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Q.福祉に頼るのは理解できるが、周りに何らかの意味で「いてよかった」と思われるのが大事ではないか
この記事の担当 生きかたカエル

Q.福祉に頼るのは理解できるのですが、頼り切りになるのではなく、周りに何らかの意味で「いてよかった」と思われるのが大事なのではないでしょうか。これは重度障がいの人に対しても同じくそう思います。

A.福祉は「支援を受ける」という意味ではなく、本来はお互いに支えあってできるだけ多くの人たちの幸せを実現させる取り組みという意味があります。だから、福祉制度という狭い意味で言うと利用する人と提供する人という区別ができてしまいますが、暮らしの中の福祉的な取り組みという意味では、いろいろな場面で誰かに支えられたり、支えたり、励みになったり、励みにされたりと相互関係が当然あり、それが福祉の本質だろうとカエルは思っています。だから、頼りきりになるというのは通常ではありえないことだとカエルは思うのです。質問者さんの言う通り重度の障がいがあっても、誰かの心の支えになっていたり、存在意義としていられる場合もたくさんありますし、ケアをする人たちに学びの機会や就労の機会を提供していることもあります。ただ、「いてよかった」という基準はとても曖昧で、立場の強い人たちの意向によって価値が決められてしまう恐れもあるとカエルはちょっと心配します(人間の歴史ではいろいろなことがありました)。ただ、こうして福祉とは何か?頼るとは何か?ということを考えることはとても大切だと思います。

回答:生きかたカエル

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うさえなが所長
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update 2026/7/26
Q.休みたいだけ休める社会になればどれだけいいだろう。実現するには…?
この記事の担当 所長室

Q.休みたいだけ休める社会になればどれだけいいだろうと本気で思ってしまいます。でも本当にそういう社会になったらみんな休みまくって社会がカオスになって混乱しそうです。もしこんな社会にするとしたら、何かしら規制が必要なんでしょうか?実現するには…?

A.昔、ゴロン猫が日本から遠く離れたコバルトブルーの海に囲まれた地域を旅をしていたころ。そこでは10人位の家族や親戚が共に暮らし、働いてるのは2人くらい。多くの人が、休みたいだけ休んでいるように見えたことを思い出しました。社会はカオスにもならず、混乱もしてなかったなぁ。今日は運転手がいないからバスの本数が少ないだけ。料理人がいないなら、しばらくは飲み物だけのレストランなどそう言うものとして成り立っていたし、人出が必要と呼ばれたら働きに行っていた。必要な分だけ働くは、休みたい時に好きなだけ休むになったりしないかなぁ。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/7/23
Q.配信で回答していた「働き放題割」などについて詳しく教わりたい
この記事の担当 生きかたカエル

Q.第35回配信質問4の「世の中の半分くらいが個人事業主になり、それを支える人が多くいる社会」「働き放題割」について詳しく教わりたいです。例えばどんな事業が生まれるんだろう?

A.新しい働き方の妄想に興味をもってくれてありがとうございます。どんな事業が生まれるかはいろいろな人たちが自分の得意なことやできそうなことを自分に合わせて事業をおこすことになるので、めちゃくちゃバラエティ豊かになると思っています。働き放題割も時間に縛られて働くのではなく、自分のペースで自分の働ける分だけ働くような働き方も増えるかなと思っています。会社という大きな組織の都合に合わせて個人が動くのではなく、個人の都合や事情に応じて働くがデザインされる未来は考えるとワクワクするカエルです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/7/23
Q.人との絆の強さは喧嘩を重ねて強くなるの?私は喧嘩して傷ついてまでの絆はいらないと思うのですが
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人との絆の強さって喧嘩を重ねて強くなるものなのでしょうか。家族や世間は喧嘩も必要だと言っているのですが、私は喧嘩して傷ついてまでしないと成立しない絆なんていらないと思う人なのですが私は異端者なのでしょうか。

A.ウ・サギの体感や経験則から言うと、異端というほどではない、むしろ「喧嘩なんて必要ない」方がもはや多数派なのでは?と思っています。また、絆というのもなんか胡散臭い言葉にウ・サギは感じますが、信頼関係を作るという定義で考えさせてもらうなら、喧嘩は別に必須ではないと思います。
ただ部分的には正解な気はしていて、喧嘩にならないこと最優先で本音も言わないとなると、信頼関係は深いものにはならないようにウ・サギは思っています。といっても、本音を言う=喧嘩になる必要はないので(少なくともウ・サギは喧嘩にならない形で伝え合いたいです)、「人との絆の強さは喧嘩を重ねて強くなる」は極端な論だと感じます。
でも誰かと深く関わる上では、傷つくことや傷つけられることは避けられないとウ・サギは思っています。そして、その痛みや煩わしさを伴ってでも継続的に仲良くしていきたいと思うかどうかが、浅い付き合いか深い付き合いかの境目なのかもな~と。とはいえ別に必ずしも深い関係が必要なわけでも、いいというわけでもないと思いますし、人間関係の形は人それぞれであって、一般論にしようとすること自体がナンセンスだと感じるウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/7/23
Q.倒れていたら助けてください。について。倒れた人が自分自身を助けられるようにってどういうこと?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.倒れていたら助けてください。について。倒れた人が自分自身を助けられるようにってどういうこと?

A.倒れた人を倒れた時点だけじゃなく前後の関係を含めて、考えて書きました。倒れたところから起き上がってから何かをすることもありますし、次倒れないようにすることもあるのかなと思って書きました。カエル的な助けるとか支えるという哲学として、誰かを直接助けるのではなく、その人自身が自分を助けたり守ったりするうえで必要な時に本人と相談して、後方支援をすることが作法だと考えているため、回答に表現しました。ただ、倒れている人が自分を助けるというのは「へ?」って思っちゃうのは言われて気づきました。ちなみに、倒れている人も意識を失っていたとしても、内臓や身体機能はちゃんと自分を助けるために働き続けています。だから、AEDや人工呼吸などは、倒れた人が自分自身を助けられるように助ける一例ではあります。

回答:生きかたカエル

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update 2026/7/20
Q.親より先に死んではいけないと頑張って生きてきたがそろそろ限界。親より先に死ぬのは悪い事?
この記事の担当 所長室

Q.親より先に死んではいけないとは思って希死念慮の思考がある中で頑張って生きようとしていますが、そろそろ精神的に限界だなぁと思う事が増えました。地獄に行ってもいいので親よりも先に死ぬ事は悪い事でしょうか。もうずっと呼吸する事すら億劫です。

A.「親より先に死ぬなんて親不孝だ」と無ササビも小さい頃からずっと親に言われ続けてきましたが、この考えって子どものことは何も尊重されていないよな…と感じていました。補足も読ませてもらいましたが、ただ”親より先に死にたい”と思っているというよりかは、”そう思ってしまうくらいに苦しい”というのが質問者さんの中では大きい部分なのかなと想像しています。自分の考えを理解すらしてもらえないと思えば、質問者さんが抱くような感覚や感情になるのも自然なことだと感じますし、無ササビは質問者さんの思考が偏っているとは決して思えなかったです。親より先に死ぬことの善し悪しはともかく(ちなみに無ササビは一切悪いとは思わないです)、質問者さんがこれまで一人耐えてきた苦しさをこうして誰かと分け合う機会をつくっていくことで、ほんの少しでも呼吸がしやすい時間が質問者さんに増えていくといいな…と強く願いたい気持ちです。

回答:無ササビ

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update 2026/7/20
Q.障がい者の作品は障がい者が作ったことで付加価値がついて個展とか開けるのはなぜ?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私が一生懸命必死で作ったものは誰にも見られず埋もれていくのに、障がい者の作品は障がい者が作ったことで付加価値がついて個展とか開けるのはなぜ?

A.質問者さんのこの質問は、自分が一生懸命作ったものが埋もれていく悲しみや痛みを叫んだものとしてウ・サギは受け取りました。ウ・サギはアートについての知識も極めて少なく、アート界隈における障がいの立ち位置もわからないので「なぜ?」にはきちんと回答できませんが、障がいがあるとしても個展を開けるのはごく一部の人の話であって、そもそも自己表現の機会さえない人もたくさんいると思うので(それは障がいがある方が不利な傾向があると感じます)、障がい者の個展があるということだけを切り取って考えるのはアンフェアになってしまうとは思いました。
先ほどアートの知識が極めて少ないと書いてしまいましたが、ウ・サギが最近アートの漫画で得た知識だけで言うと、アートは単に完成度だけの話ではなく、社会への問いかけというか、人の心を揺さぶることに一つの価値が生まれる世界なのかなとは理解しています(話は少しそれますが、「レディ・メイド」がその最も尖ったところにあるのかなと思います)。だから問いかける要素の一つとして、社会的に抑圧され声を封じられているマイノリティが作ったものということは、付加価値をもつとは感じています。でもそれはきっと、認知されている障がいかそうじゃないかの違いだけで、質問者さんも生きづらさをマイノリティであるからこそ、行き場のない気持ちが生まれるのかもしれないと想像しています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/7/20
Q.最近記憶力がやばい。数十分前に言ったことを覚えてないのは、障害とかの可能性もある?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.最近記憶力がやばいです。母が数十分前に言ってたことを私だけが覚えていない、などのことが1日数回あります。障害とかの可能性ってあると思いますか?

A.カエルは専門家ではないので、ちゃんとした答えは言えないですが、それは障がいというより、何らかの不調(一時的な症状みたいなもの)のような気がします。今までは記憶できていたことが急に明らかに覚えていることができなくなったということであれば、心身の機能がピンチになっているサインかもしれません。一度、病院に行くことをおススメしたいです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/7/20
Q.テストは絶対に必要?偏差値という概念をなくしたら社会はどうなる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.テストは絶対に必要なものなんですか?偏差値という概念をなくしたら社会はどうなりますか?テストが存在することが能力主義を誇張しているのかなと感じたのですが、どう思いますか?皆さんだったらどう評価しますか?いやそもそも評価って必要なんですか?

A.ここで言うテストが学校限定なのか、資格試験などを含むかで話は変わってくる気もしますが、基本的にはテストが存在しなくても社会は成り立つとウ・サギは思います。人類の歴史上で考えれば、偏差値なんてかなり歴史が浅そうですし、テストがない時代やコミュニティもたくさんあったでしょうし、偏差値もテストもまだ発展途上であり試行錯誤の段階なのかもしれません。
大きい国家という枠組みや法律、テクノロジーや医療について現状のレベルを維持したいなら、複雑なものを運用できる専門職を育てる必要はあって、そのための一つのやり方として、テストはある程度合理的だとウ・サギは思います。逆に、もし小さなコミュニティに立ち返って、地球を中心に質素な生活をしていくのなら、テストも偏差値も不要な産物となると思います。(そこまで極端なライフスタイルやシステムの転換は、あまり現実的ではないと思いますが)
現実的な話をすると、テストや偏差値という概念はそれが有効な分野だけに使って、子どもたちの能力の評価のようになるのは無くすべきというのがウ・サギの考えです。何かその人自身が身につけたいと思う技能があるなら、到達度を確認するために評価をもらうのはありだと思いますが、誰かが誰かを勝手に評価するのはマナー違反だとウ・サギは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/7/18
Q.寿命や若さ学力や体力などを数値化してそれを通貨代わりにしたら世の中の悩みが解消しそう
この記事の担当 所長室

Q.世の中から通貨が無くなって、寿命や若さ学力や体力など全員が持つ生命力が数値化してその数字を通貨代わりにやり取りしたら世の中の悩みの大半は解消しそう。

A.無ササビ:人間の持つあらゆる要素が数値化され、それを直接トレードすることができる世界…面白い発想だなと思いつつ、この世界の切ない歪も感じる無ササビです。補足も読ませてもらいながら、質問者さんの経験から世の中の「無いものねだり」の矛盾に対するやりきれない思いがひしひしと伝わってきました。 確かにお金という間接的なものではなく、求めている「そのもの」を労働や自分の余っている能力と引き換えに手に入れられたら、今ある理不尽な悩みの多くは解消されることもあるのだろうなと感じます。一方で、そういう世界だったら…と少し想像すると、別の悩みも生まれそうだなとも思いました。例えば、寿命や知能や美しさが本当に売買できたら、それらは”能力”ではなく”資産”になるのではないかと思います。そうすると今度は、お金の格差ではなく、生命力そのものの格差が広がるかもしれないな…と。若さを売らざるを得ない人、健康を削って生活する人、寿命を差し出して家族を養う人…そういう社会も、きっと生まれてしまうだろうなと考えていました。
補足に書かれていた質問「皆さんなら何を1番手に入れて、何を仕方ないと手放しますか?」に答えさせてもらうと、無ササビが手に入れたいものを一つ選べるとしたらたぶん”心の回復力”かなと思います。どんな能力があっても、何度転んでも少しずつ立ち直れる力がなければそれを活かすことも難しいと感じるからです。逆に仕方ないと手放すもの…うーん、選べないというのが正直な気持ちです。寿命や健康、知識などはどれか一つだけをとって切り離せるものでもないよなとどうしても思ってしまいます。きっと、それぞれの答えがその人にとって何をいちばん大切だと思っているものかを映し出すのかもしれないですね。架空の世界の話とはいえ、”人生は欲しいものと持っているものが、あまりにも噛み合わない”ということを深く考えさせられる質問だなと無ササビは感じました。

ウ・サギ:例えば容姿コンプレックスの人が整形して全員楽になるかというと、逆にもっと苦しくなった場合も知っているので、解消する悩みもある一方で余計に深くなったりこじれてしまう悩みもありそうだとその世界を想像しました。誰しも生きる上では一つや二つ解消しきれないかつ重たい悩みや想いを抱えることになる気がしていて、悩みを解消することよりは、それを背負いながらどう生きるかにウ・サギは興味があります。また、その悩みが自分を破滅させるほどのパワーをもたないような社会にするためには、価値観の偏りがなければいいのではないか?などとも考えています。
何を手に入れて何を手放すかを考えると・・・う~ん・・・手に入れたいものでぱっと思い浮かんだのは、投資など不労所得でお金を稼ぐ能力です。これは自分が金儲けをしたいわけではなく、生きづLABOなど社会活動用の運営資金の確保を、手間をかけずにできるようになりたいという目的です。仕方なくというかわりと歓迎して手放したいのは寿命ですかね。社会活動への情熱や責任感はあるので、ある程度それを遂行し拡大するための時間はほしいですが、もし寿命があと50年とかあるなら20年分くらいは気楽に手放してしまうかもしれません。でも誰かの寿命をもらって長生きするのがまかり通るのは、倫理的にはとてもよろしくない気がします。

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うさえなが所長
うさえなが所長

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update 2026/7/18