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タグ社会派
Q.グリーティングのような関わりを日常でも味わいたい
この記事の担当 所長室

Q.先日、某夢の国へ行き、グリーティングをしました。言葉は交わせないけどむしろそれが心地よかったし、こんな私でも温かく迎えてくれたことにウルウル来ました。こういうコミュニケーションが日常でも味わえたら幸せだなと思ったのですが、何か方法ありますか

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update 2025/8/22
Q.普通になりたいが少数派の痛みのわからない人にはなりたくない
この記事の担当 所長室

Q.普通になりたいけど、普通そのものにはなりたくない。少数派でいるのに疲れたけど、少数派の痛みや苦労の分からない鈍い人にもなりたくないから多数派になるのが怖いです。解決できない矛盾した気持ちには、どうやって折り合いをつけたら良いのでしょうか。

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update 2025/8/22
Q.鬱など診断がないと、甘えなのかなって休むのに抵抗がある
この記事の担当 所長室

Q.鬱とかの人は、社会的に休むことが認められていていいなと思ってしまう。私は診断が降りてないから、甘えなのかなって、休むことに抵抗を覚えるし、休んでちゃ周りの目も気になる。

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update 2025/8/22
Q.すぐ疲れるが無理をしないのも呑気すぎる気がする。キャパがない人間に成長の機会はないのか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.親戚の集まりとか、人混みが苦手。すぐ疲れてしまう。無理をすれば爆発して、周りに迷惑かけてしまう。しかし、無理をせず過ごしているのも、呑気すぎる気がする。現代で生きるキャパがない人間には成長の機会がないのか?

A.自分の適度な出力具合を調整するのってけっこう難しいとカエルも思います。そして、「生きるキャパがない人間は成長の機会がないのか?」という問いは鋭いところを突いていると思った次第です。実は現代の社会のキャパがないということで、あなたのキャパの問題ではないと思ってしまいます。キャパの広い社会になるためにどうしたらいいかみんなと考えたいです。
ちなみに、カエルも親戚の集まりとか、人混みはかなり苦手です。

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update 2025/8/21
Q.親戚との集まりであの子は○○大学に行って~など聞くとドロップアウトした自分は劣等感。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.歳の近い親戚との集まり。あの子は〇〇大学へ行って〜あの子はこんなに成績優秀で〜なんて聞いていると、学校からドロップアウトした自分は劣等感を感じる。すごく負けず嫌いだから。劣等感というか罪の意識まであるかもしれません。

A.学歴や成績の人生(の充実)への影響はかなり限定的だとウ・サギは思うので、そういうのをちやほやする風潮にはなんだか不思議で仕方ないという感覚がずっとあります。就職先の選択肢を広げる一つのカードくらいにはなるのでしょうが、自分らしい人生を生きる上で、もっと重要なことや汎用性が高いスキルはいろいろあると思います。例えば自分の気持ちがわからなければ、嫌なことを避けることも好きなことを見つけることもできませんし、バランスのいい価値観や広い視野がないと、何かでぽっきりと折れるリスクもあれば、無自覚に他人を傷つけるリスクもあります。
それに、自分の成績を比べ合うならギリギリわからなくもないですが、自分の子どもや親戚の成績を気にしたりそれでマウントをとったりするような行為は、本気で訳がわからないです……。子どもの成果は自分のものということなら、家族を所有物や従属物として扱っていると感じますし、それは子どもの成長に百害あって一利なしだとウ・サギは思います。
ちなみにウ・サギも学校ドロップアウト組ですが「あなた(思考停止で学校を重んじる大人)たちが信じてるほど、学歴にも学校にも意味はないですから…!それを証明するために、あなたたちより充実した日々を生きるし、成長し合える機会を子どもたちと一緒に作ります」と闘志をずっと燃やしています。勝ち負けにはいろいろな種類や考え方があるので、学歴以外の勝ちを一緒に目指しませんか?と、誘いかけたい気持ちになりました。

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update 2025/8/18
Q.過去体調を崩したので正社員として働くことに抵抗があり怖い。私の考え方は変?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.私は過去に、正社員として働いていた時期に体調を崩しました。今はアルバイトをしていて、正社員として働くことに抵抗があります。高い給料に見合う働きができないし、給料が高いほど職場から期待されると思い、怖くなります。私のこの考え方って変ですか?

A.全然変じゃないとカエルは思いました。世の中の正社員>非正規雇用という単純な構図はちょっと困ったものだと常々考えています。
確かに、給料が少し高いとか、福利厚生が充実しているとか、正職員の方が待遇が良い面はありますが、あなたの言う通りその分、責任や期待は重くなります。なんのために働くか、働くうえで何を重視するかというのは人によって違うとカエルは思っています。無理なく、長く続けることを大切にするのなら、あなたの選択は間違っていないと思います。それに、給料もその人がどれだけお金を必要としているか、重視しているかによってそこまで高くなくても不満はないということもあるでしょう。できるだけ稼ぎたいとか、責任あるポストを任されたいというのならもちろん正社員を選択するのはありですが、あくまでも人それぞれの優先順位や生き方によって違うことなので、周りがどうこう言うことではないとカエルは考えます。
また、正社員とパート・アルバイトという二種類というより、人それぞれの働き方があってもいいのではないかと思うところがあります。今や性別もいろいろなグラデーションでそれぞれオリジナル性別があるという考えがありますので、働き方も一人ひとりオリジナルな働き方という時代や社会があってもいいのに…と思うところです。

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update 2025/8/18
Q.自己表現が苦手。わかりやすい方が手を差し伸べて貰える確率は高いと思うけど…
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自己表現が苦手です。困っていても辛くても、話しかけてほしくなさそうとか平気そうに見えるようです。わかりやすい人の方が手を差し伸べて貰える確率が高いと色々経験してきて思うのですが自分も同じようにやろうとしてもうまくいきません。どうすればいい?

A.ウ・サギも自己表現が弱いタイプなので、補足の内容も含めて、「わかる…」と深く頷いてしまう気持ちで読みました。
自己表現の傾向というのは、環境に影響されて抑えられたり伸びる部分もありますが、ある程度は個性であるとウ・サギは思っています。だから変えようと思って完全に変えられるものでもないというか、発信する側が工夫した方が良いのは事実だとしても、受け取る(手を差し伸べる)側の拾う力をもっと向上させてほしい…というのがウ・サギの基本的な考えです。
支援する人自身が自己表現の苦手なタイプであれば、平気そうな人も適切に気にかけることがしやすいとは思うのですが、自己表現が苦手だとその人自身がピンチなことが多そうなので、手を差し伸べる余裕のある人が少ない気がしています。

自己表現がわかりやすい=言動に出てしまうタイプは、周りにいい人がいれば助けてもらう確率は高いのと同時に、周りの理解がなければ攻撃されたりピンチになる確率も高いので、どのタイプも一長一短なのでしょうけどね……。
平気そうに見えてつらいタイプは、とりあえずの信頼を得られたりトラブルになりづらいのは長所なのでしょうが、そもそものつらさに加えて、結局は困らせたもの勝ちなの?などともやもやを抱えてしまうところが苦しい部分だとウ・サギは感じます。でもそう思う自分を責める必要はなく、「助けてほしい」という思いがどこにもいけないと、それが妬みや憎しみに変質するのは自然な現象だとウ・サギは思っています。それを誰かに向けてしまうと、自分にも周りにもあまり良いことが起こらないかもしれませんが、自分に妬みなどががあること自体は「自分が泣いてるんだなあ」と受け止めてあげていいと感じています。
平気そうに見えても気にかけていこうキャンペーンを本当はしたいですが、まだなかなか力及ばず……。文章で伝えてみるとか、カウンセラーや相談員など相談されるのが仕事の人を選ぶとか、やれる工夫はあるといえばあっても・・・う~ん、やっぱりなんだか理不尽でもやもやしてしまいます。

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update 2025/8/16
Q.某放送局の訪問員から連日長時間にわたってチャイムを鳴らされたことがトラウマ
この記事の担当 ウ・サギ

Q.某放送局の訪問員から連日長時間にわたってチャイムを鳴らされたことがトラウマになりテレビが見れなくなりました。その放送局は生きづらさを抱えた人に向けた番組やサイトも運営しています。それを二面性だと捉えて気持ち悪い怖いと感じるのはおかしいですか

A.なかなか悩ましい、苦しい様子が伝わってきました。気持ち悪いと感じるのは全然おかしくないとウ・サギは感じますし、ウ・サギとしても比較的共感できる感じ方でした。
一応事実を整理してみるなら、組織といっても個人の集合体で、いろんな人がいろんな気持ちやスタンスで関わっているので、矛盾や多面性は多かれ少なかれ生じるだろうとは思います。訪問員の行動についても、やり方は上から指示されたものからやや外れて(拡大解釈などが起こって)現場の独断が入っていたり、訪問員のコンディションが何か悪かったなど個人的な要因もあるかもしれません。ただ、放送局の名前を出す訪問員である以上、放送局側の存在であるのは明確な事実なので、生きづらさに寄り添うスタンスと、生きづらさをさらに深くする(結果、トラウマまでを感じさせてしまう)行動をした点には、二面性や気持ち悪さを感じるのはまっとうだと思います。
補足に、もともとチャイム音が苦手ともあったので、トラウマの責任が某放送局だけにあるとは言えないにしろ、連日長時間にわたって、というのは普通に恐怖体験だと感じます。
訪問員の側にも、やらないといけないことやプレッシャーなどもあるかとは思いますが、目的のためにやっていい範囲のことと、どんな崇高な目的があろうとやるべきではない範囲の行動があるとウ・サギは思います。目的だけが先走し、優先されることで、人間を尊重できなくならないよう気をつけたいものです。

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update 2025/8/14
Q.カウンセリングが高すぎて受けられなくて困っています。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.カウンセリングが高すぎて受けられなくて困っています。
でも誰もこの問題に関心がないみたいで、分かってくれる人が全然見つからないし、どうしてそうなるのかがわかりません。

A.カウンセリングが高いという話はカエルはよく聞きますよ。同じ問題意識の人はけっこういると思います。特に子どもの頃に虐待を受けたり、いじめを受けたりして心の不調やトラウマからの回復に時間がかかっている場合は、傷つけられたことでも十分理不尽なのに、自分の回復のために自分で病院を見つけてお金を払い続けて、ケアをしなければならないのは本当に理不尽だという人はいます。カエルも理不尽はその通りだと思います。虐待やいじめ、DVなどの暴力は社会の課題であり、被害を受けた当事者に責任はありません。そうした人たちが無料あるいは収入に応じた負担でケアを受けられる仕組みは必要だと思います。そうした暴力がない場合でも理由や事情によって、必要なケアが受けられるような仕組みは必要だと思います。
また、そのためにはカウンセリングだけではなく、いろいろなセラピー的なことや参加できる活動プログラムや居場所、暮らしのサポートも準備される必要があると思っています。

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update 2025/8/9
Q.苦手な虫に一人暮らしの家の中で遭遇してしまい、退治がとてもつらかった。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.この前一人暮らしを始めたのですが、虫が苦手すぎてつらいです。特にGがつらいです。この前家の中で遭遇してしまい、実家では見たことがなかったため耐性がなく、退治がとてもつらかったです。

A.ウ・サギの住んでいる地方にはGがいないので、そのショックは想像しきれませんが、苦手な虫が家(安心したい場所、自分の領域)に出てくるのはなかなかメンタルにくるものがあると感じます。一人暮らしで自分だけで対処するとなると、気持ちが動揺したまま、どうにか行動もしなくてはならないので、負担はより一層大きいですよね……。
苦手なことは、誰かに助けてもらうのが一番だとウ・サギは思います。なぜなら、自分が苦手なことでも、誰かにとっては全然苦手じゃなかったりむしろ楽しめたりすることさえあるし、ささやかな手伝いをするだけで誰かが助かったり喜んでくれるなら、それは結構嬉しい(少なくとも悪い気はしない)ことだからです。苦手について助けを求めるのは、誰かの活躍のチャンスをつくるという価値があると思います。
苦手を気軽に言い合えて、私はそれなら手伝えます!といろんな人が力を発揮できる世界で生きていきたいとウ・サギは感じるのですが、今は我慢や努力が必要以上に推奨される風潮があるように思います。どうしてそうなっているのか、どうしたら変えていけるのか、今度研究してみたいです。

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update 2025/8/9