Q.せっかく最近自我が育ってきた感があるのに、私が親にとっての良い子じゃなくなってるって親にバレたら酷いことされたり、見捨てられるのかな…。一方的に暴言とか吐かれるのかな…?って恐怖感で心が支配されてます。怖い!たすけて!
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.せっかく最近自我が育ってきた感があるのに、私が親にとっての良い子じゃなくなってるって親にバレたら酷いことされたり、見捨てられるのかな…。一方的に暴言とか吐かれるのかな…?って恐怖感で心が支配されてます。怖い!たすけて!
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.両親がよく喧嘩し、その声が聞こえるのが辛いです。弟も、大きな音をたててドアを閉めたり、怒っています。私は自分の部屋にこもるようにしていますが、家ではあまり療養できていないのではと不安になります。何か対策はないか一緒に考えてほしいです。
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.進学を急にダメと言われてしまった。
最初は就職でも進学でもいい、どの分野でもいいと言われていたのに理由もなく急に”進学ダメ、就職にして” と急に言われてしまってどうすればいいか分からない。
進学は諦めるしかない?
A.おそらく親に言われたのだろうと推測しますが、現状として親の援助がある前提で進学する仕組みであることに、まずカエルは異議を唱えたくなりました。
少ない情報からなので進学がどれほど可能そうかは答えられないですが、もし進学をいったん諦めるという方向性になっても、それはすなわち「進学を全く諦める」ということにはならないとカエルは思います。今は諦めても今後に進学する道はあります。カエルも社会人になってから通信教育で学び直しをしましたが、現役の大学とは比べ物にならない学びが深まったと思っています。また、回り道をすることがネガティブなイメージがあるかもしれませんが、学ぶタイミングや動機は本当はそれぞれ違うと思います。親に振り回されることもあるかもしれませんが、それがすべてではないので、自分らしい道を探していくことをカエルは応援しています。
親の理解や援助がない中での進学も、方法はなくはないので、もし詳しく聞きたい場合はまた質問をください!
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.親から虐待されました。学校に行ってなくてキレて首掴んで引きずったりそれ以上のこともやるぞと脅されたりとかです。保護所に行って帰りたくはなかったんですけど迷惑をかけたくなくて帰りました。親と話せないのは変なことですか?当たり前ってなんですか?
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります
カエル 親と話せないのは変なことでは全然ありません。話したければ話せばいいし、親であっても嫌な人であれば話さなくてもいいから、変じゃないです。当たり前は、どの当たり前かな? (質問文から)『当たり前ってなんですか?』って、当たり前は人それぞれ勝手に思い込んでいる基準のことを、当たり前ってみんながそれぞれ言ってるんだよ。当たり前に優劣はない。それぞれが思ってることでいいんだと思ったけど、当たり前に圧があってね。多くの人と違うから「それは違う」って言われるけど、そんなことはない。これ、酷いね。(質問文から)『保護所に行って』って、でも迷惑って……誰の迷惑だと思ってるんだろうね、これ。誰にも迷惑かけてないと思うんだ、たぶん。子どもが虐待されて保護されていることに迷惑はないよ。
ウ・サギ いろいろ見て迷惑なんじゃないかって感じちゃうってことですよね。
カエル 迷惑そうに感じるポイントがあったのかな。
ペン 保護所とかも余裕はないかもしれないけど、大人は子どもの権利守るのに……。
カエル 文句とか言ってる場合じゃない。
ペン じゃないよね。
ウ・サギ やみーペンとかそういうこと気にしてる時代とかありそうなイメージだけど、そうでもない?
カエル 「迷惑かけちゃった」みたいなの、分かる?
ペン 大人見てたらそうでもないよって言いたい。勝手な大人の想像をして、それは本当は大人がただただキャパ不足なだけかもしれないしとか……。大人の役割としてはさ、適切なことじゃん。
ウ・サギ それはそう。
カエル それはそうだよ。責任だからね。
ペン 大人の責任だから。 でも、それを知らない、「大人の責任だよね、それ」って思わないと「迷惑かけちゃった」とか思うかも。
カエル 「お世話になった」とかね。カエルも結構ね、そんなことないのによく言われるわね。
ウ・サギ だから、それがどうして生まれるんだろう。どうしたらなくなるんだろうっていうのが気になってる。
カエル 一つは、親以外の人にはお世話になってはいけないという常識みたいなのがカエルはあると思うから、それをなくしたらいいと思うんだよね。子どもは親以外に世話になってもいいわけよ。子どもはあらゆる大人に世話になる権利があるから、誰でもいいわけ。一番自分が楽な人に世話になりゃいいと思うんだよね。 でも、人に迷惑をかけてはいけない神話が強すぎるんだよ。
ウ・サギ 迷惑をかけあって生きてるのにね。最近、いかに上手に迷惑をかけあうかってことを頑張った方がいいのかなって思ってる。
カエル (コメントで)『職員さんが忙しくしてるのを見たとか?』……いいんです! 職員さん、忙しくするのが仕事なんです!
ペン そういう子どもいなくなったら、職失うからね。
ウ・サギ 仕事奪っちゃったかもしれない。
カエル おとなしくしたらね。いいんですよ。大人に迷惑をかけちゃいけないとかが強く内在化しちゃうっていうかさ。たぶん、環境の中でもそうやって言われたんじゃない? 「お前なんて迷惑ばっかりかけて」とか。本当は違うのに言われ続けるとさ、そう思い込んじゃうところあるから。だからね、気にしなくていいんだよ。またいつでも、嫌だったらカエルは逃げてほしいよ。自分が嫌だと思うことが大事。嫌だと思うことからは逃げる。間違ってないと思うよ。当たり前はね、みんなで考えよう。違うんです。当たり前はない。そんなものはないのだ。
Q.中学生の時、母が先生に「うちの子の成績がこんなに低いわけない!」と文句を言って、それを受けた先生が私の成績を書きかえる、みたいな出来事がありました。もう終わったことだけど何となくモヤモヤします。どう思いますか?
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります
カエル やばいね、これ。
ウ・サギ やばい母だなって思いました。
カエル やばい母だけど、どうした先生って思ったんだけど、カエルは。
ウ・サギ 先生もやばいですね。
カエル 先生やばいでしょ、これ。先生が「いや、そんなことないですよ」って、「正当に成績つけました」って言えば良くないですか?
ウ・サギ つまり、先生と母と質問者という登場人物の中で、まともな思考回路の人が質問者さんしかいない。
カエル いない。大人やばいってことじゃん、これ。中学生と大人ふたりだよ。これ、大人ふたりがやばいってことじゃん。
ペン これは、やばい大人がやったことなので、関係ありませんねって言いたい。
カエル 大人のやばさを知ってしまったんだね。大人に期待もしてたんじゃない?
ペン モヤモヤが?
カエル モヤモヤするってことはさ、大人に対する期待があって、それが裏切られたっていうか。「大人なんかこんなもんだよ」って思ってたら、これモヤモヤしないもんね。
ペン でも、自分の成績表とか内申点とかに関わると、不正入学みたいな気持ちになるのかなって勝手に想像しちゃった。
カエル ああ、そういうこと?
ウ・サギ 補足にその辺は書いてあって、この出来事で「自分のせいで母が周りに迷惑をかける」っていう思考が根付いちゃって、質問者さんが先生のことを擁護してれば……要は「母がご迷惑をおかけしてすみません」っていう気持ちが、自分の罪悪感にもなっちゃってるってことかな?
カエル それでも、お母ちゃんがやったことだから。
ウ・サギ そして先生が勝手にやったことだからね。
カエル 知らないよって。でも発端が自分だから……。
ウ・サギ モヤモヤはしますよね。
カエル とんだとばっちりっていうかさ、巻き込まれたね。侵略行為だよね。その成績にさ、まず母がいろいろ言ってくるのが変じゃん。親が子どもの成績に口出しするのを法律で禁止したらいいってずっとカエル思ってるの。良くない?
ウ・サギ いいと思う。
ペン 宿題禁止!
カエル そう! 宿題禁止令も出そう。任意にしよう!
ウ・サギ やりたかったらやっていいと思うんですよね。
カエル でも「やるものだ」ってなるからさ。この間カエル、衝撃的なニュース見たんだけど、夏休みの宿題の読書感想文をね。
ペン 代行サービス?
カエル そう。代行サービスで書いてるっていうのを某放送のニュースで大々的に言ったら変だけど出てて、「これニュースにするってどういう意味?」ってカエルめちゃくちゃ疑問だった。それこそモヤモヤした。どう思います?
ペン こうやってみんな金で解決できるっていうことを身につけてくんだって思ったね。
カエル 依頼主がほぼ親だって言うんだよ。
ウ・サギ えっ……。
ペン (大笑い)
ウ・サギ そっかあ……。
カエル それもニュースで言ってたんだよ?
ウ・サギ でも、お金を払わなきゃいけないから、それはそうか。
カエル だからやばいなと思って。
ペン やばいよ、それは。
カエル あるのはね、分かるの。でもさ、それがニュースで出るってどういうこと? って思ったんだけど。テレビで。
ウ・サギ 社会問題として紹介されたってことですか?
カエル でも社会問題っていう感じじゃなかったな、それ。
ペン それ、子どもの本離れみたいなやつじゃなかった?
カエル 本離れみたいな。わざわざ宿題ができないからって、親が代わりにやるのも「なんて間抜けなんだろう」ってカエルはずっと思ってたから、それをさらに親が代行サービスに頼んで、それを正々堂々とニュースで報道するって。しかも「受験勉強で忙しいから子どもに感想文はやらせられない」って言って代行サービス使うんだって。
ウ・サギ 目的と手段がちんぷんかんぷんですね。
ペン やめればいいのにね。
カエル ちょっとやばいよね。(コメントで)『親が子どもの成績に口出すの禁止令すごく好き!』って。(別のコメントで)『自由研究を全部やっちゃう親とかもいますよね』だって。親が子どもの成績に口出しするのは禁止。宿題をやるのも禁止。
ウ・サギ なんとなく「子どもは勉強するものだ」って、たぶんみんなそんな強い信念は持ってないと思うんですよね。そうしなきゃってなってる気がするから、一回考える機会が……。
カエル 感想文も任意でいいし、宿題も任意! やってもやらなくてもいい!
ペン やみーペンはもうちょっと、小学校とかずっと遊んでりゃいいのにって思うんだけど。
カエル カエルも思う! ずっと遊んでた方がいいと思う。遊びながら学べること、たくさんあるから。体を動かしたり、ゲームって自分達でルール決めたりさ。その中から学ぶこと、たくさんあるんだけど。困ったなぁ。成績とか勉強って子どものものだから、それを大人があれこれ操作するっていうのはおかしいよね。(質問文の)『どう思いますか?』(への回答)はね、おかしいと思います! みんなおかしいと思っている。
ペン おかしいと思ってます!
カエル 学校にね、文句言いに行く親はいっぱいいるよ? 珍しくはない。良かれと思って親が動いてるときもあるけど、子どもはつらい思いしたりするってことだよね。カエルもね、オタマジャクシが学校で納得いかないときに腹立って「先生に言ってやる」って怒ったら、オタマジャクシに「やめて」って言われてやめた。「それはいらない」って言われて、「分かりました。すみませんでした」って。
ペン それ言ってくれるオタマジャクシで良かったね。
カエル でも、モヤモヤしたね。オタマジャクシ個人の問題ではなく、そういう学校はもっと被害者が増えるんじゃないかと思って、ちょっとモヤモヤしたんだけど。一回考えるか、この辺。生きづLABOの研究テーマだわ。子どもの勉強と成績、大人が介入……。
ウ・サギ そうだね。報告書出さなきゃ。
カエル 報告書に書こうよ。みんなから意見を求めてね。そうしよう。
Q.親が子供にお前の体はお前だけのものじゃないと言うけれど、なるほど自分の子孫繁栄だけを願っているのだな。なんて打算的なんだ!と叫びました!
A.なるほど…「お前の体はお前だけのものじゃない」とだけ言われたら、ウ・サギは相手が何の話をしていて何を言いたいか、全然わからなかったかもしれません。それぐらいびっくりな価値観でした。子ども(親にとっての孫)を産む体だから、という意味ですよね……。なかなかホラーです。
打算的というか、人権というものがあまりに広がっていない現実を感じます。自分のものであるはずの体についての自己決定権が尊重されてないのは一つの社会問題で、SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)という言葉も最近聞かれるようになっているので、広げていきたいですね。
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.親の実名は決して出さずに「親に〇〇されて、私は、つらかった」「過保護だ、過干渉だ」「毒親だ」
などとネットに投稿するのは、親への悪口でしかないのでしょうか?良くない、酷いことなのでしょうか?
A.世間が何を「良くないこと」とするかは時代によって変わるものですし、良くないことは全て禁止すべきか?というのも難しいところですが、そういう哲学的な話は置いておいて、親の実名を出さずにネットに親へのネガティブな感情を投稿することの問題点を考えてみますね。
結論から言えば、ウ・サギとしては問題あるとは思えませんでした。身体や生命を脅かしたり、強い立場の人が弱い立場の人を抑圧したり、実名でバッシングする等他の不特定多数の悪意が向くようにする行動は酷いことに該当すると思いますが、匿名で親(自分より強い立場)の人への愚痴や、つらかった気持ちを書くことは、ウ・サギ基準では酷いことには当てはまりません。
ただし「こんなことは絶対的に誰がどう見ても酷いことです」みたいことじゃなくても、相手にとっては酷い(と感じる)ことであるときはあります。自分と相手では見えてるものや感じることが違うので、「自分側の見えているものが絶対真実で、あなたの方が間違っている!」という論調でぶつかると、お互いにダメージを負うかもしれません。といっても、じゃあお互い様だよねというのも違って、どう感じたかの聞き役になって受け止める役割は、まずは強い側の方にあるとウ・サギは思っています。
ネットに親へのネガティブな投稿をすることについては、親にとっては酷いことに感じられる場合はあると思います。だからといって、親へのネガティブな投稿をするのが許されないとはウ・サギは全然思わなくて、質問者さん自身が自分の傷ついた気持ちと、親が傷ついた気持ちの、どちらを大切にしたいかで決めていいのかなと思いました。「私の親は毒親だ」などと思うのは自分の自由で、誰にもそれを責める権利も、制限する権利もありません。もしネットへの投稿やその他行動を我慢するにしても、自分の気持ちを否定することはしないでいい、しない方がいいとは、ウ・サギは強調しておきますね。
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.子供が今虐待を受けてることに対して救われるのはもちろんなのを前提の上で、過去に家族などから虐待を受けて育って大人になった今もその後遺症に苦しみながら生きてる私達にも、もっと目を向けて欲しいです。
A.カエルもずっとそれと同じことを考えています。カエルの知り合いで、精神科病院に本人の意思ではないのに長期間入院させらていた人たち(つまり、社会の仕組みによって人権侵害をされてきた人たちと言えます)と一緒に「自分たちがこんな目にあっているのを知っていて助けてくれなかった。社会としての責任を怠った」と国に対して裁判を起こしている人がいるのですが、カエルはそれを聞いて「虐待を受けている人たち、受けた人たちも同じだ!」と思ってしまいました。
こうした裁判は賠償請求をしているわけですが、訴えている人が個人的な補償を求めているというより、そうした課題に目を向けて、よくないところは認めて、今後に改善をしてもらいたいという社会全体への提案があるとカエルは思っています。裁判というのは一つの方法ですが、それ以外にも虐待などの子どもの頃の人権侵害が、大人になってからも様々な後遺症などの支障として当事者を苦しめている実態がもっと理解され、それを未然に防いだり、大人になってからのサポートも安心して受けられることを願っています。生きづLABOもそのためにやっているとカエルは思っています。
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.家で、罵声を聞くのが辛い。
自分が言われてる訳では無いが、親が弟に対して怒ってたり、弟たちが癇癪起こして怒ったような声だったりで、自分が削られるような感覚がします。
また、親が怒る内容もなんだか自分にも当てはまるような気がして苦しいです。
A.罵声を聞くのはしんどいですね…。自分が言われてなくてもダメージを受けるのもわかりますし(ウ・サギもとっても苦手です)、「自分に当てはまるかも」と考えてしまう場合、罵声がさらに自分を消耗させてくるだろうと思います。大人が子どもに対してする振る舞いとしては、どんなものだろうと罵声はしんどいものだと思いますが、補足の内容から、怒ってくる内容も理不尽だと感じました。親に親なりの期待や理想があるのまではギリギリ仕方ないにしても、子どもは自分とは別の人間であり、人は自分のことは自分で決める権利があるので(それが周りに実害を与えている場合は、全部自由とはいかず、周りと相談することにはなりますが)、周りが強制したりコントロールしようとするのはマナー違反だとウ・サギは思っています。
何かを強制してくる人間と一緒に住まなくてはならないのは、残酷なことだとウ・サギは感じます。安心して過ごせないような家、自分が削られてしまうような家からは、出られる選択肢がきちんとあるべきだと、改めて思わされました…。
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.頑張っていると自分では思っているのですが、結果が伴いません。親や先生、人からの期待や押し付けのようなものをすごく感じてしまいます。それに応えようとして努力したら妬まれたりします。どうしたら頑張ったことを認めてもらえると思いますか?
A.頑張ったことを認めてもらう方法ですか、なるほど…。他者がどう感じどう行動するかをコントロールすることはできないので(お願いすることはできますが)、今認めてくれていない人へのアプローチを頑張るよりは、認めてくれそうなタイプの人を探すほうをウ・サギは基本おすすめしています。
今の社会は「努力はすべきだし、良いことである」「結果を出せない努力なら意味がない」といった風潮があるとウ・サギは感じるのですが、その二つともに異議あり!と思っています。努力はするもしないも、その人の自由で、良いことかそうじゃないかは本人だけが決められるものだと思います。また、努力した当人が満足できるだけの結果が出なくても、プロセスに大いに意味はあるとウ・サギは感じています。努力するからには目標や理想があり、それに対しての達成度を結果としてジャッジするのだと思いますが、何かをやってみて何が身につくか、得られるかは、もっと複雑で多様なものだとウ・サギは思っています。自分のパフォーマンスを上げようとしてみた調査結果を得られる、適性を知る参考になる、自分のキャパの把握につながるなどのデータをとれるのは確定の成果だと思いますし、努力の結果しんどくなってこうやって質問する行動に出て、そこで何かが得られたのだとしたら、それもつまりは努力の結果が出たということだとウ・サギは思うのです。
(補足にあった運営のアイデアもありがとうございます!実現するかはわかりませんが、とても参考になりました)
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX