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タグ社会派
Q.肌が綺麗と言われ嬉しかったが、お世辞にも美人と言えないから肌を褒められたのかなと思ってきた
この記事の担当 やみーペン

Q.こないだお盆休みに、親戚から肌が綺麗だねって褒められた。スキンケアを頑張ってるから、褒められた直後はうれしかったけど、よくよく考えてみたら、お世辞にも美人とは言えないから肌を褒められたのかなって思って、嫌な気持ちになってる。

A.うーん…やみーペン的には容姿について色々と評価することが多すぎる社会に問題があるように思う!!評価する・されるが当たり前じゃない社会だったら、こんな風に褒められた時も素直に受け取れるのに〜!
頑張ったことが結果に繋がってるのはとっても素敵だなぁ〜と思った!やみーペンも何か頑張ってみようかな〜

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update 2025/9/13
Q.トランスジェンダーじゃない人が羨ましい。自分のことを受け入れられなくて辛い。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.トランスジェンダーじゃない人が羨ましい。もし自分がそうじゃなかったら、パス度も気にしなくていいし、友達とプールも温泉も行けるし、バイトするハードルも下がるのに。自分のことを受け入れられなくて辛いです。アドバイスがほしいです。

A.自分の運命というのか宿命を恨みたい…そんな気持ちでしょうか。
残念ながら、自分の資質や境遇を選んで生まれてこられる人はいないので、もって生まれた資質や境遇を簡単に取り換えたり、ないことにはできないのが実情です。その中で、どうやったら自分を受け入れられるのかという問題ですね。
カエル的には自分を受け入れるためには、他のいろいろな人たちに受け入れられる経験が土台になると思っています。今の社会ではトランスジェンダーがまだまだ受け入れられないことが多くあることから、あなたが自分を受け入れることを難しくさせているように思います。トランスジェンダーが悪いのではなく、まだ社会が追い付いていない…とカエルは思います。急に社会の受け止めが変わるわけではないですが、このように当事者の存在や声が広がることに意味があると思っています。アドバイスにはあまりなっていない気がしますが、ご容赦ください。

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update 2025/9/7
Q.生きづらい属性を持っていても人生が好きという人は私以外にいる?
この記事の担当 所長室

Q.生きづらさと結びつきやすい属性を持っていても、本人は人生が好きという人は、私以外にいるのでしょうか。所長たちはそういう人に会ったことはありますか?私はASD、引きこもり、ニート、最終学歴が中卒などの属性を持っています。

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update 2025/9/5
Q.「本来のその人」って一体何?よくない性質だけ個性を切り離すなんてできるの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「本来のその人」って一体何でしょうか?
よくない性質だけ個性とは切り離すなんて、都合のいいことが本当にできるのでしょうか。
所長たちが普段言っている、「よくない行動でも無理にやめさせず背景を分析すべき」という考えとも矛盾する気がします。

A.(補足)所長たちの質問回答配信第22回の質問1「精神疾患や発達障害の治療では、主に『考え方や行動の矯正』を行うと聞きました。じゃあ正しい考え方ってどういうもので、誰の基準で決まるのか疑問です。これを考えるほどに、ニューロダイバーシティという理念も胡散臭く思えてきます。」を見ての質問とのことです

質問と補足を読んでウ・サギが気づいたのは、質問者さんの言っている「認知行動療法」と、ウ・サギ(たち)のイメージしている「認知行動療法」には、何かしらの違いやズレが生じていそうだな、ということです。
これはウ・サギの印象なので間違っていたら申し訳ないですが、質問者さんの言っているもの(実際に経験したものでもあるのかなと想像しています)は医学モデルでの話で、ウ・サギは社会モデル・対話モデルでの運用をされるのは勝手に大前提とした上で話している気がします。
何がよくないものなのかを医療を提供する側が定義し、患者が努力や工夫をしてそれを変えていきましょう、というスタンスで行われるなら、どんな療法だろうとウ・サギは大反対です(残念なことに、実態としてはそういった場合があるのでしょうね……)。ただ、それは認知行動療法という技法の問題ではなく、医療というもの自体や支援者のあり方の問題だと捉えているので、認知行動療法を対象にしたネガティブな気持ちはあまりないです。何がよくないもの・変えたいものかを(そもそもそこに正解もないですが)対話の中で本人が決めて、本人と周囲と双方で歩み寄りや折り合いを探っていくために使う枠組みとして、認知行動を意識して考えてみるのは悪くないよね、と思っています。
ただ、合う人合わない人はいるかと思いますし、ウ・サギ自身が認知行動療法を受けるということだけで考えると、きっと合わないだろうと感じます。社会の常識といわれるものからの圧や合わなさでの傷つきが大きい場合や、もともと思考が発達している場合は、あまり合わず、腹立たしい思いさえする。社会の風潮というよりは特定の誰かとの関係での傷つきが大きい場合や、感覚や感情が優位で思考を伸ばした方が生きやすい場合は、わりと有効・・・?という印象はあります。これはあくまで主観バリバリの仮説ですが。

補足にあった「いつか生きづLABOでこのような問題を話しあえたら、社会の課題を一つ明らかにできそうだと思うのですが」という意見には賛成です!どうしたら安全な話し合いの場になるか、参加したい人たちが参加しやすいツールや運営方法は何か、ああ先に研究員制度を始めるための利用規約を整備しなくては(研究員にならなくても話し合う場はあっていいのですが、まずは前から言ってることをやらなくてはという筋)、そんなうちにやろうやろうと口だけのウ・サギになってしまう・・・と頭も心も忙しくなってきました。
当事者の違和感を出発点に対話を深めていくことは、社会の課題を明らかにしていくための超有効なアプローチだと思っています。

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update 2025/9/2
Q.邪魔者の自分が死ぬべきだと思うし、社会の仕組みを変えようと思えない。ごめんなさい。
この記事の担当 所長室

Q.社会なんて変えられないから、邪魔者の自分が死ぬべきだって思います。社会の仕組みを変えようと思えないです。ごめんなさい。

A.そ、そんな、全然謝ることじゃないですよ…!と恐縮のウ・サギです。
ウ・サギの中にも「自分が死んだら自分の中では解決じゃん」と思う自分がいるので、感覚的にも全然わかると感じます。論に賛成するかは別として、当事者の感覚、感情としては自然な反応のひとつだと思います。
質問でごめんなさいと伝えてくれたということは、社会の仕組みを変えようというメッセージがすごく賛同を求めているように見えてしまったのか、どこかで賛同したい気持ちや責任感を抱いているから出てきた言葉なのか・・・ちょっとそのあたりの想像も巡らせてしまいました。
カエルさんにも話を聞いてみましょう。

*生きかたカエルから*
変えようと思えなくても全然いいと思いますよ。あなた自身が変えようと思えなくても、生きづLABOが変えようとすることを応援してもらえるのなら嬉しいです。もしも、応援もしたくない!というのであれば、それもありだと思います。
こうして、「そう思えない、ごめんなさい」と思って、質問箱に送ってくれているのですから、少なくとも社会の仕組みを変えることに対して興味や関心がありそう…関心を寄せてくれるだけで、ちょっと嬉しくなるカエルでした。

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update 2025/9/2
Q.生きかたカエルさんの言っていた「お金は魔物」についてさらに詳しく知りたい
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「Q.休みたいけどどこからが甘えでどのラインが休むべきか分からない
の質問回答動画で
生きかたカエルさんの言っていた
「お金は魔物」について
さらに詳しく知りたいです
また
食事や住まいの現物給付と自己決定の折り合いについては
どう考えますか

A.「お金は魔物」というのは、主に人の心を狂わせるという意味で使いました。
本来、お金というのは必要なものを交換し合うために生み出された一つの手段だとカエルは理解しています。ところが、いつの間にやらお金がそれ以上の価値や意味を持ち始め、今ではそれがないと生きていけない唯一無二の存在になっているように感じます。
物を交換するための手段より、お金が権力となり、格差や支配、争いのもとになっています。人が生活する一つの手段として使っていたお金が、いつの間にやらお金が主導権を握って、人がその存在に支配されているように思えます。なければすなわち絶望、あればすなわち権力という構造は、お金が人間のコントロールを超えた魔力を持ってしまった状態のように思えるため「魔物」と表現したところです。

食事や住まいの現物支給と自己決定の折り合いについてですが、食事はその人が食事を購入するためにしか使えないクーポンのようなものを支給して、お店で食材を買うのもよし、レストランなどの飲食店で使うもよしのシステムを想定していたので、自己決定は保障できると考えています。
また、住まいについても様々なスタイルの住まいをリスト化し、そこから本人の生活のニーズや希望に応じたところを選べるようにするイメージです。だから、一方的に当てがわれるのではなく、一人ひとりの希望やニーズもある程度考慮するべきと考えています。もちろん、住んでみてダメなら一定の基準を設けて引っ越しも可能だと思います。感覚過敏やトラウマなどある人もいますからそうしたことも理解される機会になるとよいなとカエルは考えています。

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update 2025/9/2
Q.モチベーション任せはやめたほうがいい?
この記事の担当 うさえなが

Q.「モチベーションで行動するのは良くない(下がったら行動しなくなるから)」みたいな動画を見つけます。私は、モチベーションで勉強してたりするので、こういうのを見ると自分がすごくだめな人間に思えます。モチベーション任せはやめたほうがいいですか。

A.そんな動画があるんだ!
良くない、ってなんかイヤだね~

*ウ・サギから補足*
世の中では、いろんな人がいろんな勝手なことを言います。それは発信している人にとっては、その時点での真実(だと感じるくらい自信のある考え)なのでしょうが、何が適切かは人や場合によって実にさまざまだとウ・サギは思います。だからモチベーションで行動するのは良くないのか?と考えると、そういう人や場合もあるかもしれないですが、そうじゃない人や場合もあるし、寄り道したり試行錯誤するのもそもそも大切だし、良くないなんてことは全く無いと感じます。あなたはあなた自身のことを知っていて、動画の人はあなたのことを知らないので、自分の思う方ややりやすい方を信じていいとウ・サギは思います。
それにしても、最近は不安を煽るような、これが正解でこれは不正解とでもいうような、主張を強く出すコンテンツが世の中に多いと感じます。ウ・サギの意見も偏っているかもしれませんが、世の中には言い切れるような真実はほとんどないとウ・サギは思っているので、「これは○○だ」とか「こうしないと良くない」とか、言葉の強いものは基本的に疑う姿勢で見ています。

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update 2025/8/28
Q.大衆向けコンテンツでは、性的な表現はもう少し控えてほしいと思う
この記事の担当 所長室

Q.性的な表現の強いコンテンツへの嫌悪感。例えば、アニメや漫画。誰かの性的嗜好を色濃く落とし込んだような表現は、大衆向けのコンテンツでは、もう少し控えてほしいと思ってしまう。考えすぎかな。

A.ウ・サギはその感覚、考えにとても共感します。人は情報に影響を受ける生き物なので、どんな情報がどう発せられるかは、人権の感覚に影響を与えると感じます。
原則としては、大衆向けのコンテンツで、性的搾取を助長・肯定するような表現(例えばギャグの一種として、セクハラに該当する行為が出るなど)はウ・サギは絶対反対の立場です。キャラ造形に作者の性的嗜好らしきものが入るのは、どのラインから禁止というのもそもそも難しいですし、まだ立場を決めかねています。
控えてほしい理由として、補足に性的搾取への不安が書かれていましたが、そのためにはコンテンツの適切な制限と同時に、誰もが対話に参加できて、自由を守り合えるような社会をつくることも欠かせないとウ・サギは思います。
生きかたカエルの意見も聞いてみましょう。

*生きかたカエルから*
カエルも性的な表現については、歯止めが必要だと思っています。それは放っておくと弱い者への搾取につながってしまうからです。
人間にとって、性的な要素は生きていくうえで不可欠なことの一つだと思いますが、現段階では暴力と密接な関係にあります。背景にはジェンダー(社会的な性別役割)や子どもの権利が守られていないという課題があります。その課題が残ったままの社会において性的なコンテンツを自由にすることは、性的なコンテンツが容易に暴力や支配の手段になるとカエルは考えています。
ジェンダーギャップが限りなく無くなり、子どもの権利が守られ、多様性が尊重される社会であれば性的な表現をもう少し自由にするのもありかなと思います。ただ、そうした社会になったときには今よく見るようなコンテンツは自然となくなって違う表現になるように思います。
とても興味深い質問でした。みんなでもっと考えてみたいです。

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update 2025/8/25
Q.生活保護を受けてる人間に対してのネットの投稿が怖い
この記事の担当 生きかたカエル

Q.生活保護に関して自分が払った税金を使ってるんだから生保受けてる人間を生かすも殺すも自分たちが決められると思っているような投稿を度々ネットで見かけて怖くなります。税金の全てが生活保護に使われているわけではないと思います。

A.ネットの投稿は税金の仕組みを誤解しているようです。
自分が払った税金だから…という理論であれば、生活保護だけではなく、赤ちゃんもお年寄りも公共のあらゆるサービス、または防衛費や外国に援助していることなどあらゆることを自分たちが決められるということになります。
それはそれである意味間違ってはいなくて、自分たちのことを自分たちが決めていく民主主義は私たちの基本ではあります。ただ、民主主義は税金を払っているから勝手に決めていいということではありません。本来なら払っている人ももらっている人もすべての人たちが話し合って決めるべきなのですが、現実的にみんなで決めることは不可能なので、それを代わりに考えて決めてくれる人に託す(つまり選挙で自分の代わりを決める)方法になっています。だから、一人の判断で勝手にできるのは選挙で誰に入れるのかということぐらいで、それ以上のことを勝手に決められるということではありません。
もちろん、意見を言うことはできますが、それはあくまでも一つの意見であるという範囲だろうとカエルは思うのです。

意見は自由だとしても、ネットの投稿は本質的に福祉制度についての理解が間違っているように思いました。
生活保護は生きることを保障するとても大切な福祉制度です。福祉は誰かがかわいそうな人に恵んであげるものではなく、当たり前が奪われている人に対して機会や権利を保障をする役割があります。
安全に安心して生きていくためには誰もがたくさんの手助けが必要です。それが身近な家族など頼る人がいる人もいますが、いない人もいます。また、生活するお金を自分で得ることができる人もいますが、いろいろな事情があってできない人もいます。誰もが、助けてもらえる人がいつまでもいるわけでもないですし、働けなくなることもあり得ます。その時のために福祉制度があるので、必要になって福祉を使う人が後ろめたく感じるものではないのですが、なぜか後ろめたく思わせるまなざしや考え方があります。
ネットの投稿はそうした「福祉はみんなのためにある権利の保障」という考え方ではなく、強い者が弱い者を助けてあげているという支配的な考え方が含まれているので、カエルは危ない誤解だと思いました。
怖くなったあなたの感性はとても鋭いし、本質を突いているとカエルは思いました。

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update 2025/8/25
Q.休みたいけどどこからが甘えでどのラインが休むべきか分からない
この記事の担当 所長室

Q.休みたいけど、どこまでが甘えでどのラインが休むべきところなのか分からず、休んじゃいけないと思ったりしちゃう。でもやすんで、また自己嫌悪。

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update 2025/8/22