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Q.社会は私を助けてくれなかったのに、なんで私が社会のために頑張らないといけないの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.社会は私を助けてくれなかったのに、なんで私が社会のために頑張らないといけないんですか?

A.カエルも特別誰かに助けられた!とはあまり感じていませんが、感じなくても事実けっこういろいろな恩恵を受けているものだと思っています。恩恵は空気のように当たり前のものとなって気付きにくいですが、助けてもらえなかったことやひどいことをされたことは忘れられないので、意識にのぼりやすいとカエルは思うのです。ひどいことをしてきた相手がそれに無自覚で、自分に当然のように貢献を求めてくると感じるなら、余計に意識にのぼることも多くなるだろうと思います。
助けることとか役に立つことを、カエルはもっとひろ~いものだと思っています。毎日食べている食べ物も使っているもの(こうして使っているパソコンやスマホやインターネットなどの通信手段)も、当たり前に享受していますが、カエルの力だけでは何もできず頼りきりだと思います。そして人間が生み出したシステムだけではなく、水や空気も人間とカエル同じく必要不可欠な存在で、助けられていることを忘れたくないとカエルは思っています。カエルは水や空気に支えられていると思うから、必要以上に水や空気に負荷をかけたくないと思うし、カエルにできるちょっとした努力はしたいと思っています。
ちょっと質問者さんの話とはズレてしまったかもしれません。カエルは社会を地球規模でとらえてしまうので、一方的に助けられてばかりの人もいなければ、一方的に誰かの役に立ち続けている人もいないと感じるのです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/18
Q.自分の中にある何かを言語化しようとすると苦しくなったり気持ち悪くなったりする
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分の中にある何かを言語化しようとすると苦しくなったり気持ち悪くなったりする
なんでなんだろう
どう思いますか

A.素直に考えれば、意識したくない、言葉にしたくない、まだ触れたくない思い(傷つき体験に関係する何か)があるということになりそう……?とウ・サギは思いました。あくまでウ・サギ説なので、真実は質問者さんの中ですが、苦しくなったり気持ち悪くなるというのは、言語化したら今の生活においての不利益やリスクがあるよ…!みたいな、サインなのだろうとは感じます。あまり安全や安心のない環境では特に、あえて見ない、意識しないことは、自分を守るための有効な一つの方法だと思います。
あとは言語化する行為自体に、周りが否定的であったりして、抵抗や恐怖を抱いている可能性とかもありますかね……?どちらも仮説でしかないですが、ウ・サギとしてはそんなことを考えました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/18
Q.例えばペンギンやクマには色んな種類がいるのに、何故人間だけ全部ホモサピエンスなの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ここで聞いても仕方ない話なんですが
例えばペンギンにはアデリーペンギンやイワトビペンギンがいるし
クマにはツキノワグマやシロクマがいるのに
何故人間だけ全部ホモサピエンスってことになってるんだろう?

A.とても興味深い質問だと思い、カエルは真剣に調べました!人間も随分と昔には、ホモサピエンス以外にネアンデルタール人とかフローレス人とかもいた時期があったのですが、頭脳と文明の力で環境を整えたため、ホモサピエンスに一本化されてしまったようです。
ペンギンやクマやカエルは自然界を自力で生き抜くしかないので、環境に応じていろいろな種類が共存する必然性があるけれど、ホモサピエンスは文明を高度化させて、どこでもほぼ同じように生きられるような仕組み(家、ライフライン、温度管理、食料供給など)を作ったため、いろいろな種類に分かれる必要性がなくホモサピエンスだけになったんだとさ。今後、環境破壊が進んだり、ものすごい環境変動が起こり、人間もサバイバルして生きるようなことがあれば、ホモサピエンス以外の新種が現れてもおかしくはないのかもしれません。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/18
Q.生きづLABOが「障がい」表記を使う理由の質問を見たが「障害」のほうがサイトに合ってない?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.Q.生きかたカエルさんが「障害」ではなく「障がい」と使う理由は何ですか?の質問を見て調べたのですが、「障害」表記のほうが生きづLABOには合っているんじゃないかなと疑問に思いました。

A.編集注:障がい表記は個人の属性に「害」は良くないという個人モデルの発想で、社会モデルで考えるなら障害は社会にあるのだから、障害表記の方が適切なのでは?という話になります。補足には他にも質問者さんの考えが丁寧に書いてありました。

*生きかたカエルから*
質問者さんのご意見はごもっともで納得できるものと感じました。結論から言うと、ぶっちゃけカエルは使いたい人によってどちらでもいいと思っています。カエル的には「害獣」「害虫」という概念になじんでいるゆえ、「障害者」の表現にはその人自身が何かしら害があるような印象に直結してしまい、漢字を使うことに抵抗があるため、平仮名にしたい派です。そもそも、害獣や害虫も人間の都合でつけられた失礼な表現ではあるのですが…。社会モデルで考えたときの合理性はわかりますが、自分の属性表記に「害」が入っているのは嫌だなぁと思う人がそれなりに多いのであれば、できるだけ使わないようにするという方針もあるとは思っています。ただ、(補足に書いてあった)平仮名にしただけで配慮した気になってしまう危惧も「それな」と思います。本来は、漢字が平仮名かという問題ではなく、こうして議論できることがもっとも大切なのだろうとカエルは思いました。

*ウ・サギから*
たしかにその方が筋は通っているなと思いつつ、だとすると○○障害ではなく、さらに厳密なニュアンスで言葉を作りませんか…?と前のめりになってしまうウ・サギです。例えば発達障がいについては、状態像で言うなら「社会生活不具合(発達特性に起因)」、性質だけで言うなら「発達特性マイノリティ(我が道、自己完結傾向)」といった感じが希望です。発達障がいについて話を続けると、ウ・サギは神経多様性の捉え方をしているので、実は発達障がいという言葉自体、本当は使いたくないなあという気持ちもあります。とはいえ実際に社会が障害を生んで不利益や不便を被っている当事者がいる以上、多様性だなんて綺麗な言葉で片づけていいものではないと感じますし、少数派というより不当に劣位に置かれているという意味で広まってくれるなら、発達特性マイノリティが一番いいのでしょうかね……。カエルさんの言う通り、こうして議論できることが大切だとウ・サギも思うので、いい質問をありがとうございました。

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update 2026/2/18
Q.感情って生き残るためのシステムのはずなのに、なぜ「消えてしまいたい」などと思うの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.感情って生き残るためのシステムのはずなのに、なんで「自分が嫌い」「消えてしまいたい」「存在を消したい」と思うの?

A.それは、感情さんが言葉足らずだから起こっている不思議現象だとウ・サギは思います。
・自分が嫌いは、自分が嫌い(としか感じてしまいほどに生きるのがストレス、しんどい)
・消えてしまいたいは、(今の環境に居続けるくらいなら)消えてしまいたい
・存在を消したいは、(この関係性の中にいる自分という)存在を消したい
という、つまり現状のストレスを訴えているサインだとウ・サギは考えています。「このままでは私が私として生きられなくて、死んでいるみたいです。環境やつながる相手を変えてください」みたいなことを言っているイメージです。あくまでウ・サギ説なので、合っているかはわかりません…!

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/18
Q.大人は悩みがあったら誰かに相談しなさいというけど、そんなの綺麗事だと感じる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.大人はみんな、悩みがあったら1人で抱え込まず誰かに相談しなさいというけど、そんなのただの綺麗事だと感じるし、そういう声があってもオーバードーズしてしまう若者が増えていたり、辛さや苦しみを話せない人がいなくならないのはどうしてだと思いますか。

A.実に鋭い質問で、大人が向き合わないといけない、大切な問いかけだとウ・サギは思いました。
ウ・サギの答えとしては、そもそも相談は共同作業なので、聞き手の力量が至らないという点がまずあると思っています。だから「相談しなさい」ではなく「相談してほしいので、相談をしてもらえるように頑張ります」とメッセージを発するべきとウ・サギは思いますし、そういう謙虚さや、自分自身に向き合う姿勢が、社会に不足しているように思います。(ウ・サギも気をつけないと……)
次に、大人個人の頑張りのレベルを超えて、社会に「自己責任論」という考え方、「迷惑をかけてはいけない」というウイルスが爆発的に広がっていることも理由の一つだとウ・サギは思っています。自分一人だけで生きれる人はどこにもいませんし、本来、社会というのは助け合い、支え合いで成り立っているものなのですが、みんなそれを忘れてしまって、「困るのは自分のせい、自分の努力でどうにかするべき」という考えが広まってしまっています。生きづLABOとしては、その「迷惑をかけてはいけない」ウイルスに非常に危機感を抱いており(ウ・サギの心の中にも、油断すると増殖してきます)、みんなと一緒に考えていきたいと思っています。
また、コミュニケーションについて、相手の求めている正解を言う形で生き延びるしかなかった人が多いことも、もっと大人は知って考えないといけないとウ・サギは思っています。
1人で抱え込まずに相談してほしい(ウ・サギの感覚で言うならシェアしてほしい)とウ・サギも思うのですが、どうしたらそれが綺麗事ではなく広がるのか、向き合って試行錯誤していきたいです。鋭い質問をありがとうございます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/15
Q.「友情面の好き」と「恋愛面の好き」の境目ってなんですか?
この記事の担当 所長室

Q.質問です。「友情面の好き」と「恋愛面の好き」の境目って、なんですか?たまに、わからなくなります。教えてください。

A.ウ・サギはこれについては絶対的な回答はないと思います。「友情」「恋愛」と同じ言葉を使っていても、友情や恋愛のニュアンスや求めているものは人それぞれ少しずつ違うでしょうし、その二つを分けない感じ方や考え方も存在します。
とはいえ、個人(個体)ごとに回答はあると思うので、何体かの意見を聞いてみましょう。

*ウ・サギの場合*
感情についてだけ言えば、友情と恋愛の境目はウ・サギはあまりないというか、「好き」は友情でしか生じなくて、「この相手とは恋愛もしたいかも」と恋愛オプションをつけたい意欲が相手や場合で揺れ動きます。いわゆる友達関係と恋愛関係のどちらが上位はないし、恋愛は友情のおまけでしかないので、友達が複数いても構わないのに、恋愛する相手が同時に複数だとダメと言われるのもわかりません……。ちなみに恋愛オプションつけたい意欲は、同じ相手に対しても自分のコンディションによって気まぐれに変化するので、ウ・サギにとっての恋愛感情は「好き」というのは相応しくない何かだと思っています。

*しきぶとんゴロン猫の場合*
わからなくなる気持ち、とてもよくわかる。ゴロン猫は一緒に働き友達だった猫が、今のパートナーになりました。会ってすぐ雷に打たれたような強い衝撃が走り、好きが降ってくることもあるようだけれど、心を許し、共に過ごす時間をいつまでも持ちたいと願う気持ちが徐々にしまってもしまいきれない、そんな好きもあると思う。その境目は難問で曖昧なのかもしれない。

*無ササビの場合*
きっぱり線を引ける人のほうが少ないテーマかもしれないですね。無ササビもハッキリと、こうです!とは明言できないのが正直なところです。ただ、何となく思うこととして、友情面の好きは「一緒にいると安心する」とか「気づいたら話が盛り上がっている」などその人の存在が日常の延長線にあって、恋愛面の好きはそこに少しだけ「特別でありたい」とか「もっと距離を縮めたい」などの要素が混ざってくることなのかなと。境目というより、”その人とどういう関係でいたいか”のイメージが、友情か恋愛かどちらかを判断するヒントになるのかなと無ササビは感じています。

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update 2026/2/15
Q.AIをどこまで信用していいのか分からないが線引きはある?
この記事の担当 所長室

Q.書いた文章やネットで調べても出てこないことをChatGPTに意見を求めることが多いのですが、どこまで信用していいのか分かりません。皆さんは線引きとかありますか?

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update 2026/2/14
Q.働けば働くほど搾取されているのではと思ってしまう
この記事の担当 所長室

Q.働けば働くほど、自分は搾取されているんじゃないかと思ってしまいます。ありがとうと言われるために人を手伝うわけじゃないけれど、何も言われないと寂しいと思ってしまう自分がいます。どうしたらいいでしょうか。

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update 2026/2/14