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タグ社会派
Q.「Q.医療の現状からニューロダイバーシティという理念も胡散臭く思う」の一発言に反論します
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「Q.医療の現状からニューロダイバーシティという理念も胡散臭く思う」のの一発言に反論します。「社会が悪い」という言葉は、誰しも社会に支えられて生きている面があるとはいえ、実際に社会に苦しめられている方の切実な苦しみから出るまっとうな言葉だと思います。この意見をどう思いますか?

A.それはカエルの発言の意図が正しく伝わっていないので、カエルの意見への反論ではないのかなと思います。カエルが表現したのは、権限や力のある立場の人が自分のことを棚に上げて「社会が悪い」と言ってしまうことを指して言いました。
カエルは「社会が悪い」という言葉そのものがおかしいとは思っていません。今社会の中に多くある生きづらさのほとんどは社会的な問題だと思うので、社会が悪いという課題意識は重要だと思います。ただ、「社会」と「個人」が敵対関係にあるのではなく、どんな個人も社会の一部であり「社会が悪い」という言葉を言うのなら、その責任の一端が自分にもあるという自覚のもとに使うべきだという意見を伝えました。そして、社会的に強い立場の人ほどその責任は重く、より簡単に使うべきではないと思っています。逆に社会的に弱い立場の人には責任は少ないと思うので、比較的、率直に大きな声で言うのは自然なことかなと思います。

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update 2025/12/3
Q.支援者に身体接触してしまうことは“良くないこと”ですか。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.支援者に身体接触してしまうことは“良くないこと”ですか。
支援者を不快にさせるためじゃなくて、支援者と安心して過ごすためとか、支援者に気持ちを伝えたいときに支援者の身体に触れます。
その頻度は毎回です。

A.これは対話が必要な案件だとカエルは思いました。支援者の方もいろいろな人がいるので、接触されても全然かまわないと思う人もいれば、とても苦手な人もいます。人と人との関係なので、自分の希望と相手の希望が折り合わないと成立しませんし、折り合えば成立することがあります。
合理的配慮や意思決定支援に関係する問題だと思うので、もっとも自分のことをわかってくれそうな人に手伝ってもらって、
①身体接触が何のために必要なのか、それ以外の方法はないのか
②どのような接触や頻度、相手ならいいのか、悪いのか
という接触する場合の基準を検討するのが良いかと思います。
具体的なイメージをカエルが支援者だったら…という想定でしてみると、カエルは人に触られることがとても苦手なのですが、誰かのサポートをする際にその人がどのような必要性があって、どのような目的でどこをどのように触るのかという事前の協議があれば、大丈夫な気がします。
逆にそうした話し合いの機会がないまま、触られるとかなりびっくりして、サポートすることに抵抗感をもってしまい、気まずくなりそうです。または、何度も触れた場合につい一方的に「私は触られるのが嫌なのでやめてください」と言ってしまうかもしれないと思いました。だから、このように「私はこうしてもらいたいです」と提案することに大きな意味があると思いました。
合理的配慮とは困っている当事者が「こうしてもらいたいです」という申し出を受けて始まることなので、今回の質問はとてもありがたいと思いました。

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update 2025/12/2
Q.過去に虐待を受けて大人になっても後遺症で苦しんでいる私達にももっと目を向けて欲しい。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.子供が今虐待を受けてることに対して救われるのはもちろんなのを前提の上で、過去に家族などから虐待を受けて育って大人になった今もその後遺症に苦しみながら生きてる私達にも、もっと目を向けて欲しいです。

A.カエルもずっとそれと同じことを考えています。カエルの知り合いで、精神科病院に本人の意思ではないのに長期間入院させらていた人たち(つまり、社会の仕組みによって人権侵害をされてきた人たちと言えます)と一緒に「自分たちがこんな目にあっているのを知っていて助けてくれなかった。社会としての責任を怠った」と国に対して裁判を起こしている人がいるのですが、カエルはそれを聞いて「虐待を受けている人たち、受けた人たちも同じだ!」と思ってしまいました。
こうした裁判は賠償請求をしているわけですが、訴えている人が個人的な補償を求めているというより、そうした課題に目を向けて、よくないところは認めて、今後に改善をしてもらいたいという社会全体への提案があるとカエルは思っています。裁判というのは一つの方法ですが、それ以外にも虐待などの子どもの頃の人権侵害が、大人になってからも様々な後遺症などの支障として当事者を苦しめている実態がもっと理解され、それを未然に防いだり、大人になってからのサポートも安心して受けられることを願っています。生きづLABOもそのためにやっているとカエルは思っています。

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update 2025/12/2
Q.受験生だが2月に勝つ前に人生に負けそう。物心ついたときから希死念慮を抱かなかった日はない。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.受験生なのですが、2月に勝つ前に人生に負けそうです。物心ついたときから、生きることの難しさを知り、希死念慮を抱かなかった日は一度もなかったです。人に絶対に相談したくない理由があって、相談は断固拒否です。救いようがないでしょうか。

A.ウ・サギは学校の受験というのを実はしたことがないので、「2月に勝つ」という表現にちょっとびっくりしました。言わんとしていることはわかるのですが、受験(今現在での志望校)に合格することが、なぜ勝ちなのか?何への勝ちなのか?とウ・サギは大人を問い詰めたい気持ちになってしまいます。それは自分のしている勝負というよりは、現在の受験システムで「させられている」勝負であり、そのプレッシャーは不健全なものだとウ・サギは感じています…。海外事情にはあまり詳しくないですが、入学は簡単で卒業するのが難しいというのがわりと主流だと聞いたこともあるので、もっとやり方があるだろうと思ってしまいます。
物心ついたときから生きることの難しさを知り…には、苦しみの歴史の深さを感じました。希死念慮の言い換えや分析はいろいろありますが、自分の感性や求めるものと、周りが求めてくるものや周りの感性が合わないとき、かつその合わなさが自分への負担をもたらすとき、人は生に絶望するという側面があるとウ・サギは思っています。逆に言えば、自分の感性が世界とある程度つながったとき、自分の感性にも居場所があると感じたとき、ほんの少しくらいは救いがあるのかもしれません。何が勝ち負けかは無数の定義があると思いますが、質問者さんは毎日この世界と闘い続けてきたのだとウ・サギは感じました。

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update 2025/12/2
Q.今高校三年で、教室にいると息苦しさなどを感じる。どうしたらうまくやり過ごせる?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.今高校三年です。教室にいると息苦しさ、居心地の悪さを感じます。少し理不尽なことがあると愚痴を言い合ったり教室が荒れたり、自分より頑張ってない人を下に見たり不満を言ったりなど、自分は合わないと感じます。どうしたらうまくやり過ごせるでしょうか。

A.実はカエルもカエル界の進学校で同じような思いをしたので、首が痛くなるほど頷いて読みました(カエルに首なんてあるのか?と突っ込みたくなるかもしれませんが、あるんですよ!)。カエルの場合は少し距離を置いて、そうした殺伐とした様子を見ながら、「このカエルたちはもともとこんなカエルじゃなかったのに、こんな言動をするのは今置かれている環境のせいだ」と考えてみて、高校3年生が受験戦争に巻き込まれていくことの弊害を実感しました。「自分には合わないと感じる」というのは自分の感性がしっかりと働いているということなので、ひとまずその自分の感性を労いつつ、その背景にある課題を知ったことを今後の人生に生かしていくマインドでいることで、気持ちは少し変わるでしょうか。

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update 2025/11/30
Q.「働きたくない」の違う表現を考えたら「休みたい」とかが出てきた。こんな感じでいいの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「働きたくない」の違う表現を私自身で考えたんですが、
「もう頑張りたくない」とか「これ以上の苦痛は嫌だ」とか「やりたいことをしたい」とか「休みたい」とかしか出てきません。
こんな感じの違う表現でいいのでしょうか…?

A.はい、そうした表現をする方が、社会に対して正しく理解をしてもらえるかとカエルは思います。「働きたくない」と表現すると、誤解を受けかねないと思います。だから、つまり「働きたくない」というのは、個人の気持ちという切り口からの表現で、掘り下げていくと、社会について考える機会(働くの本質は何?今の働くはどう偏ってしまっているの?…)になります。
「もう頑張りたくない」と言われれば、そう思うほど頑張り続けてきたのか、それはどういうことだ?と疑問につながりますし、「これ以上の苦痛は嫌だ」と言われれば、そう思うほどの苦痛は何だろう?と知りたくなります。また、「休みたい」と言われれば、何から休みたいのだろうかと、その発言の背景や理由を社会のこととして対話することができます。
まぁ、「働きたくない」と言われても、「どうして働きたくないのですか?」とカエルは深めたくなるのですが、相当の深める志向の持ち主ではない限り、「何、わがままなこと言ってるんだ」という印象を持たれてしまうように思います。だから、自分の気持ちを社会と結びつけて、表現する機会が、この社会が少しずつ変わっていく機会になるとカエルは思っています。でも、苦しさが強くなるとそんなことまで考える気力もなくなりそうですし、そもそも社会について知る機会も、権利について学ぶ機会も少なすぎるのでそのあたりも課題かと思っています。

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update 2025/11/30
Q.頑張っても結果が伴わない。親や先生からの期待をすごく感じてしまう。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.頑張っていると自分では思っているのですが、結果が伴いません。親や先生、人からの期待や押し付けのようなものをすごく感じてしまいます。それに応えようとして努力したら妬まれたりします。どうしたら頑張ったことを認めてもらえると思いますか?

A.頑張ったことを認めてもらう方法ですか、なるほど…。他者がどう感じどう行動するかをコントロールすることはできないので(お願いすることはできますが)、今認めてくれていない人へのアプローチを頑張るよりは、認めてくれそうなタイプの人を探すほうをウ・サギは基本おすすめしています。
今の社会は「努力はすべきだし、良いことである」「結果を出せない努力なら意味がない」といった風潮があるとウ・サギは感じるのですが、その二つともに異議あり!と思っています。努力はするもしないも、その人の自由で、良いことかそうじゃないかは本人だけが決められるものだと思います。また、努力した当人が満足できるだけの結果が出なくても、プロセスに大いに意味はあるとウ・サギは感じています。努力するからには目標や理想があり、それに対しての達成度を結果としてジャッジするのだと思いますが、何かをやってみて何が身につくか、得られるかは、もっと複雑で多様なものだとウ・サギは思っています。自分のパフォーマンスを上げようとしてみた調査結果を得られる、適性を知る参考になる、自分のキャパの把握につながるなどのデータをとれるのは確定の成果だと思いますし、努力の結果しんどくなってこうやって質問する行動に出て、そこで何かが得られたのだとしたら、それもつまりは努力の結果が出たということだとウ・サギは思うのです。
(補足にあった運営のアイデアもありがとうございます!実現するかはわかりませんが、とても参考になりました)

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update 2025/11/30
Q.行きたいところはないが家が嫌で出かけている。泣きそう。
この記事の担当 所長室

Q.特に行きたいところはなかったのですが、家で家族と関わるのがどうしても嫌で、出かけています。行きたいところもやりたいこともなく疲れ果てているのでカフェでぼんやりしてます。家に帰りたくなくて、泣きそうです。

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります 

カエル (回答指名は)やみーペン!
ペン えっ……。
カエル びっくりしてるわ、やみーペン。やみーペン、ご指名ですよ。
ペン うーん……難しいね。やみーペンも一人になりたいけど、どうやって一人になろうか模索してるときがある。
カエル 本当?
ペン うん。(質問文から)『カフェでぼんやり』できるのは素敵。
カエル いいね。カフェがあるっていうのだけでもね、カフェがないところもあるからね。カフェがないところは、原っぱでぼんやりすればいいのかい?
ペン 確かにね。
ウ・サギ そういうときは、原っぱにいたら「あの人、原っぱにいたよ」って言われるかもしれないから、難しい?
カエル あっ、そっか。ダメか……。
ペン カフェもさ。
カエル カフェも見られてるよね。
ペン 見られてるよね。
カエル 原っぱでぼんやりもよくない? 虫取りするじゃん。
ペン 虫取り……?
カエル 目的っぽくない?
ペン うーん……確かに。
ウ・サギ 家大嫌い問題……。
カエル 家大嫌い問題ね……。
ウ・サギ 難しいよね。
ペン だからやみーペンは、早く21世紀の道具……。
カエル えっ?
ペン ドラえもんの21世紀の道具とかがね、いっぱい出てくるようになったら……。
カエル えっ? 今のこの悩みでいくと何が出てくるの? 21世紀の道具として。
ペン いや、分かんないけど。
カエル やみーペンが見つけてくれるのかと思った。「【任意の道具の名称】〜!」って出てくるのかと思った。
ペン だって、どこでもドアとか、どっかに行けるでしょ?
カエル できる。どこでもドア、カエルも欲しいよ。心から欲しいってずっと思ってる。
ペン あと、思い描いた間取りの家とか、簡単に建ちそうじゃない?
カエル できるね。
ペン そういうの欲しいわ。
カエル 欲しい。カフェはいいんだけど、お金かかるからね。子どもでお金ないとさ、それもできないじゃん?
ペン そうなんだよ。タダで行ける場所いっぱいあったらいい。
カエル いいと思う。
ペン 「その代わり茶碗洗いして帰ります」とかね。
カエル いいね! それ良くない? 住み込みのお手伝いさんタイミーみたいなので「手伝ってくれませんか?」みたいに。怪しくない、危なくないボランティアの調整あって、そしたら「ボランティアに行くんだ」って言ったらさ、誰にも後ろ指指されないよね。留守番とかでもよくない?
ペン やみーペン、昔、地域のおじいちゃんおばあちゃんが住ませてくれたらいいなって結構思ってたんだけど……。
カエル 借り孫とか言ってたよね。
ペン 借りの孫になれたらお互いラッキーじゃんって思ってたんだけど、最近あるって。
カエル あるの?
ペン テレビでやってた!
カエル へー……借り孫?
ペン 借り孫っぽいのをやってた。
カエル いいね。 そういうの受け入れてくれるところがあるとさ、いいと思うよ。
ペン こども110番の家とか、ステッカーみたいなの配るんじゃなくてさ、本当のそういうネットワークが欲しいよね。
カエル これもマッチングアプリになるけどさ。出かけて、社会と繋がりたいですみたいなときに、「うちのおじいちゃんの話相手」とか、「今留守するんで、家に泥棒対策でいてください」とか、いいと思うな。
ペン 「犬とちょっと遊んでください」とか。
カエル 「犬と遊んで、散歩してください」とかね。「小学生の子どもが一人留守番するから、一緒にいて」とか、いいと思う。カエルも昔から、町内会レベルで、田舎だと全家庭に無線があるとか……そこで「今、●●丁目のところで犬の散歩してくれる人を求めてます」って言ったら、「行けますよ。今から行きます」とか言えるコミュニティがあってもいいなって思ってる。
ペン そうね。土間が必要なんじゃない?
カエル 土間がね。そういうのたくさんあると子どもの居場所にもなるし、孤立孤独対策にもなるし、家帰りたくないなって思う人が手伝うと自己有用感もひょっとして……。寂しさも紛れたりするし。誰でも、ちょっとしたことで役に立つんだけどな。そういうちょっとした助けを求めてる人もいるんだけど、出会わないんだよね。もったいないよね。(コメントで)『都会だと不安』だって。そうだよね。 個人で繋がると不安だけど、ある程度安全性を確保できる組織が責任持ってそういうの調整するとか。普段から出会ってると違うんだけどね。普段出会わないから、余計に不安なんだね。カエル、コンビニを使ったらどうかなっていつも思ってんの。コンビニを新しく作るには、そういうお茶の間的なところを併設しないともう新しくはできませんよって言って、地域のお茶の間をコンビニに作ると、みんな行きやすくない? 変な風に屯するぐらいなら、コンビニお茶の間に行ってお腹空いてる人は廃棄の物を食べれるとか。そしたらロスト対策にもなるじゃん。そういう仕組み作りたいよね。
ペン (駄菓子屋で)小学生が駄菓子を買いつつ「腹減った」って言ったら、奥で「いいよ。おにぎり握ってあげる」とか言ってたっていうのを見て、「そういう人がいっぱいいれば、大して困らないんだけどな」って、そう思うよ。
カエル 小学校区に二軒ぐらいあればいいだけの話だよね。
ペン 二軒じゃ足りないかも。
カエル 二軒じゃ足りないか。とりあえず二軒から始めて、急にたくさんはできないから。でも、たくさんあると選べるからいいのか。気が合わないなって思ったらあっち行こうってなるからね。今日はこっちの気分とかもできるし。小学生が歩いて行ける駄菓子屋さんが昔そういう存在だったんだよね。駄菓子屋復活か?
ペン 駄菓子屋作る? 悪くはないかも。
カエル 家にいたくない人や大人が店番するってのはどう? 駄菓子屋で。それ、すごい役に立つね。
ペン それいいわ。
カエル それらしいことやってるところあるかもしれないから、調べてみたいね。
ペン いっぱい知りたい。

update 2025/11/29
Q.医療の現状からニューロダイバーシティという理念も胡散臭く思う
この記事の担当 所長室

Q.精神疾患や発達障害の治療では、主に「考え方や行動の矯正」を行うと聞きました。じゃあ正しい考え方ってどういうもので、誰の基準で決まるのか疑問です。これを考えるほどに、ニューロダイバーシティという理念も胡散臭く思えてきます。

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります 

カエル いい質問だね。(質問文の)『治療では、主に「考え方や行動の矯正」を行う』っていうのに、カエルはびっくりしてるんだけど。
ペン そういう支援の仕方してるところ、確かにあるよねって思った。
カエル そういうこと「正しいものに変えていこう」っていうのかな? それは胡散臭く見えて当然とカエルは思います。どうですか?
ペン 難しい。やみーペンが病んでるときは、認知の歪みは増えてはいってたけど……。
カエル チャットでもね、『強制というより、いわゆる認知の歪み?』って言ってる。そうなんだよね。健常者に近づくことを目標とするなら酷い話だと思うんだけど、本来のその人の認知からズレているときは、いわゆるそれを戻すっていうのは大事だと思うんだよ。本人も苦しんでたり、そうじゃない方がいいなって思っているのに曲がっちゃってるときとかあるじゃない? 暴力受けたりとか、慣れない環境にいたりとか、周りに教えてもらえなかったりするとそうするしかないっていうので歪んでしまったりするときに、それを本来の本人らしく戻すのならいいんじゃない? でも、この質問した人はそういうことではないのかな? 違うことに怒って胡散臭いって言ってるのかな? そうなんですか? ウ・サギさん。
ウ・サギ えっ……ウ・サギにですか?
カエル 補足に。
ウ・サギ ああ、補足にね。
カエル 「マジョリティに近付け」みたいな矯正というか……。
ウ・サギ そういう風に質問した人は感じてるっていう。
カエル それは治療の場じゃなくても「これが普通だよね」とか「当たり前だよね」って普段からずっと言われているから、理不尽にね。そもそも治療の現場以前に、ニューロダイバーシティっていうのが当事者にとって胡散臭く聞こえるのはごもっともだと思うよね。だから、ニューロダイバーシティはまだまだですって言ってしまえばいいんだよ。治療のやり方は個人モデルだから。この人に病気があって、その人の病気を治そうっていうのが、そもそもの医療の趣旨だから、そういう風にならざるを得ないけど……。でも方向性として、本来のその人らしさを取り戻すためにその人の苦しみを治療……っていうのでもいいとは思うんだけど、あんまりそうはなってないんだよね、きっとね。
ウ・サギ 社会モデルで考えると、治療というのはどういうものになるんですか?
カエル 社会モデルで考えると、治療はまず、社会との関係でその人が苦しんでるって考えるから。これはでも、主に精神疾患の分野だけだと思うんだよね。それ以外は病巣、病因っていうのがあって、そこにアプローチするのが本来の医療のやることなんだけど、精神疾患っていうのはとても特殊で、それがないんだよね。病気の因子が体の中にほぼないわけ。そうなると、周りとか社会との関係の中で起こるわけね。だから、社会との関係を変えていったり、学べなかったことを学んでいったり。つまり医療でやることは、症状の軽減みたいな薬飲んだりとかはあるにしても、生活を見る人と連携していくのが社会モデルだと思います、カエルは。パーソナリティの障がいっていうのも、カエルも嫌いなんだな、これは。なんだよ、その性格の障がいみたいな、人格の障がいみたいなのは……。これは、カエル的には、学べなかった自己を形成するのが凸凹になっちゃったとか、負担がかかって、あるところは大人になったけど、あるところは3歳児を抱えながらいるとかね。やみーペンも永遠の何歳児がいるもんね。
ペン いる! 仕方ない!
カエル それは、その自分とどう付き合うかっていうことを考えていく。そのそいつをどうにかしようとかじゃなくて……だと思うんだよ。
ペン 周りも「3歳児を大人にしよう」じゃなくて、その3歳児と付き合ってるやみーペンと付き合ってくれるかとか、その辺りが大事なんだけど、みんな年齢相応を求めてるのかな?
カエル そうだよ。何歳だからとか言うの好きじゃん。
ペン ね。
カエル ね。
ペン でも言うわ、やみーペンも。
カエル 精神疾患は歴史的にも差別されてきてたり、今も未だに…もちろん本人も苦しいから。でも、差別みたいなものもあるからね。だから本当は、その発達の障がいとかは特性じゃないですか。それって、特性=障がいじゃないはずなの。だから、ニューロダイバーシティの世の中では、発達特性は障がいにはならないんですよ。だから、治療の現場に来ないっていうのがニューロダイバーシティだと思う。治療に来たっていうのは、苦しくて差し障りが出てるってことじゃない? つまり、ニューロダイバーシティじゃないから心が悲鳴を上げちゃったって話だから、社会がいじめちゃう構造にあるってことなんだよね。難しいけどね、みんな見えないから。理解するの難しいから。カエルはね、当事者がどんな世界で生きてるかとか、何が苦しいのかっていうのを、もっともっといっぱい教えてほしいなって思うんだけど、聞く人がいないとね。ちゃんと聞いてくれる人。お説教するんじゃなくて。
ウ・サギ だから本当は、考え方や行動の矯正ではなくて、お互いに調整できたら一番いいんですよね。
カエル そう。苦しくない人も歩み寄ってね。どっちかっていうと強い立場の者がより譲るべきだとカエルは思うんだよね。反対になってるからね、弱い者がだいぶ譲ってるから。(コメントで)『社会の方に治療が必要』……その通り。矯正が必要ですね。見直さなきゃなんだよね。でもみんな社会の一部だから、他人事にはならないからね。いろんな人の犠牲のもとに生きてるっていうこと忘れちゃって「社会が悪い」とか上から目線で言うのもおかしいからね。これは、質問の内容はなかったけど、だいぶ喋れたね。大事な今の社会の課題を鋭く言ってると思います。

update 2025/11/29
Q.支援学校までしか行っていなく、これからの生き方がわからない。どうしたらいいだろうか
この記事の担当 生きかたカエル

Q.支援学校までしか行ってなくてこれからの生き方がわかりません。学力もなくやる気も出ません。どうしたらいいでしょうか

A.カエルも支援学校についてはわりと実態を知っている方ですが、支援学校は一人ひとりに応じた学びを提供してくれる教育環境としては、悪くないと思っているところがあります。ただ、世間からの評価として支援学校が通常の学校よりも劣るという理解をする人が多いかもしれません。学力に関しても、確かに今の社会では高い方が低いよりも優遇されてしまうので、学力がないと生きるうえで困ることも少なくないかもしれません。ただ、カエル的には身近に支援学校を出て、その人なりに生きている人もいますし、学力がなくてもぼちぼち生きている人もいれば、学力があってもかなりしんどい状況の人もいます。だから、カエルとしては、学力や学歴ではなく、あなたのやる気が出ない要因は他にありそうだと思っているところでした。何はともあれ、何かをしようと思ったときに最も大切なのは自分を知ることだとカエルは思うので、誰か自分のことを一緒に考えてくれる人と話してみてほしいと思いました。もしすぐに見つからなければ、いつでも質問をください。

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update 2025/11/28