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タグ社会派
Q.妊娠とかの教育ビデオが云々の質問に激しく同意し、性犯罪の増えるリスクについても考えた
この記事の担当 生きかたカエル

Q.前に、妊娠とかの教育ビデオが云々の質問(編集注:質問回答配信第33回の2問目)に激しく同意しました。女性の体の仕組みをああやって学ぶことで、性犯罪も増えそうって思いましたが皆さんはどうですか?

A.性犯罪が増えるかどうかはわかりませんが、性教育のあり方についてはもっと議論をした方がいいとカエルは思っています。根本にある大事なことをすっ飛ばして、一部だけを一方的に押し付けるようなスタイルは問題があるように思います。
また、社会における性に関する情報や性犯罪への対応など、様々な性に関することを見渡して、我々が学ぶべきことや対応すべきことは何か考えていく必要があると思っています。そして、性については子どもに云々言う前に大人が向き合う事柄なのに、それをやらずにこ子どもに何かを教えようとすることにも大きな課題があるとカエルは考えています。

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update 2025/12/28
Q.反出生主義についてどう思いますか。
この記事の担当 所長室

Q.反出生主義についてどう思いますか。私は身近な人が反出生主義で、でも私は将来子育てを経験させていただきたいと思っているので、私は間違ってるとか、生まれてくる子が可哀想って責められたら嫌で言えません。皆さんはどっち派ですか。理由もお願いします

A.反出生主義については、「生きることがしんどい」「生まれなければよかった」「だから生まれない方がよい」という感情についてはウ・サギは共感できます。だから反出生主義の立場をとる人に対して、わかる…という気持ちは抱いているのですが、あなたは反出生主義ですか?と聞かれたら、答えは明確にNOになると思います。
なぜなら、自分について「生まれなければよかった」と思う気持ちがあったとしても、他のみんなが生まれることや生きることをどう思うかについては、ウ・サギの判断していいものではないと感じるからです。反出生主義にはあまり詳しいわけではないのですが、主義というからには「誰にとっても生まれることは不幸である」と主語を人類にしている部分があるかと思うので、ちょっとそれは話を広げすぎかな…と思ってしまいます。
生まれてしまった子に罪はないし、生まれてくることも止められないので、生まれてきた子の幸せをウ・サギは考えたいです。

*生きかたカエルから*
反出生主義の起こりなどについてカエルは詳しく知りませんが、反とつくぐらいなので、出生主義らしきイデオロギーのせいで、反出生主義を唱える人がいるのではないかと考えます。今調べてみると、出生主義は昔の「産めよ増やせよ」という国の政策がある頃の思想としてあるようです。そういう意味では、カエルはどちらでもありません。産みたい人は産んでもいいし、産みたくない人は産まないのはどちらでもいいと思うからです。
ただ、産む産まないというより、どちらかというと、育てる方に着目したいと思います。誰がどんなふうに産んだとしても、生まれてきた子どもは、権利を守られて育つ社会が重要だと思います。だから、産みたいとか産みたくないということより、社会が産んだ親に子育てを丸投げせず、社会全体として子どもを育む仕組みがまずは必要であり、そのうえで、産むか産まないか自由というのがカエルの理想です。何主義と名付けたらいいでしょうかね。出生自由子育て社会責任主義?…長いですね。

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update 2025/12/28
Q.申請主義は切り捨ての仕組みだと思うのですが、どのような仕組みが必要だと思いますか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.様々な背景で申請が困難な方が沢山いると思うので、私は申請主義は切り捨ての仕組みだと感じます。申請主義という仕組みそのものが、個々人の心身や命を見捨てているのではないか思うのですが、代案は思いつきません。どのような仕組みが必要だと思いますか?

A.申請主義=切り捨ての仕組みとまでは思いませんが、申請主義には一定の課題はあるとカエルも思います。

申請主義のいいところは、「本人の意思と意向によって活用できる」という点だと思います。
福祉が受けられても、受けない権利もあるので、申請してから使うというのは民主的なやり方である側面があります。申請主義の反対は「職権主義」で、日本社会でも今も職権で、福祉利用を決めるものも少しあります。例えば、子どもが虐待を受けていた時にそれを守るために児童の施設や里親さんに預ける際には職権で、意向や意思に関係なく措置をする仕組みとしてあります。
この職権主義は20年ほど前までは障がい福祉サービス全体にありました。申請もしないのに、障がいのある人たちが希望しない施設に措置され、入所をさせられている実態がありました。だから、措置から契約のスタイルに移行し、申請主義になったという経過もあります。といっても、申請主義になったからと言って障がいのある人が望まないのに施設入所していないかというと、そうでもなく、家族が申請してしまうことで入所するケースもあります。
職権主義はとても危険だとカエルは思います。本人の意思や意向がないのに、一定の条件に当てはまる人は強制的に何かを押し付けられるのはちょっといろいろ怖いと思います。特に、日本社会は個人の権利を守る意識が低く、公権力に対して従順である傾向があるので、職権主義がいいとは思えません。

なので、カエルは申請主義の問題というよりも、申請をする手続きや情報、そして本人の最善の利益を検討する仕組みに関して問題が多いというのが正しいと考えます。
申請主義だけれど、使える権利がある人にはちゃんと届くように情報周知や教育の中で学ぶ機会があること、希望したときに一緒に考えてくれる人がいて、申請も手伝ってくれること、もしも受けられない時にも他の方法も考えてくれたりする仕組みも必要だと思います。そして、何よりももう少し使いやすくで、抜けやすいような工夫があってもいいかもしれません。

また、福祉がどうしても特別な人たちの特別な仕組みという位置づけのものも多いので、ユニバーサルな生活支援や保障の仕組みがあることもいいかもしれませんね。
いずれにしても、申請主義というより、福祉全体の仕組みや教育の在り方、情報のいきわたらせ方、一緒に考えられる役割(ソーシャルワーカー)の不足など、いろいろな課題があって、切り捨てられている感になるものと思われます。

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update 2025/12/25
Q.しんどい気持ちでいっぱいですが、人に相談するのが嫌&怖くてできないです。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.しんどい気持ちでいっぱいですが、人に相談するのが嫌&怖くてできないです。

A.人に相談するのは、リスクもあるし、ある意味一時しのぎにしかならない虚しさもあるかとウ・サギは思います。相談はデリケートな部分をさらす行為でもあると思うので、リターンも時に大きくても、うまくいかなかったときのリスクも結構なものだと感じますし、相談や嫌&怖いというのも自然な気持ちだと思います。ただ、一人で考えられることややれることには限界があるので、何かとつながったり、何かの助けを借りることは大切だとウ・サギは思うのですよね……難しい…。
考えること、解決を目指すことよりも、感じるままに身を任せること、休むことが質問者さんにとっては今は大切だったりするのでしょうかね……。何が自分にとっての処方箋になるかもそれぞれな気がするので、相談以外の支援やサポートがもっと充実していく必要があるとは常々感じます。そのためにも、こうやって発信してくれるのは大切で、ありがたいことだとウ・サギは思います。

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update 2025/12/23
Q.自由とは、こんな感じなのでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「今まさに本人や他者の心身や命の危機がある場合は言動を止めたり互いに折り合いをつけたりは必要だけど、
危機が無い場合は完全に好きに生きてよいし、危機があっても心や体の形は否定や排除や抑圧をされない」
自由とは、こんな感じなのでしょうか?

A.(補足 Q.どんなことも強いられるのではなく、するかしないか選びたいの質問者からの質問です)
カエルの自由論からこんなにも論を展開してくれてありがたい限りです。はい、自由の本質を自分の言葉で表現してくれたとカエルは思います。大きな異論はないです。もう少し、論を深めるとすれば、キーワードになっている「危機」について持っている力の差によって基準が随分と異なるので、力の差がある場合の共通理解が難しいという問題があると思われます。それから、社会的な存在として、自分以外の働きや存在による恩恵を受けている以上、自由が保障されることには何かしらの社会的責任はセットでついてくるとカエルは思っています。それにしても、「自由の保障」がまず先にある、基盤にあると考えます。

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update 2025/12/23
Q.道を歩いていたら、点字ブロックの上に犬のう✕✕があるのを見て、悲しい気持ちになった。
この記事の担当 やみーペン

Q.道を歩いていたら、点字ブロックの上に犬のう✕✕があるのを見て、悲しい気持ちになった。

A.それは悲しいかも…色んな事故のような出来事は避けられないこともあるけれど、ちょっとした親切や行動で避けれたりする事故なら、防げた方が素敵な社会になるなとやみーペンは思った。どうやったらそんな社会になるかのアイディアはみんなで共有すると色んな視点が集まるのかも??

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update 2025/12/23
Q.いつでも誰でも無料で使える、安全に横になって休める居場所が欲しい。どう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.曜日や時間に関係なく誰でも無料で使える、家と病院以外で安全に横になって休める居場所が欲しい。精神的に不安定な時など、何かしらの理由で家にいたくない時に、安全に休める家以外の居場所があればいいのになと思う。どう思いますか。

A.そういったものが欲しいし必要だとウ・サギも思います。とても同意なので、現実的にどうすれば運営できるだろうか…制度を作ってお金が出るようにするか、見守りの人が何かリモートワークをしながらなら場所代くらいは稼げるか、引退して年金生活をしているなど稼ぐ必要がない人を活用するか…といろいろ考えてしまいました。
補足には専門家の助けも受けられると望ましいとありましたが、専門家にはつながる手助けをしてくれるくらいの機能で、安全な無料の居場所(侵害はされないで守られる)に特化している方が運営しやすい気がします。何にせよ、そういった居場所があるといいなと思いました。

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update 2025/12/23
Q.コスメや化粧品にお金を使うのがやめられない。かわいくならなきゃに囚われている。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.お金を使うのがやめられない。具体的にはコスメや化粧品。かわいくなりたいというか、かわいくならなきゃいけない、今の私は世間的に見て最悪、という強迫観念に囚われている。お金がなくなってきてそろそろやばい。毎日しにたい。

A.いわゆるルッキズムの力が強烈に働いている状態だと受け取りました。
「強迫観念に囚われている」という表現に自分を俯瞰で見る力も感じますが、頭でわかっても気持ちはどうしようもないのだろうと想像しています。
ちょっと話がズレてしまうかもしれませんが、ウ・サギは最近「非モテ」についての本を読みました。そこでは、非モテを気にする心理を深めていくと、生きづらさはもっと根深い(生育環境などの)部分にあって、それらの問題を「恋人がいないせいだ、恋人がいればこの悩みは解決する」と非モテに集約してしまう現象が起こっている、みたいなことが書かれていました。(そもそも非モテ自体もルッキズムと関係するトピックですが)ルッキズムも、それに近しい部分がありそうに思っています。
例えば、周りに蔑ろにされた経験、比較されて否定された経験などがあって、そこのわかりやすい理由と突破口として「かわいくない・かわいい」に思考がいくのではないかといったイメージです。だから、囚われる自分からの解放はすぐには難しくても、見た目を気にしてしまう自分を語って、自分と社会への理解を深めることが、少しずつ何かにつながるような気はしています。

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update 2025/12/23
Q.生きづlaboってどういう目的で運営してるんですか?
この記事の担当 所長室

Q.生きづlaboってどういう目的で運営してるんですか?

A.生きづらさをテーマに、我々が暮らす今の社会について自分の問題として考える機会を作るためです。その先には社会の都合に人が合わせるのではなく、一人ひとりの願いや思いがを持ち寄って社会をつくっていく仕組みや考え方を広げたいという野望があります。

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update 2025/12/20
Q.今の小学生はランドセルいろんな色があって羨ましい
この記事の担当 生きかたカエル

Q.今の小学生羨ましい〜! ランドセルいろんな色あるんだもん! 私が小学生の頃はほとんど赤と黒だったよ! ミントグリーンとかいいよね〜!

A.ミントグリーンはいいですね。カエルに近い色です。カエルは周囲の色にあわせて色を変えることができる肌をもっているので、ランドセルもそうした変幻自在な色を持つランドセルなら持ちたいかもしれません。ただ、小学生がなぜ義務でもないのに、ランドセルをあんなにも背負うのかは不思議ではあります。

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update 2025/12/18