それだ! みんなが笑ってるときに「何がそんなに面白くてみなさん笑ってるんですか?」って。どうですかね。その案は言ってほしい、カエルは。ぜひ。
ウ・サギ 意外とノリでやってるからさ、真面目なのが飛んできたらシューンってなるかもしれない。
カエル もし勇気があるのであれば「私は面白くないけど、何がそんなに面白いの? みんな」って笑ってる人に「悲しいなあ」とか言っちゃうと。
ウ・サギ 怖いは怖いよね。言って何かあったらね。
カエル 怖いよね。信用できる大人がいるなら、大人に相談する。大人の役割だと思うんだ、こういうの。学びに変えるのは。子ども同士じゃちょっと難しいと思うんだよね。
ウ・サギ でもこれ、なんでこんなに悪口が多いんですかね? ちょっとギスギスしてるのかな?
カエル 質問者さんは悪口だって思ってるかもしれないけど、言ってる方が分かってないんじゃないかな? 認識ができる時点で意識があると思うけどさ。「人を勝手にそんなディスったりしちゃよくないよ」みたいな感覚があるけど、その感覚が育ってない人は別に悪口とも思ってない。
ペン やみーペン、最近そういうのよく見てて……だから、残念すぎるわって思ってたけど。
カエル その世界のこと、やみーペンちょっと教えてあげたら?
ペン 大人はね、自分が楽しい話を提供できないから人のこと言うんだなって、やみーペンは最近思った。
カエル そうらしい。でも、それって子どもも一緒かもしれない。話題がないんだよね。そういうこと言うとみんなが盛り上がったり喜んだりするっていう変な学習をしてるだけで。
ペン 「共通認識の話題です」みたいに思ってる。
カエル (コメントで)『悪口言って結束を強めてるタイプのクラスなのかな』って。人の悪いところを言うことで、みんながそれを共有できる。(悪口を言うのは)話題に乏しいときじゃないですか? もっと楽しい話題を振ってみるっていうのはどう? 「やめようよ」はちょっと厳しいから。
ペン ぜひね、廊下お尻歩き対決のタイム競争トライアルをしてほしいよ。
カエル お尻、歩き……対決のやつ……?
ペン お尻でグーッて歩くの。
カエル そうなの……?
ペン うん。あれ体幹鍛えれるんだって。
カエル 体幹鍛える……?
ウ・サギ ええっ……そんなのあるんだ。
ペン やみーペンたちは、こないだ大人のくだらない身内ノリっぽい、一見したら悪口にも取られちゃうような話題を「みんなでお尻歩きでリレーして対決するのはどうだ」っていう話で掻っ攫ってった。
カエル 素晴らしい。実践がもう。
ペン 実践が。だから、学校の廊下でお尻歩き対決で。
カエル 「みんな、お尻歩き対決をやろうぜ!」
ペン そう。勝者を決めてほしい。
カエル そこまで言うのも勇気いりそう。止めるのも勇気いるけど、お尻歩き大会提案するのも相当勇気いりそうだよ。違う話題にするっていうのはありだね。噂話とか陰口とか、みんなと話すことがないんだよね、それしか。でもね、こういうの(悪口)がやだなって、どうすれば止められますかって思っていることを応援するというか、カエルは支持したいです。(コメントで)『廊下もピカピカ』だって。お尻歩きは雑巾敷いてやるとか?
ペン 雑巾敷かないよ?
カエル じゃあ、ズボンが汚くなるってこと?
ペン ああ……。じゃあ、みんなで廊下清掃してからやったらいいんじゃない? (コメントで)『黒板使って絵しりとり対決するとか?』って、いい! 素敵〜。
カエル いいな! 黒板使って絵しりとり、いいじゃんいいじゃん。「みんな! 黒板使って絵しりとりしようよ」って、いいじゃんね。
ペン いいね。
カエル そういうのがいいと思う。
ペン 楽しいことで掻っ攫いたい!
カエル そう思う。でもいつか悪口は良くないっていうのも、どっかで大人がちゃんとそこは学びに変えてほしいな。その学びがないと、やみーペンの知ってる大人みたいになっちゃうじゃない?
ペン 残念すぎる……。

update 2025/12/26
Q.自信の持ち方が分かりません。どうしたら自信は身につくのでしょうか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自信の持ち方が分かりません。どうしたら自信は身につくのでしょうか。

A.話をわかりやすくするためにちょっと補足も書かせてもらうと、レポートが書けない、それは書き方の問題以前に自信が足りないからだ、というので悩んでいるのですね。周りに言われてそういった認識になったかと読み取っていますが、「レポートが書けないのは自信が足りないから」というのは、ウ・サギはよくわからない論だと感じました。他にも全体に、偏った考え方や見方を周りから押しつけられているようにウ・サギは感じてしまい、まずは周りの言っていることは全部忘れてください…!というところから話を始めたくなっています。
ウ・サギの考えでは、自信はそこまで必要ないと思っています。「こんな自分でも別にいいか」とか「こんな自分でもやっていけるかも」みたいな、世界と自分への安心や信頼が、生きる上であると便利な土台だとは思います。そして、それは自分への安心や信頼以前に、まずは世界(周囲)への安心や信頼が抱けることで作られていく土台であると感じているので、安心できない環境にいる中では、自信のようなものを身につけるのはとても難しいことだと感じます。
いつからどのような状態でレポートを書けないのかは質問ではわからなかったですが、かなり心理的に追い詰められている様子が補足で伝わってきたので、レポートに限らず今は自分本来のパフォーマンスを発揮できたり、成長や学びのチャンスを生かしていけるようなコンディションにないのでは……とウ・サギは心配しています。環境もあなたに合った学びの場とは言えないと感じるので、もし環境を変えられるなら変えるのをおすすめしたい…という気持ちは湧いてきてしまいました。(現実問題、そう簡単じゃないのもわかりますが)
自信云々以前に、かかっているストレスの量が多くなりすぎている、環境とのミスマッチが起こってしまっている、そういった構図にウ・サギには見えました。

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update 2025/12/23