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タグ家族
Q.親の実名を出さずに「親に○○されてつらかった」などネットに投稿するのは良くないこと?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親の実名は決して出さずに
「親に〇〇されて、私は、つらかった」
「私の親は過保護だ、過干渉だ」
「私の親は毒親だ」
ということをネットに投稿するのは
親への悪口でしかないのでしょうか?
良くないことなのでしょうか?
酷いことなのでしょうか?

A.世間が何を「良くないこと」とするかは時代によって変わるものですし、良くないことは全て禁止すべきか?というのも難しいところですが、そういう哲学的な話は置いておいて、親の実名を出さずにネットに親へのネガティブな感情を投稿することの問題点を考えてみますね。
結論から言えば、ウ・サギとしては問題あるとは思えませんでした。身体や生命を脅かしたり、強い立場の人が弱い立場の人を抑圧したり、実名でバッシングする等他の不特定多数の悪意が向くようにする行動は酷いことに該当すると思いますが、匿名で親(自分より強い立場)の人への愚痴や、つらかった気持ちを書くことは、ウ・サギ基準では酷いことには当てはまりません。
ただし「こんなことは絶対的に誰がどう見ても酷いことです」みたいことじゃなくても、相手にとっては酷い(と感じる)ことであるときはあります。自分と相手では見えてるものや感じることが違うので、「自分側の見えているものが絶対真実で、あなたの方が間違っている!」という論調でぶつかると、お互いにダメージを負うかもしれません。といっても、じゃあお互い様だよねというのも違って、どう感じたかの聞き役になって受け止める役割は、まずは強い側の方にあるとウ・サギは思っています。
ネットに親へのネガティブな投稿をすることについては、親にとっては酷いことに感じられる場合はあると思います。だからといって、親へのネガティブな投稿をするのが許されないとはウ・サギは全然思わなくて、質問者さん自身が自分の傷ついた気持ちと、親が傷ついた気持ちの、どちらを大切にしたいかで決めていいのかなと思いました。「私の親は毒親だ」などと思うのは自分の自由で、誰にもそれを責める権利も、制限する権利もありません。もしネットへの投稿やその他行動を我慢するにしても、自分の気持ちを否定することはしないでいい、しない方がいいとは、ウ・サギは強調しておきますね。

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update 2025/12/2
Q.過去に虐待を受けて大人になっても後遺症で苦しんでいる私達にももっと目を向けて欲しい。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.子供が今虐待を受けてることに対して救われるのはもちろんなのを前提の上で、過去に家族などから虐待を受けて育って大人になった今もその後遺症に苦しみながら生きてる私達にも、もっと目を向けて欲しいです。

A.カエルもずっとそれと同じことを考えています。カエルの知り合いで、精神科病院に本人の意思ではないのに長期間入院させらていた人たち(つまり、社会の仕組みによって人権侵害をされてきた人たちと言えます)と一緒に「自分たちがこんな目にあっているのを知っていて助けてくれなかった。社会としての責任を怠った」と国に対して裁判を起こしている人がいるのですが、カエルはそれを聞いて「虐待を受けている人たち、受けた人たちも同じだ!」と思ってしまいました。
こうした裁判は賠償請求をしているわけですが、訴えている人が個人的な補償を求めているというより、そうした課題に目を向けて、よくないところは認めて、今後に改善をしてもらいたいという社会全体への提案があるとカエルは思っています。裁判というのは一つの方法ですが、それ以外にも虐待などの子どもの頃の人権侵害が、大人になってからも様々な後遺症などの支障として当事者を苦しめている実態がもっと理解され、それを未然に防いだり、大人になってからのサポートも安心して受けられることを願っています。生きづLABOもそのためにやっているとカエルは思っています。

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update 2025/12/2
Q.家で罵声を聞くのが辛い。自分が言われている訳では無いが自分が削られる感覚がする。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.家で、罵声を聞くのが辛い。
自分が言われてる訳では無いが、親が弟に対して怒ってたり、弟たちが癇癪起こして怒ったような声だったりで、自分が削られるような感覚がします。
また、親が怒る内容もなんだか自分にも当てはまるような気がして苦しいです。

A.罵声を聞くのはしんどいですね…。自分が言われてなくてもダメージを受けるのもわかりますし(ウ・サギもとっても苦手です)、「自分に当てはまるかも」と考えてしまう場合、罵声がさらに自分を消耗させてくるだろうと思います。大人が子どもに対してする振る舞いとしては、どんなものだろうと罵声はしんどいものだと思いますが、補足の内容から、怒ってくる内容も理不尽だと感じました。親に親なりの期待や理想があるのまではギリギリ仕方ないにしても、子どもは自分とは別の人間であり、人は自分のことは自分で決める権利があるので(それが周りに実害を与えている場合は、全部自由とはいかず、周りと相談することにはなりますが)、周りが強制したりコントロールしようとするのはマナー違反だとウ・サギは思っています。
何かを強制してくる人間と一緒に住まなくてはならないのは、残酷なことだとウ・サギは感じます。安心して過ごせないような家、自分が削られてしまうような家からは、出られる選択肢がきちんとあるべきだと、改めて思わされました…。

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update 2025/11/30
Q.頑張っても結果が伴わない。親や先生からの期待をすごく感じてしまう。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.頑張っていると自分では思っているのですが、結果が伴いません。親や先生、人からの期待や押し付けのようなものをすごく感じてしまいます。それに応えようとして努力したら妬まれたりします。どうしたら頑張ったことを認めてもらえると思いますか?

A.頑張ったことを認めてもらう方法ですか、なるほど…。他者がどう感じどう行動するかをコントロールすることはできないので(お願いすることはできますが)、今認めてくれていない人へのアプローチを頑張るよりは、認めてくれそうなタイプの人を探すほうをウ・サギは基本おすすめしています。
今の社会は「努力はすべきだし、良いことである」「結果を出せない努力なら意味がない」といった風潮があるとウ・サギは感じるのですが、その二つともに異議あり!と思っています。努力はするもしないも、その人の自由で、良いことかそうじゃないかは本人だけが決められるものだと思います。また、努力した当人が満足できるだけの結果が出なくても、プロセスに大いに意味はあるとウ・サギは感じています。努力するからには目標や理想があり、それに対しての達成度を結果としてジャッジするのだと思いますが、何かをやってみて何が身につくか、得られるかは、もっと複雑で多様なものだとウ・サギは思っています。自分のパフォーマンスを上げようとしてみた調査結果を得られる、適性を知る参考になる、自分のキャパの把握につながるなどのデータをとれるのは確定の成果だと思いますし、努力の結果しんどくなってこうやって質問する行動に出て、そこで何かが得られたのだとしたら、それもつまりは努力の結果が出たということだとウ・サギは思うのです。
(補足にあった運営のアイデアもありがとうございます!実現するかはわかりませんが、とても参考になりました)

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update 2025/11/30
Q.弟の彼女にずけずけと家族の領域に入ってくるなと思ってしまう
この記事の担当 所長室

Q.僕は弟がいるのですが、付き合い始めて1年半くらいの弟の彼女が憎くて仕方ありません。なんか、弟を取られたような気がするというか、ずけずけと家族の領域に入ってくるなって思っちゃうんです。今も、弟が彼女と一緒にお泊まりしていると思うと吐き気がしてきて、何となく死にたくなります。こんなのおかしいのかなとも思いつつ、気持ちが悪くなる自分とそんな自分を責める自分の間で揺れ動いています。

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update 2025/11/29
Q.親が友達の悪口言ってて親同士の会話も繋がされ家の居心地が悪い
この記事の担当 所長室

Q.虐待、育児放棄、そういうのじゃないんです。友達の悪口親が言ってて保護者とも全く関わらず私が親同士の会話繋いでて、家でも居心地が悪いです。でも学びや衣食住はあるから感謝しないといけなくて誰にも相談できなくて、、生きるのが辛いです。

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update 2025/11/29
Q.行きたいところはないが家が嫌で出かけている。泣きそう。
この記事の担当 所長室

Q.特に行きたいところはなかったのですが、家で家族と関わるのがどうしても嫌で、出かけています。行きたいところもやりたいこともなく疲れ果てているのでカフェでぼんやりしてます。家に帰りたくなくて、泣きそうです。

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update 2025/11/29
Q.つらい気持ちを伝えられたら心が楽になるかなと思うのに、家族や友達の前ではかくしてしまう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.しにたい、つらいという気持ちを伝えられたら心が楽になるのかなと思うのに、家族や友達の前では作り笑顔でかくしてしまう。学校や家族の前では、明るく頑張っているからこそ1人になると辛くなる。どうするのが、いいんでしょうか?

A.作り笑顔をしたり仮面をかぶるように過ごすのは、一定期間頑張れてしまうと、辞め時や辞め方みたいなものが(辞めるまでいかなくとも、ちょっと仮面をはずしてみるのも)なかなか難しくなりますよね・・・。ウ・サギもとくに学生時代は、自分の内面を隠そうとする気持ちが強かったです。
いつもニコニコしてられる人なんていないと、せめて大人はちゃんと気づいて、つらい気持ちを話しやすい雰囲気や関係づくりをしてくれないと困るよ、、とウ・サギとしては思ったりします。子どもはまだ他者理解の経験が浅いので、表面的な部分を見て、それを真実だと思いがちなのはある程度は仕方ないかもですが・・・。相手に期待されている、または想定されているものがあるとき、「違うんだよ!」と自分を出す(つらい気持ちなど、普段はかくしているものを伝える)のはかなり勇気やエネルギーの必要なものだとウ・サギは思います。
勇気やエネルギーをかけなくても自分を出す方法としては、保健室の先生やスクールカウンセラーなど悩みを聞く役割の人に話す、同じような作り笑顔をしている人を身近に見つける、まずはSNS相談や安全なオンライン居場所などで気持ちを書き出す、とかは浮かびました。自分をかくしてしまうという悩みを抱える人は多くいると思うので、いろんな人で自己分析してみて、研究してみる機会があるのもいいかもなあ・・・生きづLABOでやるか・・・?!という考えもちょっと浮かんだりしています。

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update 2025/11/28
Q.自己中な父に呆れるという質問を送ったものです。回答に頷くとともにモヤモヤしていました
この記事の担当 生きかたカエル

Q.自己中な父に呆れる、という質問を送ったものです。いきかたカエルさんの意見に頷くとともに、理想を押し付けすぎちゃってたかも↔でもやっぱり嫌い…と気持ちが行き来していて、あの回答をみてからモヤモヤしていました。堂々と父を嫌いでいていいですか?

A.堂々と父親を嫌いでいてください。所長たちはそれはもう、みんなその気持ちを尊重します。他の所長たちからも一言もらいたいと思います。

うさえなが:いいと思う!
ウ・サギ:感情は勝手に湧いてくるものですし、嫌いで全く問題ありません。自慢じゃないですが、ウ・サギも嫌いなものがいっぱいあります。
やみーペン:嫌いでいいよー!嫌いがいっぱいになっても時々変わっても、なんでも自由なんだよー!

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update 2025/11/28
Q.鏡を見たら白髪が生えてて、昔白髪を母が無理やり抜いてきたのを思い出してつらくなった
この記事の担当 ウ・サギ

Q.鏡を見たら白髪が生えてて、昔、僕に生えてる白髪を、僕が嫌だと言っても母が無理やり抜いてきた(それも毎晩)ことを思い出して、つらくなったよ。痛かったし、やめてって言ってるのにやめてくれないのが怖かった。

A.それはつらいし、想像するとなかなか恐怖体験というか、尋常ならざるものをウ・サギは感じました・・・。からだは自分自身のものなので、無理やり白髪を抜いていい権利は誰にもないし、保護してくれる存在であるはずの相手に、やめてと言っても届かないのはショックの強いものだと思います。
どうして母が白髪を抜くことにそこまでこだわったのか・・・老いることや老いて見えることへのネガティブな評価が、女性だと内在化されやすいのだろうか?と想像したりはしましたが、それで何が許されるわけでもありません。やめてと言われても髪を抜くなんて、外での人間関係ではほとんどないことだと思うので、親が無自覚に子どもを自分の従属物みたいに扱ってしまう風潮も感じて悲しくなりました。

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update 2025/11/28