Q.今年で25歳になります。10歳を超えてから同世代の人と楽しく会話をした記憶がありません。失言しないか、変だと思われないかビクビクしながらでないと話せません。当然友達なんて1人もいません。孤独というより不安です。
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Q.今年で25歳になります。10歳を超えてから同世代の人と楽しく会話をした記憶がありません。失言しないか、変だと思われないかビクビクしながらでないと話せません。当然友達なんて1人もいません。孤独というより不安です。
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Q.子供はハンバーグが大好きという謎の大人たちのステレオタイプを捨てさせたい。
A.いいですね、ウ・サギも賛成です…!ウ・サギは、子どもはジュースが好き、何かを買ってあげれば喜ぶという謎のステレオタイプを捨てさせたいと思いました。
属性に対して何かしら傾向があるのは事実で(例えば、子どもはピーマンが苦手)、それに根拠や理由があったとしても(子どもは大人に比べて味覚が敏感で苦みを強く感じてしまう)、好き嫌いというのはあくまで個別の問題だとウ・サギは思います。属性でイメージを抱いてしまうところまでは仕方ないかもしれませんが、何かをするときはきちんと確認してほしいですし、確認なしで勝手に行った気遣いや親切が相手を困らせるときがあるのをわかってほしいです・・・。相手が「喜ぶだろう」「好きだろう」と思ってやっただろう行いを断るのって、関係性によっては難しいし、断ったとしても微妙にこっちが悪いとか傷つけたみたいになるので困ってしまいます。
あ、子ウ・サギだったときのいろいろを思い出して暴走してしまいました……。何にせよ、ステレオタイプは捨てていきたいですし、自分もステレオタイプを相手に当てはめないように気をつけたいと改めて思いました。
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Q.某自治体の自殺予防のページがヤバすぎた!死にたいと思っている人が読んだら行き場失うわ!って内容で・・・。一緒に怒ってほしい!
A.なるほど…詳しい話はわからない中でも、憤りの質や温度感はよく伝わってきましたし、「ああ~そういうのあるよね・・・本当に参っちゃいますよね」と共感しています。(ただ、いろんな立場の人が見ることを考えて、質問の表現はちょっとマイルドにさせてもらいました)
死にたいと思っている人への適切な理解がない現状は、ウ・サギも突き付けられることがあって、ちょっとここに書けないような怒りやら何やらが湧いてきたことも少なくありません。死にたいは「死にたいと思う人がいるほど、生きることのハードルが上がっていたり、こころや安全が守られない世界である」という社会構造の問題だとウ・サギは思うので、気持ちに寄り添うことは大切でも、気持ちに寄り添うだけで「やることやりました」みたいに周囲が思うなら大間違いだと感じています。
自殺予防について、死にたいの実情について、一番知っているのは死にたいと思っている当事者です。だから当事者が声を上げていくことが大切だと思いますし、そのためには声を上げても大丈夫だと思える場があることが何より必要なので、生きづLABOに怒りを伝えてもらえてウ・サギは嬉しいです。
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Q.私は結婚、家庭、子どもを生み育てることなどが怖いです。そして1番怖くて嫌なのはまだ一度も経験はないけど性行為です。でも男性と付き合いはじめました。1人はさみしい悲しいって思って自分から付き合ったのに怖くて嫌でどうしたらいいですか?
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Q.自分の将来がどうでも良くなりました。高校も親に言われたところに言われたように入った。そうしなければいけないと思った。大学もどうせ親が言ったところに行くんだ。だから、もうどうでもいいなと思いました。もうやめちゃってもいいなって思う。
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Q.私は、この世界では安楽死どころか、穏やかに生き延びることすら過酷だと感じる。
穏やかに生きてゆくことも、穏やかに安楽死することも、どちらも選べる世界になってほしい。
叶わないのかもしれないけど、
切実に切実に願ってしまう。
どう思いますか。
A.読んでいる人に誤解を招かないように補足を少し説明すると、穏やかに生きることが可能な社会設計にし、安楽死において弱者の排除が起こらないのを最大限配慮した上での、穏やかな安楽死を選べる世界を切実に願っている、というのがここで望まれている安楽死の肝となっています。(ウ・サギはそう理解しました)
また、質問の趣旨は、安楽死制度についてのディスカッションではなく、それぞれの気持ちや自分のあり方が尊重される世界であってほしい、という願いだとウ・サギは受け取りました。願うことは自由ですし、補足を読んだ印象としては、質問者さんの人生経験や愛情に基づいた祈りとして「穏やかに安楽死するのが選べる世界」があるのを感じています。そこに含まれる切実さはひしひしと伝わってきますし、どう思うかと言われたら、質問者さんがそう感じるのは理解できるし、これまで生きてきたこと・考えてきたことをリスペクトする気持ちになりました。
それら全てを受け止めた上で、ウ・サギの感覚もちょっと書かせてもらうと、穏やかに安楽死を選べる社会設計を考えるのに自分がリソースを割ける日は来ないだろうとだけは感じています。それは安楽死への賛成反対の話ではなく、(世界規模で考えるととくに)最低限の暮らしさえ守られない人があまりに多すぎて、それに対して自分は最低限を守られているのにかかわらずあまりに力不足で、一生かかっても最低限を全ての人に保障しそれを維持するだけで精一杯・・・どころか、そこまで行けそうにないと感じているからです。まあ勿論やれると信じているからやってはいるんですけどね。
ただ、こういった個々の願いや気持ちを語れる場があること、それについてオープンに対話の機会があることは超大切だと思っています。質問ありがとうございました。
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Q.やめたいけどやめられないアディクションは、「やめなければ」と思うことをやめる!というのを聞いて、離れたいけど離れられない、とか言いたいけど言えない、とかも離れなきゃ!言わなきゃ!と思うことをやめていいってこと?と気になりました。
A.いいところに目を付けましたね!そうなんですよ。〇〇しなければになっているので、しなければという思考はある種の社会的な病であり、私たちを息苦しくしている要因になっているので、〇〇しなくちゃ…はやめてもいいのかもしれませんね。みんなが少しずつ、〇〇しなくちゃを手放した時にこの世の中がどんなふうになるのか興味があるカエルでした。
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Q.奇声をあげながら追いかけたり急に叫んだりする人がいて怖く、その人は発達障がいがあります。もちろんそうなっちゃうのは仕方ないし、しない人もいるのは分かっています。けど発達障がい関連の記事や人を見てると、わかんないけど怖いです。
A.自分の理解を超えた振る舞いをされたり、追いかけられて怖いと感じるのは自然なことだと思います。実際に怖い経験があったとき、その人の属性ごと怖い対象となるのも、それこそ仕方ないことだとも感じます(例えば他には、男性恐怖とかが該当しますね)。
でも、問題は発達障がいがあるないではなく、その人個人が自分に合った学ぶ機会や、自己コントロールできるような環境が足りていない部分にあるとウ・サギは考えています。というのも、今の社会は発達障がいの人にとって学びづらい環境や、過酷な環境になっていて、もう日々暮らすだけでストレスいっぱいの状態になっている人もいるのです。質問者さんもそのあたりを理解、想像しているから「そうなっちゃうのは仕方ない」という言葉があるのだと思いますが、この記事を読んでいる人が発達障がいについて偏ったイメージを持たないために、ちょっと書かせてもらいました。
発達障がいがあることで生きづらさやストレスを感じている人が多くいる社会であること、そうならない社会づくりを考えていくのは大前提として、同時に「こわい」と感じてしまう人が気持ちを話せる機会も大切だとウ・サギは思っています。追いかけるのはダメにしても、(他の方法で難しいなら)奇声をあげたり急に叫ぶことで自分を落ち着かせるのはありかなとウ・サギは思っていて、ただ、それは周りの人が説明された上で理解できたり、怖いと思ったことを言えたり、お互いの気持ちや事情が尊重されて成り立ってほしいと思っています。
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Q.生活のためにバイトを始めたら、質問がうまく書けなくなってしまった。もやもやがいっぱいあるんだけど、言葉にできなくて…… どうしよう、一生このままなのかな。怖いです。
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