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タグ社会派
Q.どうして両親が私を産もうと思ったのか理解できない。多くの人が子育てをしたがるが目的は何?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.どうして私の両親は、私を産もうと思ったのかが理解できません。自分自身、子どもは好きではないし、もちろん育てたいとも思わないからです。多くの人が子育てをしたがりますが、その目的は何なのでしょうか?どう思いますか?

A.とてもいい質問だと思いました。なぜかというと、多くの人があまり深く考えないことをちゃんと考えていると感じたからです。
多くの人は子育てをしたがっているように見えるかもしれませんが、そんなに積極的にしたいと思っているわけではないとカエルは思っています。なんとなく、子どもを産み育てることがいいことだ、当たり前だ、そうあるべき、それで一人前…などなどという価値観を、知らないうちに内在化してしまっていて、深く考えずに子どもを産むことが多いように思います。
だから育てる段階になって焦ったり、苦しんだり、予想外の展開に苦戦をすることが多く起こっているように思います。なんとなく子どもを産むぐらいじゃないと人口は減る一方だと思うので、それも悪くはない思うのですが、実際に生まれてしまってから、親だけで苦戦するのは子どものためには全然よくないです。多くの人がなんとなく子育てをしたがってくれて、なおかつ子どもを社会全体で育てる仕組みがあると、わりと多くの人がハッピーなのだろうと思われます。
今は子どもの権利が守られない状況があるので、それを知っている人なら「なぜ、子どもを産もうと思うのか、育てようと思うのか」という疑問が湧くのは無理もないと感じます。もちろん、個人的に子どもが好きじゃない人もいるし、育てたいとも思わない人がいるのも、それはそれで自然だとカエルは思います。

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update 2025/11/15
Q.連絡を取る、相談することが怖くなってしまった。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.連絡を取る、相談することが、怖くなってしまいました。元々、自分と会っていない相手ではあったのですが、対面で会った時に、指摘されたことが、自分の能力がないから、できないという考えに陥ってしまい、身動きが取れなくなってしまいました。

A.連絡や相談をするのは、怖いときは本当に怖いものだとウ・サギは思います。ウ・サギは自分なんてダメなんだモードに入ると、優しい相手に対しても難しくなるので、指摘されたと感じるような相手であれば尚更だと思います。もし相手に悪意などが全くない場合でも、合っていない相手=関わるとモヤモヤや傷つきがよくあるということかと思うので、関わりが続くと自信や力が奪われていくのかな…と想像しています。
「できない」は、ウ・サギもよく自分については思いがちなのですが、「苦手」「習得の途中」というだけの話で、本来はネガティブに捉えなくていいはずのことなのでは…?と思ったりはします。平均と比べるとおそらく上達のペースが遅い、または滞っているのだとしても、上達のために大切なのは教わる側の能力や努力よりは、学ぶ環境の合う合わないの部分だと感じています。
あとそもそも、本来はできなくちゃダメなことってほとんどないと思うのですよね・・・。苦しくなったら「これは自分のやることとしては違ったかな」と、気軽に諦めたり他のことをやってみたりできる世の中であれば生きやすそうなのに・・・と思います。

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update 2025/11/15
Q.価値観が違って言葉の通じない父から言葉の暴力を振るわれる。家出したいけど勇気が出ない。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.大人になってからも価値観が違って言葉の通じない父から言葉の暴力を振るわれる。つらい。家出したいけど、勇気が出ない。

A.価値観が違って言葉の通じない存在と一緒に暮らすのはとてもしんどいことだとカエルは思いました。ましてや言葉の暴力で攻撃を受けるのであれば、離れることをおススメしたいです。
この場合、一般的に使われる「家出」とは異なり、安全安心に暮らす自由を保障するため、住むところを選ぶ権利の行使であるとカエルは認識しています。家出には勇気が必要かもしれませんが、自分の権利を守るための選択だと思うと、悪いことも後ろめたいこともありません。当然のことなので、正々堂々と行使してもらいたいと思います。
ただ残念なことに、それを無理なく、負担なく実現する手段やサポートが社会には少ないのが現状です。一人の力でやることを考えると、確かに勇気などが必要そうなのはイメージできます。
今すぐ実行できなくても、心の中では「いつでも、家を出ることはできる。今はタイミングを見計らっている時期なんだ」と思うのもいいと思います。(実際に、どんな人でも嫌な人や暴力をふるう相手から逃げる手段や支援が、少ないけれどあるとカエルは認識をしています)

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update 2025/11/15
Q.成人していたら親と離れる権利があるみたいな表現が少し苦しい
この記事の担当 所長室

Q.「未成年は親から離れるのは難しいけど、成人していたら離れる権利がある」みたいな表現が少し苦しいです。成人してるんだから離れる権利あるよ、といきなり権利だけ渡されてもどうしたらいいか分かりません。このつらさ、誰か分かって…。

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update 2025/11/14
Q.1人一台の貸与PCで生きづLABOのYouTubeに入れなかった
この記事の担当 所長室

Q.以前市から貸与されている1人一台のパソコンで生きづラボのYouTubeや、「あなたのいばしょ」といったサイトに入れなかったことがあります。何か政府やこういった場の運営さんから全国的に注意喚起とかって出来ますか?

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update 2025/11/14
Q.介護を終え一般社会に戻ろうとしたら世の在り方に違和感を感じた
この記事の担当 所長室

Q.母の介護で5年間社会から隔離されていました。介護が終わって一般社会に戻ろうとしたら世の中の在り方に強烈な違和感を感じて何もかもやる気を失いました。これからどう生きていけば良いのでしょうか?

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update 2025/11/14
Q.今年度に入ってからほとんど学校にいけなくなりました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.前の学年まではちょくちょく休みながら学校へ通えていたのですが、今年度に入ってからほとんど学校にいけなくなりました。修学旅行だけ!と親と先生に説得されてがんばって行ってみるとすごく楽しかったのですが、3日程度でまた不登校になってしまいました。

A.学校は行っても行かなくてもいいとウ・サギは思うのですが、現実としては、行かないと不安だったり周りからの反応がつらいことがあるのを(補足の内容含め)受け取っています。「学校は行くもの」「学校に行かなくてはいけない」「学校に行かないと将来不利になってしまう」といった考えに大人が洗脳されてしまっているのが、本当にもどかしくて悲しいウ・サギです。子どもに適した学びの環境、誰もが伸び伸びと学べる教育のあり方を、本当は考えないといけないと思うのですが……。
ウ・サギは不登校という言葉もちょっと違うと思っていて、今の環境以外の場での学びを希望する、学校が自分にとって安心できる学びの場になっていないと主張する(体・心がそうSOSを発している)、などと本当は表現したいです。それはまっとうなことだし、大切なことだと思っています。

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update 2025/11/12
Q.外国人は○○だとか言うけど、日本人は欧米で格闘大好きとか思われてることをみんなに教えたい
この記事の担当 ウ・サギ

Q.外国人は〇〇だとかよくみんな言いますけど、日本人含めた東アジア人は欧米で、格闘技大好きでいつでもやりたいと思っているとか思われてるってことをみんなに教えたいです!

A.なるほど…質問者さんは欧米に住んでいたり、滞在していた期間があるのでしょうかね。自分たちの集団におけるマイノリティに対して偏見やステレオタイプがあるのは、もしかしたらどこに行っても似たようなもので、人間の性(さが)とさえいえるのか…?と考えてしまいました。なぜそれが起こってしまうのか、性だとしたらどうしたら私たちはそれを乗り越えられるのか、みんなで考えてみたいとウ・サギは思いました。
ステレオタイプはNGというのは大前提として、格闘技大好きというのは、柔道や空手のイメージからなのでしょうか…。自分が格闘技に一切興味がなく、周りで大好きだという話もあまり聞いたことがないので、ちょっと困惑しているウ・サギです。

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update 2025/11/10
Q.苦しさを比べるなって言うけど、でもやっぱり比べちゃう。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.苦しさを比べるなって言うけど、でもやっぱり比べちゃう。自分より長く希死念慮と付き合ってる人、虐待やいじめを受けた人、精神疾患を持ってる人。そういう人ってやっぱり自分より苦しいんだよなって。

A.ウ・サギも苦しみを比較していた派閥ではあるので、比べちゃうのはまあ・・・ありますよね。
苦しさは主観なので客観的な指標はないと思うのですが、「選択肢が奪われているか」「安全が守られているか」「感性や能力が今の社会と相性がいいか悪いか」など苦しさの要素を分解すれば、ある程度比較は成立するとウ・サギは思います。(このあたりは経済学者のアマルティア・センという人が興味深い話をしていたりするのですが、具体的に書くと長くなるので省きます)
自分の苦しみを軽く見たり抑え込んでも誰にも何も良いという点で、ウ・サギは苦しさの比較には基本否定的です。ただ、人間にはたくさんの要素があるので、自分の方が余裕があって相手の方が大変な部分と、逆に自分の方が大変な部分と、両方混ざっているのが人間関係だと思います。比べる行為が「自分が苦しいなんて思って申し訳ない」と自分を責めたり、「みんなつらいんだからあなたも我慢して」と相手を封じ込めるのにつながるのではなく、尊重し合うために活用されるにはどうしたらいいのか、ウ・サギは考えていきたいと思っています。

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update 2025/11/10