Q.所長さんたちはいわゆる高学歴(偏差値の高い大学を出た人)のことを凄いとか思いますか?その理由も教えてほしいです。普段、反学歴主義?なことを言っているように思えるので、質問しました。私は凄いと思うけど、能力的に高学歴にはなれないなと思います。
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Q.所長さんたちはいわゆる高学歴(偏差値の高い大学を出た人)のことを凄いとか思いますか?その理由も教えてほしいです。普段、反学歴主義?なことを言っているように思えるので、質問しました。私は凄いと思うけど、能力的に高学歴にはなれないなと思います。
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Q.私は障害持ちなのですが、障害を障がいって表記されるのが嫌です。
幼稚に見えてバカにされてるみたいな気持ちになるし読みづらいし、形だけ配慮してるみたいで嫌いです。
配慮の方向が迷子だと思います。障がいって表記されて何が嬉しいんですか?
A.なるほど、表現に対する思いや印象は人それぞれですから、障がいという字が嫌だと感じる人もいるのだなと思います。逆に障害という表現がとても嫌な人もいるし、どっちでもいいやという人もいるし、考えたこともないと思う人もいるでしょう。カエルはそうした議論になるのが重要だと思っています。質問者さんも漢字の問題というより、扱いや配慮について言いたいことがあるのだろうと感じました。カエルは障がいと表記することは配慮だとは思っていません。カエル自身が漢字表記にちょっと嫌だなと思ったので、平仮名で書いています。どちらを使うのも、使う側の裁量があってしかるべきだと思いますし、それを見てどう思うかもそれぞれで、何がよくて何が間違っているということではないとカエルは考えています。
回答:生きかたカエル

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Q.絶対的に死んじゃだめって否定されるよりもあなたが生きてると困るな〜😅(これは誇張してるけど)って言われる回数の方が多いと思うんだけど。おかしくね?
A.それはおかしいし、理不尽だし、ダメージを受けるな…と感じました。
補足に「死んじゃだめな理由を教えて」とあったので、そこについて真剣に考えるなら、基本的には誰一人死んでいい人はいないとウ・サギは思っています。いずれ誰もは死ぬという意味では死自体にいいも悪いもないですが、誰かの都合や事情で「あなたは死んでいいです」とか「死んだ方がいいです」とか差をつけていくなら、そういった世界は恐ろしいと思います(死刑だけは話がまだ複雑になりますが…)。
「生きてると困る」なんて横暴を許さないために、死んじゃだめです、一緒に闘いましょう、とウ・サギは思っています。ただ、ダメージを受けている状態では闘う意欲もエネルギーもないと思うので、とりあえず先に勝手に闘っておきますという気持ちで活動しています。
回答:ウ・サギ

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Q.学校 の 授業 って なんのため に あるんです かね ?
生徒 と 先生 は 別 なので 先生 は 生徒 の こと なんかどう なって も いい と思ってるん じゃ ないか ? と 勝手 に 考えて しまい ます 。
A.その疑問はもっともだと思います。ほぼ強制という言葉の通りだと思います。あなたが薄々感じているように、大人たちもまた、必ずしも子どもたちの為にやっている人ばかりではないでしょう。(子どものために頑張っている人もいるとは思いますし、それぞれの想いもあるとは思います)
大人も子どもも、産まれてきた時にはすでに社会のルールや仕組みが出来ていて、この社会でいいですと承認したわけではない。でも生きていかねばならんという時、多くはこの社会に慣れることを頑張るというのが今の人間たちのように見えます。学校はそういう目的が強くなっているようにも見えます。しかし、一部には慣れる事ではなく、変えることを頑張っている人たちも居ます。あなたが疑問に思っている道徳という気持ちの持ち方を押し付けることも含めて、今の教育を変えようとしている大人達もいます。教育以外にも、社会に疑問を持ち、少しでも変えようとしている人達がいます。あなたは、社会の当たり前に疑問を持っていて、その目はとても大切な視点だとも思います。同じような視点を持って生きている人、変えようと頑張って居る人達は必ず居ますから、いつか出会って、語り合って、共に少しでも変えていけるといいですね。
回答:宿貸しやどかり

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Q.デモってどれくらい意味があると思いますか?
それが精一杯な当事者がするのと、他の支援をする余裕がある支援者がするのとでは変わってくると自分は思いますが、どう思いますか?
A.カエルはデモはある種の自己表現であると思うので、やっている人たちが何かしらを表現できるのなら、それでいいと思っています。デモに限らず何かの意味は捉える人たちそれぞれであって、他の人が意味があるとかないとかいうことではないかなと思います。やっている人がどう感じるか、それを見た人がどう感じるのか、どうとらえるのか、それぞれだろうと思うのです。
そういう意味ではデモを直接見かけることは多くないので、報道や情報発信などの媒体がけっこう大切になると思います。やっている人たちより、そうした報道など情報の媒体が影響力を持つことを考えると、そのあり方が気になるカエルです。
回答:生きかたカエル

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Q.新発売のゲームに、学びたい言語と母国語を選ぶと全ての場面で2つの言語を同時に表示してくれるという言語学習機能が搭載されると発表されました。もしかして未来の学校教育ではゲームを活用して何かを学ぶようになる事も考えられるのでしょうか?
A.学びたい言語と母国語の同時表示は面白そうですね。ただ、昔ウ・サギは同じような機能のある本(海外文学の英文と日本語訳や両方載っているもの)を持っていたことがありますが、英語を覚えることにはつながりませんでした…笑 学習につながる可能性は間違いなくある機能だと思いますが、効果があるかは人によって差が大きいかもしれません。
未来の学校教育でゲームを活用して何かを学ぶことについては、全然考えられるとウ・サギは思います。一人一台タブレットの時代ですし、今もすでにやっているところがある気も…?
ただ、未来の「学校教育」を考えると、ゼロからみんなで考え直したいというのがウ・サギの希望です。もしかしたら読み書き算盤以外はせずに外で遊ぶことがメインになるかもしれないですし、とにかく自由に話し合うことが授業になるかもしれないですし、お勉強という狭いくくりじゃなく、本当にみんなの学びにつながるあり方を創り上げていきたいものです。
回答:ウ・サギ

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Q.世の中の「若者向け」と書いてあるものが、ゲーム、アニメ、デジタル、メタバースばかりで、つまらないです。
私はスマホとか見てると疲れるから、ゲームより、小説を読んだり、歌ったりする方が好きです。
私は若者になってはいけないんでしょうか。
A.「若者向け」と言われているものに対して質問者さんが抱く違和感は、若者像が勝手に限定的なものに括られていることへの窮屈さも感じていたりするのかなと想像していました。あくまで「若者向け」と銘打っているのは企業のターゲット戦略であることが多いのかなと無ササビは思いますし、実際には、ゲームやアニメといった類に興味のない人も少なくないのではないかと感じています。質問者さんの「小説を読んだり、歌ったりする方が好き」という感覚は決して時代遅れでも変でもないですし、それでもし若者ではないとされてしまうのだとすれば、あまりにも”若者の定義”が狭すぎる!と無ササビは思ってしまいました。つまらないと感じているものを無理に興味を持つ必要はないですし、質問者さんは質問者さんのままでいていいと無ササビはお伝えしたいです。
回答:無ササビ

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Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
死にたいほど辛い体験をしてきた人が、自分を苦しみから救うために自殺するのに、命を絶つ時に耐え難い身体的・精神的な苦痛を味わうことは皮肉なことだと思う。
A.補足も読み、死にたい気持ちを抱えた一個人の心情としては実にまっとうなものだと思いました。安楽死の是非はさておき、「こんな苦しい世の中ならせめて安楽死を」と声を上げることや、そこから真剣に議論をすることには、大きな意味があるとウ・サギは思っています。だから質問者さん個人に対してだけなら、本当は何も言わずただ主張を受け止めたい気持ちなのですが、生きづLABOを訪れる色んな人(マジョリティ含む)を想定すると、社会的公正を目指す生きづLABOの立場上少し書いておかないといけないことがあるので、ここからは自殺を安楽死として合法化することへの反対意見を書かせてもらいます。ごめんなさい。
補足で質問者さんも書いていた通り「自殺は社会問題」です。極端な表現をするなら、自殺は社会が個人を追いつめた殺人と言えるとウ・サギは思っています。つまり、自殺を安楽死として合法化するのは「今の社会が苦痛ならどうぞ死んでください」と、国家が開き直って殺人(マイノリティの切り捨て)を肯定するという意味合いを持つとウ・サギは思います。今も実際は切り捨てになっている現実があるのはわかっていますが、だとしたら切り捨てられない社会にしていくべきで、どんな理由があれど殺人を肯定することはウ・サギにはできません。また、安楽死といえど死にたい人一人だけの力ではできず、制度となれば事務手続きに携わる人や医療関係者など、誰かの力を借りることになります。死刑執行のボタンでさえ相当な心理的負担があると聞きます。いくら本人が死にたいと望んでいても、死刑になるほどの罪があるわけでもなく、体もまだ生きられる人の死に、協力していいと思う人がどれほどいるのか?もしいるとしても、自殺ほう助に抵抗を感じない人間が増えるのなら、それはそれで危ないのではないか?そうウ・サギは気になってしまって、「安楽死……したい気持ちはわかるけど……でも……」とどうしても首を縦には振れないのです。
回答:ウ・サギ

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Q.みんな裏があるじゃないですか。優しい人ほど孤独を感じてて、笑ってる人ほど過去に辛い経験があったから皆にそれを見せないとかそういうのは本当だと思いますか?
A.裏があるとやみーペンも思っている!でもそれが裏なのかどうかは最近悩むところ。全部を相手に表現するかどうかは自分が決めていいことだし、どんな表現するかも自分が決めていいところだし…だから、こんな表現しているからこういう存在だって決めれないかなぁ。
回答:やみーペン

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Q.自殺について検索すると、今はほとんどが自殺防止に関する相談窓口や自殺未遂をした人の体験談で埋め尽くされます。私はこれが息苦しくてとても嫌な気持ちになります。AIはもっと厳しく、僅かに生きづらさの話をしただけで相談窓口を案内されてしまいます。ただ自分の気持ちと向き合って、感情の裏まで掘り進めて自分を知りたいだけなのに。そこに適当に綺麗なものを被せて表面だけ美しく整えてグズグスで汚い中身を閉じ込めて、そんなものはなかったと漠然とした社会全体が安心したいだけじゃん、と思ってしまいます。確かに情報にアクセスできてしまうと危険性はあると思いますが、だからと言ってこれも違うんじゃないの?と思っています。実際支援の立場にいる皆さんはどう思いますか?
A.ウ・サギ:質問者さんの意見に共感し、うんうんと頷いているウ・サギです。検索エンジンやAIは営利企業がやっているものなので、経営の安全が最優先にはどうしてもなるのでしょうが、しんどい気持ち→相談して解決、といった発想はとても個人モデルで、問題の本質を見失う危うさがあると感じます。哲学用のAIがあってもいい気がするし、相談窓口は「必要に応じて支援も行う哲学窓口で、聞いた声を総合して社会づくりをしていく活動体」といった位置づけとして発展していく必要があるのかも…?とも改めて思いました。
やみーペン:うーん、SNSやネットの使い方・付き合い方が整理されていないのにどんどんと身近な存在になってきてしまったことにやみーペンは不安な気持ちでいっぱいかも?ちょっと早すぎて手に余る存在になり得ることをみんなで確認し合う必要はありそう…
もふぱか:AIは相談窓口を案内するし、相談窓口に相談しても質問者さんが言うように感情の裏まで掘り進めてみることが必ずしもできるわけではないからこそ、質問者さんとしては嫌な気持ちになるのかなと想像していました。もふぱか的には自殺以外の話でもそうですが、一緒に話して考察を深めたり、ただそこを漂うことができる場所が今の社会には足りていないよなぁ…と思います。もふぱかとしては、質問者さんの意見を各種相談窓口に伝えたい気持ちになりました。
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